宣告
それは、宿の扉をくぐった時のことだった。
警告音が脳裏に響き渡り、視界に大きな封筒が表示される。そして、勝手に封は開かれ、宙に日本語表記の文章が映し出された。同時に、アナウンスが流れていく。
――全テスターの皆様へ。
幻界へのテスター参加、まことにありがとうございます。
幻界サービスチームです。
開始直後ではありますが、クローズドβテストにおける諸般のイベントについて、既にβテスターの皆様より多数のご意見が寄せられております。その旨、関係各所にて慎重に協議を行った結果、このままβテストを継続することは困難と判断いたしました。一旦、βテストを中止し、再度クローズドβ2テストとして再開する予定です。再開の時期につきましては、改めてご連絡いたします。
今後の予定ですが、現実世界における本日午後十時を持ちまして、全サーバーを停止し、諸般のイベントを精査してまいります。
なお、本メール直後より、特別措置としてプレイヤー間のダメージ無効化を実施いたします。残り少ない時間ではありますが、βテスト版幻界を楽しんでいただければ幸いです。
詳しくは、公式サイトに記載しておりますのでご覧下さい。
ご協力、ありがとうございました――
まるでエンディングロールのようにスクロールするメッセージを、呆気に取られて視線で追いかけた。最後の署名が消え去り、周囲の騒めきが蘇ったことで、音まで消えていたのだと気づいた。
たった半日。
幻界のクローズドβテストが開始され、現実時間で十二時間が経過しただけなのに。
「どうしたの?」
立ち止まったオレとセルヴァを、ミラが不思議そうに見上げる。
「はあ? ――っざけんなよ!」
まるで、自分の気持ちを代弁したかのように、店内でテーブルが宙を舞った。悲鳴が上がり、怒号が響く。その男のIDは黄色に染まり、周囲にいたNPCが羽交い絞めにしていた。
ああ、そのためか。
本来ならプレイヤー同士でも殴ればダメージが出る。始めたばかりのゲームを取り上げられる形となり、自暴自棄になったプレイヤーが起こす行動の可能性を先読みし、必要以上の悲劇を起こさないために、運営は先手を打った。
「悪い、通してくれ」
二人がかりで、その男は宿から連れ出されていく。贖罪クエストが終わるのが先か、それとも。
「――残り少ない時間、牢屋で過ごすことにはなりたくないね」
弓手のことばに、小さく頷いた。
ミラもまた反対側に避けており、こちらの呟きは届いていないようで、扉の向こうへ消えていく人々を視線で追いかけていた。その黒いまなざしが、こちらを向く。命の神の祝福を受けし者による暴行に対し、やや困った表情を浮かべている。
「なあ、β2ってさ――」
セルヴァへ問いかけるようなことばが出たものの……オレは迷っていた。濁された語尾や続く台詞は、容易に想像できたのだろう。セルヴァは溜息をついた。
「まずは公式サイトを確認、かな」
立て続けに起こっていた戦いの果ての、まさかのゲームオーバーな未来に。
オレたちはろくに別れを交わすこともなく、一度、ログアウトした。
今日中にもう一話、更新します。




