77. スズキノヤマ帝国 キヌア島(8)
「頂きます!」
リンカが作った豪華な料理が机に並んで、全員が一気に捕食者になった瞬間であった。
リンカが元領主の台所から大量な肉や野菜、そしてスパイスなどをごっそりと持ち帰って、里風の料理を作った。懐かしい味を食べて、幸せ~、と感じているローズと反対に、エフェルガン達にとって初めての味で、とても興奮している。エファインとハインズは相変わらずのお皿の奪い合っている。しかし、今回はロッコも参戦しているため、食料争奪戦の激しさが増している。エフェルガンは一つずつ味わいながら食べているが、お代わりしようとした時にもうその料理皿がからっぽになった。
オレファはリンカと会話しながら料理を味わっている。彼はずっとリンカの手伝いをしていて、里の料理にとても興味があると言った。ガレーとケルゼックとエトゥレもおいしそうにご飯を食べていて、会話しながらエトゥレを労っている。そう、エトゥレがずっと朝早くから首都へ飛んで、あちらこちらへ回ってからまた戻ってきて、そして休まずに現場に向かって、ずっと仕事していた。大変疲れているでしょう。
そのエトゥレのために、リンカは小さな鍋で薬膳スープを作って差し出したら、全員リンカに自分の分を要求した。困ったリンカを見て、エトゥレは全員に少しずつ分けた。優しい!、とローズが笑いながら自分の分のスープを飲んでいる。
食料争奪戦に負けたローズを見て、大きな肉の塊を手に入れたロッコは、その肉を半分に切って、彼女のお皿に載せた。
肉をゲッツ!、と嬉しそうに食べているローズの顔を見ると、ロッコが笑った。こんな楽しい夕餉がやはり好きだ、とロッコは思った。
そして待ちに待ったデザートが登場した。今日は珍しく、デザートがある。材料があったため、リンカは甘いデザートを作った。それは里の料理長が昔作ってくれた「果物が香る蒸し菓子」だった。とても甘くて、おいしい!、とローズが嬉しそうに少しずつ食べた。
甘いものが大好きなミミズクフクロウの人々が急に静かになり、味わって食べていた。全部食べ終わったら、今度は容器についていた一欠片まで指で取って、なめていた。エフェルガンはまだ足りないという顔をして、もっと食べたい、とリンカに頼んだ。リンカは困った顔で、人数分をしか作らなかったと答えた。それを聞いたエフェルガンはとても残念そうな顔をした。それを見たローズが自分の半分をエフェルガンにあげると、エフェルガンはとても嬉しそうだった。やはりこのお菓子が好きになったのか、とローズは笑いながらうなずいた。お菓子を食べて幸せそうなエフェルガンの顔を見て、ローズが思わず笑った。それを気づいたロッコは自分の半分をローズにあげた。
ありがたく頂きます!、とローズが微笑んで大きな口で食べた。意外なところで、ロッコとエフェルガンのバトルが始まっている。
オレファはリンカに今度もこの蒸し菓子をまた作って欲しいと願った。初めての味で、とても美味だった、とオレファが褒めている。エフェルガンも、リンカの料理が宮殿の料理よりもとても美味しいと褒めた。可能なら、スズキノヤマから数人の料理人を里へ修業をさせたいと考えている。ローズはそのことをダルゴダスに伝えれば良い、と提案した。ズルグン大使なら父と直接話ができる、とローズは思った。
エフェルガンはその提案に賛成した。そして彼は、今度リンカに、皇帝の前で里の料理を振る舞って欲しい、と願った。このような料理なら、皇帝も納得する味だ。スズキノヤマとアルハトロスの友好関係のためにもとても良いきっかけになるだろう、とエフェルガンが言った。またいつかスズキノヤマの料理人もアルハトロスで料理を振る舞う機会を作り、アルハトロスにスズキノヤマのことを広く紹介したい、とエフェルガンは願っている。ローズもそれを聞いて賛同した。遠く離れているスズキノヤマとアルハトロスだからこそ、互いを知るための術を作る必要がある。まず、おなかからというきっかけも良いかもしれない。今のスズキノヤマでは、アルハトロスといえば焼き菓子だというイメージが強い。大ヒットした里の焼き菓子は庶民レベルまで浸透して、嬉しいことだ、とローズはうなずいた。
楽しい夕餉のあと、勝者エファインにはやはり皿洗いの仕事が与えられた。ガレーはリンカの怪我の具合を確認して、また薬を塗り包帯を交換した。
エフェルガンはローズの本と小論文をヒスイ城に送ったと言った。また明日から、汚職についての調査があるから忙しくなる、と彼は言った。引き続きガレーとローズとエファインは偽薬の調査に当たることになった。
エトゥレとロッコは魔法師ジェン関係を調査する。捕らえられた魔法師はジェンと名乗ったけれど、ロッコは持っている情報とは一致しなかった、と言った。まだいくつか調べたいことがあるから、しばらくこの島にいると言った。しばらくの間、この島の出入りが厳しく制限されて、身元検めも厳しくなっている。またお店から没収された品々の中からいくつかの魔石が発見されて、明日の朝エフェルガン達と一緒に国軍基地へ行って、確認することになる。
エフェルガンがローズにその魔石から人を解放するための術を教えて欲しいと頼んだ。この技術がないと中に閉じこめられている人を救うことができないからだ。
ロッコとリンカは色々な話をしている。その内容は主にローズの護衛に関する話とモルグ人の企み、とロッコが告げた。それを聞いたエフェルガン達は話を詳しくするように、と注意深く聞いている。
どうやらローズが連続して計画がぶち壊されたことで、モルグ人が彼女を指名手配対象者として多額の賞金をかけているらしい。生死問わず、生きたまま捕獲できると、巨額な賞金が用意されている、とロッコが情報提供者から分かった。だから世界中の賞金首ハンターとお金に目がくらむ人たちはローズを狙っている、とロッコは言った。とても迷惑な話だ。だからロッコはそのことについて大変心配している、と言った。エフェルガンも納得して、彼女の護衛官を増やすことを検討する、と。
ただでさえ、学校へ行くたびに護衛官三人も連れて行くのだから、これ以上増やしたら、落ち着いて勉強ができない。教室に護衛官だらけになってしまうからだ、とローズはため息ついて、彼らを見ている。
ロッコとエフェルガン達は引き続き細かい仕事の話をしている。しかし、内容が秘密のため、ローズをしばらく別の部屋にいて欲しい、とエフェルガンに告げられた。彼女が少し不満を感じたけれど、外部者である彼女がやはり彼らの仕事のことを理解しなければいけない。オレファはそんな彼女を気遣い、屋根の上で一緒に星空を見よう、と誘った。
南の地域の星空はアルハトロスの星空とちょっと違っていて、オレファの話を聞いて面白かった。星座にまつわる話まで聞かされて、時間の流れを感じなかった。オレファはとても物知りだ。二人で屋根の上で転がって上を見て、話した。気づいたら、人の気配がした。ロッコが現れて、屋根の上に登ってきた。彼に気遣い、オレファは下に降りた。
「面白い話をしていたね」
「うん。場所によって星空が違っていて、びっくりした」
「そうだよ。季節によって見られる星も違っているんだよ」
ロッコがローズの隣に座って、彼女を見ている。
「またロッコと屋根の上で転がって、星の話を聞きたいな」
ローズが微笑みながら、ロッコを見ている。ロッコも彼女に笑みを見せて、うなずいた。
「任務中じゃなければ、またそうしたいね」
「じゃ、ちょっとだけここで転がってみる?」
「良いよ」
ロッコはローズの隣で転がって、空を見つめる。ロッコはローズの手をにぎって、うなずいた。
「きれいだね」
「うん」
「星もそうだけど、ローズもきれいになったな」
ロッコはそう言いながら、顔をローズに向けた。
「ありがとう。ロッコは相変わらず若々しい」
「どうも。俺は若いんだよ。いつまでも」
ロッコが笑って、うなずいた。ローズも笑って、また彼を見つめている。
「ローズ、任務が終わったら、また会いに行くよ」
「うん」
「ローズがまだ留学中ならここに来る。その時は観光客として来るから、二人でどこかに行こうか」
「うん、そうだね。美味しいご飯も食べたいし。ロッコの手料理が食べたいけど無理だね」
そう聞いたロッコが笑って、ローズを見つめている。
「俺が料理できない。買う専門だ」
「うん。分かってる」
ローズがうなずいた。
「任務が長引いてしまったら、アルハトロスで会おう」
「うん」
ローズがうなずいた。
「俺はローズのことが一日も忘れてはしない。任務に集中しても、必ず毎日思い出している」
「ありがとう。じゃ、ちょっと大きくなった私の姿に、情報更新をするんだね」
「だね。ちっこいままのローズもかわいかったけど、今はとてもきれいになった」
「ありがとう」
ローズは横になり、ロッコを見つめる。ロッコも顔を向けてくれた。
「どうしたんだい?」
「ううん。ロッコをいつでも召喚できれば良いのにな」
ローズの言葉を聞いたロッコは微笑んで、彼女を見つめている。とても切ない、と彼は感じた。
「俺は猛毒だが、術式で召喚できる蛇ではないからな」
「あはは」
彼が優しい言葉で説明した。
「ローズ」
ロッコが真剣な顔をして、彼女の名前を呼んだ。
「何?」
「さっき、あの鳥皇子に言われたんだ。彼はローズが好きだって、必ず妃にするとはっきりと言われたさ」
鳥皇子だなんて、とローズは思ってしまった。
「うん」
「俺はただの暗部の下っ端役員だ。貴族でも何でもない。豪華な生活もない。家もただの古びた建物の一軒家で、家具もない。絨毯の上で寝ころんで寝るとお風呂のためだけの場所だ」
「うん」
ロッコが起きて、彼女の顔を見つめている。可能ならば、今すぐにでも、さらいたい、と彼が思った。
「でも俺はいつか、ロースを連れて、ともに生活をしたい、と思ってる。しかし、今の所、身分の差で手に届かないだろうけど・・」
実際に、ローズがアルハトロスの第一姫で、ロッコが下っ端暗部だ。その身分の差をどうやって埋めるのか、問題だ。
「うん」
「でも、俺の気持ちに偽りがない。暗部って、うそだらけの世界だが、ローズの前だけは本当の自分で居たい」
ロッコが自分の気持ちをありのままで言った。
「うん」
「ローズと一緒になれるなら、暗部の仕事を辞めても良いと思ってる。毎日、ずっと一緒に居られる仕事にして、贅沢は無理だろうけど、そこそこの生活なら、なんとかなるさ。蓄えもあるから、今度隣の空き家を買って、ローズの研究所にしても良いかな、と思ってる」
「それを聞いてとても嬉しいけれど、私は自分のことを自分で決めることができない立場なの。悔しいけど、私の将来でさえ、私のものではないんだ」
ローズが悔しそうな表情で言った。実際に、それが事実で、彼女が自分自身に対する権利がない。
「分かっているさ。貴族って、そんなもんだ。だから親方は貴族にならないと言った。武人の方が楽だからだ」
「父上がそう言ったの?」
「そう」
しかし、父が確かに貴族の位を持っている、とローズが思った。使わないでしょうけれど、と。
「親方様は国王だったころは自分の娘達を政治の道具にしたこともあったからな。ローズが姫君になった時に、一番複雑な顔をしていたのも親方様だった」
「そうか」
「政治の道具にされたらかわいそうだ、と呟いたさ」
「もう道具になっているよ」
ローズがため息をついて、言った。
「俺の身分ではどうにもならない」
確かに、とローズがうなずいた。ロッコがローズを救うことが難しい、と。
「うん。だからロッコは私の友達でいてくれれば、支えになる」
「そうだね」
ロッコがうなずいた。
「まだしばらくここにいるなら、明日も会えるかな・・」
「分からない。任務が優先されるかもしれない」
「そうか」
ローズがうなずいた。ロッコは今回の旅の目的は仕事だったからだ、と彼女が理解している。
「ローズ、俺はあの鳥皇子に負けないよ」
「うん。それにしても、鳥皇子か?」
ローズが言うと、ロッコは笑った。
「蛇と鳥か・・猫もいるな。ローズの周りは、全員、捕食関係だな」
「動物園じゃないんだから、皆仲良くして欲しい」
「どうなんだろうな。複雑な関係だ。そうだ、言うのが忘れた」
「何?」
ローズがロッコを見て、首を傾げた。
「エスコドリアの鹿肉のシチューがうまかったな」
「うううう」
「うらやましい?」
「ものすごく、うらやましい!」
ロッコが笑った。
「あれはまじで、びっくりしたさ。ローズが言った通り、うまかった」
「また食べたいな」
「アルハトロスに帰ったら、また食べに行こう」
「うん。行きたい」
「俺もまた食べたい。あの猪の丸焼きもうまかったしなぁ」
ロッコがふっと言うと、ローズが起き上がって、彼を見て、驚いた。
「何?!あれも食べたの?!」
「そうだよ」
「うううううううう」
「好物のか?」
「もう・・あれは大好き!一人で5頭も食べた」
ローズが悔しそうに言うと、ロッコは笑った。
「食べ過ぎだろう、5頭は・・」
「じゃ、今度は少なめに4頭にするよ」
「ははははは。10頭でも良いよ。おごってやるから、約束する」
「わーい、ありがとう♪でもいつになるとやら」
「いつになるか分からないけど、楽しみが増えると、頑張れるからな」
「うん。ありがとう」
ローズがロッコを見て、うなずいた。
「ちゃんと勉強して、薬の先生になるんだよ」
「うん。頑張る」
ローズがうなずいた。
「じゃ、そろそろ国軍基地に戻らないといけないんだ。まだ取り調べの最中だ」
「あの魔法師を・・拷問するの?」
「暗部の仕事に、興味を示さなくても良いんだ。俺は優しいローズが愛しくて、ずっと優しいローズでいて欲しいんだ」
ロッコは優しい言葉で言った。
「分かった。もう聞かない」
「ありがとう」
「うん」
ロッコは立ち上がって、ローズに手を伸ばした。ローズも立ち上がると、ロッコは彼女を抱いて、屋根から飛び降りた。
下に降りると、家の前にエフェルガンとエトゥレがいた。彼らが屋根の上にある会話を聞いていたかもしれない。
「じゃ、お休みなさい、ロッコ」
「お休み、ローズ。ごきげんよう」
ロッコが微笑んで、ローズを見ている。彼はまだその言葉を覚えているのか、とローズは微笑んだ。
「ごきげんよう・・」
ロッコはローズの手に口づけした。そしてエトゥレと一緒に移動用フクロウを乗って、国軍基地に出発した。
「僕も負けないよ」
後ろからエフェルガンの声が聞こえてきた。彼はローズを見つめていて、動かなかった。
「話を聞いていたの?」
「はい」
エフェルガンがはっきりと答えた。
「彼の無礼をお詫びします。鳥皇子だなんて・・申し訳ありませんでした」
「僕にとって、それはどうでも良いことだ。問題ない」
エフェルガンがローズを見つめている。
「うむ」
「僕は・・彼のように、普通にローズと会話がしたい」
「私も、普通にエフェルガンと会話がしたい」
ローズが微笑んで言った。
「どう始めれば良いのか・・」
「エフェルガンは、エフェルガンらしく、えらそうでも良い。星空を見ながらでも良いし、そこら辺にある草花を見ながらでも良いし、どんな小さなことでも、お互い話題にすることを考えて、話す。ちょっとだけの努力があれば、会話が楽しくなるんだ。先ほどオレファが話してくれた星座の話なんて、とても面白かった。初めて聞いた話で、新鮮だった」
ローズが微笑んで、うなずいた。
「そうか」
「うん」
エフェルガンが近づいて、彼女に向かって、まっすぐに言った。
「ローズ・・」
「ん?」
「夜はもう遅いけど・・少しだけ時間があるなら・・、僕と一緒に空を飛んでくれるか?」
「ちょっとだけなら良いよ。エフェルガンは疲れているでしょうし、明日寝坊したら大変だし」
ローズが彼の案じて、そう言った。
「大丈夫だよ」
「なら、お言葉に甘えて・・少し飛びましょう」
「じゃ、行こうか」
エフェルガンは翼を広げて、ローズの手を取り、空を飛んでいく。ローズも念じて、彼の隣に飛んでいる。きれいな星空に囲まれて、町も小さくみえる。エフェルガンはローズの両手を取り、じっと見つめている。そして彼が近づいて、小さな声で耳元で歌い始めた。初めて聞いた歌で、多分民族の歌かもしれない、とローズが思った。とてもすてきなメロディーだった。
「すてきな歌だった。ありがとう」
「今日は、これしか思いつかなかった。明日どんなことを思い付くか分からないけど、努力する」
「無理をしないで」
ローズが心配そうな顔で言ったら、エフェルガンが首を振った。
「僕の思いがローズの心に届くまで、時間をかけてやるしかないと分かったんだ」
「でも・・」
「ローズは宝石や豪華な贈り物で心を許してくれるような女性ではないことが分かった。僕はロッコ殿を見て気づいたんだ。身分や財産、権力ですら、ローズにとって魅力的なことではなかった。大切なのはどれだけローズへの思う心と、どれだけ努力して、ローズの心の支えになることだ。ロッコ殿は強いだけではなく、彼の思いは本物だ。だったら、僕がロッコ殿に負けないぐらい努力すれば、いつかローズの心を勝ち取ることができると確信した」
エフェルガンがはっきりと言った。
「エフェルガン・・」
ローズが何を言おうか、言葉が見つからなかった。
「さて、もう遅いから、そろそろ休まないと明日が辛くなる」
「はい」
ローズたちが降りていると、護衛官達は下で待機していた。彼らはエフェルガンの気持ちを理解しているかのような、無言でローズとエフェルガンを優しく見守っている。
ロッコという大きな存在と出会ったことで、エフェルガンが一段と大人に成長した、と彼らも気づいたのでしょう。




