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第89話『朝食作り』

 十五分ほど体操に費やした私達はウィリアムの指示に従い、各クラス四つの班に別れた。

当然のごとく、ライアンやアンナと一緒の班になった私は簡易テーブルの前に立つ。

配給された食材や調理器具は一般的なもので、特段変わった点はない。が、しかし……料理未経験の貴族には、どれがニンジンなのかも分からないようで、みんな首を傾げていた。


 平民出身の者はテキパキと作業をこなしているが、予想通り貴族は固まっているな……まあ、無理もないか。私達は出来上がった状態の料理しか見たことがないからな。いきなり、食材と調理器具を渡されても出来る訳がない。一応、手書きのレシピも支給されたが、これだけじゃ何も分からないだろう。


 簡易テーブルの上に並んだ朝食用の食材や器具を前に、私はチラリと隣に目を向ける。

レシピの紙を凝視して黙り込むライアンは『輪切りって、何のことだ?』と眉を顰めた。

圧倒的知識不足により、早くも大きな壁にぶち当たる中、スッと一人の少女がライアンの隣に移動する。何の気なしに彼の手元を覗き込む彼女はレシピに目を通すと……不意に顔を上げた。


「カレーですか」


 ボソッとそう呟いた彼女は簡易テーブルに近づき、用意された食材を一つ一つ手に取る。土のついたジャガイモやニンジンの状態を確認し、吟味するのは────幼女趣味の変態である、アンナだった。


「どれも市場で普通に売られているやつですね。毒もなさそうです────では、早速調理を始めましょうか」


 クルリとこちらを振り返ったアンナは包丁片手に、ニッコリ微笑んだ。


「まずは食材を水で洗ってください。あっ、お肉は洗わなくて大丈夫です。それから、野菜の皮剥きを……」


 同じ班の子達にテキパキと指示を飛ばすアンナは、輪切りのやり方や玉ねぎの剥き方まで丁寧に教えた。

同じ貴族とは思えないほど、料理の知識や経験が豊富である。


 ほう?これは驚いたな。ただの変態かと思いきや、家庭的な一面もあるのか。


 手際よく下処理をこなすアンナの姿に、私は素直に感心する。

見事な包丁さばきを見せる彼女の前で、ライアンは僅かに目を見開いた。


「随分と慣れているな」


「そうですか?修行の一環として、山で自給自足の生活を送っていたので、自然と慣れちゃいました。熊の解体に比べれば、かなり楽ですよ」


「熊の解体って……お前は本当に女か?まあ、今回は助かったが……」


 複雑な心境を露わにするライアンは小さく(かぶり)を振り、思考を放棄した。包丁の代わりに風魔法を使い、切りづらい牛肉をどんどんカットして行く。

他の班員達もアンナの指示に従い、初めての料理に一生懸命取り組んだ。


 アンナのおかげで、うちの班は比較的順調だな。多少のミスはあれど、レシピ通りに作れている。だが、他の班は……正直不安しかない。


 魔法で作ってもらった真水を使い、米を研ぐ私はふと周囲を見回す。

真っ赤な瞳に映るのは────間違った調理法を試す生徒達の姿だった。

ある者は海水で米を洗い、またある者は野菜を丸ごと鍋で煮込んでいる。他にも調味料を一切使わない者や肉を炭にする者まで居た。まさにカオスである。


 ある程度予想はしていたが、実際に見ると本当に酷いな……。もはや、これは料理と言うより、実験に近い……。今からでも、料理体験は中止した方がいいんじゃないか?最悪の場合、死者が出るぞ……。


 嫌な予感を漂わせる朝食作りに、私は『アンナと同じ班で良かった』と心底安堵する。

まさか、幼女趣味の変態に感謝する日が来るとは思わなかったが、今はただただお礼が言いたい。私の健康を守ってくれてありがとう、と……。


「あっ……ルーカス先輩ったら、玉ねぎの皮を限界まで剥いていますね。あれはもう使い物になりません」


 『勿体ない』と眉を顰めるアンナは、少し離れた場所で調理に励むルーカスの姿を捉えた。

肩まである金髪を耳に掛ける彼はちょっと涙目になりながら、限界まで剥いた玉ねぎを見つめる。ニンニクサイズまで小さくなった玉ねぎに、ルーカスは『あれ?』と首を傾げた。


「玉ねぎの皮って、どこまで剥けばいいんだろう?これで合っているのかな?」


「きっと合っていますわ!ルーカス様が間違える筈ありませんもの!」


「でも、ちょっと少なくない……?一つの玉ねぎから、採取出来る量ってこんなに少ないの?これで足りるかな?」


「大丈夫です!きっと、それが適量なのですわ!」


「そうかい?なら、いいけど」


 風魔法で離れた場所の音を拾う私は『これだから、世間知らずのボンボンは……』と内心呆れ返る。でも、命に関わるようなことではないので、突っ込まずに放置した。


 一切皮を剥かずに鍋へ放り込むよりマシだろ。多少味気ない仕上がりになるが、健康面に問題は無い。


 いざとなれば解毒魔法で助けるつもりだった私は少しだけ肩の力を抜く。

『その調子で頑張ってくれ』と願う中、アンナが後ろからひょこっと顔を出した。


「エリンちゃん、お疲れ様。お米のことはもういいよ。炊飯に関しては、火炎魔法のエキスパートであるライアンくんにやってもらうから」


 米の入った容器を手に取るアンナは、焚き火の準備をしているライアンに目を向ける。一度、水の量を確認してから、彼に容器を手渡した。


「火加減と炊飯時間に関しては先程お伝えした通りです」


「分かった」


 素直にアンナの指示に従うライアンは懐から懐中時計を取り出し、しっかり時間を確認する。そして、薪に火をつけると、指定された場所に容器をセットした。


「お米は任せても大丈夫そうですね────それじゃあ、エリンちゃんは別の作業に移ろうか!」


「了解でしゅ!」


 ビシッと敬礼する私はニッコリ微笑み、愛想を振り撒いた。

『ぐふぅ……!』とよく分からない奇声を上げるアンナは胸を押さえて、屈み込む。


「くっ……!エリンちゃんが可愛すぎる!本当に食べちゃいたい!」


 破顔するアンナは倫理的にアウトな発言を繰り返し、涎を垂らした。ブルリと身を震わせる私は思わず後ずさる。

どんなに料理上手でも、幼女趣味の変態はヤバイ奴に変わりないのだと悟った。


 こいつ……寝不足のせいか、変態度に拍車が掛かってないか?さっきまでは頼れる家庭的女子って感じだったのに……!せっかく上がった好感度が物凄い早さで下がっているぞ……!?お前はそれでいいのか!?名誉挽回のチャンスなんだぞ!?


 ────と、心の中で必死に訴える中、アンナの後頭部に木の枝が命中した。


「エリンに変なことをしたら、タダじゃおかないぞ。燃やされたくなかったら、普通に指示だけ出せ」


 指先から炎を出すライアンは鋭い目付きでアンナを睨みつける。

後頭部を押さえて、『いたーい!』と叫ぶ彼女は若干涙目になりながら、後ろを振り返った。


「何で口より先に手が出るんですか!ライアンくんの言い分は尤もですけど、まずは普通に注意してくださいよ!めちゃくちゃ痛いんですけど!」


「妹の危機に手段など選んでいられない。それより、早く指示を出してやれ。エリンが待っているだろ」


「ぐぬぬぬぬ……分かりましたよ!もう!」


 私の名前を出されると弱いのか、アンナは半ばヤケクソになりながら、叫ぶ。

ブツブツと文句を言いながら、私の元までやった来た彼女は水洗いしたニンジンを手に取った。


「エリンちゃん、さっきは怖がらせちゃってごめんね!もう大丈夫だから、安心して!」


 グッと拳を握り締めるアンナは私を安心させるように、柔らかい笑みを浮かべる。

無事正気を取り戻したアンナに安堵する中、彼女はニンジンをまな板の上に並べた。


「それでね、エリンちゃんにはニンジンを半月切りにして欲しいの。お願い出来るかな?」

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