朝
この小説では、
「温かい」は寂しいの対義語
騙幸人(アリシア達)が使っている言語で
この言葉は翻訳できなかった為、
便宜上、「温かい」と表した。
人との親密な関係の少なさからくる
不快を「寂しさ」で、
人との親密な関係の多さからくる
快が「温かさ」
...そろそろ、起きようかな。
お腹が空いた。
目が覚めてから、ぼんやり、
密着してるアリシアの感触を楽しんでたら、
22分くらいが経った。
トウァ「アリシア、起きてる?」
アリシアの胸に
頬を埋めながら聞く。
アリシアのおっぱいは
相変わらずフニュフニュと柔らかい。
アリシアは仰向けになってて、
今、自分はそのアリシアの胸を
枕にしているのだ。
アリシア「起きてるよ」
アリシアがゆったりとした
声で答える。
トウァ「じゃあ、ご飯、食べよ」
体を起こし、アリシアの顔を見る。
アリシア「うん」
アリシアはそう言って、起き上がると
肩掛け用紐付き袋を開き、
小さな袋を2枚、地面に敷いて、
その上に焼き軟葉と
焼き死生物を置く。
アリシアの手は死生物を覆う
粘液でちょっと汚れて、
アリシアはそれをペロペロと舐め取る。
言ってくれれば自分が舐めるのに。
トウァ「焼き軟葉かー
丁度、食べたかった」
昨日は甘い物を食べたし、
今日はお肉が食べたい所だ。
アリシア「でしょー?
甘い系と塩っぱい系、
交互に食べよっかなと思って。
だから、明日はまた、
ラヴダーナッツとか食べよっかな」
トウァ「うん。それがいいよ」
アリシア「じゃあ、食べよっか」
アリシアがご飯を用意し終えて言う。
トウァ「うん」
焼き軟葉を手で掴む。
手が汚れる感触がして、ちょっと不快だ。
箸を持って来てないから仕方ないんだけど。
焼き軟葉の見た目は
いつも食べてるお肉だ。
やっぱり、いつも食べてたお肉は
焼いた軟葉だったんだろう。
と言っても、肉の種類は色々あるから、
この見た目のお肉以外のお肉は
何だったのかは、よくわからない。
軟葉と同じ系統の
生き物が他にいるんだろうか?
そんな事を考えながら、
1口で食べるには
ちょっと大き過ぎる
焼き軟葉に齧りつく。
軟葉の、歯と歯に挟まれた部分から
肉汁がジュルルルと出る。
ちょっとウザいくらいたくさんだ。
この肉汁の味は水と油を混ぜて
旨味を添加したって感じだから、
何かの汁に混ぜたら
丁度、良さそうだな。
その肉汁に、軟葉に付着した塩が混ざって
いい感じの味のなってて美味しい。
ふと、アリシアに目をやる。
アリシアは軟葉を
両手で持ってガジガジ噛んで食べてる。
なんか可愛い。
トウァ「喉、乾くね」
水をゴクゴク飲む。
塩っぱい物を
食べてると喉が渇くものだ。
アリシア「うん。
ちょっと、塩、入れすぎちゃったかな」
焼き軟葉は味付けと防腐の為に、
塩と共に袋に入れて揉みしだいた。
トウァ「別にいいんじゃない?
水はいくらでも手に入れられるし」
塩水濾過器を持って来ているから、
水は川からいくらでも得られる。
アリシア「それもそっか。
...てか、そしたら、
塩水濾過器、壊したらヤバいよね。
水が飲めなきゃ死んじゃうし」
トウァ「あ、確かに」
ちょっと怖くなる。
アリシア「まぁ、機械が壊れる事って
そうそうないから大丈夫かな」
トウァ「それもそだね」
機械はめったに壊れない。
買ってから33年、44年、
使ってる機械でも壊れる事は珍しい。
アリシア「ていうかさ、
大抵の機械は、前に使ってた人がいるって
愚働の人が言ってたから、
私達が使っているこの機械って、
いつ作られたのか、よくわからないよね」
そう言えばそう言ってたな。
労働で使われてたけど、
使ってた人が高人になって、
つまり、死んだら、
また別の人が使うんだっけ。
トウァ「そしたら、あの塩水濾過器も
121年、242年って色々な人に
使われて来たのかもしれないね。
なんか、そう思うと不思議な気分」
昔々、自分達が生まれる遥か前にも
自分達が今、持っている機械を
使ってた人がいるのかもしれない。
アリシア「そうだね。
私達が生まれるずっと前にも
私達みたいな人がいて、
私達の様に生きてたんだよね
そして、これからも。
殺処分...されちゃうから、
44歳より歳が上の人は見た事がないし、
人が産まれる瞬間も、死んじゃう瞬間も
見た事がなかったから、今まであんまり、
実感が湧かなかったけどさ、
ずっと、昔から騙幸人はいて、
その騙幸人は子供を産んで、
子供が大きくなって、
その子供が更に子供を産んで、
その頃には、その子供を産んだ人は
死んじゃって...そんなのを
ずっと繰り返してきたんだよね。
私達はそんな繰り返しの
1つなんだよね」
アリシアは漆黒の空を
ぼんやり見つめながら言う。
アリシアの話は気が遠くなりそうだ。
何代もの人生が脈々と続き、
繰り返されてきた事を
想像すると気が遠くなる。
だって、1つの人生すら、
今の自分にとっては
終わりがない様に思えるくらい長い。
10年後が訪れる事にだって
実感が湧かないのだ。
自分達、騙幸人の、
生命が生まれ消えた数は
無限ではないだろうけど、
自分達が想像して、
実感できる数なのだろうか。
トウァ「...アリシアって
いつから始まったんだっけ?」
アリシア「人永時真伝には、
5つの人類種からなる支配階層は
ツァリア暦の始まりと共に
始まったかもしれないって書いてたね。
今はツァリア暦1073年だから
1073年も前。
それに、あくまで
1073年前に今みたいな社会が
生まれたってだけだから、
それ以前も私達、騙幸人は
この存在で暮らしてた筈だよ」
トウァ「すると...そもそも、
騙幸人はいつ、どうやって生まれたんだろ」
アリシア「...公域SLに埋められた
書物に書いてるといいね」
わからない事だらけだ。
焼き死生物を掴む。
すると、死生物を覆う
透明な粘膜にヌルヌルした感触がする。
透明だから見ずらいけど、触ってみると、
薄い粘膜が張っているのがわかるのだ。
この粘膜はタレとも呼ばれてて、
実際、この粘膜は塩っぱいから、
死生物を食べる時、
調味料としての役割を果たす。
トウァ「死生物ってヌルヌルしてるよね」
アリシア「うん。
滑って落としちゃいそうだね」
実際、今まで何回も落とした事がある。
トウァ「なんかさ...
なんかだけど、性的な感じする。
ヌルヌルしてるのって」
ふと、思った。
アリシア「...意味わかんないよ」
アリシアは真顔で答える。
トウァ「...そっ...かー」
真顔で否定されると
ちょっと、恥ずかしくなるな。
死生物を噛む。
いや、軽く、歯を押し当てる。
死生物は空気に触れると
体がどんどん脆くなってって、
1日も経ったら、
歯で軽く挟んで引っ張るだけで、
身が骨からスルリと取れる。
だから、噛むというより、
歯を押し当てるだけでいいのだ。
アリシア「25時になったら、
釣竿を回収しに行くけど、
それまで暇だね」
トウァ「今って何時?」
自分にはわからないけど、
アリシアにはわかる。
アリシアは脳内時計が正確なのだ。
アリシア「19時5分」
もうそんな時間か。
トウァ「大分、寝たんだね」
昨日は10時半に寝たから
8時間半も寝た事になる。
まぁ、昨日は2時間も寝てなかったからか。
~アリシア「ねぇ、トウァ。
トウァはさ、親に会ってみたい?」
ご飯を食べ終え、アリシアが言う。
トウァ「親...」
人永時真伝で初めて知った言葉。
人は人が性行為で作られる。
そして、作られた人間は
性行為した2人の形質を
受け継いでいるらしい。
そして、作られた方を子、
作った方を親と言うんだっけ。
アリシア「ピンと来ない?」
トウァ「うん。ピンと来ない」
素直に言う。
自分は、子が親をどう思い、
親は子をどう思うのか、知らない。
親と子はどう関わり合うものなのか
自分は知らない。
だから、会いたい訳でも
会いたくない訳でもないのだ。
親というものに何の感情もない。
強いて言うなら、少しの興味くらいだ。
トウァ「...でも、
どっかで会ってるんだよね?
ある学区で生まれた人は
その学区で生きるだろうし、
親と子は同じ学区にいる筈で、
学区の人口は1333~1466人だから、
何年も学校に通ってたら、
全員、1回は顔を見る筈だから」
アリシア「確かに、そうだね。
そっかー。私が今まで見た人の中に
私の親がいるのかー。
あ、でも、私の片方の親は
支強人だろうから、
学区にいるのは、片方の親だけだね」
アリシアは嬉しそうに言う。
自分はあまりその嬉しさがわからない。
親と自分は似ていると言うけれど、
自分に似ている人は思い付かないし、
大して似てないんじゃないだろうか。
親と子の関係性は、
大してないんじゃないだろうか。
アリシア「私は親に会いたいなー。
だって、私と似てるんでしょ?
2人の親は、それぞれ、
私の半分なんでしょ?
きっと、仲良くなれそうだし、
半分、同じなら、一緒にいるだけで、
「温か」そうだよ」
「温か」そう...か。
自分はアリシアといるだけで
十分、「温か」いし、アリシア以外の人に
「温か」さを感じないと思う。
アリシア以外に人はいらない。
トウァ「そんなもんかな。
中途半端に似てたら、
自分は逆に嫌かも。
似てるからこそ、嫌に感じる事って
ありそうじゃない?」
アリシア「んー、確かに、
それもありそうだよね」
トゥア「自分はアリシアさえ、
傍にいてくれればいいよ。
アリシアと2人なら、何も寂しくない」
アリシアの手を強く握る。
アリシア以外、何もいらないんだ。
アリシア「んー、そっかなー」
ちょっと、素っ気ない反応をされる。
自分じゃ不満なのだろうか。
確かに、アリシアには
頼られると言うより、
頼っちゃってるとこはあるけど...。
アリシア「別に、トウァは好きだけど、
やっぱり、たくさんの人と
仲良くしてる方が「温か」くない?」
トウァ「そう...なのかな?
ピンとこない。
アリシアくらいとしか
仲良くなった事ないし、
アリシア以外の人と
仲良くしたいと思わないなー」
そう言うと、アリシアは
少し悲しそうな表情をする。
共感して欲しかったのだろうか。
申し訳なく感じる。
自分は、この世界に、
自分とアリシア以外の
人間はいなくても良い気がするけど、
アリシアは、たくさんの人が
いて欲しいみたいだ。
アリシアが、自分の親の1人と
同じ人類種だろう、
支強人に会いたがるのも
きっと、そういう事なんだろう。
アリシア「私はやっぱり、
色んな人と仲良くしたいかな。
リサラさんとか、
友達だったミリアちゃんとかとも
一緒にいれたら嬉しいし、
代わりって訳じゃないけど、
ミリアちゃんみたいな、
同じくらいの歳の友達、欲しいしさ。
それに.....」
トウァ「それに?」
アリシア「フフッ、なんでもない」
~釣竿を置いた川沿いに着いた。
さっき、アリシアに起こされて、
言われるがまま追いてったんだけど、
寝過ぎたせいか、
すごく意識がぼんやりする。
ご飯を食べてから8時間くらい、
アリシアとずっとダラダラしてた。
アリシアと2人で横になって喋る。
それだけで、楽しいのだ。
最初は顔と顔を合わせて喋ってたけど、
6時間くらい経つと、甘えたくなって、
アリシアの胸に顔を埋めて抱きついてた。
そしたら、だんだん眠くなって、
結局、また2時間くらい
眠っちゃった。
そのせいか、寝過ぎて変に疲れてるし
頭が妙にぼんやりしてる。
アリシアに起こされてから、
ここまで歩いた記憶が
全然ないのはそのせいだろう。
釣竿の回収に来たんだっけ。
釣竿を両手で持ち上げて後ろに歩く。
引っ張られた釣竿から、
2本の釣り糸が見る見る、
水面から出て行き、
2匹の死生物が浮き上がった。
アリシア「釣れたねー」
トウァ「うん」
死生物は地上で
体をバッタバッタ揺らす。
5秒ほど、動くと
死生物は動きを止めた。
死生物は地上に上げられると
すぐに死んじゃうのだ。
その死生物をアリシアが両手で、
片手に1匹ずつ握る。
アリシア「じゃあ、早速、焼こっか」
トウァ「うん」
肩掛け用紐付き袋を下ろして、
中から油燃式発火加熱器と
袋に入った油を取り出す。
そして、死生物を
油燃式発火加熱器の上に置き、
その側面に付いてる
取っ手を引いて、中に油を注ぐ。
油燃式発火加熱器は
そんなに大きくないから、
死生物を2匹、
乗っけたらいっぱいいっぱいだ。
側面に付いている
突出度式切り替え機を押す。
その瞬間、ボッと音がしたかと思うと、
コォォォォォというハスキーな音が響く。
前も思ったけど、やっぱり、
この音は人の声みたいだな。
体育座りをして、
ボーっと焼きあがるのを待つ。
眠い訳じゃないけどクラクラする。
アリシアが自分の横に座ったから、
そのクラクラに身を任せて、
ちょっと、勢い強めに
アリシアにもたれかかる。
アリシア「もう、ほんと、
トウァは私にくっつくのが好きだね」
トウァ「なんか、寝過ぎてクラクラするの」
アリシアの腕に抱きつく。
いや、しがみつく。
アリシア「そっか」
アリシアが自分の頭を撫でる。
そんな事されちゃったら、
余計、クラクラしちゃう。
トウァ「アリシアは大丈夫なの?」
アリシア「私はそんなに
寝てなかったからね。
スヤスヤ、私の胸で寝てる
トウァをずっと見てたよ」
トウァ「ふーん」
目を瞑る。
すると、油燃式発火加熱器の音が
やけにうるさいく感じる。
寝過ぎたからか、
クラクラしてて目を瞑りたくなるのに、
眠りそうにはない。意識が確かにある。
とりあえず、死生物が、
焼きあがるまで目を瞑って休んでいよう。
~長い様な短い様な、
2分くらいの時間が経つ。
アリシア「そろそろかな」
アリシアが、油燃式発火加熱器の、
突出度式切り替え機を押す。
うるさい音が消えたのに気付いた。
そろそろ、起きなきゃ。
アリシアにもたれてた体を起こす。
アリシアが油燃式発火加熱器の上を
覗き込んで、指先でつついて
死生物の焼き加減を確かめる。
アリシア「うん。大丈夫かな」
焼く前の死生物の粘膜は
サラサラしてて空気中だとポトポト零れる。
だけど、焼くと粘膜が濃く、
ドロドロになって、
ポトポト零れなくなるのだ。
だから、焼き加減は触ってみればわかる。
アリシアが焼きあがった
死生物を袋に詰めて、中に塩をいれる。
それを自分はぼんやり見る。
手伝わないでぼんやりと。
自分はめんどくさがりで
すぐにアリシアに
頼っちゃう性格なのかもしれない。
アリシアに頼っちゃう性格...
アリシアに甘えてばかりの人...
それは自分だけで良い。
アリシアが死生物の作業を終え、
立ち上がって言う。
アリシア「じゃあ、行こっか」
アリシアがサッと手を差し出す。
その柔らかな手を握って、
自分も立ち上がる。
トウァ「うん、行こっか」
今日も1日が始まった。




