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人形姫ローズ  作者: ブリガンティア
薔薇の姫君

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37/811

37. アルハトロス王国 青竹の里 遠足

あれから数ヶ月が経った。


平和な日々が続いている中、相変わらず針と糸と包丁と格闘しているローズで、イライラな日々が続いている。裁縫はなんとか少しましになったけれど、刺繍は全然ダメだった。少しも上手にならずに、ほぼすべての指に針に刺された跡がある。ローズにとって、刺繍は危険クラスの猛獣を倒すよりも難しい。あのころの死闘の修業の日々が懐かしく感じる。


ちなみに料理の修業は順調だ。師匠である料理長は台所の雷鬼だと呼ばれるほどの人で怖いけれど、ローズには優しい師匠だ。料理長は鬼神だから、怒るとめちゃくちゃ怖い。けれど、彼がローズに一度も怒ったことがない。失敗しても、何かと修正する方法を教えてくれた。食材をお粗末にしなければよし、ということだ。


欅が作ってくれた調理器具セットは、彼女の手にとてもフィットしていて、使い安い。けれど、台所の手伝い内容は、未だに芋の皮むきや皿洗いぐらいだ。けれど、たまには自分のご飯やまかない料理を教えてもらったりして、とても勉強になった。いつか料理長と一緒に狩りをして、その猛獣の肉で料理をしたいという願望を抱いている。しかし、なかなかまだその機会が来ない。


しかし、ローズは収穫班が持ってきた大型獣のさばき方を何回か見た。生きたまま持って来られた獣を素早く殺し、血を抜く。もちろんこれも無駄にならないように器の上に血抜きをした。獣の血は、薬剤班が何かに使うらしい。だから一滴も無駄にしてはいけない、と言われた。そして、毛皮を剥ぐ作業だ。これもかなりハードな作業だった。毛皮は製造生産部が欲しがっている。当然骨もだ。きれいに分けて、出汁用がどのぐらいいると計算して、残りは製造生産部に送る。内臓もそうだ。食べる部位と食べない部位を分けて、製造生産部に送る。肥料や家畜の餌として使うらしい。無駄にならないように、すべて料理長が管理している。彼も毎日食材の管理もしている。屋敷内の食料関係もそうだけれど、レベル1の寮からレベル4の寮までの食堂の献立もすべて料理長が決める。どのぐらい人数があって、どのぐらい食べる。大食いが多いこの里には、大変難しい問題である。でもその努力があるからこそ、里が安定している。もちろん料理長の下には、副料理長が数名もいる。皆が力を合わせて仕事をしているのだ。


ちなみにレベル5以上の者はほとんど職に就くので、料理屋で食事したり、自炊する者もいる。ついでに満月の夜には屋敷の食堂では宴が行われる。外へ出稼ぎをしている者たちは情報交換のために帰ってくる。その夜は皆が屋敷に来て、宴や話し合いをするのだ。面白い話も聞けて、楽しい夜となる。考えて見ると、やはり台所と食堂は、この里にとって重要な役割を持っている、とローズは思った。


そのような日々で過ごしているローズは、唯一の楽しみは文通である。スズキノヤマ帝国のエフェルガン皇子と順調に文通をしている。感覚的に、彼が同じぐらいの年だから、とても話しやすい相手だ。皇子がとてもこまめでいろいろなことを書いてくれた。知らない国で、知らない街で、知らない世界で、どんなところなのかと想像しながら手紙を読んだりして、楽しく思った。


ちなみに言うと、柳から手紙は1通も来ない。今どこにいるのか、何をしているのか、分からない。ミライヤに魔法の手紙の送り方を教えてもらおうと思ったが、彼女が忙しすぎて、なかなか会えない。というよりか、この数ヶ月間に、全然会う機会もない。モルグ王国の飛行船の残骸の調査や術式の調査もあるから仕方がない、とローズはため息つきながら思った。


時には戦闘感覚を忘れないために屋敷の裏にあるグラウンドを利用して、一人で鞭の練習をしている。レベル5以上のグラウンドは日頃ほとんど使う人がいないから迷惑にはならない、とローズは思った。ローズは武人ではないため、彼らと狩りに出かけることができない。それにダルゴダスはレベル鑑定すら許可をしてくれない。だからローズはこっそりと屋敷を抜けて、一人で技を磨いたりしている。鞭の重さの調整も練習したりして。今のところ鞭の重さとエンチャントの強さの調整は、なんとかうまくいくようになった。オオラモルグで強さ5倍でかなり大変だったけれど、今は強さ7倍ぐらい調整できるようになった。あとは物理攻撃の技を磨かないといけないと分かったが、対象の敵がいないと、ものたりない。一人で練習するととてもつまらない。誰も相手にしてくれないし、ダルゴダスは武術の先生すら付けてもらっていない。なんでそこまで彼女を戦わせないのか、ローズは分からない。聞いても答えてくれないし、相手にすらしなかった。このままこっそりと壁の外に出ても良いかなと思うこともある。そう思うと、ローズはまたため息ついた。


友達は、同じぐらいの友達はあまりいない。たまに声をかけてくれたのはトカゲ族のリナと山猫人族のエリオの二人だけだ。同じ年齢の菫はやっと言葉を言うようになった。けれど、柳の言う通り、話相手にはならない。リエナもあまり会話の相手になってくれない。とても良い侍女だけれど、それ以上でもそれ以下でもない存在だ。やはりモイは格別だったのだとローズが思う。しかし、モイは今、ダルガの妻になって、妊娠している。おなかが大きくなった姿は先月会いに行ってきた時に見た。モイを会いにいくだけなのに、侍女リエナと護衛官一人連れて行かなければいけないことで、本当に彼女の自由がなくなっている。モイの屋敷まで歩いていくのも禁じられていて、ほとんど馬車で移動することになっている。当然街に行って、欅と百合のところまで行くことも、許されていない。ローズの世界はほとんど屋敷周辺になっているんだ。とてもつまらない生活だ。


そんな口数が少なくなっているローズのことを心配しているのは母であるフレイだ。彼女が色々と話をかけたけれど、ローズにはあまり興味がない話がばかりだった。植物の話や動物の話は楽しいけれど、実際にどんな植物なのかあまりよく分からないから、想像するのも難しい。フレイの趣味である刺繍や人形作りなどが、ローズにとって針との戦いでもある。刺繍の時間になると、本当に逃げたい、とローズは思った。なかなか上手にならないから、刺繍の先生のため息が毎回聞こえている。自分だってため息がしたい、とローズは思った。


最近、刺繍の時間になると、ローズは行方をくらますようにした。今日は屋根の上に行って、魔法の本を読むことにした。ぽかぽかと温かい日の光を浴びて屋根の上で一人で読誦すると決めた。当然侍女達が彼女を捜しに、あちらこちらへと走りまわった。しかし、ローズは返事をせず、聞こえないふりをした。しばらくしたら、読むのが疲れて、本をまくら代わりにして、寝ることにした。屋根の上で昼寝も悪くない、とローズは思った。何もない空をみて、ぼーとしていて、いつの間にか寝てしまった。


目を開けたら、部屋の寝台にいた。誰かが彼女をここまで運んだのだ。しかし、部屋には誰もいない。勉強机に、先ほど読んだ本がある。扉が開いて侍女リエナが入った。


「ローズ様、起きていたのですか?」

「うん。誰か私をここに運んだのか?」

「リンカさんでしたよ。屋根の上で見つけたと言いながら、ここまで運んで下さいました」

「うむ」


ローズはリエナからお茶をもらって、ゆっくりと飲んだ。


「どうして屋根に寝ていたのですか?」

「空をみて、気持ちがよくなっていつのまにか寝てしまったんだ」

「でも今日も刺繍のお勉強ができませんでしたね」

「うむ」

「これで3回目ですよ。侍女長は奥様に報告するそうです」

「うむ」

「では、もうすぐ夕餉なので、お風呂の準備をします」

「うん」


すべて侍女に管理されているローズだ。この生活はそろそろおさらばしたい。家出でもしようかな、と彼女がそう思いながら風呂場に行った。


お風呂に入りながらいろいろな企みを考えてしまう。けれど、彼女がここから逃げられるのか、自信がない。柳ですらわざわざレベル5まで上げてから正式にここから出た。暗部に見張られているから、そう簡単に抜けられないかもしれない。おそらく自分も誰かが見張っている違いない、とローズは思った。柳が言った人の視線は、不快に感じることは、まさしくこんな感じだ。


夕餉の仕度を終えて、食堂に向かった。しかしローズは食堂に入らず、そのまま台所に直行した。エプロン付けて、いろいろと手伝ったりした。本当のことをいうと、食堂で食事をしたくない。だから台所担当と一緒にまかないのテーブルで食事を取ることにした。早く済ませて、自分のお皿を洗って、食堂から出て、また屋根の上に行った。ローズは空を飛べるから、屋根ぐらいの高さなら問題なく行けるんだ。


最近屋根の上にいるのが気に入る。誰もいないし、星空がきれいに見えるし、周りの家々の灯りもきれいに見える。他人と喋るのが面倒に感じてしまった今のローズにとって、唯一の癒やしの場所になっている。


「またここにいるのか」


リンカの声が聞こえた。


「うん」

「奥様に呼ばれているよ」

「うん」

「今すぐに」


いやいやしながら、ローズが下に降りた。そしてリンカといっしょにフレイの所に行った。フレイの部屋に行くと、侍女長がいた。報告をしたか、とローズが思った。怒られたら仕方がない。だって、わざとサボったからだ。フレイに挨拶して、もっと近くに来るようにと言われた。


「ローズ、最近具合はどうですか?」

「普通です」

「刺繍の勉強を3回もお休みになったと聞いたのですが、なぜ休んだか母に説明してくれますか?」

「疲れたから、昼寝をしただけです」

「そう?」

「はい」


嘘に決まってる、と彼女がそう思った。けれど、フレイは顔色を変えなかった。


「そうだ、明日レベル1の子どもたちはちょっと遠足すると聞いて、ローズが一緒に行けたらいいなぁと話したところで、先生は構わないと言ってくれたんです。もちろん、ローズが行きたくないのなら問題もないのだけれど、どう?行きたい?」


フレイがそう尋ねて、ローズを見つめている。


「本当に行けるんですか、母上」

「ええ、明日の朝餉のあとレベル1のグラウンドで行けば、連れて行ってくれると教えてもらいましたよ。お弁当を持ってね」

「行きます!行きたい!行かせて下さい」


ローズが急に元気になった。


「ええ、もちろん。料理長に明日のお弁当を頼んであるから、明日もらって下さいね」

「はい!」

「でも、約束して下さい。一人であまり遠くへ行かないようにね。そして念のために防具と武器を身につけて下さい。何しろ武人の遠足だからです」

「はい!」

「では、もう遅いから、今日は早めに寝なさい」

「ありがとうございます。お休みなさい」

「お休みなさい、ローズ」


わーい!、とローズが嬉しそうに走って、帰った。なんという嬉しい知らせなんでしょう。やっと外出できる。その夜、嬉しすぎて、なかなか眠ることができなかったが、朝方になる前に何とか少し眠れるようになった。





翌朝。


朝餉を終えて、お弁当を持ってグラウンドにでかけた。ドイパ国からの防具が届いたので、それを身につけて行った。とても美しい仕上がりで、目を疑うほどの出来映えだった。サイズもぴったりして、紋章の代わりに薔薇の花を作ってくれた。とても上品な感じがした。武器は柳がくれた短剣を腰につけた。髪の毛も邪魔にならないように頭の左右に結ってもらった。


先生に挨拶をして、レベル1の子どもたちと合流した。ローズよりも体が大きい子がたくさんいる。レベル0からレベル1に上がるにはそんなに難しくないらしいけれど、レベル1からレベル2に上がるには、相当努力が必要だ。認められるまで努力をし続けるしかない、と教えられた。


レベル0以下の子供たちがローズに視線が集まった。彼らは、ローズの鎧を褒めてくれた子が何人かいた。やはりはこの里の鎧と作りが違うので、目立つ。先生も褒めてくれた。とても丈夫そうだ、と言ってくれた。


出発する、と先生が合図を出した。大きな子は小さい子の手をとって、歩く。ローズの手を取ったのは大きな山猫人族の子だった。キジ虎模様で、とても強そうな男の子だった。年齢的に7~10歳ぐらいか、とローズは思った。良く分からないけれど、多分そのぐらいだ。


今日は護衛官を連れて行かなくても良い。見えるのが三人の先生だけだ。暗部がどこかにいるかもしれないが、考えないようにしている。


向かって先は外壁の近くまで足を伸ばすそうだ。三人の先生と一緒に出かけて、小動物を軽く狩りでもする予定らしい。だから全員が武器を持って来た訳だ。武器は基本的に自由だ。自分にとって使いやすい武器はなんでも良いようだ。この里では、小さい時から本物の武器を与える親が多い。レベル1になった時点で、ほとんどの子どもたちはマイ武器を持っている。だからレベル0以下のローズが武器を持っていることは、この里の人々にとってあまり珍しいことではない。領主の娘であることで、なおさらだ。


目的地に着いて、しばらく休憩をした。とても広い草原で、気持ちが良い風が吹いている。そこで先生が色々な説明をして、狩りのやり方などを教えている。風の向きや獲物の種類など細かい説明をした。説明終えたら、事前にグループ分けした子どもたちは初めての狩りを行う。ローズは比較的に大きな子どもたちと一緒に行動をすることになった。山兎やネズミなど追っかけて、皆が楽しそうに見える。しかし、やはりぬるい、とローズは思った。彼女の初獲物は猛獣だったよ、と言いたいけれど、言えない。


ふっと、彼女が何かの気配を感じる。とてもいやな気配だ。上からだと感じて、見上げたら、空に黒い点が見えた。


「先生、上に!」

「なんだ、あれは?」


先生達は上を見上げたら、目を大きくした。


「全員集まれ! 雷鳥だ!」


キャーと叫んだ子もいた。先生達は、子どもたちを集めて、周りをかためた。


「なんでこんな所に雷鳥がいるんだ?」

「あれは普通の雷鳥じゃない。巨大雷鳥だ!」

「まずい!」


そうだね。まずいんだ、とローズが上を見つめている。子どもたちを抱えて先生だけで倒すのも、大変だと思う。周りには木々がないため、上からの攻撃にしたらねらい放題だ。バラバラに動いたら、間違いなく誰かが死ぬ。雷鳥が近づいてきて、ローズの目でその距離わ分かるほど、近い。


「バリアー!」


先生達は体を低くした子どもたちの周りにバリアーを張った。でもこれじゃ、時間の問題だ。警備隊が気づくまで無事でいられるかの保証がない。


「バリアー!速度増加エンチャント!、攻撃力増加エンチャント!自然よ!ここにローズが命じる:我に力を与えたまえ!」


ローズは自分にエンチャントをかけた、契約の言葉を言った。


「ローズさん?何を・・?!」

「先生、しっかりとバリアーを張って下さい。警備隊が来るまで、そこから動かないで下さい!」

「!!」


ローズはそう言って、片手で土をとって、前に投げた。


「大地の壁!」


投げられた土粒から、次々の土壁が盛り上がっていった。それを踏み台にして、ローズは上に、上に、と登っていく。


「鞭!火属性エンチャント!」


トゲがびっしりの鞭が現れた。こんな走りながら鞭を出したりすると、本当は結構不便だ。飛べば簡単だが、できるだけ里の者の前にその能力を見せたくない。ただでさえ、この行動はかなりアウトだ、と彼女が思った。どんな噂にされるかが想像したくない。けれど、今それを考えれば、子ども達はあの巨大雷鳥に食べられてしまう。


パチパチパチ


嫌な音が聞こえた。雷が落ちるんだ!


「バリアー!」


下にいる先生達に向かって片手で強力なバリアーを張った。そして片手が持っている鞭を思いっきりその雷鳥に当てた。


ドーン!


その衝撃とともに雷鳥がキーと鳴いた。ちらっと下を下にいる先生と子供たちが大丈夫だった。彼女のバリアーに守られて全員無事だそうだ。


最後の踏み台になった土の壁に、ローズは大きく践んで高く飛び込んで、宙返りしながら、あの雷鳥に数回鞭の攻撃をした。命中した分は雷鳥の体から血が飛び散った。そして彼女があの雷鳥の背中に着地した。鞭を首の辺りに引っ掛けて、もう一つの片手で、もう一本の鞭を出して、瞬時に形を変えた。堅く、鋭く、小さな槍のようにした。


「ファイアー・スピア!」


形を変えながら属性にエンチャントする。この技はかなり特殊で、誰でも使える技ではない。ローズのオリジナルだ。


「えい!」


その火の槍を雷鳥の背中に刺し、力いっぱいで深く刺さった。雷鳥が大きな鳴き声をしながら、落下しつつ暴れ出した。けれど、片手に持った鞭を離さない。槍を念じて、中まで達していたらとどめの魔法をしようと・・、その時、すごいスピードで二人の影が上に飛び込んだ。一人は雷鳥にとどめを刺して、もう一人はローズを抱きかかえて地面に着地した。


「トドメをしないと!」

「大丈夫だ。あれはもう死んでいる」


そう答えた見知らぬ武人がいた。顔に布のマスクで隠されている。声と目しか分からなかったけれど、若い男性だ。もう一人も同じ格好している。巨大雷鳥が地面に叩き付けられてびくっと動かなかった。死んだようだ。


「放せ! あなたは誰だ?!」


ローズは暴れて離れようとしたら、その人は彼女の耳元に小さく呟いた。


「無礼をお許し下さい」


その言葉の最後に首にちくっと痛みを感じて、力が抜けてしまった。そしてすべてが暗闇になり、気を失った。



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