向かう先へ
ガディードやジャンヴィエとはまったく違う賑わいに、オレたちはしばし、時を忘れた。
転送門は広場の中心に、そして、四方に大通りが伸びるという形はどこも変わらないようだ。しかし、この地の転送門はやや高めの土台の上に建っていた。ガディードの大神殿ほどではないが、街壁までもを見渡せる。その光景はパッと見でも、建物の質や数、人口がガディードとは大違いだった。白っぽい石造りの建物が連なり、どの窓にもガラスがはめ込まれているようだった。
行き交うひとびとは、個々の目的に向かってまっしぐらに歩いている。上質の服をまとった、お仕着せではない服を着た女性。従者の姿も傍にある。ふたりの歩く反対側へと、衛兵が隊列を組んで巡視していた。路地から路地へと、子どもたちが騒ぎながら消えていく。大通りの中央を、馬車が東西南北へと忙しなく駆け抜ける。転送門広場の南側には市場が出ているようで、売り子たちが大声を張り上げていた。安いよという部分は聞き取れても、肝心の商品名は何のことだかわからない。
「悪い」
小さな声を掛けて、横を誰かが擦り抜けていく。
振り向いた先。外套をまとった男の頭上には、ちらっとIDが見えた気がした。転送門に光が宿る。転移したのだ。
その向こう側、転送門の裏側にも人通りがある。籠を腕に掛け、足早に行く街の女。どんぐりのような男たちは談笑しながら南側へと進んでいった。その合間に、剣を佩いた、疲れた顔をした騎士風の出で立ちの男が転送門広場を斜めに横切る。行く先を目で追うと、北側には「白亜の城」という表現に相応しい城址が鎮座していた。
この都市の名を、公都アイネスタスという。
名から判断しても、あの城主は王族に連なる血を持つ公爵と考えるべきだろう。
めまぐるしく、多くのひとびとが行き交うのを、オレと同じく呆気に取られてミラはながめていた。その顔を見て、ようやくオレも我に帰ったというほうが正しい。
遠目ではNPCか、プレイヤーかはわからない。βテスト開始初日と考えれば、転送門が開放されたばかりのこの地にいるプレイヤーの数は、そう多くないはずだ。
さて、と気を取り直した時、ようやくミラはこちらを向いた。その漆黒の瞳は、日本人のものにしては黒みが強い。オレと同じ色調を持っているはずなので、きっとシリウスの色合いも同じだ。それでも、目の大きさが段違いな気がする。
そう思うほど、彼女は目を大きく見開いて、まさに陽光に輝かせていた。
「――話にはね」
少し息を弾ませるように、ミラは口を開いた。
「聞いたことはあったの。大神殿に寄付して下さる方は、殆どが近隣のお貴族様だって。その中でも、特に公爵さまは信心深い方でいらして、魔族の被害を憂いて大神殿にまでお祈りを捧げにおいでになったことがあるって……きっと、あのお城にお住まいよね?」
子どものように指さすのではなく、ただそのまなざしが物語る。そして彼女は聖印を切った。その祈りには深い感謝がこめられている。そう素直に思えるほど、ミラの神官としての立ち居振る舞いに馴れていた。
祈りのことばが口ずさまれる。その音の意味はわからなくても、小さなフレーズは歌のように耳に残った。
その手が祈りの形からほどかれた時、オレは尋ねた。
「行ってみるか?」
「え?」
「あの、城」
顎をしゃくって見せると、恐れ多さと少しの期待が表情を過ぎった。
決まりだな。
返事を待たずに、北へと階段を降りる。すると、軽い足音は確かに続いてやってきた。
「せっかくなんだからさ、観光としゃれこもうぜ」
「――うん!」
はしゃいだ声音が、オレをよりうれしくさせた。
白亜の城の周囲には、街壁とは別に、城壁があった。北の通りを直進すればそのまま城門をくぐることができるだろうと思い進んでいたが、近づいて気付いた。
城壁は、一重ではない。
少なくとも、奥にもうひとつ、城壁が築かれている。城門の向こうにある、その白っぽい壁の存在は遠く……巨大に見える白亜の城は、より巨大なものであると知れた。
外から見える城壁の奥は、公爵の周辺の貴族の屋敷が立ち並んでいるようだ。城門に立つ衛兵は殆どの馬車やひとを止めているが、どれも一瞬で解放されているように見えた。その中で、ノンストップな馬車があり、とても目立った。中から外へと出てくる馬車は、そのまま南下していく。
「公爵さまのかなぁ」
目の前を行き過ぎる時に凝視すると、確かに紋章付きの馬車であるとわかった。翼を広げた馬の紋だ。幻界にもペガサスがいるのだろうか。
城壁の周辺では、聳え立つ城自体は見上げにくい。間近に来て気付き、少し失敗したなと思った。
「立派なお城……」
うっとりと呟くミラの声に。
城壁と街の隙間を吹き抜けていく風に。
満たされる心の裡を感じる。
しばし、幻界をながめた。
空も、街も、人も、どれもが空想の中のもののはずなのに、どれもが息づいていて、自分はそこに立っている。どれほどの道筋がこの場にたどりつくまでにあるのかはわからないのに、確かに、ここにいるのだ。
にぎりしめた手が、妙に汗ばんでいるように思った。
公都アイネスタスは広く、街の中心のはずの転送門からここまで、かなり歩いていた。既に太陽は高く、天頂を過ぎている。まだ空腹は感じない。ミラの数値もまた、緑の色合いを残していた。
城壁はゆるやかに続いている。誘われるように、オレは歩き出した――。




