第二十六話
マルは舐めていた。
リザードマンを舐めていた。
四種族を舐めていた。
四種族の使う魔法を舐めていた。
この一カ月間,対人戦で圧勝してきた彼は,これといった苦戦もせず,ほとんどの交戦で相手にまともに魔法を使わせる間もなく,目にもとまらぬ速度で圧倒してきた彼は,想像することが出来なかった。
彼らの使う魔法が,こんなにも恐ろしく,自身の命を刈り取るには十分すぎる威力を持つモノであったことを・・・。
ぽたッ,ぽたッ・・・
山の中
右袖にぐっしょりと血が滲んでいる。
左手で抑えている右腕をつたって,赤黒い血液がしたたり落ち,地面に積もった落ち葉にはねている。
「はぁ・・・はぁ・・・。」
マルは木の陰に隠れながら,アルカナの攻撃が飛んできた方向を伺っていた。
額からは,脂汗が滲み出ている。
─・・・どうやら,二発目はこないらしいね。
(そう,みたいだな。)
ビクッ!
木の葉が擦れる音がして,マルは瞬時に音の方に顔を向ける。
そこにはリスがいた。リスが木の枝の上にいた。
二足で直立し,不思議そうな,きょとんとした表情で,マルに目を合わせている。
そんなリスを見つめ続けるマル。
─・・・怖いかい?
「・・・!」
アルフレートからそんなことを言われ,マルは一瞬驚いて顔を前に戻し,「フッ」と笑った。
(ああ,そうみたいだな。)
恐怖。
思えば久しぶりの感覚だ。
命が危ないと感じる感覚。自分の力じゃあどうしようもない困難が目の前にふっと現れた時に感じる絶望感。
あれはまさしく砲弾だった。
透明な,しかし形と輪郭を持った巨大な何かがマル目掛けて一直線に飛んできた。
アルフレートの声で何とか避けることはできたものの,右腕をかすってしまった。
すごく痛い。すごく恐ろしい。
危なかった。あと一瞬でも反応が遅れたら,俺は今頃あの砲弾に押しつぶされ,吹き飛んでいた。
マルは,先ほどまで自身がいた場所に視線を送る。
マルが身を隠していた茂みは,通った砲弾によって見るも無残な風穴が空いており,地面には,巨大なスプーンでくりぬかれたみたいな大穴ができていた。
濡れている。
砲弾が通った茂みも,砲弾が激突した辺りもびしょびしょに濡れている。
マル自身もびしょびしょだ。
服がぐっしょりとなっていて,重い.
砲弾が地面に直撃した際,とてつもない水しぶきがマルの全身を襲ったのだ。
水の魔法による攻撃だ。
肌寒い。
全身が濡れた服に覆われている所為で,体温を奪われ続けている。
─震えてるね。マルくん。
その言葉で,マルはようやく自身の身体が微かに震えていることを認識する。
寒さからだろうか。それとも,恐怖からだろうか・・・。
─やめるかい?
「まさか。」
考えるより先に,口が動いた。
そのことに,マルはまたもや一瞬驚き,また「フッ」と笑った。
(・・・絶対辞めねぇよ。この程度で諦めてるようじゃ,バツに合わせる顔がねぇ。)
震えはもうない。
口角を上げ,強いまなざしで前を見ている。
─・・・そう来なくっちゃね。




