終わりを見据えて
それほど長い間ログアウトしていたつもりはなかったが、目覚めると二日ほど経過していて驚いた。ログアウト前にセルヴァとのPTは解消していたので、今、ステータスバーは二本だけ表示されている状態だ。
つまり。
『おはよう、シリウス』
「――おはよう、ミラ」
うれしそうな妹の声音に、その姿がそばになくても、心が伝わってきたような気がした。
プレイヤーがログアウトしているあいだ、サポートキャラクターは同じ集落内でなにがしかの活動をしている。ミラの場合、神官見習いということもあり、ジャンヴィエへの魔族襲来における怪我人の世話に走っていたようだ。もちろん、ログアウト前に言っていたとおり、温泉も堪能したという。
昨日、野外救護所は解散したらしい。その後は施療院で手伝っていたという話を聞き、サポートキャラクターに「休息」という選択肢はないのだろうかと嘆息した。しっかり金稼ぎまでしていたと胸を張るので、その金銭はそのまま、彼女に持たせることにした。
「セルヴァさんやアシュアさんもね、昨日まではジャンヴィエにいたんだよ」
フレンド登録をしたからだろうか、しっかりとミラは弓手や神官のことを認識しているようだ。魔術師はその中に含まれていなかった。
食事を摂りながら話を聞いていたのだが、周囲に同類の姿はまったく見えない。残り少ない時間を、それぞれが思い思いに過ごしているのだろう。
幻界時間にして、あと丸一日ほど。
早々と西門が仮設ではあるが復旧した下りの話を聞きながら、オレもまたこの先を悩んでいた。
軽快な音を立てて、目の前に通話アイコンが出現する。スピーカーが震えるたびに呼び出し音は膨れ上がり、あわててオレはその下の通話切り替えをスライドさせた。
『ーーシリウス?』
「ああ、うん。ログイン遅くなった」
『いや、こっちこそ、置いてく形になってごめんよ』
相手は、セルヴァだった。
やはり、残り少ない時間をレベル上げに費やし、β2に備えるというのが彼の選択だった。先に進んだとしても、確実にリセットされる。残るものが経験値ならば、他に選択肢はないのだ。……普通なら。
セルヴァは次の集落である、シュバートにたどり着いたという。その周辺で狩りをするそうだ。
『来る?』
ガディードから共に旅路を歩んできた相手だ。
最後の最後まで一緒に狩りをして、終わりを迎えるのも悪くない。
なのに。
オレは、返事を躊躇った。
通話画面の向こうで、小さな笑い声が聞こえた。
『だよね。いいんだ。よかったらさ、またβ2でも組もう』
「――ん、β2で」
リセットされても同じ名前だからと最後に告げて、「またね」と通話は終了した。
いつのまにか、目の前の食器はすっかり片付けられていた。
「ミラ」
杖を膝に乗せた少女は、呼び掛けに微笑んだ。
確かに応えてくるまなざしに、オレは尋ねた。
「食べたいものとか、欲しいものとか、行きたいところとかさ、何かない?」
弾かれたように、その表情が驚きに彩られる。
困惑を宿した瞳はこちらをうかがうように見返していた。少しぎこちなく笑い返し、繰り返す。
「何か、ないか?」
「え、うーん……おなかはすいてないし、装備は一応整ってるし」
杖を持ち上げ、軽く振ってみせる。結局、外套や着替え程度しか更新されなかった装備だった。年頃の女の子らしく、新しい服が云々ということに無縁だった。それは、あの子と変わらない。
「シリウスがいるなら、わたしは別に、どこだっていいんだけど……」
しかし、続いたことばは、まったく違うものだった。
サポートキャラクターに選択肢など出せるはずもないが、それでも、プレイヤーを喜ばせることばだった。
これからを期待するまなざしは自身と同じ漆黒で、オレはとりあえず、道具袋内の所持金を確認した。
――行けるところまで。
今から歩いていける範囲など、たかが知れている。
だから、手段はひとつだけだった。
転送門を使い、有り金をはたいて行けるところまで飛ぶ。そして、そこからーー。
オレは、立ち上がった。
テーブルの端に剣の鞘があたり、鈍い音を立てる。
「行こうか」
「うん!」
つられたように、ミラもまた立ち上がる。
向かう先は転送門広場、ふんだんに湯水をあふれさせる噴水の、その向こう。
転送門に表示された選択肢の、もっとも遠い場所へと、オレたちは旅立った。




