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人形姫ローズ  作者: ブリガンティア
薔薇の姫君
39/811

39. アルハトロス王国 青竹の里 親子の会話

ダルゴダスと喧嘩してから二週間が経った。


負けてしまったローズは仕方なく、毎日女子の修業を励んでいる。裁縫も、作法も、料理も、社会の勉強も、経済も、政治も、読み書きもちろん、美術も頑張っている。


あれ、刺繍は?


これは、良かったことに、先生は辞退してくれたことでローズがホッとした。あの戦いで、ローズがはっきりと嫌いだと言ってしまったから、先生は怒って刺繍を教えたくないと辞退した。また他の刺繍の先生も同様に、フレイの申し出を断ったという。要するに、誰一人も、彼女に刺繍を教えたいという先生がいないのだ。百合の先生でさえ断った。仕事が忙しいという理由で、断ったそうだ、とローズは周囲の会話から分かった。しかし、この事態は彼女にとって嬉しいことだ。あの忌々しい針と格闘する時間がなくなったから、ありがたいことだ。その代わり美術の時間になった。絵を描いたり、色のセンスを学んだり、なかなか面白い、とローズは思った。


料理長は相変わらずローズに優しく料理を教えてくれる。しかし、食事の時間には必ず食堂で取るようにと注意してくれた。命令が出たから、これだけは守らないといけないと言われた。けれども、二週間が経っても、未だにローズとダルゴダスの間にぎくしゃくした雰囲気がある。同じ食堂で食事を取るけれど、やはりローズの気持ちが晴れない。日常で少しずつ彼女の笑顔が戻ってきたが、食事の時間だけは早く逃げたい気分になった。ダルゴダスと同じ空間でいることは、彼女にとって、あまり良い気分ではない。だから彼女が遠く離れた所に座って、食事が始まったら、急いで食べて、さっさと食堂から出た。食堂で食べたのだから、文句を言わせない。それに、ゆっくり食べるようにという命令もされてなかったからだ。


今日も夕餉を速く済ました。ローズはたった5分で食べ終わった。何かを食べたか思い出せないぐらい適当に口に入れた。そして彼女は急いで食堂から出て行った。


ローズは扉の近くに座ると、速く抜けられることに気づいた。


今日もちゃんと食堂で食べたから問題ない。部屋に戻って、文字の練習をしたりした。最近エフェルガン皇子に、字がきれいになったと褒められた。彼女自身もそう思った。けれども、まだ柳とエフェルガン皇子の字と比べるとほど遠い。彼らの文字は本当にきれいな字だった。


そういえば、柳からまったく手紙が来ない。今何をしているでしょうか?元気でいるか?けれど、ローズは柳が今どこにいるのか分からない。ミライヤに魔法の手紙の送り方を教えてもらいたいけれど、全然会う機会がない。ミライヤは今報告を書いている最中で、研究室から帰ってこない。忙しいから帰ってきても、邪魔ができない。ちなみに外出すらできないローズだから、彼女がいる研究室まで訪ねて行くこともできない。


朝の走りもしばらくしない。彼女はレベル0以下であるかどうかを問題にした先生方が数多くいるため、念のために走るのを自粛することになった。レベル鑑定をするべきか否か、議論になったが、ダルゴダスはさせないと言ったため、議論が終わった。結果、ローズは低レベルの子どもたちと一緒に行動することができないという判断が出た。これで友達作りは無理になった。誰一人も友達がいない。まともに会話をしてくれる人がいない日々となった。寂しい、とローズはため息ついた。


侍女リエナは一度部屋に入って、お茶を持って来た。花のお茶だ。けれど、やはりモイが入れたお茶が一番美味しかった。食堂の料理長から焼き菓子が届いた。本当は食後に出すつもりだったらしいけれど、ローズがもう食堂にいなかったから、そのまま部屋に届けられた。優しい師匠だ、とローズはそう思いながら、本を読みながら焼き菓子を食べることにした。


数時間が経って、侍女リエナはまた部屋に入って、彼女の寝間着と寝る準備をしてきた。寝間着に着替えて、寝台に入り、灯りが消された。また一人ぼっちになった、とローズはため息ついた。あれから一時間か二時間ぐらい経って、外はとても静かになった。扉を開けると、周りは誰もいない。部屋から毛布を持って、屋根の上に行った。誰もいない。屋根の上なら、屋敷の敷地内だから、まだ大丈夫だと思う。屋根に登るなという命令が出ていなければ、屋根の上にいても、問題ないはずだ。


今夜は風が冷たいから、毛布を持って来て、正解だった。毛布を体に包みながら夜の景色をみている。星空がとてもきれいにみえる。柳は今同じ星空を見てるのか、と彼女が夜空を見つめながらため息ついた。柳が恋しい。会いたい。色々と話したい。一緒に笑いたい。それらを考えると、とても悲しくて仕方がない。ひとりぼっちの彼女は、この屋根の上で泣くことしかできない。


「泣いているのか?」


後ろから来た声の持ち主はダルゴダスだった。


「・・・」


急いで目を寝間着の袖で拭いた。また面倒なことになるのがいやだから、なるべく余計な情報を与えないようにしよう、とローズは思った。


「隣に座っても良いか?」

「うん」


ダルゴダスは屋根に登って、隣に座った。彼女よりもずっと大きな父だ。欅と良い勝負だ、とローズは思った。


「どうして泣いているか、と聞いても良いか?」

「・・・」

「そなたは毎晩いつも一人でここにいて泣いている、と見はりの者から聞いておる。そなたの母も心配している。訳を話してくれるか?」

「なんでもない」


ローズは即答した。


「はぁ、なんでもないか」


ダルゴダスがしばらくだんまりして、ローズを見ている。小さい娘が毛布に包まれて、無言だった。


「もしかすると、柳が恋しいか?」


長い沈黙の後、ダルゴダスはそう聞いた。


「・・・うん」

「そなたと仲が良いからのぉ。今あいつはどこにいるんだろうな」

「分からない」


しばらく無言が続いた。ダルゴダスはため息ついた。


「ローズ、そなたはわしのことが嫌いか?」

「嫌いです」

「はっきりというんだね」

「うん、でも・・ありがとう」

「ありがとう?」


ローズの言葉を聞いて、父が首を傾げた。


「戦いの後、私が化け物呼ばわりされないように、と皆に言ったことに、ありがとう」

「そのぐらいしないと、でたらめな噂が里中に流れるからだ。そうなると、そなたがますます苦しむことになる。柳のように、な」


ダルゴダスがそう言いながら、夜空を見た。月のない夜だ、とダルゴダスは思った。


「彼が鬼神だから虐められたの?」

「そうだ。柳はあれで苦しんでいた。わしが仕事で忙しかったから、気づいていた時はもう手遅れだった。色々と手を尽くしたが、ダメだった」

「そうなんだ」

「あれで柳は変わった。感情もあまり外に出さず、聞かれたことしか答えなかった。自分から話をせず、無口になった。そなたと出会うまでな。そなたの顔に落書きをしたことで、気にしていたらしくてなぁ、毎月必ずそなたを見舞いに来た」

「・・・」

「他の妹にはそこまで感情を見せたことがないのにな。親にすら、その優しい顔を見せたことがなかった。なぜか、まだ眠ったままのそなたを見ていた柳の顔がとても優しく見えた」

「私にいつも優しい顔を見せてくれる」


ローズが言うと、彼がうなずいた。


「そうだな。そなたが怪我した時も、あんなに必死になっていたのも驚いた」

「あの爆発の時でしたか?」

「そうだ。責任は自分にあると、彼がはっきりと申した。そなたのために、そこまで責任を負うと申し出た」

「でも結局私はエコリアに行くことになったんだね」

「そうだな。わしはそなたの母と百合にかなりと責められたが、やはりミライヤの元で修業した方が良いと判断した。でもそれでまだ幼いそなたを屋敷から追い出した、と見られても仕方がなかった」


ダルゴダスはそう言いながら、ため息ついた。


「うん」

「柳はかなり怒ったらしいが、柳に理解を求める機会がなかった。あの子はいつも一人でことを背負ってな。柳が堂々とレベル5まで登りついた。認められたその日に、里を出た。荷物はここに預けられたがね」

「そうなんだ」

「エスコドリアで出会ったそうだな」

「うん」

「そしてその短剣をそなたにあげたんだ」

「うん」

「そなた達の戦いや噂は耳にした時に、会いたいと思ってたな。やっと帰ってきたと聞いて、ドイパ国から王子も一緒に来たと聞いて、ことが緊急であることもあって、そなたたちが後回しで、後でゆっくりと会話しようと思ったのに、そのままできずにいた」

「うむ」

「柳と二人だけで話をした時、柳はわしにそなたのことを頼むと言い出した。あんなにわしのことを嫌っている柳が、頭を下げて、そなたを守ってくれと頼んだ。そなたが狙われている可能性があると説明もしたな」

「そうなんだ」

「あいつはどれほどそなたのことが大切か、そのことぐらいはわしも分かる。できるなら自分で守ってやりたかったとも理解しておる。が、今の柳にはそれができないこともわしが気づいた。だから彼の依頼を引き受けた。そなたを守る、と柳に約束した」

「ふむ」

「そなたを、レベル鑑定させないのも、そのためだ。今のそなたはレベル5以上を簡単に突破できると、この前の戦いで確信した。レベル5になってしまったら、そなたはきっと柳を探しに行くのだろう。それにそなたは強い、わしにあれほどの傷を付けられる者は、今までいなかったからだ」


ダルゴダスは自分の胸に手で触った。


「うむ、まだ痛むんですか?」


ローズは気まずそうにダルゴダスを見た。


「もう治った」


即答された。


「傷跡を治しますか?」

「いらない」

「ごめんなさい」

「気にするな。喧嘩しかけたのはわしだったから、その覚悟でやったんだ」

「うむ、何度も死ぬかと思った」

「死ぬ恐怖を教えないといけないからのぉ」

「本当に死んでしまったら、どうしますか?」

「その時はその時だ。そなただってわしを殺すつもりで戦ったんだろう?」

「うむ」


図星だった、とローズは思った。


「しかし、そなたは戦いの最中に、一人の警備隊員を助けた。そこでわしが気づいた。本当は、そなたは優しい子だ。わざわざその者のために、バリアーなど張って、不利な状況に陥ってしまった。そのことをしなければ、まだ余裕に戦えるはずだった」

「うむ、関係のない者が私のために命を落とされてしまったら、気分が悪いから、助けただけ」

「その者はわしに御礼を伝えて欲しいと願い出た」

「そうか」


ローズがダルゴダスに振り向かずに言った。


「なぁ、ローズ」

「はい」

「わしはこの世界に来る前に大きな国の国王だったことは知っておるか?」

「はい、歴史の本に載っている」

「わしには数千万人の兵士らや従者を持った。強い国を作り上げた。最強と呼ばわり者となった。何人かの妻や側室など数が分からないほどいた。息子や娘、孫など、どのぐらいいたかも分からない。名前すら分からない」

「最低だね」

「ははは、そうはっきりいうのもそなただけだ」


ダルゴダスは苦笑いした。


「それで?」

「ある日、わしが飽きてしまってな。どうしようかと思ったところに龍神様がわしに呼びかけた。ここに来ぬか、と」

「へぇ」

「わしは快く行くと答えた。そして息子達に一番強い者が王にする、と発表した。彼らは戦って、殺し合ったまで国王になりたがっていた。当然場違いの戦いや殺し合いはすべて罰する対象にしたが、わしは悲しかった。そこましてで権力を欲しいのか、と思ったが、子どもたちにわしの考えを、何一つも守ることがなかった。それがわしのせいでもある、と気づいた」


ダルゴダスは辛そうに言った。


「数千万も従者がいたというのに、すべてを捨てて、わしとともに行くと決めた者が、たった200人だった」

「比較的に少なかったね」

「そうだ、考えてみれば、心から忠誠と誓った者はその200人だけだったかもしれない。だから、その者たちはわしにとって宝だ。モルグ人と戦って命を落とした者もいたが、残りの者は今になってもわしを支えている」


料理長のような人も、ダルゴダスの宝だ、とローズは思った。


「うん」

「料理長のセティと侍女長はわしが若い頃からの家臣だ。どこへ行っても一緒だ。その他にそなたの教官だったあのダルガも、影丸など、今はこの里を支えてくれている者たちはわしの宝だ」

「うん」

「この世界では、わしの妻をフレイだけにした。もう複数の妻をとるのをやめた。でも、子どもたちと向き合うつもりでも、なかなかうまくいかなかった。わしのそばから一人、また一人と離れてしまって、実をいうとわしも困っておる。柳が武人になった時は理解できた。欅も職人になった時も分かる。でも百合は怒りでここから出た時は考えてしまった。わしは、父親としてダメな親だったかもしれない。そして、そなたと喧嘩してしまった」

「父上は不器用だからね。こうやって普通に会話でもすればよかったのに。しなかったから、お互い理解できないよ」

「そうだな。二歳のそなたに言われて、心のどこかが痛いがな」


ダルゴダスはローズを見て、苦笑いした。


「ごめんなさい」

「気にするな。わしの子どもの中で、ここまで本音でぶつかってくれたのはそなただけだ。他はわしを恐れているか、あるいはただの権力の象徴で過ぎなかっただけかもしれない」

「私は変な子だから」

「そんなことはない。そなたは、とても良い子だ。多少、じゃじゃ馬だがな」

「うむ」

「わしはずっと武人として生活してきた。だからこのような話し合いはあまりしたことがなかった」

「じゃ、今日はなぜここに?」

「フレイ、そなたの母がわしに頼んだ。親子だから、ちゃんと話し合え、と」

「そうか」


ローズがうなずいた。


「わしは言いたいことを言った。今度はそなたの番だ」

「うむ、私は・・ただ寂しかっただけかもしれない」

「寂しい?」

「うん。心から話し合える相手がいない。いつもモイがいて、柳兄様もいて、そんなに苦労と感じなかった。でも今は、みんな私の前からいなくなった。モイは仕方がないと思う。彼女が幸せになっているから、私はそれで心から喜んでいる。お兄様は分からない。今どこで、何をしているか。気になっても、答えが出ない。会いたくても、会えない」

「柳を思って泣いた、ということか」

「うん」


ローズは素直にうなずいた。


「あの子は思い詰めた時は、いつも自分一人で背負い込んでしまう。誰にも頼らずに生きて行くつもりだから、困ったものだ」

「父上に似て不器用だね」

「そうだな。またはっきりと言うんだね」

「ごめんなさい」

「気にするな」

「その台詞も柳兄様とそっくりだ。父上の影響が大きいんだね」

「そうなのか?」

「うん」


ローズがうなずいた。本当に、そっくりだ、とローズは思った。


「ローズは柳をとてもよく知っているんだな。わしはそこまで知らなかった」

「うん。大切なお兄様だから」

「わしにもいつか大切な父上だと言われたい」

「うむ、良いけど」

「本当か?」

「でも、その前に覇気の出し方を教えて欲しい」

「どうしていきなり覇気の話になった?」

「いつか私が覇気を出して、父上を倒したい」


彼女の言葉を聞いたダルゴダスは呆れた顔をした。


「なんていう腹黒さだ。そして、はっきりとそれを倒したい相手の前で言ったね」

「ダメ?」

「ダメだ。わしをいつか倒したいと言った時点で、その技を教えるわけにはいかない」

「けち」

「はははは、けちか。面白い娘だ」


ダルゴダスは豪快に笑った。


「ねぇ、父上」

「なんだい?」

「私は最近運動をしていないから、体がなまってしまうんだ。時には、軽い運動を教える先生でも招いてほしい。中庭でも良いから、体を動かしたい。武術の練習がダメなら、魔力の練習なら良いでしょう?中庭で鞭の練習したら、屋敷がめちゃくちゃになるぐらいは理解しているけど、魔力の気なら破壊しない、と思う」

「考えておく」

「ありがとう」


ローズは素直に礼を言った。


「いつもレベル5の寮の前にあるグラウンドで鞭の練習をしたんだと聞いたが・・」

「うん。あそこは誰もいないから、たまに使わせてもらった」

「わしにかけた傷の鞭の技も、そこで練習したか?」

「うん。オオラモルグで強さ5倍で火の属性をエンチャントしたところで、大きな化け物を倒した。しかし、レベル5のグラウンドでは、レベル7までなんとかできた。でも父上と戦った時はレベル10にしたけれど、力が尽きてしまった」

「あれはレベル10だったんだ。なるほど、だから痛かったぞ」

「ごめんなさい」

「でも、あれを安定して出せるようになったら、そなたを倒すのも難しくなるな」

「うむ」

「まぁ、考えておく」

「うん」


冷たい風がまた吹いていて、毛布を包み、ますます小さくなったローズである。


「寒いか」

「うん」

「わしの近くに寄っていても良いんだぞ」

「うん」


ローズは少しダルゴダスの近くに移動して座った。なぜか近くにいると温かくなった。やはり鬼神のオーラなのか。


「父上」

「なんだい?」

「父上の心臓の音を聞いても良いですか?」

「それを・・柳はそなたにいつも聞かせてくれたのか?」

「うん」

「なるほど。良かろう。おいで、ローズ」


ダルゴダスはローズの肩を自分に寄せてくれた。ドクンドクンと心臓の音が聞こえて、安心して、いつの間にかローズは眠りに落ちた。夢の中で柳と会ったかどうか、覚えていなかった。


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