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00.湖畔の街での出来事

 たまたま訪れた湖畔の町は、やけに静かだった。


 ……住んでる人は多くないけど、それなりに賑わっているようだヨ。湖や川で獲れた魚料理がおいしいらしいネ……。


 そんな師匠の言葉との矛盾に首を傾げつつ、建物の影でホウキを降りた。ホウキを紐で背中にかけてから、細い通りを町の中心と思しき方へと歩く。


 今暮らしているところと違い、木造の建物が多いのが新鮮な光景だった。人の気配はあるものの、誰ともすれ違わない。


 足元の感覚が薄い気がする。眠らずに飛んでいたせいか、それとも空腹のせいか。屋台が出ていたのですぐに食べられる物を買い、腰をかけられるところを探した。


 広場に出ると、隅にできた小さくない人だかりが目に留まる。何か催しでもしているのかと思ったが、そこに集う人に笑顔はなかった。


 中に制服姿の巡査が混じっていることに気がついて、僕は引き寄せられるように人の輪に近づき、交わされている会話に聞き耳を立てた。


「なあ、もしかして人攫いなんじゃないのか?」


「この町でそんなことが起こるわけないだろ!」


「けど、こんだけ探してもいないんだぞ? まだ四歳で、ましてや女の子だろう? そう遠くには行けないはずだ」


「もう少し探す範囲を広げよう」


 子供がいなくなったのか……と察する。木に立てかけた梯子にピンで留めた地図を見ながら、今後の方針を話し合っているようだった。


 もしかしたら、僕の持てるものが役に立つかも……僕はポケットの中に忍ばせたものに触れる。しかし、声を上げる勇気はない。影ぼうしに徹して、会話を聞く。


「なあ。もしかして、湖の方に行ったんじゃ」


 誰かが発した一言に、ざわめきが一気に凍りついた。


 僕も思わず息を呑み、人々と同じ方向を見た。視線の先には、大きさも深さもこの国一番の湖が広がっている。


 水は命の生まれる場所でもあり、還る場所でもある。


 背中は確かに冷たいのに、胸の奥と指先が腫れたように熱をもつ。食事をして一休みしたらすぐに飛ぶつもりだったが、このまま通り過ぎてしまうことは……できなかった。


「あの……」


 人々は、突然割り入ってきた僕の姿を見て目を見開いた。一点に視線が集中しているのを感じ、だんだん頭痛がしてくる。


「変わった髪の色だな。どこのやつだ?」


 巡査の低い声に負けじと、僕はポケットから銀のメダルを力任せに引っ張り出した。人々の表情が驚きに変わった。


「その、通りがかりの魔法師です。まだ見習いですが……僕に女の子を探す手伝いをさせてもらえませんか?」


 一瞬の沈黙のあと、珍しい、とか、本物は初めて見たという声が聞こえる。そういえばこの国の南の方……つまりここでは、魔法の素質を持つものはほとんど生まれないらしい。


 大柄な男の人たちが、険しい顔で僕を取り囲んでいるのに気づき、恐怖ですくみ上がった。自分が人攫いだと疑われているかもしれない。だけど、口に出してしまった言葉はもうお腹には戻らない。


「……協力してもらうか?」


「そうだな。このまま闇雲に探して日が暮れるよりはいい」


 意外にもあっさりと信用された僕は、人の輪の中に招き入れられた。


「で、どうやって探すんだ?」


 一番大柄な人の視線が、僕が背中に背負ったホウキに止まっている。空から探すという手ももちろんある。


「その子の名前を教えてもらえれば……」


「は!? そんなんで見つけられるのか!?」


「……その子に隠れたいという意思がないなら、名前を呼ぶだけでいい」


 人々は嘆息した。人探しは、魔法が最も得意なことのひとつだ。


 たくさんの視線を浴び、息苦さを覚えつつ僕は念じる。教えてもらった名前を指で宙に書き、さらに心の中で何度も唱える。


『探せ』


 魔法はうまく行ったはずだが、閉じた瞼の裏で青い影が不規則に揺れ、なかなか女の子の姿を捉えられない。湖由来と思われる水の魔力が思いのほか濃く、干渉を受けてしまうのだ。


 頭の中で、名前の持ち主との線が繋がった。しかし、それはあまりにも弱い。見えているのに掴めないことにもどかしさを覚えながら、僕は何度も術式を調整し続けた。


 すると、ざあっと風が吹く感覚と共に視界がひらけた。


 緑が濃い場所。木々が揺れる音と、微かな水音が聞こえる。湿った土の匂いが鼻の奥に広がった。小さな沢のほとりで女の子が小さくなっている。僕は、魔法を解いて風上を見た。


「大丈夫。湖に落ちてはいない。森の中だ、このあたり」


 僕が地図を指さすと、目の前にいた年配の男性が大声を上げた。


「ちょっと待て、どれだけ歩いたんだ!? 大人の足でも厳しいのに」


「まあ、あの子ならやりかねんだろ……」


 苦笑いがいくつも重なる。どんな元気な女の子なのだろう。


「よし、探しに行くぞ!!」


 高らかな巡査の声に、何人かの大人が「自分も行く」と手を挙げ、森の方に向かおうとする。僕は……無事にやり遂げてほっとしているはずなのに、胸の苦しさが取れない。


 そうだ、『怪我をしていて動けない』というのを伝えないと……しかし、ひどい咳に遮られる。


「君、大丈夫か」


 肩で息をした僕を、素早く支えてくれる人がいた。若葉色の瞳に亜麻色の髪の、優しげな顔立ちをした男性だった。一瞬だけ見えた女の子も同じ髪色をしていた。父親、だろうか。


「すみません、うつるものではないです。少し肺が弱くて」


「わかってる……娘の居場所を教えてくれてありがとう。あとはこちらで探すから、君は……」


 僕は背中をさすられながら首を横に振り、空を仰ぐ。日没にはまだ程遠いが、激しい雨を予感させる厚い雲が西の空から少しずつ押し寄せていた。森に入り、怪我をした子を連れて歩いて帰ってくるのは大変だろう。


「雨が近い。僕が連れてきます」


 背中にかけた紐を解きながら、頭の中で素早く段取りを組む。まず怪我を癒してやる。それから、ホウキに同乗させて戻ってくる。大人を乗せて飛ぶ自信はないが、四歳の子供なら問題ないはず。


「だが……君は調子が悪そうだ」


 父親らしき人が不安そうな表情で僕に言ったが、黙って首を横に振る。喉の奥でかすかに笛のような音が鳴っている。嫌な予感がする。


 とはいえ、動けなくなるまでには猶予があるというのは今までの経験からわかっていたので……僕はホウキに素早くまたがって地面を思いっきり蹴った。


「飛んだ!!」


 僕が宙に浮くと、人々が歓声を上げた。僕の乗ったホウキは立ち並ぶ家屋の屋根の高さをあっというまに越え、ぐんぐんと高度を上げる。


 西風が次第に冷たくなってくる。雨が降る前に、助けなければ。


 僕は森に抱かれた巨大な湖を足元に、いなくなった女の子――エルシェ・リヴェールのところを目指して飛んだ。

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