ドラゴン
貴族の大会では、殺した魔物の耳や手足などを納品し、それによってランク付けがされる。ランクが高い魔物を狩れば狩るほど、貴族として鼻が高いという仕組みだ。
俺は、まるで普通の貴族達は自分の力で戦っているかのように言ったが、そんな事は無い。
シルビオ同様、自分に仕えている者を使ったり、凄腕の冒険者を雇ったりなど、まるで賭け事のように楽しんでいるのだ。
だからこそ俺が、自ら行くことによって他の貴族どもとはひと味違うことを知らしめることが出来るというわけだ。
魔物の森。
オルナレン家からはそう遠くない距離にある森だ。馬車を走らせて、すぐに着く。
ここは、初心者向けと言われていて、下級の魔物ばかりが出る。
つまり、練習にはもってこいの場所というわけだ。初心者はもちろんのこと、魔術師や冒険者を目指す学園に通う学生達も、そのうち来ることになる所だ。
とは言え─────
「魔物は強い。いくら下級でも、油断していると死ぬぞ。絶対に俺から離れるなよ」
「はい」
「......よし、行くぞ」
森への入口は鉄の柵があるだけで、特に警備も何もない。
下級の魔物しかいないから、別に必要無いのだろうと思っているのだ。だが、だからと言って舐めていてはいけない。
下級とはいえ、魔物は魔物だ。モンスターには違いない。
魔物とは、その名の通り魔力を持った生物のことで、そこら辺の動物とはわけが違う。
魔物には、スライムからゴブリン、ドラゴンなどまでいて、まさにファンタジーだ。
魔物の中でも下級、中級、上級があり、それぞれで強さが違う。スライムやゴブリンは下級、ゴーレムなどが中級、ドラゴンは上級と言ったところだ。
そして今回のお目当てはゴブリン、スライム。ゴブリンなら耳、スライムなら体内にある核を持って行けばいい。まさかそれぐらいで優勝できるとは思っていないが、まぁ俺の実力を試すのもあるから良しとしよう。
「舐めて入った初心者が一番死にやすい場所だ」
リーネには、一応武器は持たせてはいるのだが、なにせ付け合せの仮の武器だ。
薄い金属で出来たハリボテに俺の付与魔法で、闘える程度にはなっているが、やはり心もとない。
まぁ、防具のチェストプレートには防御ガン積みさせてもらったから、即死は無いと思うが。
「......」
「......」
俺達は、暗い森の中を進む。
こうして二人きりになって気づいたが、俺達はまだ初対面も同然なのだ。
ゲームで知っていたとは言え、それはシルビオの味方。つまり、アランの敵としてだった。その頃、俺が操作していたのはアラン。シルビオがリーネとどんな会話をしていたかなんて知りもしないのだ。
というか、会話なんてしていないのかもしれない。むしろその方が可能性が高い。
「それにしても、全然魔物がいないな」
「は、はい。索敵魔法にも引っかかりません......」
索敵魔法!?
そんな魔法使えたのか......知らなかった。
どうりであまりビビっていないわけだ。
普通だったら、こんな薄暗い森ってだけでも怯えるはずなのに、リーネは比較的落ち着いた様子だ。
というか、本当に何もいないな。
マップはだいたい把握出来ているから、迷うようなことは無いと思うが、しかし、ここら辺は湧きスポットのはずだ。
下級の魔物のなかで、隠密系のスキルは持っているやつなんていないし。確かに濃い霧がかかってはいるが、ここまで出会わないとなると逆に怖くなる。
「おそらく、何か良くないことが起こっ───」
硬直。
「ご、ご主人様?」
前を歩いていたリーネが、俺が立ち止まったことに気づいて振り向く。
「リーネ、そのままゆっくりとこっちへ来るんだ。少しも音を出すなよ。絶対にだ」
「......?」
嘘......だろ?こんなことが......?
ありえない。
リーネが気付かなかったのも納得出来るほど、上手く隠れている。いや、隠れている訳では無い。
俺は、恐る恐るもう一度俺達の進行先を見る。
そこには、巨大な足。
それを覆う頑丈そうな鱗と、まるで虎のような鋭い爪。
装甲のような鱗は、青黒く光っている。
そう、それらは隠れている訳ではなく、大きすぎてそれだと気付かなかったのだ。
......間違いない。
「ドラゴンだ」
上を見ても、森の霧によって薄らとしか確認出来ないが、コイツは確実にドラゴンだ。
この大きさ、俺達なんてこのドラゴンの爪ほどのサイズだ。
それに威圧感。まだドラゴン自身は俺達の存在に気付いていないようだが、この圧倒的なまでの威圧はまさに上級の魔物独特のものだ。
「......なるほど」
下級の魔物がいない理由はこれか。
ドラゴンの威圧により、下級の魔物達は全て隠れてしまっているのだ。それもそのはず、ゲームではドラゴンが咆哮しただけで他の魔物とは一切エンカウントしなくなるのだから。
しかし、何故こんなところに?
本来、ドラゴンなどの上級魔物は、ハイテリトリーという場所にいるものだ。
下級はローテリトリー、中級はミディアムテリトリー。
そして、もちろんここはローテリトリー。
それなのに、下級魔物は疎か、冒険者すらも見当たらない。ローテリトリーなんて初級冒険者達による下級魔物の取り合いみたいなものなのに。
......その理由もこのドラゴンというわけか。
全員、食っちまったんだろうな......。
ならば、今ドラゴンと闘っても絶対に死ぬ。それは賢明な判断とは言えない。
生き残る手段はただ一つ、逃げるのみ。
リーネは、ゆっくりと音を立てずに俺の側へと戻って来た。
「身体中に土を付けろ。気持ち程度だが、やらないよりはマシだ」
「はい......」
まぁ、そんなことであの上級魔物の気配察知能力を欺けるとは思えない。
「さっさとこの場から立ち去るぞ」
俺達は、少しづつ戻ることにした。
幸いなことに、ドラゴンはその場で立ち止まっていて動かない。
そうか、反応が強大過ぎて索敵魔法に引っかかっていたことに気が付かなかったのか。
それに、もしかしたら下級魔物達も隠れたのではなく、全滅したという可能性もある。
そう考えると恐ろしいな......。
と、ここでリーネがドラゴンの存在に気づいたようだ。
「......あれは!?」
「止まるな......!少しでも出口に近づくんだ」
「......は、はい」
「あれは風龍オーヴェイン。上級の魔物の中でも、相当強い類だ」
こいつは、ゲームで見たことがある。
確かに、シルビオはアランよりも先にオーヴェインと出会っていた。
だがこんなにも早く、さらにこんな場所で出会うなんて聞いていない。
「ご主人様、見えました」
「出口か。ならさっさと逃げ......」
ブワァッと、俺達の服が風になびく。
まるで強風にでも襲われたかのようだ。しかし、風は妙に生暖かく、背後には大きな気配がする。
ドラゴンの吐息だ。
「リーネ!」
「は、はい!」
「全力で走れ!!!」
力の限り、全力疾走する。
残っている体力を全て使い切る勢いで。
「リーネ、掴まれ!」
と言いつつ俺の方から掴んだ。
リーネを身体ごと持ち上げ、自身の靴に魔法を付与する。跳躍強化だ。
「うわぁあああぁあ!!」
少し怯えながらも、主人である俺に必死で敬語を使って機嫌を取ろうとするようなリーネでも、驚いて声が出てしまうほどの高さまで跳んだ。
正直、自分でも驚いた。
「グォオオオオ!!!」
大きな咆哮。
身体中が揺れるような、全身に痺れ渡る音。
だが、それも少しづつ遠くなっていく。
なんとか難を逃れることが出来ようだ。
ドラゴンを難と言うには、何ともその身に余り過ぎる表現だが、とにかく逃げ切ることは出来た。
なぜかローテリトリーからは出てこないようだし、とりあえず一安心だ。
「はァ......帰るか」
「そ、それがいいと思います」
リーネの太ももに滴る水滴を、俺は見逃さなかった。
帰ったら着替えを用意してやろう。
―――
家に帰って、少しゆっくりしてから、今日はもうすぐに寝ることにした。
この脱力感から早く解放しれたいのもあるが、頭の中を整理したい。
俺は、ダブルベッドに一人で横になる。
眠るわけではなく、寝るだけだ。
「疲れた......」
この疲れの原因は、あのドラゴンだ。
風龍オーヴェイン。その名の通り風を操るドラゴンだ。
しかし、今でも信じられない。あれは夢だったのではないかと、ずっと思っている。
あんなのが街に来たりでもしたら、たまったもんじゃない。
本当は、もっともっとアランが国に認められるほど強くなってから初登場なのだが、もうここで出会ってしまった。
加速している。
ゲームで起こった出来事が、加速している。
しかし、もしかするとシルビオが普通にこの時期に出会っていたという可能性もあるが、そもそもシルビオは魔物の森に行かないからな。
おそらく、世界線が変わっているのだろう。
まだ俺がゲームで知らない。隠しルートのような世界線が......。
「ご主人様」
コンコンと、扉がノックされる。
便利なものだ。ノックをするだけで、中に人がいるのか分かってしまうのだからな。
また、人がいた場合には、入って良いか聞くことも出来る。
まぁ、ノックをしない人も多々見るが。
「リーネか。入っていいぞ」
「し、失礼します......」
リーネから俺に訪ねて来るとは、珍しいこともあるものだ。
まだ雇ってから間もないとはいえ、仲がいいとは言えないからな。
「何の用......だァッ!?」
部屋の電気は落としてあったから気付かなかったが、近付いてくるにつれてリーネがよく見えてくる。
「その......格好は......?」
一瞬鼻血が吹き出したかと思った。
なんとリーネは、俺と同年代より少し幼いような身体で、下着姿を晒していた。
たかが下着ごときで鼻血を出したと錯覚してしまうほどに焦る俺も、我ながらまだ若いとは思うが、それにしても急になぜその格好で来たのか。
まさか服を着るのを忘れたわけじゃあるまいし。
「ご主人様......」
リーネは、そっと俺のベッドに乗ってくる。
そしてすぐに下着を脱ぎ出した。
「何やってんだ......!?」
「ご主人様に御奉仕を......と」
またか。
なぜシルビオはすぐに女を脱がせるのだろう。
あぁいや、リーネは奴隷だからか。
きっと、リーネは今まで奴隷として色々なところに引き取られては、このような仕打ちを受けていたのだろう。
「リーネ」
「はい......」
「やめろ」
俺は、そっと下着を着せた。
その際に触れてしまった肌の温かさは、生涯忘れることは無いだろう。
「もうこんなことしなくてもいい。奉仕なんていらない。俺は、お前をそういう目的で引き取ったわけじゃないんだ」
「え......?」
リーネは驚く。
まるで、全ての貴族が奉仕を目的として引き取っていたと思っていたような顔だ。
まったく、とんだとばっちりだ。
「ほら、服を着ろ」
俺はまた服を着せてやった。
もちろん俺の部屋に女性用の服なんてないので、俺の服を貸してやった。ブカブカだ。
......ふむ、これはこれでエ......いや、よそう。俺に変なキャラが定着してもらっては困る。
「リーネ、俺はお前の身体のことを知っている」
「......ッ!?」
もちろんゲームで知ったことなのだが、リーネは生まれつき体調を崩しやすい体質だった。
それ故に両親に捨てられ、街をさまよっている間に、奴隷商人に連れていかれたのだ。
確か、「お金を稼げます」とか「すぐに大金を手にできます」とか言われたと聞いたな。
いつの間にかリーネは、体に大きな病を抱えていた。俺のいた世界で言うところの、癌のようなものだ。
それにより、奴隷を買う貴族達からも気味悪がられ、ついには捨てられた奴隷として生きることとなってしまった。
いや、もう死んでいるも同然だった。あとは死を待つのみ。そう思っていたらしい。
「だが俺は、お前の持つ病を。お前が抱えている全てを、俺が請け負う。俺がお前を助ける」
「そんな......どうして」
「決まっている。お前が困っているからだ」
なぜ俺が病のことを知っているのか。
なぜ俺がそんなにも、リーネに構うのかなんてどうでもよかった。
リーネはただただ涙を流して、「ありがとうございます......ありがとうございます......」と感謝の言葉を繰り返すだけだった。
「最初にも言っただろ?俺はお前を奴隷として扱うつもりは無いと。もうお前はこの家の仲間だ。家族だ。だから、幸せになるといい」
こんなこと、普段は恥ずかしくて絶対に言えない事だ。ただのカッコつけに過ぎない。
けれど、今くらい言わせてくれ。
俺がお前を守ると。
リーネは、俺が育てると。
「ようこそ、俺の家へ」
するとリーネは、涙を拭き取って笑顔を見せてくれた。
「ご主人様!!」
「違う!俺はシルビオだ!これからは、シルビオと呼べ!」
俺は、近所迷惑と言われるくらいの大声を張り上げた。
おそらく何人かのメイドを起こしてしまっただろう。
だが、ここは格好付けさせてくれ。
「はい!!」
リーネもいい返事をくれた。
完璧な家族という関係になるにはまだまだ時間がかかるが、もう俺のことは分かって貰えたのだろうか。
「えっと......じゃあ......」
「?」
「シルビオ!......さん?」
リーネは、可愛らしく首を傾げる。
こうして見ると、結構な美人だな。やはりゲームで見るより、現実で見た方がリアルだ。当たり前か。
「さ、そうと決まれば眠るとしよう。早く自室へ戻れ」
「は、はい」
リーネを部屋へ返して、俺はベッドへと寝転がった。
明日も学園だ。
なぜドラゴンがあな所にいたのか、どうして追ってこなかったのか。様々な疑問は残るが、それは後回しとしよう。
今日はもう、色々と疲れた。
明日はこの疲れが取れていることを祈ろう。
そう願って瞼を閉じた。




