第100話 その気持ちに名前はあるか
16回殺した後だった。
アザルファの手の内に、いきなり剣が現れた。
短剣で首を狙うため、アザルファに飛び込もうとしていたメイランは、慌てて体をひねり、かわした。
そうしなければ腹を、下手をしたら心臓あたりを貫かれていただろう。
左上腕の切り傷ひとつで済ませたのは、我ながら上出来だ。
無理やり避けて体勢が崩れているところに、アザルファが追い打ちをかけてきた。
判断が完璧だ。メイランは舌打ちをしながら回避する。
速い。
力もある。剣自体は細身なのに、かすっただけで腕の1本ぐらいは持っていかれそうだ。
経験したことのない速度の剣撃が、立て続けに襲ってくる。
それでもアザルファは、穏やかな笑みを崩さない。こっちは必死になって避けているのに。
一旦体勢を立て直したい。距離を取ろうと思って後退しても、アザルファは涼しい顔でついてくる。
見切られている。というより、身体能力に圧倒的な差がありすぎて通用しない。
それでもどうにか、アザルファの間合いを切れないかと四苦八苦していると。
アザルファの側面を、轟音と共に雷撃が薙ぎ払った。
「17」
ザフィルだ。
瞬時に再生したアザルファを、間髪入れずに炎の竜巻で覆い、焼き尽くさんとする。
アザルファの足元では地面が隆起し、その両足を大地に繋ぎ止めている。
「目を離してごめん」
ザフィルが静かに言う。
「もうすぐ武器が送られてくる。メイランの仕事は、そこから」
その間にメイランは体勢を立て直す。剣を持つアザルファと短剣で戦うのは、さすがに厳しかった。
「助かった」
メイランは、ザフィルに礼を言った。
影兄に、もっと短剣術を仕込んでもらうべきだったろうか。ふとそんな思いが浮かんだ。
影嵐の姿が脳裏に浮かび、すぐに消えた。
影嵐と入れ違いに、力強い光を宿した薄荷色の瞳が現れ、幸せそうに細められた。
シルリネア。
本当は自分が守りたかった。力不足が悔しい。
それでも、影兄になら頼める。
その時。
虚空から見事な槍が現れ、地面に突き立った。
メイランは、迷うことなく槍の柄を掴み、引き抜く。
シルリネアを迎えに行く。そのためには、勝って生き延びないといけない。
******
魔法王国の武器庫は、ゲルハルトの記憶にあるまま、保存されていた。
武器を選ぶ者たちの熱を帯びた低い声や、管理を任されている騎士見習いの少年たちの、まだ甲高さの残る声が聞こえてきそうだ。
感傷を抑えつつ、ゲルハルトは槍を手に取った。
「彼にふさわしい武器があったら、犬の近くに置いて」
子犬が、ザフィルの声で喋る。
「さっきも言った通り、種類が欲しい。アザルファは一定回数でメイランの癖を見破る。だから、体の使い方が違う武器がいい」
「注文が多いな」
ゲルハルトは苦笑した。だが、ザフィルが言わんとしていることは理解した。
彼の体格から判断するに、使える武器の幅は広そうだ。
槍を子犬の横に置くと、一瞬で消え失せた。ザフィルが転移させたのだろう。
メイラン。名前からして、東方の響きだ。きっと東方の——天嶺皇朝に伝わる武芸を修めている。
そしてここには、東方の使節が手土産として置いて行った武器が、いくつか保管されている。
刀、鉤、棍、錘。
子犬の近くに置くと、すべて消えた。
続けて、騎士団の備品として保管されているものを、吟味しながら渡していく。
戦斧、戦鎚、鉾槍、大剣。
槍を含めて9種類。
「まだ必要か?」
ゲルハルトが問うと、子犬は首を傾げた。
「あればあるだけいい」
「そうか」
ゲルハルトは武器庫の奥に足を向けた。子犬が小走りでついていく。
この奥は、王家の秘宝の収蔵室に繋がっている。
武器もいくつか、あったはずだ。
******
メイランは沸き立つ心を抑えられない。
いつしか彼は、笑いながら槍を操っていた。
使いやすい。
重いのに、自由に使える。重量の配分がいい。
アザルファより広い間合いで戦えるのも、いい。
格段に楽だった。
「22!」
アザルファの胸を刺し貫き、槍をひねりながら引き抜いた。
「28ぐらいだと思うよ」
ザフィルは、アザルファが飛来させた大量の岩石を砂になるまで砕き尽くし、水塊をねじ切って吹き散らし、凶悪な刃として襲い来る風を、さらに強大な風で乱して無効化する。
「炎で6回は殺してるから」
風圧でアザルファを押さえつけ、魔力の刃で首を掻き切る。
「29。メイラン、30はあげる」
魔力を枷にして拘束した。メイランが触れれば枷は消えるが、問題ない。
メイランなら、確実にアザルファを殺す。
「やった」
メイランは嬉々として、アザルファの頭蓋に槍を突き刺した。
「ふふ」
瞬時に再生したアザルファが笑う。
「君たちがどうしてこんなに遊んでいるのか、やっとわかったよ」
ふたりに悪寒が走った。
「本命はザルミールなんだね。それに、ここは……」
「メイランどいて」
アザルファの声を遮るように、ザフィルが口を開いた。メイランは即座にアザルファから距離を取る。
次の瞬間、世界がきしむような音がした。メイランは思わず顔をしかめる。
ザフィルは空間と魔素を強制的に歪ませた。アザルファに向けて、噛み付くように襲いかからせる。
アザルファの操るかりそめの体が、虚空で磔にされた。
さらに、空間を超越してザルミールと繋がる魔力の糸を、ほぼ断ち切った。損傷を再生できる程度の繋がりだけを残して。
「徒に力を浪費して消えろ」
ザフィルが淡々と、しかし傲然と言い放つ。
「そういうこと」
メイランも笑った。
「もうちょっとだけ、俺らに付き合ってよ」
******
ヴェンツェルの探知魔法が、一点を示す。
「地下です。鏡の間だ」
地図と探知結果を照合して、結論付けた。
「最短は……これか」
地図上の通路と階段を指で結びつけながら、影嵐が言った。
「行くぞ。さっさと終わらせる」
踵を返して階段を駆け降りる影嵐を、シルリネアは追った。その後ろにヴェンツェルも続く。
全員が、この時間をメイランたちが稼いでいることを知っていた。
「やはりザフィルはすごい」
長い通路を歩きながら、ヴェンツェルが嘆息するように言った。
「油断ならざる相手と対峙しながら、こちらにまで気を配れるなんて」
影嵐は足を緩めず、それでいて不服そうにヴェンツェルを睨んだ。
「梅が前衛をやってるからだろうが」
シルリネアが笑う。
「メイランがすごいのは当たり前です。あと、ザフィルもすごい……悔しいけど」
憎いのに、完全な憎悪を抱かせてくれない。それが、シルリネアにとってのザフィルだった。
最後まで完璧に憎ませてくれたら、どれだけ良かっただろう。
シルリネアは頭を振って気持ちを切り替え、前を向いた。
感傷に浸るのは後でいい。
長い廊下の先に、華やかな彩りが見えた。
衣装回廊だ。ここを突っ切るのが一番早い。
「よそ見したら置いてく」
影嵐は後に続くふたりに言葉を投げ、回廊に踏み込んだ。
色とりどりの豪奢な衣装が、笑いさざめくように揺れている。風など吹いていないのに。
華麗な装身具も随所に置かれ、衣装との出会いを待ち焦がれているかのよう。
これだけのものを集めるのに、どれだけの財産と時間が必要なのか、影嵐にはわからない。だが、無性に腹立たしさが募った。
子供を飼い、気の遠くなるような贅沢な空間で、思うままに振る舞っていた。そのお高くとまった態度が許せない。
魔族? 知ったことか。
強い? どうでもいい。
長寿? 何の意味がある。
嫌悪。これだけで、アザルファとかいう奴を始末する理由になる。
ザフィルはかつて、アザルファの肉体を滅ぼしたという。そこだけは、ザフィルを褒めてやってもいい。
衣装回廊を抜けた。後ろには、シルリネアとヴェンツェルがついてきている。
シルリネア。
あの弟が執着する娘。話せばなるほど、弟好みの娘だと思った。
強い。
筋の通った強さだ。決めたことは曲げない頑固さと言ってもいい。
腕っぷしではなく、在り方が強い。
——シルリネアを守ってください。お願いします。
メイランは、手紙の末尾をそう締めていた。
悪文で悪筆の弟だが、懸命に書いたことだけは伝わってきた。
ザフィルだのアザルファだのは、影嵐にはどうでも良いことだった。親父と華嵐がなんと言おうと、断るつもりだった。
だが、最後の一文が影嵐を動かした。
本当はあいつが守りたかっただろうに。
他人に委ねなければならないのは、さぞ悔しかっただろう。
一旦執着すると、手放せなくなるくせに。
断腸の思いで託されたものを、引き受けない理由などなかった。
長い通路の先の、下り階段。
この先が、鏡の間だ。
影嵐は迷いなく足を踏み入れた。




