いや、冒険者だろ!
執務室を出た瞬間、ヒロは駆け出していた。
その背中を、ガレスが慌てて追い掛ける。
「おい!」
「どこ行くんだ!」
ヒロは振り返らない。
ただ真っ直ぐ工房への道を走る。
「工房だよ。」
短く答える。
「ギルドマスターが貼っていたのは、地下魔力導管整備のクエスト。」
「あれは地下だ。」
「地下の精密な地図が必要になる。」
「それと、人手も。」
ガレスは眉をひそめた。
「職人さんたちを危ねぇ目に遭わせる気か!」
ヒロは首を横へ振る。
「違う。」
「戦ってもらうわけじゃない。」
「今まで通り、普通に仕事をしてもらうだけ。」
「でも、その仕事が必要なんだ。」
ガレスは黙って続きを待つ。
ヒロは息を整えながら続けた。
「僕の魔力探知でも追い切れなかった。」
「あんな相手を、一人で探すのは無理だ。」
「だから。」
「地下を知り尽くしている職人さんたちの力を借りる。」
「耳。」
「目。」
「経験。」
「勘。」
「毎日地下へ潜ってるあの人たちだからこそ気付ける違和感がある。」
ヒロは前を向いたまま、小さく拳を握る。
「僕は、あの人たちを信じる。」
「だから。」
「力を貸してもらう。」
ガレスはしばらく黙って走っていた。
やがて、不敵に笑う。
「やっぱ、お前らしいな。」
「戦う前に、まず職人を頼るんだからよ。」
ヒロも少しだけ笑った。
「職人だからね。」
二人は速度を落とすことなく、夕暮れの王都を工房へ向かって駆け抜けていった。
◇
工房へ飛び込んだ瞬間、槌の音が止まった。
親方も職人たちも、一斉にヒロとガレスを見る。
いつもとは違う。
その表情だけで、ただ事ではないと分かった。
「親方。」
ヒロは息を整える間もなく口を開いた。
「地下の精密な地図を貸してください。」
「あと。」
「仕事の依頼をしに来ました。」
親方は腕を組んだまま短く答える。
「……話せ。」
ヒロは工房の机へ王都の地下地図を広げた。
王城。
その周辺を指でなぞる。
「王城地下周辺です。」
「潜伏しやすい場所。」
「人が身を隠せそうな空洞。」
「使われていない旧通路。」
「その周辺で、いつも通り仕事をしてください。」
職人たちは黙って地図を覗き込む。
ヒロは続ける。
「調査と言っても、特別なことは何もしなくて大丈夫です。」
「いつも通り仕事をしてください。」
「その中で。」
「少しでも違和感を感じたら教えてほしい。」
「それだけです。」
工房は静まり返っていた。
親方は地図から目を離すと、職人たちを見渡す。
「行きたくねぇ奴は残っていい。」
その一言だけだった。
誰も返事をしない。
しかし次の瞬間。
椅子を引く音が重なった。
一人。
また一人。
全員が黙って立ち上がる。
沈黙を破ったのは、一人の若い職人だった。
「親方、方向音痴だからな。」
「王城の地下なんか一人で行かせたら迷うぞ。」
別の職人が吹き出す。
「それ以前に、あの強面で王城の地下うろついてたら真っ先に捕まる。」
「職務質問どころじゃ済まねぇ。」
工房に笑いが広がる。
親方は顔をしかめた。
「誰が方向音痴だ。」
すると奥からまた一人。
「そういや俺、王城の地下に忘れ物してた気がする。」
「奇遇だな。」
「俺もだ。」
「俺なんか十年前から忘れてた。」
笑い声が工房へ響く。
ヒロはその光景を見つめ、小さく笑った。
そして深く頭を下げる。
「……ありがとうございます。」
工具箱から小さな魔道具を取り出し、一人ひとりへ手渡していく。
「異変があったら、これを鳴らしてください。」
「危険だと思ったら近付かないでください。」
「連絡だけで十分です。」
職人たちは真剣な表情で魔道具を受け取る。
親方は最後の一つを受け取り、懐へしまい込んだ。
「任せとけ。」
その一言だけで十分だった。
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