↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

26/62

26:最低の決断(王国視点)


「か……勝てるのではなかったのかぁ!」


 ヴァカデスは戦場に広がる味方の無惨な有様に絶叫した。

 数で勝敗が決すると思う、子供の算数めいた考え方しかできない暗愚の王子は理解ができない。


「ヴァ、ヴァカデス様、これはもう逃げるべきかと……」


 配下の貴族があたふたした様子で提言する。

 獣氏族の戦士と交戦する傭兵部隊は、数で勝るにも関わらず突き崩され、戦列を維持できていない。相手が獅子吼(ロア)を発せば殺気に金縛りにあった傭兵は竦みあがり、巻き藁の如く一方的に斬り倒されていく。

 彼らを援護すべき弓兵も、陣地中央に位置するジークリンデただ一人に集中して動けない。あの絶大な火力が味方部隊に降り注げば壊乱は加速し、今よりはるかに酷い状況に追い込まれるのが目に見えていたからだ。


「や……役立たずどもがぁ! 数を揃えてこのざまかぁ!」


 罵倒の声を張り上げる。

 数を揃えたほうが勝つ、という考えは決して間違いとは言えない。しかしそこに、相手と同水準の戦闘力、十分な兵站、士気、指揮官などが揃って、初めて『数が多い方が勝つ』という基本が通じる。


 ヴァカデスはそこがわかっていなかった。


 敵は傭兵より遙かに精強な獣氏族の戦士。財政は穴の開いた水槽に等しく一戦する以外に後がない。金にしか興味のない傭兵の士気、生え抜きの騎士を調略され、戦歴の浅い騎士で揃えた指揮官。

 それなりに戦らしい状況になっているのは、1000対7000と兵力で勝っているからだ。

 もしこれが獣氏族1000、ハルティア王国側3000程度の兵力差であったなら一撃で突き崩され、もっと早く勝敗は決していただろう。


「ヴァカデス様……後方に回った騎士団が撃退された模様」

「く、くそぉ!」


 かつて10分の1刑を共に生き残った友人の騎士達が奇襲を仕掛けたが、それも失敗。起死回生の一手もしくじり、もう勝ち筋が見出せない。

 ヴァカデスの股間が知らずと熱く湿った。

 間近に迫る戦の気配。相手はこのヴァカデスの首を目指して進軍している。今すぐに逃げなければ、と臆病が心の中で膨れ上がる。


 だが……とヴァカデスはなけなしの勇気を振り絞った。

 前は臆病風に吹かれて一目散に逃げ出した。だがその結果こそが、今ではないか。

 自動人形を統率するイスハルを手放した結果がこれだ。

 友人を撲殺する経験をし、昼も夜も手に残る棍棒の手ごたえと幻覚に悩まされたのだ。

 そしてヴァカデスも自分を庇護してくれる父王を軟禁し、その指と舌を切り落とした。父も今度は許してくれまい。もう退路もなく、父が親子の情で尻拭いなどしてくれるわけがなかった。


(勇気を出せ、ヴァカデス!

 逃げれば、ここでもう一度逃げてしまえばもっと酷いことになるのだ!)


 彼はキリリと表情を引き締め……戦局を変えるべく高らかに宣言する。


「弓兵に命じよ! 射撃目標は傭兵どもの陣地の尻だ! 逃げさせるな! 撃て!」

「ヴァ、ヴァカデス様! ええい……狂を発したか!」


 傍仕えの貴族が驚愕するのも無理はない。

 王子が命じたのは友軍への明確な攻撃である。

 獣氏族に突き崩され壊乱寸前の傭兵を、退路なき死兵にする一手ではあったが、危険な博打だ。

 傭兵はハルティア王国への忠誠心など持ち合わせてはいない。あるのは戦後の報酬に対する契約だ。だがもしここで矢を放てば、王国はお互いの契約を一方的に破棄する形となる。

 こうなると傭兵は契約を守り戦う必要さえなくなる。そのままヴァカデス率いる軍に殺到する恐れさえあった。


「弓など撃てば奴らがこちらに来るかもしれませんぞ!」

「どうせこのままだと負けるではないか!! 反論するなら対案をだせ!」


 それはヴァカデスが現実を初めて正確に認識した記念すべき成長の瞬間であり……最悪の蛮行を決断させた最悪の瞬間でもあった。

 傍仕えの貴族はヴァカデスの言葉に押し黙った。

 彼もこの状況をひっくり返す案などない。そしてここで勝利し、イスハルを手に入れられなければ、最後には破滅するとも分かっていた。

 

「か、勝ちたければ賭けるしかなかろう!」


 間違いとは言えない。

 手段が唾棄すべき最悪なものであろうとも。


「始めろ!」


 ヴァカデスは再度命じる。

 かつて逃げ出した結果がもたらした友人殺しへの恐怖と罪悪感、ここで勝たなければ後がないという思いでさらなる愚行を積み重ねた。




「目標は、前方の傭兵部隊、その後背だ」

「……もう一度言ってくれ、なんだって?」

「目標は前方の傭兵部隊だ! 早くしろ!」


 もしここがヴァカデス王子のいる本陣より遠く離れた位置だったなら、最後に残ったわずかな騎士達は正気を疑う命令の正誤を確かめる名目で伝令を送り、時間稼ぎができたかもしれない。

 しかし距離は近く、伝令も時間稼ぎにさえならない。

 相手が剣に手をかけ、命令実行を待つ姿に、もう時間稼ぎもできまい。


「……目標、前方の傭兵部隊、その後列に対し一斉射! 当てる必要はないぞ、至近に向けて撃て! 繰り返す! 目標は前方の傭兵部隊!!」


 どうか外れてくれ、と内心で呟きながら命じる。

 上の考えは瓦解寸前の傭兵部隊に対する督戦行為。幾ら金で雇われた兵とはいえ、自分達の側に立って戦う仲間に射掛けることは良心がキリキリと痛んだ。

 命令を受けた兵士達も顔を見合わせる。

 だが……繰り返し発された言葉に、もはや聞き違いではないと青ざめながら理解した。

 

 ……督戦部隊に求められるのは仲間殺しさえ意に介さぬ冷酷さ。

 そんな心構えなど持つはずのない兵士たちは震える腕で矢をつがえ……一斉に撃ち放った。


 狙いを孤軍で戦う女魔術師にしなかったせいだろうか。

 矢は迎撃される事もなく、傭兵たちの後列近く、地面に突き刺さり……運の悪い数名を射殺した。


 傭兵たちの陣地に動揺と憎悪が広がったのが分かる。

 獣氏族の陣地からも困惑が溢れる。予想外の凶行に戦場が一瞬停止し――。


「第二射用意! 役立たずな傭兵どもの尻を前に蹴り飛ばしてやれぇ!」


 ヴァカデスの狂乱したような金切り声が、弓兵に味方殺しの悪夢はまだ続くのだと告げた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] これ鏃折って射ればよかったのでは。 飛ぶかは知りませんが。 督戦隊は本来居るだけ、に留めておかないといけないんですけどね。
[一言] >それはヴァカデスが現実を初めて正確に認識した 違う、まだ正確じゃない。 もう詰んでるんだよ。挽回の目も起死回生の手もないんだよ。
[一言] 兵が哀れだ・・・
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。