25:そこまで馬鹿とは思わなかった
自動人形は農耕、戦争に使用される優秀な労働力、軍事力であるがもちろん向き不向きがある。
二メートル半ほどの体躯に外装を取り付けたそれらだが、魔力繊維を潤沢に用いた上位量産型などを除けば白兵戦では俊敏さに欠ける。
戦争において自動人形は『人間には絶対に引けないような強弓を数十体単位で発射可能』という射撃戦や、陣形を組んでの方陣で押し潰す戦いを主流としていた。
自動人形の運用に詳しいハルティアの騎士達は、ろくに数をそろえていない二機を見て、馬鹿め、と内心ほくそ笑んだ。
「いくぞぉ! 蹴散らして背後から討ち、武勇を示せぇ!」
ハルティアに騎士がいないわけではない。
しかし獣氏族の人間はこれ見よがしに大量の内通の誘いをかけてきたせいで、信頼できる実戦指揮官は少数になる。
残った候補の中で一番マシという理由で選ばれた指揮官は、その選考理由に相応しく……視界に入る、奴隷の首輪をはめたイスハルの事など念頭にない。
ただ敵を撃滅して手柄を立てることしか頭になかった。
二機の自動人形など無視して獣氏族本陣を狙う――最短距離であるその間を縫って前進しようとした瞬間……指揮官の男は突如として首に冷たく鋭い感触を受けた。
何かに攻撃を受けたのかと周囲を確認しようとしたが、それを行う力が全身から抜け落ちている。
そして、自分の体が宙から地面に落ちる感覚と――首なしの騎兵が馬から崩れ落ちていく光景を見て、冷ややかな予想が脳裏を駆け巡る。そうか、あの首なしは、俺の――。
遠距離では察する事さえ困難な細い糸。
首の高さに位置するよう調整された斬撃糸に赤い鮮血が滴った。その糸はイスハルたちの両脇に直立する自動人形の掲げるスコップに繋がっている。
「な、やばいっ、避けろっ!」
具体的に何が張り巡らされているのかは分からなくても、二体の自動人形の間を潜った騎兵が首を落とされて絶命する姿を見れば罠があることは察せられる。
犠牲者のすぐ後ろにいた騎兵は即座に馬首を返そうとするが、出来ないものも多い。
騎手の突然の命令に健気に従おうとする馬だが、無理な指示にたまらず馬体を崩して横転してしまうものもいる。
悲しげな嘶きの音が響き、騎士がしたたかに地面に激突して身を起こそうとし……のそり、と黒い影が視界に広がる。至近距離まで転がってきた騎士を、スコップ構えた自動人形が覗き込み……先端部分を勢いよく振り下ろす。
「回れ、糸だ! 罠がある!」
「糸ならあれが狙いの奴隷だろ!」
「いや、好機だ! この戦の目的が間近にいるぞ、掴み取りだ!」
そして列の後列にいた騎士たちは『斬撃糸』の罠に気づいて、二機の自動人形の外側から回り込むように疾駆する。
彼らはイスハルがこの戦の目的である奴隷と気付いた。
その両眼が手柄に対する欲望でぎらぎらと輝く。だがイスハルはうっとおしい視線を浴びて不快げに目を細めるのみだった。
「いいか奴隷、そこを動くなよぉ!」
卑しい奴隷風情は自分の命令を聞く、そんな無根拠な傲慢に満ちた声を発して迫ってくる。
人形の外から回り込もうとした彼らは――次の瞬間、足元を踏みしめる馬の戸惑う声を聞いた。落下する、地面で、なぜ――困惑する彼らは次の瞬間、足元に広がる大きな落とし穴と……その内側で広がる蜘蛛の巣のような『粘着糸(スパイダー』に全身を固め取られた。
「どこに陣取るか、事前に決めていたなら罠を張るよ。普通だろう?」
「きさま……武人の誇りはないのか!!」
イスハルは面白そうに笑った。
『粘着糸』に纏わりつかれ、身動きが取れない相手の顔に記憶を刺激される感覚があったのだ。
「……ああ。あなた。見覚えがあるな。ヴァカデスの後ろで見捨てられた俺を見て薄ら笑いを浮かべていた騎士の一人だ」
「貴様のせいで、貴様のせいで騎士たる我が身は10分の1だ! かくなる上は我が不幸の元凶であるお前を手取りにしてやらねば気がすまん!」
まるでこっちが悪いみたいな物言いと思ったイスハルだが、レオノーラが彼の袖を引いた。
「イスハル、来ますわよ!」
「の、ようだ」
自動人形は優秀な労働力であり、事実昨夜も深夜中ずっと作動していた。イスハルが寝ている間もジークリンデが代わりに起きて指示をだし、彼らを操って大きな落とし穴を掘り罠に嵌めたのだ。
だが、さすがに突貫工事。レオノーラが後方から来るであろう奇襲の可能性を考慮し、落とし穴を掘っておいても幅には限度がある。
前列が目視困難な『斬撃糸』に頸部を撥ねられて死亡し、中列が回り込もうとして落とし穴に落ちる……となれば、残された後列は手綱を握りしめ、より一層早く愛騎を疾走させる。
「奴を捕らえろ、10分の1の恥をすすげ!」
残った数は10に満たぬ数か。
前列も中列も半壊に近く、もはや戦の目的達成は自分達に掛かっている。そう信じる騎兵を前に、二体の自動人形が主人であるイスハルを庇う位置に立ちはだかった。
「駆け抜けよ!」
自動人形は力は強くとも動きは鈍重。彼らはそう信じていたし……事実、今までそうだった。
だが、少なくとも目の前の一機はその鈍重な外見と裏腹な、滑らかな動作でスコップを地面に突き立てて、土砂を勢いよく弾丸のようにぶちまけたのである。
これに慌てたのは騎士であり、馬だ。
どんな生物だって目や鼻に土くれをぶちまけられれば驚く。馬は嘶いて前足を振り上げた。
同様に目潰しを受けて視界を失った騎士は、上半身を持ち上げた騎馬から振り落とされ、全身をしたたかに打った。
激痛に苦しみながらも、どうにか起き上がろうとしたところで……その顔面を自動人形の足が踏み潰した。
「ど……奴隷風情がっ! せっかく我がハルティアが貴様の身柄を買い戻してやろうというのに抵抗するか!」
「頼んでねぇよ」
イスハルは軽蔑の篭った眼差しを向けて吐き捨てた。
騎士は自動人形のスコップが届かないギリギリの範囲を避けて回り込み、こちらに来る。
「イスハル」
「だいじょうぶ、レオノーラ」
わたくしが前に、と大戦槌を構える彼女を言葉で押しとどめ、イスハルは自動人形を操った。
「動くなよ、俺が勲功……」
第一だ、とそう叫んだ騎士の頚椎へとスコップの先端が叩きつけられた。
難しい動作をしたわけではない――その自動人形は一歩を踏み込みつつ、片手持ちでスコップを掴んで間合いを稼いだだけの事である。
もしこれが人間であったなら騎士のほうも踏み込みによる間合いの伸びを警戒しただろう。
だがスコップを持った土木用の自動人形は、道具を構えて土を掘るという単純動作しか行えないものだという思い込みがあった。
……動作の単純化は、当時王国の奴隷であったイスハルが脳への負荷を減らすために極力単純な動きしか行わせなかったためだ。
しかし今やハルティア王国の自動人形を制御する必要のなくなったイスハルは、その気になればお手玉させたり読書や料理をさせるなど細やかな作業をさせる余裕がある。
思い込みと現実の差が、間合いを誤認させた。
スコップは道具であり、刃などない。
しかし地面に突き立てるように尖った先端を持つ鉄の塊である。鉄の塊を人間よりも強い腕力を持つ自動人形が全力で打ち込めば、下手な刃物よりも遥かに危険な凶器と化す。
スコップを首に受けた騎士は首を半ばまで切断され、鮮血を噴水のように吹き上げながら崩れ落ちた。
「ひ、引け、引けー!」
「に、逃げるのか、刑を受けた恥もすすがずに?!」
「うるさい! し、死にたいなら好きにしろ!」
同僚の無惨な最期を見てとうとう恐怖が士気を上回ったのだろう。
起死回生の一手として投入された騎士団は、味方全体の勝利より保身を優先した。騎馬ならではの速力を生かして逃げていく。
「大局は決しましたわね」
もはや相手は起死回生の最後の一手も潰された。
獣氏族の兵は正面から数倍の敵を圧倒している。相手が逃げるタイミングに合わせて追撃戦に移行せねば……と意識を戦後に切り替えたレオノーラは、ヴァカデス王子率いる中軍がまた長弓を発するのを見た。
空中へと飛翔し降り注ぐ矢は、ジークリンデの迎撃で全弾撃墜される――はずが、そのまま落下し、狙い通り命を奪った。
射撃はヴァカデスの命令通り――陣列を崩しかけた傭兵部隊を射殺したのだ。
そんな、とレオノーラは呻いた。
これは相手の智謀や計算に対する驚嘆の呻きではない。
そこまで馬鹿なことをする、相手の底抜けの馬鹿さ加減を見て、ここまで究極的バカが存在することが信じられなかったからである。
「連中……督戦部隊なんて用意してましたの?!」




