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くもりのち、はれ  作者: 夏みかん
第十四章
99/127

あなただけを・・・(17)

朝ご飯を軽く食べてから家を出た2人は歩いて10分程度の場所にあるファミリーレストランへと向かっていた。今日はそこで仲間たちと会う約束をしており、由衣を紹介する事になっていたのだ。午前十時にそこで待ち合わせをした周人はその途中にある哲生とミカの家に寄ったのだが、準備がまだということで先に行くことになり、2人で住宅地を出て大きな公園の中を歩いているのだった。実家のある住宅地のド真ん中に位置するその公園は何があるというわけではなく、日差しを和らげる木々が植えられ、所々にある芝生の植えられた場所の近くに木で出来たベンチがある程度であった。それでも老人たちや子供たちにとっては憩いの場所として活用され、ジョギングをしたり散歩をしたりするのには十分な広さを持っている。犬を散歩させる人や子供を連れた親子とすれ違いながら都会にある安らぎの場所を満喫する由衣は、いつかはこういうような場所に住みたいと思いながらそっと隣を歩く周人の手を握った。その周人の反対側の手にはこの間由衣にはめられた手錠を破壊したあの剣を布にくるんだ状態で握っていた。まだ朝とあってか幾分暑さはましなのだが、わななくセミの声が周囲から響いてくるためにいやに夏を感じてしまった。やがて体がしっとりと汗ばみはじめた頃、公園の前に大きな通りが姿を現した。以前は国道とされていたのが、ここからさらに南に下った場所に大きな道路が建設されたが故にここはその名称を失っていた。片側2車線のその道路の向かい側に目当てとするファミリーレストランがそびえている。1階部分は駐車場となり、2階部分が店舗として建てられたそのファミリーレストランは料理の味も良いと近所でも評判であった。すぐ近くにもう1軒あった別の店舗はつい最近出来た回転寿司のお店に客足を取られてしまい、潰れてしまっていた。そんな中にあって変わらぬ人気を誇っているこのファミリーレストランはかつて周人が哲生やミカと共によく来ていた場所でもある。懐かしさがこみ上げてくるなか、店の入り口に続く階段を上りかけた周人と由衣に向かって、今まさに通りを曲がって駐車場へと入ってきた1台の深緑色したワゴンタイプの車が軽い音でクラクションを鳴らした。驚く顔をそちらへ向けた周人だったが、フロントガラス越しに手を振る運転席と助手席に座る男女を見て自然な笑顔を見せた。


「まこっちゃん、圭子!」


そう言う周人に笑顔を返す周人の親友水原誠は手を振りながら車を1階の駐車場へと進めていった。そのまま階段の上で2人を待つことにした周人は隣でやや緊張した顔を見せる由衣に説明を始めた。


「運転してるのが水原誠、そして一緒にいるのがその彼女の稲垣圭子。まぁ、詳しくは中でゆっくりとな」


そう言う周人にうなずくだけの由衣だったが、周人は優しげな笑みを浮かべたまま頭の上に左手をポンと乗せた。


「心配ないよ。みんな気のいい連中だし、女性陣もみないい子だよ」


その言葉に小さな微笑みを浮かべて返す由衣だったが、やはり実際会って話をしてみない事には受け入れられるかどうかはわからない不安を拭い去る事はできない。


「よぉ、久しぶり」

「お久しぶりねぇ、周人君!」


車を止めて階段の下に現れた誠と圭子が嬉しそうな顔をしながらやってきた。周人は2人に手を挙げて応え、由衣は頭を下げた。とりあえず暑いので挨拶もそこそこに店の中へと入ることにした4人は出迎えてくれたウェイトレスに総勢十名になることを告げ、半円を描くようにして設置されている奥にある広めのスペースに案内された。円卓を囲むソファの中心に周人と由衣が座り、周人の隣に誠が、由衣の隣に圭子が腰掛ける。女性同士で座った方が由衣が打ち解けやすいと判断してのその行為に、誠は何も言うことはなく自然に周人の真横に座っていた。


「先に紹介しておくよ。吾妻由衣、オレの彼女だよ」

「吾妻です、よろしくお願いします」


そうかしこまって挨拶をする由衣に微笑みを見せた2人は同じように自己紹介をする。


「水原誠です。そう堅苦しくしないでいこうよ、楽にね」

「そうそう!私は稲垣圭子、圭子って呼んで」


人なつっこい笑顔を見せた圭子のおかげか、由衣の緊張は徐々におさまっていく。気さくな圭子は何かを探るような、由衣に対する質問のような言葉は一切口にすることなく毎日暑いだの、バテそうだのといったごく日常の話をしてきてくれたおかげも大きいだろう。


「雑誌では見たけど、実物はやっぱ可愛いなぁ」

「そりゃそうだろ」


本心か、きっぱりそう言いきった周人を見て驚きつつもニタリと笑う誠は和やかな雰囲気で話をしている由衣たちを見ながらも、後ろの壁と背もたれの間のスペースに置かれている布でくるまれた棒状の物に視線を送った。


「なんだい、これ?」

十牙じゅうがへの預かり物だよ・・・」

「誰から?」

「綾瀬桜・・・」

「・・・・・綾瀬って、じゃぁ、これって・・・・」


そう言いかけた誠の言葉を遮ったのは圭子の声だった。誰かに挨拶をするようなその声に言葉を切ってそっちを向いた誠の顔もほころぶ。耳元まである長めの髪だが実際はそう長く感じない茶髪にサングラスの男が、長い黒髪も艶やかな大人しそうな女性を伴って近寄って来る。茶髪のショートカットにパーマといった出で立ちの圭子とは全く正反対の純日本人という感じのその女性は圭子にうながされてその横に腰掛け、サングラスを外しながら誠の横に座る男は初対面の由衣に軽く会釈をした。


「ひっさしぶりだな」

「そうだな」


短い挨拶をして微笑み合う周人とサングラスの男は誠を間に挟んで握手を交わした。その上に手を乗せる誠もにんまり笑っている。


「うっひょ~、噂以上に可愛いじゃん!オレは純、戎純、よろしくな!」

「吾妻由衣です、よろしくお願いします!」


そう元気良く挨拶する由衣に好感を得た純は子供のような笑顔を見せて圭子の横に座る黒髪の女性を見やった。同じように微笑む女性は由衣の方を見ると、丁寧な動作で頭を下げる。長い髪が何とも言えない柔らかさで優雅に流れるように落ちていくのを見ながら、由衣は身が引き締まるような、そんな感覚に襲われた。


「西原さとみです。よろしくお願いします」


落ち着いた口調でそう挨拶をしたせいか、清楚という言葉がぴったりと当てはまるさとみにつられて深く頭を下げた由衣に、2人の間に挟まれる形で座っている圭子は苦笑を漏らした。そんな圭子が久しぶりに会うさとみに何かを言いかけた時、入り口のドアを開く哲生とミカに目を留めて大きく手を振った。ミカは圭子に気付いて笑顔を全開にしながら近寄ってきたが、そんなミカを早々追い抜いた哲生は何も考えずにさとみの横に座るとこれまたいつもの習慣なのか、馴れ馴れしく肩に手を回そうとした。


「てっちゃん、男の人はあっち側みたいだよぉ」

「え?あぁ~、な~んだ、決まってたのか、こりゃ気付かなかったよ」


白々しくそう言いながら頭をポリポリ掻くと、鬼の形相に近い睨み方で哲生を見やる純の横に腰掛けた。


「おひさしぃ!」

「何がおひさしだよ・・・油断も隙もない」

「挨拶だよ、軽い挨拶」


睨まれながらそう言われても全く動じない哲生を哲生らしいと思いながら腕時計に目をやった誠はまだ来そうにないあと1組のカップルを待つか、先に何かを注文するかをみんなに聞いた。とはいえ、朝ご飯を食べて間もないため、注文といっても皆パフェやジュースといったものであり、手の込んだものはオーダーしない。そう言うことからももう少し待つことにしたメンバーは注文を取りに来たウェイトレスにその旨を伝えるとまずは由衣の事に注目した。


「でも、やるじゃん周人!こんな可愛い年下の彼女ゲットするなんて」

「ホント、そうだよな、薬でも盛られたんじゃない?」

「・・・・ここは否定した方がいんじゃないかなぁ・・・」

「いえ、ホントの事ですから・・・もう無理矢理・・・力づくで・・・」

「おいおい!なんちゅうことを・・・」


好き勝手にそう言う誠と純のフォローに回った圭子の言葉すら軽快に受け返す由衣を見ていた哲生は、すっかりとけ込み始めているその明るい性格に小さな笑みを浮かべた。同じ雑誌のモデルをしている哲生は順応性の早い由衣をよく知っている。新しく入ったアルバイトのモデルにも気さくに声をかけ、すぐに仲良くなっているその性格は天性のものなのだろうと思える。みんなと共に笑顔を見せる由衣に苦笑する周人。かつてこんな風に5人の仲間がそれぞれの彼女を連れて集う日などもっとずっと先の事だと思っていた哲生はこんなにも早くこの日が訪れたことを誰よりも喜んでいた。恵里の死を嘆き悲しんだ周人のその心の傷の深さを誰よりもわかっているだけに、哲生からも自然と笑顔がこぼれ落ちたのだ。


「もう盛り上がってるじゃん!みんなヒロイン抜きでやってくれるぅ!」


たしかに盛り上がっていたせいか、すぐそばまでやって来てそう言われるまで接近に気付かなかったメンバーたちはそう言う女性を見て笑顔で歓迎の声を上げた。豪快に巻き上げるようにしたパーマも金髪に近く、両耳に付けられている5連のピアスもド派手である。濃いめの化粧にネイルアートも豪華なその女性はぴっちりしたTシャツで自慢の胸を強調させながらおへそを出し、ジーパン姿をしていた。


千里ちさと・・・・相変わらず、派手・・・」


困ったようにそう言う圭子にセクシーなポーズを決めてウィンクする藤川千里は由衣に目を留めてそのマスカラ全開の瞳をさらに大きくしながら目を輝かせた。


「アズマ・ユイ!マジだったんだぁ・・・・しゅうっち、やるじゃん!私千里、藤川千里、エメラルド読みまくりの二十四歳!よろしくぅ!」


今までにない軽いタイプの千里はそう言いながら由衣に向かって投げキッスをしてみせる。もはやその軽いノリについて行ってるのはミカと哲生ぐらいなものであり、由衣は困惑した顔をしながらも軽く会釈する事を忘れなかった。まるで正反対の出で立ちをした千里がさとみの横に座る。見事なまでに対照的な2人、落ち着いた大人の雰囲気を持つさとみと、ギャル系の千里。まったく合わないと思われるこの2人だが、実際は一番仲が良く、しょっちゅう買い物を一緒にしたり、お互いの家に泊まったりしているほどの仲なのだ。仲良く会話をしているさとみと千里を見ていた由衣だったが、入り口のドアを開けて入ってきた男性に目を留めてちょっと驚いたような、怖がるような目をしてみせた。短い髪も茶色く、大きく開いたシャツの胸元からはシルバーのアクセサリーが照明の光を反射して輝いていた。目も切れ長で鋭く、眉毛もかなり細いその男は由衣と目が合った瞬間ぎこちない笑みを見せたかと思うとズカズカ大股で9人が座る方へとやって来た。そして由衣の真正面に立つとジッと自分を値踏みするような目で見下ろし、ゆったりしたズボンのポケットに手を突っ込んだままジッとしてしまった。


「テン、座ったら?それにそんな風に突っ立ってたら、由衣ッチが怖がってるじゃん」


会って早々勝手に由衣に呼び方を付けた千里にそう言われた男は、さっき同様ぎこちない笑顔を由衣に見せた。その笑顔の不気味さに、由衣は引きつった笑顔を返すのが精一杯だった。


「あああ・・・アズマ・ユイさん・・・・ふふふぁ、ファンです!ぜ、ぜひ、握手とサイン、そ、そして、で、で、出来ましたら一緒に写真などいかがかかなかなと・・・」


物凄いそのドモリ方は昨日の源斗を思い出させる。頭を下げて右手を差し出す男に面食らってしまっている由衣はどうしていいかわからずに困った顔を周人へと向けた。


「お前、由衣のファンって・・・どういうこった?」


周人にそう言われた男は体勢を元に戻すと、殺気めいた目で周人を睨み付ける。もはやチンピラのような男のその態度にため息を漏らす周人は困った顔を千里へと向けた。


「テンは私の買ってるエメラルド見て、彼女の私を横に『可愛い』の嵐!すっかりファンになったようでさ、切り抜きとかいっぱい部屋に貼ってやがんの・・・・はっきり言ってキモイよ」


苦々しくそう説明した千里は、言葉通り本当に気持ち悪そうにおげっとばかりに舌を出した。そんな千里を周人にしたように血走った目で睨むテンと呼ばれた男だったが、逆に睨み返されて気まずそうに表情を元に戻した。


「吾妻由衣です。これからもよろしくお願いしますね」


そう説明を受けた由衣はテーブルを邪魔に感じながらも立ち上がり、男と握手をした。その柔らかい感触を受けた男はもはや天井まで飛び上がりそうな勢いで喜びを表現し、みんなを苦笑させた。


「わたくし、柳生十牙と申します・・・今後とも仲良くお願いします」


気を取り直し、深々と礼をしてみせる十牙にもはやあきれた顔以外できなくなっているメンバーたちはとりあえず座るようにうながし、ここに全員が揃ったところでそれぞれオーダーをしていく。まずドリンクバーをオーダーし、パフェや軽食を頼みながらも十牙の視線は由衣をとらえ続け、皆を閉口させた。だがテーブルの上に所狭しと注文した物が並んでからはそれもなくなり、小1時間ほど過ぎた頃には男女に分かれてそれぞれ話に花を咲かせていた。


「そういや、周人、コレは?」


すっかり忘れていたのは誠も同じであり、背もたれと壁の間に置かれた布にくるまれた棒状の物体を目で指しながらそう告げる。完全にその存在を忘れてしまっていた周人は思い出したようにその棒を手に取ると、一番端に座る十牙にそれを差し出した。


「なんだよ、これ・・・」


不審がりながらもそれを受け取った十牙は布を取ろうとはせずに手で感触を確かめるようにしてみせる。かなりの硬度を持っていると思われるそれを手にしながら周人を見た十牙はこれが刀剣の類であることは理解できた。


「横浜に出張に行った時に現れた綾瀬桜の置き土産だ・・・お前に渡してくれと、そして封印して欲しいとの伝言だ」


その言葉から、この物体が何であるかを悟った十牙は露骨に嫌な顔をしてみせる。忌まわしい思い出が頭をよぎる中、誠と哲生は興味深げにその物体に触れ、純は腕組みをして何かを考え込む仕草を取った。


「っつーことは・・・これはあの『神の剣』ってことか?」


哲生の言葉に周人はうなずき、それを聞いた十牙の顔はより一層曇っていった。


御手洗慈円みたらいじえんの武器を、あの綾瀬が?」

「秋田警部が言ってたよ。探し回ったが結局それは見つからなかったってな。おそらく、あの後に現場にいた彼女が拾い、ずっと持っていたんだろう」


かつてキング四天王1人である御手洗慈円が所有していたその剣を、その彼女である桜が持っていたと言われれば納得できる。だが、納得出来ないのは何故8年も経った今になってこれを十牙に託したかという事だ。そんな全員の表情を読みとった周人は話の続きをする。


「彼女、結婚するらしい・・・オレの会社の関西支社の人とな。過去の自分と決別するために、それを手放したかったんだろうさ・・・実際そう言ってた」

「過去の清算か・・・」


周人の言葉にそうつぶやく純に、哲生と誠も小さな笑みを浮かべてみせる。ここにいる5人も、その過去を知りながらもずっと傍にいてくれる大切な人と巡り会ったのだ。一番因果な周人のみが遅れてしまったが、その周人の横で流行のファッションについて楽しく語り合っている由衣に出会い、過去の清算は完全に済ませている状態にあった。


「もし、また会う機会があったら伝えてくれ。柳生十牙の名にかけて、この神剣フラガラッハは一生かけて封印するとな


剣を握る手にグッと力を入れながら真剣な目でそう宣言する十牙に皆が自然と笑顔を見せた。


「千里ちゃんに見つからないようにな・・・ケンカしてそれ持ち出されたら100%死ぬぞ、お前」


耳元でそっとそう言う哲生はニタッとした嫌な笑いを向けた。引きつった顔を見せる十牙はこの剣の恐ろしさと千里の怖さを誰よりも理解しているせいか、誰にも見つかることのない場所を頭の中で考えていた。


「また受け止めればいいじゃん・・・慈円と戦った時みたいにさ」

「バカヤロ!お前、あん時はマジ死ぬかと思ったんだぜ?受け止められたのが奇跡なんだよ!」

「あれだけせっぱ詰まった状態で出来たんだ・・・慈円より強い千里ちゃん相手ならあの時の力はすぐ発揮できるだろ?」

「あのな・・・お前らはこの剣の怖さを全然わかっちゃいねぇ・・・」

「うん、わからねぇ」


わざと十牙を怒らせてわいわい楽しむ男連中を見やるさとみは静かな微笑みをたたえながらその様子を見ていた。そんなさとみに気付いたミカと由衣も、同じように騒いでいる男たちを見て笑顔を見せていた。


「初めてかもしれない・・・木戸さんのあんな顔を見るのは」


静かにそう言うさとみの言葉に、千里もうなずいた。何かを言う十牙に向かって大笑いしている周人を見る由衣だが、普段見せている周人と変わりがないようにしか見えない。


「だね・・・笑ってるっていっても、小さく微笑む程度だったからね・・・いっつも暗い顔してたし」


さとみの言葉にそう相づちを打つ千里も初めて会った頃の周人を思い出しながらそう感慨深げにしていた。『キング』との事件直後から付き合い始めたさとみと純、千里と十牙はまだ心と体の傷も癒えない周人と出会ったのは事件解決から2ヶ月ほどした後だった。こういうファミレスやファーストフード店でよく会って話をしていたのだが、周人はいつも無愛想で無表情に近い顔しか見せなかったのだ。だが、桜町へ行き、そこから帰省しだしてからは明るい顔を見せてその印象を変えつつあったのだが、それでもまだ心から笑っている顔を見たことがなかった。そんな周人が今、大笑いをし、バカにしたような言葉を十牙に投げて騒いでいるのだ。『キング』との戦いを通じて心の結束を固めた5人ならいざ知らず、その彼女たちと接する周人はいつもどこか遠慮がちだったのだ。もちろん、幼なじみのミカにしてみればこういう明るい周人こそ本来の彼であることは知っている。そんな周人の本来の姿をようやく見られたさとみや千里は、由衣の方を見て微笑みを浮かべた。


「昔はいつもああだったからね・・・」


恵里とも面識があった圭子は明るい周人も知っている。なにより周人と同じ高校でクラスも一緒だった圭子にしてみれば、暗い顔をした周人を見るのがつらかった。だからこそ、今の周人を見て嬉しく感じ、さらにそういう周人を取り戻させた由衣に感謝と敬意を持っていたのだ。


「由衣ちゃんって、すごいよねぇ」


改めてそう言うミカに、由衣はどうしていいかわからずに困った顔をした。


「だってぇ、あのしゅうちゃんがこうまで変わるんだよ」

「そうだね・・・凄いね」


ミカと圭子にそう言われた由衣だが、周人を変えたという自覚はない。その心を解き放ったにすぎないという認識でしかないのだ。それに、まだ好きになり始めた頃から今に近い顔を見せてくれていた周人を知っているだけに、逆にどういった仏頂面をしていたのという方が気になってしまう。


「『絶対無敵』の名を持つしゅうっちの彼女だもん、そりゃ『完全無敵』ってとこだよね」

「『絶対無敵』って?」

「あれ?知らない?当時あの5人を4字熟語で表現するって風習があったんだよ・・・世間的にはそれが有名だったみたいね」


千里の言葉に疑問を抱いた由衣にそう説明するのは圭子だった。


「周人くんが『絶対無敵』、まぁそりゃそうよね・・・負け知らず、無敵、さらにキングっていうのを倒したんだからね。んでウチの彼氏が旋風の猛虎ってあだ名で、『旋風爆裂』」


どこか自慢げな圭子のその言葉にうなずく由衣はここにいる4人の女性の中で自分だけが当時の事をよく知らないのを歯がゆく思っていた。なにより、恵里のことが絡むせいか、周人はあまりその当時の事を話したがらないのだ。自分に気を使ってくれているのはわかっているのだが、それでもそこは知っておきたいと思う由衣はこれをチャンスにみんなからあれこれ聞くことを決めた。


「純君がライトニングイーグルというあだ名で、『一閃炸裂』と呼ばれていたそうよ」


落ち着いたその口調は容姿とぴったりマッチし、まさに大和撫子という感じをかもしだすさとみはにこやかにそう説明した。


「んで、テンのアホが剣王って名前で、漢字で言うと『一撃必殺』」


千里はいまだにみんなからバカにされて怒り狂っている十牙を見て頭を抱えるようにしながらそう言った。


「てっちゃんがぁ、戦慄の魔術師マジシャンでぇ、『変幻自在』なの。攻撃する動きがそうだったらしいんだけどぉ、エッチでも変幻自在なんだよぉ~」


誰も聞いていないことまでそう言うミカに圭子は苦笑し、千里は爆笑、さとみは顔を真っ赤にしてうつむき、由衣は小さく引きつった笑みを浮かべた。


「今じゃはっきり言って『馬鹿のコメディアン』だけどね」


そう言いながら苦笑する圭子の言葉にみんなが笑う。そんな様子を背中で感じながら、由衣が女性陣とすっかり打ち解けているのを知った周人は心から嬉しく思うのだった。


「だからぁ、やっぱ波島だって!見たっしょ?赤瀬未来の映画・・・絶対あそこに行きたいんだよねぇ」

「でもさ、そういうのは夏の方がいいんじゃない?」

「そうよね、夏は南の島・・・冬ならやっぱりスキーじゃないかな?」

「私はぁ、温泉がいいなぁ!」

「理想としては・・・スキーして、温泉入って、カニ食べるっていうのはどうですか?」


女性たちの勝手な話をもはや疲れた様子で聞いている男性5人はどうして話がこうなってしまったかを思い返していた。事の発端はせっかくそれぞれのカップルが成立、仲良しになったんだからこの冬に旅行にでも行こうという計画が持ち上がったのだ。最初は行くなら秋の紅葉をという話になっていたのだが、秋はもう予約が難しいとして冬の話題になったのだ。冬は南の島の暖かい気候を楽しみたいと誰かが言えば、波島を舞台にした赤瀬未来の大ヒット映画がどうたらという話題へ。そして赤瀬未来と黄味島悠斗の話題から映画の話へと戻り、冒頭の千里の台詞へと繋がったのだ。男の意見など全く聞く気がないのか、キャイキャイそう言いながらああでもないこうでもないという女性陣を後目に、男たちは全員ドリンクバーへと向かって席を立った。


「あぁなると長いぞ・・・」

「だね」


純と誠のそのやりとりに静かにうなずく十牙。哲生はドリンクバーでコーラを入れながらワイワイ騒いでいる彼女たちが座っている席を振り返りながら小さな笑顔を浮かべて横でアイスコーヒーを入れている周人の方に顔をむけた。


「由衣ちゃん、もうすっかりとけ込んじゃってるじゃん」

「ん?あぁ・・・みんないい子ばかりだからな・・・助かるよ」


そう言う周人はコーヒーを入れ終えて後ろに立つ十牙の顔を見て表情を曇らせた。あきらかに不機嫌そうな顔をしつつ、周人をジトッとした目で見ているのだ。


「なんだよ・・・」

「オレの由衣ちゃんの全てを・・・こいつが、こいつだけがその全てを知っていると思うと、無性に腹が立つ!」


殺気めいた目で自分を見る十牙にもはや返す言葉も持たない周人は深々とため息をつくと疲れたような表情をみせた。そんな周人を睨む姿勢を変えずに顔に似合わずメロンソーダを注いでいく十牙の横で、コーラを入れ終えた哲生がコップを取りながら何気なしにつぶやきを漏らす。


「そりゃそうだろ・・・写真では服で隠されているけど、コイツはその下にある生まれたままの姿を知ってんだから・・・」


その哲生の言葉にジュースを注ぐボタンを押し損なった十牙はガックリとうなだれるようにしてから上目遣いに睨むように周人を見やった。今にも殴りかからんばかりのその雰囲気を受けてもため息をつくだけの周人は余計なことを言うなという視線を哲生に向けた。


「お前・・・・・・・そう考えると許せねぇ・・・」


ドスの利いた低い声でそう言う十牙は周人の鼻先に顔を近づけ、相変わらず血走った目をしながら怒りをみなぎらせた表情をしてみせる。


「許してほしかったら・・・由衣ちゃんの笑顔の写真、持ってきてくれ・・・・しかも最高のやつ」


その言葉に全員が脱力する。どうやら十牙にしてみれば純粋に由衣のファンであり、彼の中ではあの赤瀬未来すら遙かに超えた存在であることがうかがい知れた。もはや返す言葉も失った周人はうなだれながら十牙の肩に手を置いた。


「あとで一緒に写真撮らせてやるから・・・だから早く順番替わってやれ」

「マ、マジ?」

「激マジ」


その周人の言葉に子供のような満面の笑みを浮かべた十牙は意気揚々としてメロンソーダを入れると、もはやスキップに近い足取りで席へと戻っていった。その際に由衣と目があったらしい十牙は膝から崩れ落ちそうになりながらもデレデレした緩みきった表情をそのままにずっと由衣を見つめていた。


「あいつ、後で殺されるぞ・・・」

「だね」


そう言い合う純と誠の言葉に周人と哲生もうなずいた。もはや有頂天になっている十牙は全く気付いていなかったのだ。緩みきった顔をして鼻の下を伸ばす十牙を見やる千里の冷ややかなその表情を。


「すんげぇ負のオーラだ・・・・・・・もうちっとゆっくりしてから戻ろう」


何故か自分も怯える哲生に苦笑しながらもうなずく周人は、久しぶりに会う仲間が全く変わっていない事を嬉しく思いながらこの仲間を大切にしなければならないと心に誓うのだった。


結局お昼過ぎまでたむろしていた十人は冬の旅行はスキーとカニを満喫する温泉ツアーと決定してから店を後にした。その後は近くのボウリング場でボウリングを楽しむ事になっていた。これだけの人数からして2つのレーンに分けられる事を考慮し、男性チームと女性チームに別れての対決となった。意外にもそう待ち時間もなくゲームを開始した十人だったが、なんと女性チームの方がレベルが高く、男性チームは小学生以下の実力しかない十牙と得点にムラがある誠が足を引っ張った結果、結局3ゲームして1度も勝てずじまいに終わってしまった。別にこれといった賭けをしていたわけではないのだが、このボウリングによって完全にみんなととけ込む事が出来た由衣はもはや旧知の仲であるように和気藹々と会話をしているのだった。昨日は由衣本人もそうだったが、周人自身もちゃんと打ち解ける事が出来るかを心配していたのだ。もはやそんな心配が完全な取り越し苦労であった事を嬉しく思う周人は冬のスキーを楽しみに思いながら嬉々とした顔で横を歩く十牙を見やった。ボウリングの最中、持参していたデジカメを駆使してみんなの写真、とは言ってもその8割が由衣の写真であったのだが、それを撮り、印刷して渡すと約束してくれたのだった。もちろん由衣とのツーショット写真もゲットしたのだが、そのあまりの緊張具合に千里も怒る気を失うほどの十牙はみんなを笑わせた。そして周人と由衣、哲生とミカのカップルを除く車で来ていたメンバーたちとはこのボウリング場の駐車場で別れる事となった。また秋にでも会おうと言い合い、周人と由衣はみんなと固い握手をして別れたのだった。由衣と握手した手をなかなか離さなかった十牙を最後に、3台の車は大通りを出て別々の方向へと走り去っていく。そんな仲間たちに手を振りながら、いつまでもこの関係が続くことを願う周人は横で手を振る由衣を見てその思いをより一層強めるのだった。残った4人は公園を抜けて周人の実家へと向かった。この日は哲生とミカも夕食に招待されており、午後5時を少し回った時間での夕食だったが、周人と由衣が帰る為に要する時間を考慮すればそれも仕方がないことだった。あまり遅くに帰すと由衣の両親に心配をかけさせてしまうからだ。大人数で膨れあがった居間では終始ご機嫌だった鳳命ほうめいが羽目を外しすぎてミカに絡み、静佳によってまたも動きを封じられる結果となった。そんなこんなで楽しい夕食も終えた周人と由衣は、その後の片づけをもってこの木戸家を後にすることとなったのだった。たくさんのお土産、由衣の両親への物や周人への日用品と食料品などもたくさん用意してくれていた源斗と静佳に感謝し、秋の連休にまた戻って来ることを約束して2人を乗せた車はゆっくりと発進していく。桜町のすぐ近くに住んでいるミカが何故か涙を浮かべて手を振っていたが、静佳と源斗はにこやかな表情を崩すことはなかった。由衣は窓から身を乗り出すようにして車が角を曲がってその姿が見えなくなるまで手を振り続けた。


「いい子じゃったなぁ・・・」

「周人にはもったいないぐらいだ」


しみじみそう言う鳳命と源斗の言葉を聞きながら、静佳はクスッという笑いを浮かべると前を向いたまま目を細めて見せた。


「なるべく早く見せてね、あの子の花嫁姿を」


つぶやくようにそう言う静佳がもう見えなくなった周人にそう言葉を投げた。静佳が見た未来のビジョン、周人と由衣の結婚式の姿が早く実現することを祈る中、今度はやや不安そうな表情を浮かべてみせる。


「でも、その前に越えなきゃならない大きな壁があるし・・・早くてあと3年は先かなぁ」


静佳はそう言うと、不思議そうな顔を向けている源斗と鳳命に小さく微笑みながら玄関の方へと歩いていくのだった。


「十時頃には着くと思うから、寝ててもいいよ」


帰省ラッシュのせいか、やや混雑気味の国道を進みながら2人を乗せた車はあと1キロ先に迫った高速の入り口を示す看板を目の前にしながら信号待ちの状態にあった。初めて周人の実家で過ごしたために気疲れもしているだろうとそう声をかけた周人だったが、由衣は口元を緩めながら小さく首を横に振った。確かに疲れは感じていたのだが、それは気疲れではなく、遊び疲れといった方が正しかった。今日1日みんなと遊んだ事はこの夏の大切な思い出になり、またかなり打ち解けた事もあって寂しさを感じてしまうほどだった。またおいで、今度はウチへ泊まりにおいでという誘いもたくさん受けた由衣は周人が誠や純といったかけがえのない親友を得たのと同様に圭子やさとみたちとかなり親しくなっていたのだ。皆いい人ばかりであり、気さくなメンバーに打ち解けるのも早かった由衣は約束した冬のスキーを楽しみにしながら青に変わる信号を眺めている。そんな由衣の横顔を見ながら小さく微笑む周人はギアを入れて車を発進させた。


「楽しかった・・・凄く楽しかったよ」


シートに身をうずめるようにしながらそう言う由衣の柔らかい表情に周人の顔も嬉しそうになる。来た当初はあれほど緊張していた由衣が静佳と仲良く話をしながら食事の支度をしているのを見た周人にしてみればこんなに嬉しいことはないのだ。両親とも打ち解け合った自分の彼女に安心した周人は次は秋にでも連れて帰ろうと思いながら高速の入り口に続く狭い道路へと車を進めるのだった。


学生の夏休みとは違う短い盆休みも明け、今日から新しい、いや、元の部署での仕事が待っている周人は見慣れた黒い門をくぐりながらあくびを噛み殺した。やはり連休が続くと体がだれてしまい、気が抜けきっている上にやる気も起きないのは仕方がないかもしれない。職場へ向かう同僚たちも皆気怠さを全開にしながら工場内にある建物へと向かって歩いているが、その足取りはかなり重そうであった。部署が変わっても建屋やフロアが変わるわけではないのでいつも通りな感じで見慣れた建物の自動ドアをくぐる。すでに席についている受付嬢の聖子に軽い会釈をした周人はすぐにエレベーターホールへと向かわずに休憩室でコーヒーを購入した。この休憩室には紙コップの自動販売機と缶タイプの自動販売機がある。普段はここでくつろぎながら紙コップの飲み物を買うのだが、今日はオフィスへと持っていく為に缶コーヒーを購入したのだ。その場で大きなあくびをしてからエレベーターホールへと向かうが珍しく誰もいない。盆休みと休み明けの週末とをまるまる繋げて1週間休暇にする者も多いせいかもしれないと思う周人は気を引き締めるように背筋を伸ばしながら4階で止まっているエレベーターが降りてくるのを待っていたのだが、やはりあくびが漏れてしまった。


「おはようございます・・・・・休みボケですか?」


明らかに素っ気ないその言い方に、完全に油断していた周人はビクッと体を硬直させて声のした方を振り仰いだ。真横に立った声の主は降りてくるエレベーターの電光表示を見上げており、周人の方は見ていない。見慣れたその横顔を見て何かを言いかけた周人だったが、休み前とは明らかに違うその髪型を見て目を見開いた。自分を見て驚く顔をしている周人を横目でチラッと見たその女性は表情を変えることなく前を向いたままだった。


「何です?」

「あ、いや、おはよう、宮崎さん・・・・その・・・髪切ったんだね」


そう言われた理紗は自分を見つめていた理由を知ってあぁこれかというような顔をしたが、すぐ目の前で開いたエレベーターの扉を見て足早に乗り込んでしまう。あわてて後を追う周人を見てから行き先階である4を押し、パネルの横に立った理紗は斜め後ろから自分に注がれている周人の視線を感じていた。


「暑いから切ったんです」


前を向いたまま相変わらず素っ気ない口調でそう言う理紗を理紗らしいと苦笑する周人はそれ以上何も言わずにエレベーターの壁にもたれかかるようにしてみせた。パーマをあてながらもうなじが隠れる程度まで切られた髪は金に近かった茶色からオレンジがかった濃い茶色へと変化していた。そんな理紗の後ろ姿を見ながら開かれた扉を出た周人は自分を正面にしながら立つ理紗を見てあわててその足を止めた。周囲に誰もいないエレベーターホールに向かい合わせて立つ2人は互いに見つめ合ったまま動く気配を見せなかったが、不意に理紗がその頭を下げた。


「この間はご迷惑をおかけしました・・・ありがとうございます」


その言葉が休み前に行われた島原の送別会の時の事を意味すると悟った周人は小さな微笑みを浮かべるとどういたしましてと答えた。やはり素っ気ないどこか尖った言い方だったが、周人にはその気持ちは伝わっている。理紗は顔を上げるともう1度周人をジッと見つめてからソフト開発部のオフィスがある左側の廊下を歩いていった。そんな理紗の後ろ姿を見ながら再度小さな笑みを漏らした周人は手にしている缶コーヒーをくるっと回してからその後に続いて歩き始めた。背後をついてくる周人の気配を感じながら、理紗は今まで通りの自分でいられた事に対してかなりホッとしていた。周人に対して決して叶わぬ想いを抱いてしまった自分が出来ることは今まで通りの自分でいるしかないとこの休みの間に結論を出していたのだ。部署も同じなだけに毎日顔を合わせるのは正直言ってつらい。だが、この想いを胸に自分が出来る精一杯の事がこれだと決めた理紗は、その胸の内側と裏腹に周人を嫌っている自分を演出しなくてはならないのだ。それがどんなに辛い、苦しい事かはわかっている。それでも自分が決めたこの結論を貫き通すと誓った理紗は、今、こうして普段通りの自分を演じられた事に満足していた。


『これからも頑張ろうね、私!きっと、いつかはいいことあるよ!』


自分にそう言い聞かせた理紗は小さな微笑みを浮かべながらすれ違う人たちにさわやかな朝の挨拶を交わしていくのだった。

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