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第91話『訓練』

 料理の後片付けを済ませ、一度テントへ戻った私達は再び砂浜を訪れていた。

ジリジリと照りつける太陽の下で、全校生徒の約三分の二はウィリアムと向き合う。

残りの生徒は別行動を取っており、島の見回りに駆り出されていた。


 私達はこれから、訓練か。どんな訓練をするかは分からないが、減点して貰えるチャンスだな。


 『よし、頑張ろう』と気合いを入れる私は列の前に立つウィリアムへ視線を向けた。


「それでは、これより訓練を始める!まず、手始めに島を十周!」


 初っ端から、ハードな訓練メニューを言い渡すウィリアムは『早く行け!』と言わんばかりに向こう側を指さす。

促されるまま後ろを振り返った私達はしばらく硬直すると、慌てて走り出した。

動物の群れのように固まって移動する他の生徒達を他所に、私は最後尾を走る。

舞い上がった砂埃に眉を顰めながら、コホコホと咳を繰り返した。


 手始めに島を十周って、全然『手始め』じゃないだろ。小さめの島とはいえ、王都と同等かそれ以上の大きさがある。幼女の体力で十周など出来る訳がない。まあ、魔法で身体能力を強化すれば問題ないが……。


 鬼畜か?と言わざるを得ない状況に、私は密かに溜め息を零す。

だが、減点を狙う身としてはかなりの好機だった。


 幼女の私が途中でリタイアしても、周囲は何とも思わないだろう。当然の結果だと苦笑いしてくれる筈……だが、リタイアするのはまだ早い。もう少し走ってからでなくては……。


 短い手足を懸命に動かす私は、次から次へと溢れ出てくる汗を拭う。

遥か彼方まで行ってしまった他の生徒達を見送り、真夏の暑さに耐えた。


 魔法で体内温度を下げるのは簡単だが、ほとんど汗を掻かずにリタイアすれば、『本当に限界なのか?』と怪しまれるかもしれない。汗を掻く=一生懸命という訳ではないが、不安要素は出来る限り消しておくべきだろう。


 『これも退学になるためだ』と自分に言い聞かせ、私はようやく島を半周した。

走っているのが砂浜の上ということもあり、私の手足は既に限界を迎えつつある。

鉛のように重く感じる体に内心苦笑しながら、私は『はぁはぁ』と短い息を繰り返した。


 軟弱な体だな。この程度の外周で音を上げるとは……昔の私では考えられない。だが、今は好都合だ。これだけ、汗を流していれば、ウィリアム達もリタイアを認めるしかないだろう。軍人体験とはいえ、学生に……それも、幼女に無理はさせられないからな。

よし!そうと決まれば────派手に転けて、『もう限界です』アピールをしよう!


 いきなりリタイアを申し出ても受け入れられない可能性があるため、私は一芝居打つことにした。

徐々に減速していき、体の重心を揺らすように走る。そして、最後に────砂に足を取られて、転んだ……筈だった。


「!!?」


 前方に傾いた私の体は砂浜に触れる直前に、両側から引っ張られた。

エビ反りになった体はそのまま持ち上げられ、両手を挙げたような体勢になる。

まさかの展開に目が点になっていると、両隣に見知った人物の姿があった。


「ふぅ……何とか間に合ったな。怪我はないか?」


「エリンちゃんってば、顔が真っ赤だよ!?大丈夫!?熱中症かな!?」


 それぞれ、私の右手と左手を掴むライアンとアンナは、心配そうにこちらを見つめる。

二周目に突入し、最後尾の私に追いついたと言うのに、二人は息一つ乱していなかった。

さすがは体力馬鹿とでも言うべきか、私のことを持ち上げたまま走っている。

おかげであっという間に島を一周してしまった。


 思わぬところで邪魔が入ったな……。まさか、こいつらに助けられるとは……。いずれ、最後尾の私に追いつくだろうとは思っていたが、こんなに早く来るとは思わなかった。こいつらの体力と脚力を甘く見ていたようだ。


「ちょっと目眩がしただけなので、大丈夫でしゅ。助けてくれて、ありがとうございました」


 宙ぶらりんの状態で小さく頭を下げる私はニッコリ微笑んだ。

氷結魔法と治癒魔法で密かに体調を整えると、向かい風を利用して汗を乾かす。


 ライアンとアンナの前で体調不良を訴えるのは悪手でしかない……確実に大騒ぎになる。『エリンの命が危ない』だの『エリンちゃんが死んじゃう』だの喚くに違いない。こいつらはリアムに負けないくらい、過保護だからな。


 さすがにそこまで騒がれるのは困ると判断し、私は外周での減点を諦めた。『仕方ない』と割り切り、小さく溜め息を零す。

昔の私なら、目的達成のために洗脳くらいやりそうだが、今はそんな気になれなかった。

『私も丸くなったものだ』と苦笑を漏らす中、ライアンとアンナは互いに睨み合う。


「エリンを抱っこするから、手を離せ。邪魔だ」


「絶対に嫌です!ライアンくんこそ、手を離してください!私がエリンちゃんを抱っこします!」


「妹の面倒を見るのは、兄である俺の役目だ。変態女は引っ込んでいろ」


 僅かに眉を顰めるライアンは、アンナに向かってバチバチと火花を飛ばす。

負けじと睨み返すアンナは『私だって、エリンちゃんの友人です!』と反論した。

不毛な言い争いを繰り広げる彼らに挟まれながら、私は『もうすぐ六周目か』と考える。


 こいつらの脳内に『エリン(わたし)を下ろす』という選択肢はないのか……?何故、頑なに抱っこしようとする……?大体、他の生徒を抱っこして走るのはありなのか……?


 ルール違反なのでは?と考え込む私は判断を仰ぐように、海辺に待機するウィリアムへ視線を向けた。

エメラルドのように美しい瞳は私の姿をバッチリ捉えるものの……バッと勢いよく視線を逸らす。

『俺は何も見ていない』と必死にアピールするウィリアムを前に、私はガクリと項垂れた。


 あいつ、完全に思考を放棄したな……。


 ライアンとアンナの手にぶら下がる私はプラプラと前後に揺さぶられながら、一つ息を吐く。

『普通の幼女なら、とっくに腕がもげているぞ』と思いながら……。


「エリンのことは俺に任せて、お前は先に行け」


「いいえ!そういうライアンくんこそ、先に行ってください!学年首席なら、一番にならないといけないでしょう!?だから、エリンちゃんのお世話は私が……」


「そんなのダメに決まっているだろ。変態女にエリンの面倒を任せられるか」


「あっ!侮辱ですよ、それ!酷いです!私はただ、エリンちゃんの身を案じているだけなのに!まあ、下心が全くないと言えば、嘘になりますが……!」


 最後に余計な一言を添えたアンナはググググッと手に力を入れる。

明らかに力加減をミスっているが、魔法で腕を強化したため、怪我はなかった。


 普通の子供なら、今ごろ骨が折れているな。ある意味、熱中症より危険だぞ、こいつの馬鹿力は。


 『普通に走った方が安全なのでは?』と思い始める私は、ライアンとアンナの口論を聞き流す。

『もうどっちでもいいから、手を離せよ』と思いながら……。

────結局、二人の口論は外周を終えるまで続き、私はずっと持ち上げられたままだった。

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