46. アルハトロス王国 龍神の都 暗殺事件(3)
ロッコはローズの手を引いて、安全な場所を探した。宮殿の近くにある空き家を見つけて、ローズたちはその中に入った。そしてロッコは座って、考え込んだ。
しばらくしてから、ロッコはズボンのポケットから何かを取り出して、書き物をした。書いたものを地面に置いて手の平でそれを叩くと、ボン!と消えた。
魔法なのか?!、とローズはびっくりした。
「ロッコ、何をしていたの?」
「ちょっと仲間に協力要請を送った」
「魔法の手紙みたいなものなの?」
「まぁ、似ているかな?もっとシンプルなものだけど」
「ロッコは魔法ができるんだね」
「実戦で役に立つ魔法はある程度使えるよ」
「すごい!今度教えて」
「魔法ならローズの方が強いよ」
ロッコは笑いながらローズを見つめている。
「でも先みたいな魔法はとても良い!暗部の魔法に興味があるんだ。探知魔法もドイパ国の暗部の人が教えてくれたんだ」
「そうなんだ。誰が教えたかなと疑問に思ったけど、そうだったんだ」
「あれ?私が探知魔法を使った時に見えたの?」
「そうだね。ちょっとある者の調査中で町の中でうろついていた最中に、頭の上に魔力を感じて、ふっと上を見たら、空飛ぶ下着を見かけた」
「えっ!」
空を飛ぶ下着って、ローズは苦笑いした。ロッコも微笑んでから、話を続けた。
「これはただごとではないと思って調査をやめて、その下着を目印に後ろをずっと追ったんだ。何しろ夜は暗いから、白い下着が分かりやすい目印になった。そして建物の上あたりに探知魔法の波動を感じたから少しよけたけど。その後いきなりリンカさんが戦闘になって、空の方から火属性魔法が飛んで、そして下の方からも矢が飛んできたから、俺が動いたわけだ」
「うむ、空飛ぶ下着は余計だったかも」
「ははは、それは 報告書に書いてはダメなのか?」
「ダメ。目のやり場に困ったと言いながらしっかりと見てたんじゃ・・」
「それは見るさ、見える時にしっかりと見ないと損する」
「ロッコのバカ!」
ローズは口を尖らせて、言った。
「ははは、ごめん。冗談だ。でも、良いものを見せてくれてありがとう。報告書には書かないことにするよ」
「見せたつもりではないけど。うむ」
「さて、これからローズにやってもらうことがあるな」
「はい。私は何をすればいい?」
「餌になってもらおうかな?」
「餌?私を食べても、美味しくないよ?」
「俺からみると美味しそうだ。まぁ、なぜ美味しそうなのか、説明する」
「うむ、はい」
ローズがうなずいた。
「これから説明するから、よく聞いて。敵は最初からローズと女王様を狙っていると分かった。ローズの部屋に入ろうとしたけれど、衛兵の抵抗やリンカさんの素早い対処により失敗。作戦1が失敗した場合、次の作戦が実行される。今回の場合、ローズに逃げて行った者を追わせて、そしてまたどこかで待ち伏せておいて襲うつもりだったんだろう。同時に、別のところで待機していた班は宮殿内に入って、兵士になりすますという作戦も実行されることになった。宮殿内に新米兵士が多くいる中、隣にいる者は本当の兵士かどうか区別ができない。恐らく侵入するための身支度は殺した兵士の制服を使用するか、事前に宮殿内にいる協力者が兵士の服や武器を提供したということが考えられる」
「うん」
「これは暗部か殺し屋の定番だからな」
「そうなんだ」
「俺もたまにはやるけどさ。結構楽に侵入できるんだ」
ロッコが微笑みながら言った。
「ロッコはそんな怖い仕事やってるんだ」
「俺のことが怖くなった?」
「敵になると怖いな。今は味方だから頼もしい」
「あなたは本当に変わった女性だ。安心して、俺はずっとローズの味方だ」
「うん。ありがとう」
ローズがうなずいた。やはりロッコは頼もしい味方だ、と彼女が思った。
「では続けるよ。ローズが外に出たという連絡をもらった人は、次の作戦を実行する。それは女王捕獲作戦だと思われる。恐らく、あの飛行船は宮殿内の動きに合わせて飛んできたと想定できる。しかし宮殿には駆けつけたリンカさんとミリナさんがいて、思い通りの結果にならなかった。また俺たちであの飛行船を落としたから作戦は失敗。だから今宮殿の中に入っている暗殺者も焦っているはずだ。早く宮殿から出ないと、早かれ遅かれ身元がばれてしまう。だから同じ服装をしている本物の兵士に暗殺者だと叫んだりすると、あっという間にお互い様で疑いを始めてしまう。殺し合い理由が成立した。そのどさくさに紛れて宮殿から逃げるということだろう」
「なるほど。で、私は何をすれば良い?」
「言った通り、餌になってもらう。そのどさくさのところで、ローズが現れたら、本物の兵士は動きを止めるのだろう。でも偽物は逆に食らいつく。人質にするなり、殺そうとするなり、必ず何らかの動きをする。暗殺者にとって、目標であるローズは絶好の機会だ。これは美味しそうだという意味だ。ここまでは理解できる?」
ローズがうなずいた。
「うん。戦いのど真ん中にいれば良いの?」
「そうだ。しかも目立つように光って欲しい」
「分かった、バリアーはつけても良いよね?」
「もちろんだ。ローズを餌にして怪我でもされたら、俺が絶対ミリナ様に八つ裂きにされてしまうからだ」
「えっ?!」
ロッコはまた笑った。
「だから金のバリアーとやらをつけてくれ」
「はい」
「怖いか、ローズ」
「戦場に慣れてないから、怖いよ。でも、私はロッコを信じる。必ず守ってくれると信じているから」
「ありがとう。俺はローズの視界に見えていなくても、必ずローズの近くにいる。俺は暗部だから、ローズの影となって、必ず守るから」
「うん」
「じゃ、女王様とミリナ様にこの作戦を伝えて。そして、決して他言無用、と」
「はい」
ローズは鈴に連絡して、ロッコの作戦を伝えた。最初はかなり心配をされたけれど、ミリナは賛成だと言った。ただし、十分に注意するようにと付け加えられた。ローズはロッコと鈴とミリナとリンクをした。リンカは負傷したということで、リンクから外した。
突然家の外に数名の暗部らしき者が現れた。ロッコの前で頭を下げてから、全員ロッコの周りに集まった。
ロッコは何かの指示を出した。彼らの何人かは見覚えがあった。モイの出産で手伝ってくれた二人の暗部と、いつもローズと一緒にランニングしてくれた暗部二人と、屋根の上にいた暗部数名もいた。全員ロッコの部下だったんだ、とローズは彼らを見つめている。顔は布で隠されているけれど、波動が同じだ。一人の隊員はロッコに新しい上着を渡した。ロッコはボロボロになった上着を脱いで、新しい上着に着替えた。そしてフードを被り、布で顔を隠した。その姿はまさしく、ローズの首を針で刺した暗部の姿になった。
ロッコは武器の整理と準備をして、また部下達に指示を出した。指示を受けた部下達は直ちにその場を離れた。ローズたちは再び二人に戻った。ロッコは離れたところから何も言わずにただ見ているローズを見て、近づいた。
「見覚えがある姿か?」
「うん」
「大丈夫?」
「うん。ロッコに私の命を預けます」
「預かった。ローズを必ず守る」
「うん」
「では、行こうか。これは宮殿奪還作戦だ」
「はい!」
ローズは自分自身に金のバリアーをかけた。これは上位防御魔法である、効果時間が長く、防御力もすごく良い。ほぼすべての物理攻撃を防ぐことができる。欠点は魔力をたくさん消費することだ。
ローズはロッコに従い、宮殿の中に入ることに成功した。宮殿内は本当に悲惨な状態になっている。負傷した兵士がいれば、死んでしまった兵士もいる。
なんていうことだ。せっかくガイルが力を入れて教育したのに、その兵士同士が混乱して殺し合っている。ローズは自分の力を集中して解放した。額に集まった力を感じて、自然に体が光る。神々しい宇宙人になった、とローズは思った。ローズはゆっくりと進んで、空に浮いて、大きな声で叫んだ。
「戦闘をやめなさい!」
その言葉が聞こえた瞬間兵士達はびっくりした顔で上を見上げた。
「薔薇姫様!」
「そうよ、だから、もう戦いをやめなさい」
「しかし!」
「私の命令に従わない者は謀反と見なされる!直ちに戦闘をやめなさい!」
「ははっ!」
先まで戦っている兵士達は武器を納めて跪いた。
「怪我した者の手当をしなさい」
「はっ!」
彼らは直ちに動いた。それをみて少し安心した。この部屋に暗殺者がいなさそうだ。ロッコは彼女の視界にはいなかった。どこかにいるかもしれないけど、分からない。
ローズは次の部屋に入り、状況を確認した。ここもかなりひどい状態だ。
「戦闘をやめなさい!」
彼女もまた大きな声で叫んだ。すると、兵士らが隣の部屋と同じく上を見上げて驚いた。神々しい彼女をみて武器を収めた。
と、その時、一人の兵士が素早い動きでローズがいるところまで高く飛び込んで、武器を構えた。この人は暗殺者だ!、とローズは思った。
ぐさっ!
鈍い音をして、彼女を襲ってきた者が地面に落ちた。彼はもうすでに絶命した。ロッコの姿が相変わらず見えないけれど、この暗殺者を殺したのは間違いなく、ロッコである。恐るべき暗殺の技だ、とローズは思った。
「この者は暗殺者だ。死んでしまったけど、調査するために別の部屋に運びなさい」
「はっ!」
「あと怪我をした者の手当もしなさい」
「ははっ!」
兵士達は直ちに動いてくれた。こうやってみると本当に良くできた兵士達だった。けれど、簡単に惑わされているのも課題である。この反乱が収まってきたら、ガイルにこのことについて相談しよう、とローズが思う。
宮殿内にどのぐらい暗殺者がいるかが分からない。けれど、一人ずつ処理するしか道がない。一人、また一人が罠に食らいつく暗殺者が出てきた。本当にロッコの言葉通りだ。ローズは美味しそうな餌である、と。
会議室の前に立つと、扉が閉まっている。けれど、扉の前に血の痕があった。かなりの量だ。戦闘をやめて、武器を収めた兵士らに扉を開くようと命令した。すると、部屋の中では数人の大臣達の遺体があった。恐ろしい光景だ。ローズと夕餉をした大臣もいた。なんてむごいことだ。念のために探知魔法をかけたがロッコの気配以外は誰もいなかった。
大臣達は刺し傷で殺されたと見た。昨日の夜の襲撃で殺されたかもしれない。傷口が乾きかかっているからだ。これらの大臣達のことを兵士に頼んだ。鈴に連絡して、かなり驚いた様子で、声がとても悲しそうに聞こえた。
ローズが見た光景は鈴にも伝わったため、鈴はかなりショックの様子になった。けれども、さすが暗部出身の鈴だ。鈴は取り乱さず、冷静にどの部屋に行けば良いかと指示した。
指示された部屋に次々と行って確認した。戦闘が起きたところは次々とおさまってきた。無論、跪いた兵士が、敵か味方か判別がほぼ不可能である。ローズを襲わなければ良しとした。
玉座がある部屋に入ると、一人の遺体を発見した。エコリア地方の領主のバカ息子だ。しかし、なぜ彼がここで死んだ?謀反を起こしたのはこの人か?そこまで優秀な人とは思えないが、ここにいる以上、なんらかの関わりがあるかもしれない。とりあえず、この人についても調査が必要でしょう。ローズは近くにいる兵士に処理を頼んだ。
ローズは居住区域に向かった。扉の前にガイルがいた。ひどい怪我をしながら数人の衛兵と共に扉を守っている。扉の向こうに侍女達や使用人がいると教えてくれた。あの反乱で、独自の判断で武器を持たない者を守るために取った行動だった。ガイルがローズの前に跪いたけれど、あまりの怪我に倒れてしまった。応急手当のために回復魔法をかけた。多分これで助かるでしょう、とローズは思った。
ローズは扉を開けて中に入った。自分の部屋に向かって移動した。そこでたくさんの侍女や使用人達がいる。サイラもいた。サイラはローズをみて泣きながらミランダの死を報告した。あのかわいらしいミランダが死んだのか、とローズは悲しそうにうなずいた。ミランダを助けようと駆けつけた医療師たちが襲撃されて、結局間に合わなかった。悲しみと怒りはローズの中に湧いてきた。
最後は女王の部屋に向かった。念のために金のバリアーを付けなおした。嫌な予感がするからだ。
女王の部屋に行くにはいくつかの扉をくぐらないといけない。けれども、その辺りの警備が見当たらない。死んだのか逃げたのか、分からない。
女王の部屋には訪問を受けるための居間がある、とローズは鈴に言われたことがある。その先に扉があって左側は書斎室、右側は多目的の部屋。鈴はこの部屋を趣味の部屋として使っている。たくさんの個人的なものが置かれている。けれど、探知魔法使ってもローズとロッコ以外に誰もいない。
そして向かってまっすぐにある扉を目指す。
「ローズ、気をつけて。殺気を感じる」
ロッコは注意してくれた。
「はい」
ロッコはローズの前に立って、扉を破壊した。そして素早く中に入った。ローズも入ったけれど、いきなり剣が見えた。すると横から素早くロッコが対処をしてくれた。そこにいたのは数人の剣士だった。様子から見ると、味方ではなさそうだ。いったいどこから入ってきたのでしょうか。この居住区域に入るにはガイルがいた扉を通らなければいけない。にも関わらず、彼らがここにいるということは、ガイルが来る前になんらかの方法で彼らは侵入した訳だ。あるいは、誰かがここに入れたの可能性もある。
「応戦するぞ、ローズ」
「はい!」
ローズは鞭を出して二人の剣士の相手にした。ガイルのおかげで、彼女の武術の能力が上がった。それをとても実感できた。
「速度増加エンチャント!攻撃力増加エンチャント!」
自分にかけた。これは必須だからだ。
「バリアー!」
強力な防御魔法を唱えた。
「ロッコに速度増加エンチャント!攻撃力エンチャント!」
「やっぱりすごいな」
ロッコはそう言いながら次々と敵を倒していく。三人の剣士は手前にある空いている扉に行って女王の寝室に逃げ込んだ。けれど、それは構造上、窓がとても狭くて、逃げられない。もう後がないと分かった剣士は剣を構えてかかってきた。
「全員を殺さないで!」
「あいよ」
「バインド・ローズ!」
三人のうちの一人に対して強力な茨の枝が地面から出てきて相手を縛り付いた。自害できないように口まで枝が伸びて巻き付いた。どう見ても痛そうだ。相手はもがきながら大きな声を出して気を失った。同時にロッコは他の剣士の処理を終わられた。実に素早く鮮やかな動きだった。ローズは心のどこかで、ロッコに対して、好感を感じた。一瞬と揺れた彼女の気持ちに、不安を感じた。けれど、すぐに思いを切り替えることにした。
ロッコはローズの友達だ。大切な友達だ。
「すごいな、ロッコ」
「ローズもね」
「あれを生かすのか?」
ロッコは気を失って茨の枝に縛られた剣士をみて指さした。
「うん。情報を聞き出さないとね」
「そうだな。暗部で拷問するか」
「他の部署での取り調べとはどう違うの?」
「まぁ、あまり言いたくないが・・」
「怖いことなの?」
「そうだな。ローズには聞かせたくない話だ」
「そうか。じゃ、聞かない」
「だな。これですべての部屋を押さえることができた。ミリナ様に連絡してくれ」
「はい」
ローズはミリナに連絡した。そしてこの生きている敵を向かえにいく暗部の者を待つようにという指示を受けた。兵士の中にまだ暗殺者が紛れ込んでいる可能性があるから、この貴重な生き証人の安全を保証しなければいけない。念のため、探知魔法を使って確認した。誰もいないと確信した。




