痕跡を見つける
王都の地下。
張り巡らされた魔力導管の脇を、ヒロとガレスは並んで歩いていた。
王城の地下は普段以上に静かだった。
足音だけが長い通路へ反響している。
ガレスは辺りを見回しながら、ぽつりと口を開いた。
「それにしても。」
「職人さんたち、本当にいい人ばっかだな。」
少し笑う。
「モルドみてぇだ。」
ヒロも自然と目を細めた。
「そうだね。」
「技術はもちろんだけど、人柄までモルドさんによく似てる。」
「人を育てることが当たり前だと思ってる。」
「だから、あの工房は居心地がいいんだろうね。」
しばらく静かな時間が流れる。
やがてガレスが口を開いた。
「なあ、ヒロ。」
ヒロは前を向いたまま答える。
「どうした?」
「今夜か?」
ヒロは少しだけ考え、静かに口を開いた。
「その可能性が一番高いと思ってる。」
「セバスさんが敵を一人捕らえた。」
「敵からすれば、仲間が何を話すか分からない。」
「たとえ口を割らない自信があったとしても、情報が漏れる可能性がある以上、時間を掛ける理由はない。」
「動くなら、情報が整理される前。」
「僕なら今夜を選ぶ。」
ガレスは黙って聞いていた。
ヒロは歩きながら続ける。
「もちろん外れる可能性もある。」
ヒロはガレスへ視線を向けた。
「ガレスはどう思う?」
ガレスは鼻をひくつかせながら少しだけ考える。
「難しいことは分かんねぇ。」
「でも。」
「今夜な気がする。」
ヒロは小さく笑った。
「理由は?」
「ねぇ。」
ガレスも笑う。
「勘だ。」
「でもよ。」
「今まで外したこと、一回もねぇだろ?」
ヒロはしばらくガレスを見つめていた。
やがて静かに頷く。
「……そうだね。」
「君の勘だけは、一度も疑ったことがない。」
二人は再び前を向き、静かな地下道を歩き始めた。
その時だった。
腰へ下げていた魔道具が、小さく震えた。
ヒロは立ち止まり、すぐに魔道具を取り出す。
「反応だ。」
「ガレス!」
「おう!」
次の瞬間、ヒロは全速力で駆け出していた。
ガレスも迷うことなく、その後を追う。
地下道へ二人の足音が響く。
走りながら、ガレスが笑う。
「流石だな、職人さんたちは!」
「俺の鼻でも追えなかったのに、見つけたのか!」
ヒロも思わず口元を緩めた。
「ああ。」
「僕の自慢の師匠たちだよ。」
「違和感を見つけることだけは、誰にも負けない。」
二人は角を曲がり、さらに地下の奥へ走る。
やがて、通路の先に何人もの人影が見えた。
工房の職人たちだった。
全員が壁の前へ集まり、誰一人騒ぐことなく待っている。
ヒロは息を整えながら近付いた。
「親方。」
親方は壁へ顎を向ける。
「ここだ。」
「ここには通路があったはずだ。」
「なのに、壁しかねぇ。」
ヒロはすぐに地下の精密地図を広げる。
壁。
地図。
壁。
もう一度見比べる。
間違いない。
地図には、確かに一本の通路が描かれていた。
しかし目の前には、切れ目一つない石壁だけが立っている。
ヒロは静かに壁へ手を当てた。
「……ありがとうございます。」
「助かりました。」
職人たちは何も答えない。
ヒロの表情を見ただけで、十分だった。
ここから先は、自分たちの仕事ではない。
親方は静かにヒロの肩を叩く。
「無茶すんじゃねぇぞ。」
少し間を置き、小さく続けた。
「受付嬢が泣く。」
ヒロは一瞬だけ目を丸くした。
やがて小さく笑う。
「……はい。」
その返事を聞くと、親方は満足そうに頷き、静かに踵を返した。
◇
◇
◇
職人たちの足音が遠ざかり、地下には再び静寂が戻っていた。
ヒロは目の前の石壁を静かに見つめる。
ガレスも腕を組みながら口を開いた。
「帝国の奴らが隠れるために、この壁を作って通路を塞いだのか?」
ヒロはゆっくりと首を横に振る。
「違う。」
「これは魔法だ。」
「かなり高度な偽装魔法。」
「壁を作ったわけじゃない。」
「ここに壁があると、認識させてる。」
そう言うと、ヒロは石壁へ手を伸ばす。
指先は確かに冷たい石へ触れていた。
ガレスは不思議そうに見つめる。
「触れてるじゃねぇか。」
「うん。」
「視覚だけじゃない。」
「触覚まで騙されてる。」
「でも、一度『ここに壁はない』と認識してしまえば。」
ヒロはそのまま一歩前へ踏み出した。
次の瞬間。
身体が石壁へ吸い込まれるように消える。
「……!」
ガレスは息を呑んだ。
慌てて後を追う。
石壁を抜けると、その先には小さな空間が広がっていた。
粗末な机。
木箱。
簡易的な寝床。
人が生活していた形跡が残る、小さなアジト。
壁には王都の地図が何枚も貼られていた。
ガレスは辺りを見回し、小さく鼻をひくつかせる。
「もういねぇな。」
「でも。」
「ついさっきまではいた感じがする。」
ヒロは何も答えない。
静かに目を閉じる。
魔力の残穢だけを追い始めた。
部屋中へ残る僅かな魔力。
足跡のように途切れ途切れの痕跡を、一つずつ繋ぎ合わせていく。
やがて、ゆっくりと目を開いた。
「……これは。」
表情が曇る。
「まずいな。」
ガレスも真剣な顔になる。
「どうした。」
ヒロは壁へ貼られた地図を見つめたまま答える。
「二手に分かれてる。」
「一つは……。」
王城へ向かっている魔力の残穢を指でなぞる。
「もう王城へ届きそうだ。」
「こっちを追う。」
少しだけ視線を落とす。
「もう一つも気になる。」
「でも、時間がない。」
ヒロは静かに右手を掲げる。
空間がわずかに歪んだ。
淡い光が揺らぎ、その中から一本の剣が姿を現す。
ヒロはそれを静かに受け取り、腰へ差した。
ガレスは思わず目を丸くする。
「お前……。」
「なんだその剣…」
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