ちょっとしたトーナメント戦
トーナメントでいけば、俺は残りあと二回ほど勝てば決勝だ。
特にトーナメントは決まってなかったのだが、一回戦が終わってから先生が勝手に決めた。
俺は、アランとは真逆のリーグ。つまり、決勝まで行かないと闘えないというわけだ。
まぁ、それはお互い様だ。アランも決勝まで進んでくれないと意味は無いのだが......アランなら余裕だろう。
「頑張れよ、シルビオ」
「おう、まかせとけ」
俺は、位置について準備をする。
どういう意図があったのかは知らないが、フレデリックに貰ったこのチャンス、無駄にはしない。
「げっ、シルビオかよ......」
「おい聞こえてるぞ」
こいつは、あまり見ないやつだな。
ゲームだともちろんモブだ。だが、だからこそ警戒しなくてはならない。
知られざる実力者なのかもしれないからだ。
「没落貴族様と闘えるなんて、光栄ですぅ」
......なんだコイツ。
俺が変わったことをいい事に、調子に乗ってるのか?
さては、過去にシルビオに何かされた一人か。
だとしても、俺が覚えているわけないし、知りもしないのだが、もしそうなら悪いことをしたな。だが、そんなことは今は関係ない。
さっきの言葉、すごく腹が立ったのだ。
「お前、俺に恨みでも?」
「あるよあるある。大ありだよ。本当に、闘えてよかった」
やはりそうみたいだな。
逆に、俺に恨みが少しもないやつがいたら教えて欲しいくらいだ。
「お前まさか、覚えてねぇわけじゃないだろうな?」
まずい。
覚えていない。
「おい!その顔は覚えてねぇって顔だ!スィミだよ!俺の彼女。自分で何をしたか分からねぇのか!?」
お怒りのご様子。
どうやらシルビオは、こいつの彼女さんに何かしたらしい。
全く身に覚えはないが、恐らくまた奴隷扱いというか、パシリみたいなものをやらせたりしたのだろう。いやこの怒り様......まさか手を出したのか!?
「その件はすまなかった。許してくれとは言わないが、どうか俺も申し訳ないと思っているのを分かって欲しい」
「ちょうど良い機会だ。ここでお前をぶっ殺す!!」
聞いちゃいねぇ。
もう頭に血が上って真っ赤っか。誰の言葉も耳に届かないだろうな。
「うおおおおお!!!」
突然、簡単な強化魔法を身にまとって、脳筋のように殴りかかってきた。
もうバトル開始か。全く、ルールもクソもないな。
......しかし、闘いにおいて冷静さはとても大切だ。
冷静さの欠けるやつは、判断力の低下によって簡単に倒されてしまう。
「何も考えずに突っ込んで来るようでは、いいカモだ」
猛ダッシュからの渾身のパンチを、俺はヒラリとかわし、すり抜けて行った腕を掴みたかった。
だが、それは俺の脳内での話。現実では、その特攻をモロに食らっていた。
「ぐはァ!」
腹のど真ん中、腹筋辺りに入る。何とかみぞおちだけは回避出来たものの、深々と入ったボディーブローは思っていたよりもずっと痛かった。
「反応......出来なかったのか......?」
思わず、自分で自分に問う。
思い通りに体が動かなかった......というか、相手が速すぎた......。
「......どうした?もう終わりなのか?」
......そういえば、異世界に来てから戦闘は初めてだ。
ドラゴンとは、命懸けで逃げただけだし、後はダミー人形くらいしか闘っていない。いや、あれは闘ったことには入らないな。
シルビオは、弱い。
魔力だけは割とあるようだが、身体能力的には成人男性よりも劣っていると聞いた。ゲームでの基本ステータスも、高くはない。それ故なのか、単なる俺の経験値不足なのかは分からないが、対人戦が極端に弱く感じる。
「......クソ」
異世界に来たら無条件で強くなるんじゃなかったのかよ......それは、アニメや漫画の世界の話だけだってか......?
現実はそう甘くなく、喧嘩すらしたことがないような男は、いきなりエリート相手に勝つことなんて無理だと言うことだ。
「だが、魔法なら力量なんか関係ない!」
そうだ、シルビオはいつだって魔法を使っていた。肉弾戦に弱く、魔法攻撃に強いのがシルビオの特徴だ。
腹の痛さに蹲っていた背を伸ばし、再び堂々と立ち上がる。
そして、少し後ろに下がって距離を取った。
シルビオが使っていた魔法で、一番強かったもの―――これで!
「ディザイア!」
「......ッ!?」
ディザイア。
上級魔法にしてシルビオの使える最強魔法の一つ。大量に魔力を消費する代わりに、相手の生気を奪うという魔法だ。ゲームでは、その魔法を食らった後、三ターンは動けなく、何も出来ない状態となる。
攻撃範囲は約十五メートル。複数体に攻撃可能な、正しく最強の魔法だ。
「......」
「お前......馬鹿か?そんな上級魔法が、使える訳ねぇだろ!あっはっはっはっは!」
そ、そうだった......上級魔法は、例え発動条件を知っていたとしてもすぐに使えるようなものでは無い。ゲームでは、その魔法に応じたレベルが必要となるのだ。だから、恐らくこの世界では経験値。練習が必要となるのだろう。
「さっさと倒れろ!腐れ貴族がァ!」
再び突撃してくる。
何も考えない特攻。それも案外聞くということが分かってしまった今、その攻撃は恐怖でしかない。
「うぉおお―――」
ボンッ!!と、相手の足元の地面が、突然爆発を起こした。
「がッ......な、何だと......」
蹲る際に、地面に触れて付与しておいたのだ。
爆発属性。
衝撃を加えると爆発する属性だ。
強化魔法ではすることの出来ない、『属性付与』。
付与魔法は永遠の魔法。一度付与されたものは、それが壊れるまで付与され続ける。
その、壊れるというのは、形の問題だ。
しかし、土や砂はすぐに形が崩れる。
爆発によって形は崩れ、何事も無かったかのように属性魔法は消える。
「クソ......がァ!!」
そう、こんな感じに。
いつもセコい技で、シルビオは勝っていた。
これが、シルビオの闘い方だ。
「打撃強化!ノックバック付与!」
手にはめているフィンガーグローブに魔法を付与した。
軽い魔法だから死ぬことは無いだろうが、受け身すらも要らないような威力のはずだ。
「一応、歯を食いしばっておけ」
ドンッと、体を押した。
発勁のように。するとその勢いで名も知らないクラスメイトは吹っ飛ばされた。
壁にぶつかるほど飛ばされはしなかったが、ゆっくり軽トラがぶつかって来たくらいの衝撃はあっただろう。
反撃も出来ずに、そのまま倒れて動かなくなってしまった。
「な、なんで......」
なんで俺が負けるんだ......とでも言いたそうだな。
俺だって、正直危なかった。しかし、お前が馬鹿で助かった。
「だが、お前の殴り......結構効いたぞ」
モブでこの強さか......先が思いやられるな。しかし、初の戦闘で勝利を収めたのは褒められても良いと思う成果だ。
さて、アランの調子はどうかな。と、アランの方を見た。
すると。
「はぁ!」
「ぐああああ!!」
相変わらず強い。相手の攻撃を食らうことなく勝っている。
しかし注目すべきはその運動能力では無く、魔力の濃さだ。
魔力量が尋常じゃない。
まるで海の底に飲み込まれていっているような感覚。そして、それを上手く使いこなせる才能。
まさにチートだ。
「よし、次!」
―――
結論から言おう。俺は、三回戦目で敗北した。
二回戦目であれだけ苦戦したのだ。もう、それ以上勝つことは出来ないだろう。
「残念だったなシルビオ、でも一回勝てたじゃないか」
「お?おう」
フレデリックが、まるで自分のことのように喜んでくれた。
そうか、俺は勝ったんだな。
最弱だと思われていた最低な貴族が、ただのクラスメイトだが勝つことが出来た。
これはとても大きな進歩だ。
「ありがとう」
「三回戦目は残念だったが、次は負けんなよ」
「もちろんだ。お前にも、今度は自分の力で勝つ」
実は、フレデリックの実力は知らない。ゲームでも戦闘シーンは無かったし、どれほどの強さなのかさっぱり分からないのだ。
まぁ、どんなに弱くとも俺より弱いという可能性は低いだろう。
だって、俺が闘った時のやられ方......俺には真似出来ないスタントだったのだから。
―――
「えー、今回の優勝者が決まりました」
俺が負けてから、ずっとアランの試合を見ていたが、特にこれと言った弱点は見つからず、どれも速攻で試合は終わってしまった。
あまり、参考になったとは言い難いが、とりあえずはこれで良しとしよう。
アランの強さを知れた。それだけでもこの授業をやった価値がある。
......と、思いたい。
「アラン君おめでとう!」
歓喜の声。
クラスメイト達は、アランの強さに驚き、叫び、そして嬉しがっていた。
「これで今度の訓練で、騎士科の奴らも驚かせられるな!」
え......訓練?騎士科?
一体何のことだ?
「フレデリック、訓練って何のことだ?」
「知らないのか?俺達が初めて魔物を倒すことになる訓練だよ。騎士科とチームを組んで、合同授業さ」
そうなものがあったのか。
騎士科については知っている。
この魔法学園で、強化魔法をメインにしにて闘うやつらだ。
進路先としては、主に王の護衛などに着いたりする。国に仕える魔法士だな。
俺の世界で言う所の、スポーツ推薦みたいなものだ。
「へぇ......」
またそれに備えて、ちゃんと練習しておく必要がありそうだな。
俺なら貴族であることを利用して、隠れて魔物と闘うことが出来る。
しかし、この前のローテリトリーは使えないからな......ドラゴンが出たし。もう二度とあんな思いはしたくない。
「えー、負けてしまった人は、悔しさをバネに強くなって下さい。今回で、対人戦においての自分の強さがよく分かったと思います。ただ、魔物はまた違うからな」
そう、魔物と人は違う。
だからこれで、勝った勝ったと喜んでいては、早々に死ぬことになる。
二回戦で俺と闘ったやつみたいなのは、己の欲に負けて最初の方に死んでしまうタイプだ。そういう奴から死んでいく。
ここはゲームでは無く、現実の世界なのだから。
―――
家に帰ると、リーネが玄関まで迎えに来てくれていた。
「おかえりなさいませ、ご主人様」
「おう。ただいま」
後ろにはヴィオレッタの姿。
どうやら上手くやれてるようだな。
「そうだ。今日からリーネ、お前を鍛えることにしたけど、どうだ?」
「どうだと申されましても......私はご主人様に付き従うまでです」
「そうじゃなくて、別に俺と特訓したくないのであればやらなくても良いという事だ」
するとリーネは「とんでもございません!」と、すぐさま否定した。
「私は奴隷の身でありながら、主人であるシルビオ様とあまり同じ時間を過ごしておりません。少しでもお近くにいさせてもらえるのであれば、それはありがたきこと......」
「......まずはその奴隷脳を治さないとな」
せっかく、結構話せるようになったと思ったのだが......まぁ、あまりリーネに選択肢ばかり出しても、リーネが困るだけか。
俺は夕食を食べた後、リーネを外に連れ出した。
メイド服だと汚れてしまうし動きにくいので、もっと軽くて動きやすい服に着替えさせた。
「それじゃあまずは、魔法の使い方からだ」
リーネを訓練させる理由は、いくつかある。
まず、護身術としてだ。奴隷だった故に、かなり消極的な性格をしている。
自分の身くらい自分で守れる程度には、実力が欲しいところだ。
そしてもう一つは俺を守るため。
恥ずかしい話、俺は自分を守りきれる自信が無い。学園での闘いから、ずっと手足が震えているのだ。だから、「練習しておかないと」とか言っておきながら、正直言って強くなれる気がしない
それに、俺の魔法からして前線に立って闘うことは得意としない。つまり......盾役が必要なのだ。
それをリーネにやらせるというのは......許されない行為であることは重々承知している。
だが、それしかないのだ。ゲームでもやっていたように、リーネとシルビオのコンビならアランにも対抗出来る。
「まずは、全身の魔力を集中させて、手のひらに集めるイメージをするんだ」
気は進まないものの、リーネに魔法の使い方を教える。
とはいえ、俺はこの世界に来たばかりの存在。魔法の使い方なんて、ゲームの見様見真似だ。
だから、ゲームでアランが魔法を教わった際に言われていたことを、思い出しながらリーネに伝える。
「こ、こうですか......?」
「見た目じゃ分からないから、試してみよう」
魔法は、イメージによって威力が変わったりするもの。
使おうとすれば、強化魔法ぐらい簡単に出来る。
あとは本人の魔力量や濃度、才能次第になるわけだ。
「この木の板に向かって、ファイアボールを放ってむくれ」
そこら辺に落ちていた木の板を拾い、リーネに見せた。
厚さは二センチ程度。普通に叩いても割れないくらいだろう。
その板を地面に立てて石で固定する。これで準備完了だ。
「ファイアボール!!」
ボウッという音とともに、リーネの手のひらから炎の球が放たれた。
小さな火だ。手のひらに収まるくらいしかない。
だが、板に命中する。
そして......。
「おお......!」
ボガンッと、そこそこの音を立てて弾けた。
板は真っ黒に焦げ、倒れている。
あのサイズでこの威力なら、十分なものだ。
「やはりそうだな。リーネ、お前は才能がある」
「あ、ありがとうございます」
改めて見て、確信した。リーネは強い、そしてこれからもっと強くなる。
ゲームでも、アランと渡り合えるほどの魔力は持っていた。
もしかしたら、学園にも通えるのではないだろうか。
「......」
「......ど、どうされました?」
ジッと見つめられて照れているのか、顔を少し赤らめた。
よし、決めた。
「リーネ、お前も学園に通ってみるか」
「え!?わ、私なんかが......ですか?」
元々は、貴族にメイドや執事が数人つくことを認められている。しかし、シルビオはメイドはいらないと言っていた。
おそらく、メイドを通して悪事がバレるからだと思うが。
だから代理として、メイドとしてリーネを付き人にする。
リーネも学園に通えば、すぐに強くなれるだろう。
「立派な人になって欲しいし、お前には、俺の援護を頼みたいんだ。強くなって欲しい」
「は、はい......」
なぁに、心配はいらないさ。
ヴィオレッタ達のお陰で、文字も結構読めるようになっていて、奴隷だと言うことはバレやしないだろうし、俺的にも女の子が近くにいることで、より親しみやすさが出るのではないだろうか。
少しでもアランとの関わりを持つきっかけの可能性を作ることには気が進まないが、まぁ近づけなければ大丈夫だろう。
「早速ヴィオレッタに手続きしてもらおう。これからよろしくな」
「あ、は、はい!」
リーネも学園に通うことが決まった。
これでまた一段と俺のパーティが強くなったわけだが、まだまだただの学園生徒に過ぎない。
もし、前みたいにドラゴンが現われでもしたら、真っ先に殺されるだろう。
そうならない為にも、俺達は強くなる。
「ご主人様」
「だから、シルビオだって」
「あ、えっと......シルビオさん」
リーネは、これでも随分と馴染んできたと思う。
まだ少し怯えが見えるが、そのうち本当に家族のようになれるだろう。
そんなリーネが、恥ずかしそうに言葉を発した。
「シルビオさんはお優しい方です。奴隷である私に、食事をくれました。服をくれました。寝るところをくれました。ちゃんとした仕事をくれました。そして、自由をくれました。こんなこと、今まで一度も無かったです......初めてです......だから」
俺は......
「だから、シルビオさんについて行くと決めました」
心を打たれた。
そんな風に、思っていてくれたなんて......こんなに嬉しいことは無い。こんな俺にも、まだ出来ることはあったのだと、異世界来てから初めて良かったと思えた。
ありがとう。
なんだかリーネには、いつも心を動かされる。
俺は、純粋な笑顔で応えた。
「ありがとう」
それが今の俺に出来る、全力の返事だった。
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お恥ずかしい限りです.....
誤字報告、ありがとうございます!
以後気をつけます。が、また誤字をしてしまっていたら、教えてくれるとありがたいです。




