始まり
いつもの朝。
ヒロは依頼書を手に、いつものようにリリアの受付へ並んでいた。
「おはようございます、ヒロくん。」
「おはようございます、リリアさん。」
変わらない挨拶。
違うのは、そのやり取りが二人にとってすっかり日常になっていることくらいだった。
リリアは依頼書を受け取り、内容へ目を通す。
「今日は地下導管の点検ですね。」
「はい。午後は西区画の保守も見てきます。」
「分かりました。」
判を押し、依頼書を返そうとした、その時だった。
ギルドの扉が勢いよく開く。
「ヒロー!」
聞き慣れた大声がギルド中へ響き渡る。
討伐帰りのガレスが、そのまま一直線に受付まで駆けてきた。
「街に行くぞ!」
「王女が来てるらしい!」
ヒロは依頼書を受け取りながら、小さく首を傾げる。
(……十年か。)
初めて王女アンと出会った日を思い出す。
今となっては、どこか懐かしい記憶だった。
ガレスは興奮した様子で身振り手振りを交えながら続ける。
「十年経って、すんげぇ美人になってるんだってよ!」
「見に行こうぜ!」
ヒロはあっさりと言った。
「どうでもいいね。」
「僕は毎日リリアさんに会ってるんだ。」
「それで十分。」
受付の向こうで、リリアの動きがぴたりと止まる。
ほんの少しだけ頬が赤く染まった。
周りの受付嬢たちは顔を見合わせ、声を押し殺して笑う。
ガレスはそんな空気など気にも留めない。
「それだけじゃねぇ!」
「剣聖も来てる!」
「執事、兼、現剣聖セバスチャン!」
ヒロは肩を竦める。
「ますます興味ないね。」
「僕は剣より魔法工学の方が好きだから。」
そう答えながらも、心の中では王女暗殺未遂事件を思い返していた。
(あの時の執事……。)
(剣聖だったのか。)
(どうりで、あの気配だったわけだ。)
ガレスは拳を握り締める。
「決めた!」
「剣聖に決闘を申し込む!」
「勝ったら今日から俺が剣聖だ!」
ヒロの顔色が変わる。
「馬鹿!」
「そんなことしたら死罪になるだろ!」
しかし、その時にはもう遅かった。
ガレスは大笑いしながらギルドを飛び出している。
「待て、ガレス!」
ヒロは慌てて振り返る。
「すみません、リリアさん!」
そう一言だけ残し、ガレスの後を追って駆け出した。
リリアは遠ざかっていく二人の背中を見送り、小さく笑う。
「……いってらっしゃい。」
その声は、慌ただしく飛び出していった二人には届かなかった。
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