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 よく見れば、どこもかしこも赤い男だった。

 髪も、目も、術衣も赤でまとめている姿は、「炎の魔術師です」と自己紹介しながら歩いているようなものだ。木製の術杖を片手に、男は視線を落とす。


「アーシュはどうする?」

「んー、クエストってどういうの?」


 黒っぽい牙を拾い上げ、神官アシュアは立ち上がった。青の術衣の裾を払いながら、彼女は尋ねる。


 のんびりと説明する余裕はなかった。オレは簡潔に、ジャンヴィエの結界に揺らぎがあり、火の魔術師の力があれば復旧できる……それが貴族からの命だと告げた。たったそれだけのことばで何かが通じたのか、アシュアの口の端が上がる。


「なるほどね。魔族がどっか行っちゃったのにジャンヴィエの街中まで攻められたから、おかしいとは思ったのよ。結界が何とかなれば、街への被害が少なくなるなら大歓迎ね」

「行くか?」

「ローだけ行ってよ。必要なのは火の魔術師なんでしょ?

 もうすぐエスタが来るし、こっち、抜けるわけにはいかないじゃない」


 終わったら合流するわよ、と続ける彼女に、男は頷いた。

 そして、こちらを向く。


「行こう。PTを飛ばせるか?」

「あ、今……リーダーもらう」

 

 セルヴァから権限を受け渡してもらい、さっそく要請を出す。

 ステータスバーに、ひとり付け足された。その名は、スヴァローグ。珍しい名前の響きに、どう呼ぶか正直迷う。

 次いで、PT要請によく似たウィンドウが開いた。フレンド要請だ。


「また大声で呼ばれたらかなわないもの」


 肩を竦めて見せる神官(アシュア)から、ウィンドウに視線を戻し、即座に「はい」を選ぶ。


「助かる。よろしくな」

「ええ、よろしくね」


 フレンドリストへの追加が示された時、PTチャットでも同じような会話が響いた。


『よろしく』

『え、あっ、よろしく! ちょっとこっち、今、手が離せなくてごめん!」


 魔術師(スヴァローグ)の短いあいさつが飛ぶ。それに対して、切羽詰まった弓手セルヴァの声が返された。

 地図、と意識すれば視界にそれは浮かび上がる。表示されているふたりの位置は、未だに西門に程近い。赤い光点(アイコン)が複数、それとほぼ同数の青と、ほんの少しの緑の光点(アイコン)も見える。戦闘中だ。


「あとでな」

「うんうん、またあとでねー」


 ぴらっと手を振り、アシュアもまた街のほうへと走り始める。その背を見送るまでもなく、スヴァローグもまた足を早めた。始まったばかりのVRMMO(ヴェルト・ラーイ)内での知り合いにしては、相当仲が良いように見える。

 違う、と即座にその可能性を脳裏で否定した。

 その理由は、呼び名だ。彼女の頭上に表示された名は「アシュア」、そして、男が呼んだ名は「アーシュ」。どちらも本名のはずもなく、古くからの知り合いなのだと物語る符号がそこにあった。


 一緒に遊べる相手って、貴重だよな。


 次いで浮かぶのは、どんなゲームでも一緒に楽しんできた相手。

 今はどこか遠くに思う、従妹の姿だった。






炎の矢(ケオ・ヴェロス)


 新たに放たれた一矢は、オレが一撃を入れた直後に違わず撃ち込まれた。

 剣で削り、のけぞった(ノックバックした)ところを追撃するやり方はセルヴァと似ていて、呼吸がよく合う。詠唱に時間がかかるにもかかわらず、だ。発動のタイミングを完全にコントロールしている。もうひとりいるという仲間とも、このように合わせながら戦っているのだろうと容易に想像がついた。何と言っても戦いやすい。

 連続技コンティニュア・テクニカというらしく、経験値にもボーナスが入っていた。


「今のPTは長いのか?」


 その問いかけは、意外なものだった。肉の塊を拾い上げたオレは、それを魔術師スヴァローグへと投げる。


「ガディードからずっと」

「なるほどな。動きがソロ向きじゃない」


 受け取った戦利品ドロップを、魔術師は自身の道具袋インベントリへと入れた。言われてみると、試しにガディードの外に出た時からセルヴァと共闘しているため、身体がいつも追撃や援護を期待している気がした。ソロでは致命的な、攻撃の間もある。

 顔をこわばらせたオレの様子に、魔術師は意識を向けることなく、他の戦利品ドロップを拾っていた。


 アシュアのレベルは不明だが、この魔術師のレベルはもう二十三である。オレも、気付けば二十近くにまで上がっていることも考えると、クローズドβ故に、経験値テーブルにブーストが掛かりやすいようになっているか、もしくは経験値テーブル自体、レベルが上がりやすいように調整されているのかのどちらかだ。

 それにしても、ジャンヴィエの範囲で考えるならばレベルが高すぎる。おそらく、だが……ふたりはもう、次の集落までたどり着き、既に転送門開放クエストも終えているのではなかろうか。

 まだ数体、魔物を倒しただけだが、殆どどれも互いに一撃を入れるだけで沈めている。レベルが高い割に、男の使う術式マギア・ラティオは初級火魔術の「炎の矢(ケオ・ヴェロス)」ばかりで、この状況だ。初級であるだけ連発しやすいようで、シエロのような悠長な詠唱でもなかった。扱い方が、まったく違う。

 スヴァローグが先に歩いていても、彼自身に魔物が襲い掛かる前に、回避がてらオレの影へと回る。むしろ、魔物を引き寄せ、そのターゲットをなすりつけられているような感覚だ。

 こんなふうにゆっくりと進まざるを得ないのは、同行者スヴァローグの影響だった。ミラもその傾向があるのだが、この魔術師もスキルポイントをスキルか魔力系に振っているようだ。その疲労度スタミナゲージはふたりとも橙に染まっている。

 オレひとりなら、先ほどと同じように走り抜けるという芸当も可能だが、それでは本末転倒すぎる。よって、魔術師(スヴァローグ)疲労度スタミナゲージを見ながら、大幅に削れないように気をつけつつ、戦闘を合間に挟みながら進んでいた。


「シリウス」


 鋭い呼びかけに応えるかのように、長剣を振るう。

 身体が覚えている剣術アルス・ノーミネが発動し、長剣が閃いた。直後に、もう一体、こちらをターゲットに狙う別の魔物が視界の端に映る。硬直は解けない。どちらも、駆け抜けた自身の右側からの攻撃が来る、と予測した時だった。


轟火壁フロガ・ヴァント!」


 初めて聞く術句ヴェルブムに、炎の壁が打ち立った。その炎に煽られながら、目を瞠る。襲い掛かろうとしていた草羊グラス・ペコラ(闇)はその真っ黒な羊毛ごと燃え上がり、草豚グラス・ホッグ(闇)はそのまま焼き豚になったのではなかろうかと思わせた。

 実際には光となって砕け散り、どちらも肉の塊に成り果てた。


「――助かった」

「いや。なすりつけたのはこっちだしな。間に合ってよかった」


 二対一になるように立ちまわっていたつもりでも、これだけの乱戦ではいつ自身がターゲットにされるかわからない。背筋に冷たいものを感じながら詫びれば、硬い、淡々とした口調で社交辞令のようにことばが返された。

 ふと、この魔術師は、ある程度ソロでも戦えるほどの技量があるのではないかと思った。HPはオレの半分ほどしかないが、経験則で魔物からの攻撃を回避し続けている。

 オールグリーンのHPバーは、神官アシュアと行動している故かと思っていたが、大間違いだ。


「ちょっと急ぐか」


 力量の差を感じていた時、スヴァローグは更に攻撃の仕方を変えた。何と、先手必勝である。立ち塞がるであろう魔物を、こちらへ足を向けるよりも早くに炎の矢を放ち、引き寄せ、オレに斬らせる。ダメージ計算済みなのか、その一撃でどれもこれもが沈む。

 またひとつレベルが上がり、炎の魔術師から「おめでとう」をもらう。

 その声音は、先ほどまでの淡々とした口調とは異なり、楽しげに聞こえた。



 セルヴァの金髪が、陽光を弾いている。

 ようやくミラたちと合流できた時、時計の針は幻界時間の十一時を過ぎていた。

 太陽が天頂に届くまで、あと少しだった。


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