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27:高機動剣豪機

 ジークリンデの迎撃インターセプト術式は、サンドール師の言葉を元にして作られている。

 サンドール師の故郷で『凶暴なイタチ(ワイルドウィーゼル)』という戦術を元にしたそれは、相手側の殺意、害意を感知して全自動で反撃を行うという術式だ。

 さすがにジークリンデも空中に飛翔する矢を一本一本丁寧に狙って射落とすという離れ業は持たない。



 だからこそ自分以外を狙った、交戦中の傭兵に対する同士討ちまでは防げなかった。

 第二射の準備を行う相手に、誤射ではなく確信犯であると理解する。


「……予想より一回り上の馬鹿だったか!」


 ジークリンデは思わず罵倒した。

 以前元騎士達を救う際に使った爆撃魔術もあるが、敵陣奥地の相手を狙うには射程が足りない。

 もちろん彼女は飛行魔術さえ扱える。敵地に接近して攻撃を行えるが、飛行制御に集中力と魔力を持っていかれるため、安全な場所以外では使いたくない。

 爆撃魔術を空中炸裂型に切り替えてみるか? と自問自答するが、それをやると今度は彼女自身の身に危険が迫る。

 何より敵を守るために自らの身を危険に晒すような無用のリスクは犯せない。


「まったく、どういうつもりだ」


 指揮官であるヴァカデスがとち狂ったのだと察しは付く。指示を仰ごうとジークリンデは『糸伝令』を介してレオノーラと通話した。




『しっぽ女、どうする? これはさすがに計算外だよ』

「時々想像を絶することをなさいますのね、あの失禁男。やはりイスハルを見殺しにしたあの日追いかけてそっ首捻じ切ってやればよかったですわね」

『大いに同意だがね、言っても詮無いだろう』


 レオノーラは仲間の指示を仰ぐ言葉にぼやきながら考える。


「……このままで構いませんわよ。すでに戦いの趨勢は決しています」

『……了解。無意味な抵抗をしてくれるもんだ』


 ジークリンデも指示に反論はしない。

 もう趨勢は決した――それは彼女達二人の共通認識だった。

 傭兵達は後方から弓矢で射掛けられ、逃げ道を封じ込まれている。この時点で契約は完全に破棄となり傭兵は四方へと逃亡しても良かった。

 しかし正面には獣氏族の精強な兵が押し寄せており、後ろからは味方のはずだった相手が弓矢を構えて逃走を封じている。

 


 もはや彼らが生還するには正面の獣氏族の陣地を正面突破して逃げる以外にないのだ。

 だが……獣氏族の兵を率いる前線指揮官から『糸伝令』を介して意志が伝わってくる。


『こちらは前線だ、敵の予想外の抵抗に驚きはしたし、哀れみも覚えるが――問題はない、潰す』


 悲しいかな、普通の傭兵と人工筋肉帯で強化された獣人の戦士とでは根源的な能力差がある。

 彼らの必死の抵抗に負傷はするが、こちらが一人傷を負う代わりに相手を三名ぐらいは絶命へと追い込んでいた。

 督戦部隊という外道の統率法を用いようが、もう勝敗は変わらない。 

 レオノーラは唇を噛んだ。


(もしわたくしが、獣氏族の兵に『戦闘を中止し後退せよ』と命じれば、敵の傭兵は散り散りになって逃げるでしょうけど……殺意をぶつけ合い、殺し合いをしている最中にそんな命令を出せるはずがありませんわ。味方に無用の被害を出してしまいますわね。

 ヴァカデス、馬鹿の国の馬鹿王子、おかげで意味のない死者が増える一方ですわよ!)


 嫌悪と腹立たしさでしっぽを怒りに膨らませながらレオノーラは毒づいた。

 相手のせいで、今や戦場は無意味な死を量産する馬鹿げた戦が続いている。

 起死回生の一手を潰された相手に出来る最善の手は、粛々と引き上げるだけ。なのにここに来て無駄に邪悪な行動力を発揮した相手に怒りしか感じない。


 問題はない……問題はない……レオノーラは自分自身に言い聞かせた。

 無意味な死が続くが、それはヴァカデスの愚かさが原因で自分達の責任ではないのだ。このまま戦闘を継続し、傭兵を、獣氏族の戦士を続ける意味のない戦いで死なせて、その果てにある勝利を掴めばそれでいいのだ……。


「だめだよ、レオノーラ」


 だが、その迷いを見透かしたようにイスハルが言葉を発し。

 そしてサンドール師の遺品、上位高機動型ハイエンドモデルが偽装を脱ぎ捨ててゆっくりと立ち上がった。

 その様子に、彼が何をしようとしているのか瞬時に理解してレオノーラは思わず叫んだ。


「……イスハル! 駄目ですわよ、あなたがそこまでする必要はありません!」

「レオノーラ、それはいけない」


 イスハルは静かに微笑んだ。彼女が自分のためを思っている事は分かっているけど、それだけは見過ごせないと嗜める。


「このままの状況が続けば死ぬ必要のない人が死ぬ。……けれど、俺なら……俺と――こいつなら、それを止められる。そうだろ?」


 そうだ。

 レオノーラは頷きこそしなかったが、心の中ではそれを認めた。

 飛行さえ可能とする圧倒的な機動性能。触れ得る全てを溶断するビームサーベルを振るう、ほかと隔絶した性能を持つあの自動人形ならば、この無意味に生産される死を食い止める事ができるだろう。

 

 そうすれば何が残るか。

 以前獣氏族の中で上位高機動型ハイエンドモデルを動かしはしたが戦闘力は見せていないし、レオノーラの意志を無視できない獣人が大勢いるあそこなら、言わなくても黙ってくれるだろう。


 だが、今回は違う。

 上位高機動型ハイエンドモデルの性能を披露すれば数千単位で能力が人づてに広まる。一度そうなってしまったら、噂を消すことは不可能だ。

 ハルティア王国の事情に詳しい人間なら、その圧倒的な能力からサンドール師の遺産を引き継いだものがいると突き止めるだろう。

 それはイスハルを狙う人間を大勢増やす結果になる。


 だから、レオノーラはこの提案をしないつもりだった。

 ここで獣氏族や傭兵たちに、落とす必要のない命を捨てさせ、その代わりにイスハルの身の安全だけは確保するつもりだった。

 すべてはヴァカデスのせいだから、自分は何も悪くないのだと言い聞かせて。


 罪悪感は、すべて彼女一人で呑み込んで終わりにするつもりだったのだ。


「すべてはヴァカデスが無意味な督戦など行うからですわよ、あなたがそんな無用なリスクを負う必要なんかどこにもないのですっ」

「けれども、レオノーラ。しっぽがしょげてるじゃないか」


 え? とレオノーラは振り向いて、無意識のうちにだらんと元気なさげに項垂れている自分のしっぽを見た。

 けれども自分で振り向いて確かめるなんて、認めたようなもの。心の中が彼にばれていたのだと思って恥ずかしさで顔を赤らめる。

 だが、それも一瞬。気を取り直し、確認のつもりで問いかける。

 

「……イスハル、あなたは自分が何をなさるおつもりか、その結果がどうなるか、わかっていらっしゃるの?」

「ここで、上位高機動型ハイエンドモデルを全力で振り回し、傭兵たちに逃げる隙を与えたら……俺を狙うもの達が増える、そういう事だな?」

「この時の決断が後であなたや、わたくしたちの命を脅かすかもしれません。わかってやるおつもり?」


 イスハルはその言葉に怯んだような顔を見せた。

 自分自身の命ならば自分自身で好きに使えばいい。けれどレオノーラやジークリンデの身の危険を招くかもしれないと言われれば恐れが生まれる。


「……レオノーラは優しいな」

「ちょっ……急にどうして褒めるんですのよ」


 イスハルは、胸の奥底から競り上がってくる涙の衝動を堪えた。

 彼女が苦渋に満ちた沈黙をしていたのは、イスハルの身の安全を思って。その真心が本当に嬉しかったからだ。

 口ごもったレオノーラの代わりを務めるように、『糸伝令』を介してジークリンデの声が脳裏に響いた。


『……駄目だよ、しっぽ女。一度こうと決めたらイスハルはもう梃子でも動かないさ』

「ごめん、ありがとう」


 レオノーラは嘆息と共に、仕方ないと微笑んだ。

 彼の中に宿る善性はこんな無用な死など見逃しはすまい。そういう男だからこそ、レオノーラもジークリンデも彼に心惹かれたのだから、ここで何もしないなど、ありえるはずがなかった。イスハルの中に宿るもっとも美しいものに陰りを与えるところだったのだ。

 

「それに……誰かを助ける行為は、決して敵ばかりを生み出すわけじゃないよ」

「どうしてそう思いますの?」


 傭兵など暇な時には農村を略奪するような人非人が大勢いるろくでなしの集まり。どうしてそのように思えるのだろう? 

 見つめるレオノーラに、イスハルははにかんだ笑顔を見せる。あら、かわいいとレオノーラはしっぽを揺らした。


「誰かを助けたら、めぐり巡って助けてくれる。そういった善意の輪の中で俺は君に出会ったんだ、レオノーラ。君がいたから、この世はまだ捨てたものじゃないって信じられる」

「ッ……」


 レオノーラは愛しさのあまり、イスハルを抱き締めて喉を鳴らしたくなったが、かろうじてそれを堪えた。

 そんな様子には気付かず、イスハルはゆっくりと起き上がる師の遺品を見る。


魔力繊維マナファイバー、クールからホットへ。稼働状態へ移行」


 そうしてから……頭部に刻まれた文字に視線をめぐらせた。


「いつまでも上位高機動型とかは味気ない……お前の名は――ヨハンネス。高機動剣豪機ヨハンネスだ」

 

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― 新着の感想 ―
[良い点] 名前付いた―! トリハダ立つほど興奮したロボ好き勢でございます! ロボも燃えますが、無用な犠牲を出さないために、あえて表舞台に立つ決意を見せるイスハル君の男気! うーん、見事な主人公っぷ…
[一言] 高機動型というと、国民的MSのバリエーションプラモ第一弾のアレを連想してしまう…。 ヨハンネス「あれトハは違イマスヨ」
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