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くもりのち、はれ  作者: 夏みかん
第十三章
82/127

今と昔の幻影-Shuto Side-(6)

結局、追加したメニューを全て平らげ、2人が席を立ったのは午後8時半過ぎの事だった。桜という意外な訪問者のせいもあってか、その後の周人と理紗は終始穏やかな感じで会話も進み、同時に理紗のお酒の量も進んだ。半額チケットの効果か、高い中華料理もリーズナブルな額で済んだ為、結局周人のおごりということになった。そして店を出た瞬間、2人は思わず入り口で空を見上げながら呆然と立ち止まってしまった。なんと、外は土砂降りの雨なのだ。いつから降り出したのかはわからないがもう結構な量が降っているらしく、道路も建物もびしょぬれであった。おかげで蒸し暑さはいくらか和らいでいるものの、予想外の雨に理紗の酔いも急激に醒めていくのを感じていた。


「傘、持ってきて正解だった」


肩からかけているフラガラッハを落とさないようにしながらセカンドバッグを開き、中から折り畳みの傘を取り出す周人は自分を見上げるようにしている理紗に得意げな表情を見せたが、悲しいほどに無視されてしまった。周人は小さな折り畳み傘を開くと理紗に入るように言う。一瞬ためらいがちにしながらも濡れるよりはましだと判断したのか、素直にそれに従ったのを見てから周人はゆっくりと歩き始めた。普通に歩けば5分程度の道程も、この雨の中濡れないようにゆっくり歩けば結構な時間を費やしてしまう。おまけに左側に理紗をかばいながら右肩に担いだフラガラッハに加え、セカンドバッグも持たなくてはならない。それでも理紗を気遣いながらホテルまでを約10分かけて歩いた2人はそのまま無言で自分たちの部屋に向かって歩いた。ホテルのエントランスに入ってすぐに自分の濡れ具合をチェックした理紗はサンダル以外はそう濡れていない事にホッとした。右横を歩く周人もどうやらそう濡れてはいなかったようで、普通に歩いている。扉の前に立った理紗の後ろに立つようにエレベーターに乗り込んだ周人だが、無言のまま時間は流れて行くのみだった。そして7階に辿り着き、部屋の前まで来た時、理紗は夕食のお礼を言ってなかった事に気付いて周人の方を向いた。さすがに嫌っているとはいえ、社会人としてはこの辺はちゃんとしなくてはならないと思ったのはまだ残っている酔いのせいなのか。


「夕食、ごちそうさまでした」

「いえいえ、ほんじゃ明日は朝8時に下でね。じゃぁ、おやすみ」


にこやかにそう言う周人がドアを開けようと右腕を伸ばしたのを見た瞬間、理紗の目は大きく見開かれた。だがそんな理紗に気付くことなくすぐに部屋の中へと入ってしまった周人の後ろ姿を無意識的に追おうとしたが、無情にもドアは閉じられ、鍵のかけられる音に肩を落とした理紗はさっき見た周人の姿を思い浮かべながら自分にあてがわれている部屋のドアを開いた。そのまま中へ入ると鍵をかけ、まっすぐに浴室へ向かう。トイレと一体になったユニットバスの脇で服を脱ぎながら再度自分の服が濡れていないかをチェックするがやはり足下ぐらいしか濡れていない。下着も脱いでトイレの上蓋の上に服と一緒に適当に畳んで置いた理紗はビニールのカーテンを浴室側に垂れさせながらサッとレールを滑らせた。コックをひねってお湯を調節した後、ややぬるめのシャワーを頭からかぶりながらもう1度さっき別れ際に見た周人の姿を思い浮かべた。グレーのTシャツが右側のみ黒く変色していた事、そして同じくジーンズも右足の部分だけ濃く変色していた姿をはっきり思い出すことが出来る。何より、鍵を開ける右腕は明らかに濡れていた。左側にいた自分が濡れずに周人の右半身が濡れている理由はもはや明白で単純だ。理紗は周人の気遣いと優しさに胸に痛みを感じていた。不当な理由で嫌っている周人が何故ここまで自分に優しく出来るかがわからない。チクチク痛む胸を押さえるように胸元で手を合わせる理紗は痛々しい表情を浮かべたままシャワーの雨に撃たれ続けるのだった。


昨夜の事が頭から離れず、酔いもあったというのにあまり眠れなかった理紗は早朝5時過ぎに一旦ベッドから身を起こした。そのままトイレへと向かい、天気が気になるのもあって窓の方へとゆっくりした足取りで進んでいく。昨夜は夜中過ぎまで雨が降っていたのは知っている。それなりに眠ってはいるのだが深い眠りではなかったせいで何度も目を覚ましていた理紗だが、不思議と眠たくはならなかった。チラッとだけカーテンを開ければ空の向こうは明るくなっており、西の空も青みがかっている。雲は多いようだが昨日のような雨を降らせる雲ではないと確認した理紗は何気なく周人のいる隣の部屋の方へ目をやった。気持ち程度のベランダにある防火用の白い仕切の板のせいで隔離されているそれぞれのベランダは行き来する事も見ることも不可能である。大きなため息を漏らした理紗はカーテンを閉じると身を投げ出すようにしてベッドの上に転がった。目を閉じれば濡れた手でドアを開く周人の姿ばかりが頭をよぎり、眠ろうとする意識を遮ってしまっていた。


「彼女が惚れたのは・・・あの優しさか」


つぶやくようにそう言うと、ほんのちょっと由衣を羨ましいと思う自分に気付いて枕に顔を埋めた。自分が好きなのは遠藤だ。正確にはエリートという名の地位と、そして遠藤家のもつ財力。ただそれだけだが、顔も悪くない遠藤であればそれなりにいいかなと思っていた自分の心が何故か砕けそうになってしまっていた。優しさだけでは、人の良さだけでは好きにはならない。またつらい想いをするだけだと自分に言い聞かせながら、どんなに悪態をついても全く動せず、逆に優しさを見せた周人に昨日までにはない気持ちが存在し始めている事を認めざるを得ない理紗は高校時代の恋人の姿をそこに重ね、つい今しがた認めた気持ちを全部否定した。


「世の中お金・・・・・・ただそれだけなのよ」


何度も何度も自分にそう言い聞かせた理紗はおもむろに立ち上がると、着ていたパジャマと下着を全て脱ぎ捨てて真っ裸になると、ズカズカと大股でユニットバスへと向かった。やや熱めのシャワーを浴びながら無心になるよう心がけた理紗の頬を伝うのはシャワーの滴か、それとも涙なのかは自分でもわからなかった。


約束の時間三十分前にロビーに降りてきていた周人は足下に荷物を置いたままのんびり新聞を読んでいた。5時過ぎに起きていつもの基礎トレーニングである腕立て伏せや腹筋などのメニューをこなした後、軽くシャワーを浴びてここへ来た周人は自動販売機で買ったコーヒーを飲みながら優雅な朝の一時を楽しんでいたのだ。だが、周人の予想を上回る早い時間に理紗が姿を現したため、その一時はあっけなく終了を迎えてしまった。どこか元気のない理紗を妙に感じながら、周人は理紗をともなって多少早い時間ながらも駅に向かって出発した。横浜駅構内の喫茶店でモーニングを食べた後、すぐさま港工場へと向かった2人はこの日、多忙な1日を過ごすこととなった。エンジンや車体、その他の専門分野の各担当者たちが集い、問題点を提議する会議は朝から昼食を挟んで夕方4時までぶっ通しで行われた。総合責任者でとりまとめの工藤を筆頭に論議が交わされたが、結局周人たちが問題にする部分の話になったのは午後2時過ぎからであり、それまで退屈で眠い時間を過ごす事になった理紗にしてみれば苦痛以外の何物でもなかった。さらに寝不足となれば睡魔は容赦なく襲いかかってくる。たまにそれを見かねた周人が休憩を取るように言ったのだが、結局理紗は午前午後1回ずつの休憩しかとらなかった。自分たちがメインになってからは記録を取ったりして何かとあわただしかったのだが、テスト走行のビデオを見せられていた時などははっきり言って眠ってしまっていた。さすがに周人はあれこれ話を聞いて回ったために忙しく、眠くなる事はなかったのだが理紗はもう2度とこういう目には遭いたくないと心底思うほどだった。午後4時をもって今回の出張も終わりを告げ、そのまま夕食を取ることになった一同は総勢十五名で近くの焼鳥屋へと向かった。今回の会議に出席したメンバーに加え、工場長の永井も加わっての宴会だったのだが、席の配置的に理紗は周人と工藤に挟まれてガードされる形となった。この宴会に出席した中で女性はわずかに3人。その中でもやはり理紗が一番若く、そして永井の好みである事は明白だった。残りの2人は三十代であり、共に既婚者なのだ。永井が好むのは若い女性、そして外見的にも派手な理紗はまさに理想のタイプであった。さすがに宴会が始まった頃は各支部からやってきている者たちと会話をしていたが、時間が進むにつれ酒も進み、やがて永井は周人のそばに自らやってきた。座敷であるせいか皆比較的自由に立ち振る舞っており、移動は簡単にできる状態にあったからだ。


「木戸君、ご苦労さんだったねぇ。宮崎さんも」

「いえ、勉強になりました」


そう答える周人だが、永井の視線は理紗に行ったきりで全く動かない。そんな永井に大きなため息を漏らす工藤はどうやって理紗と永井を引き離すかを思案し始めた。


「また来て下さいよ」


おもむろに理紗の手を取り、にこやかに笑う永井に引きつった笑みを返すしかない理紗はそっと手を引き離そうとするが思った以上の力のせいか、うまくそれができなかった。すりすりと握った手をすり合わせる永井の表情も緩みっぱなしである。


「えぇ、また、ぜひ」


顔を引きつらせながら手を強引に引き抜いた理紗はそう言うと、膝の上に手を持っていき、固く両手を合わせるようにしながら体を硬直させた。強気の理紗だがこういった席で、しかも会社関係者に面と向かって文句も言えずにうつむく事しか出来ない為、それがかえってますます永井を増長させることとなってしまった。理紗の肩を抱くようにしながら耳元に顔を近づける永井はその理紗の耳元で息を吹きかけるようにささやく。


「何でしたらこっちに来たらいい・・・・・待遇は良くしますよ」


目をギュッと閉じて膝の上で拳を握る理紗はもはや永井を殴ってしまいそうなほど不快感と嫌悪感が爆発しそうになっていた。


「永井さん、ちょっとセクハラみたいに見えますよ・・・・ほら、みなさん見てらっしゃる」


永井の肩を叩きながらにこやかにそう言うのは周人であった。その言葉に理紗から手と顔を離した永井はきょろきょろしながら周囲を見渡すが、皆好き勝手に話をしており、こちらには気付いていないようだった。


「セクハラだなんて・・・みんな見てないし、そんなこと思ってないさ」


笑いながらそう言う永井は一瞬だけ周人に鋭い視線を投げかける。理紗は恐る恐る永井を見上げるようにするのが精一杯であり、工藤もどうしたものかとジッと考えを巡らせている状態だ。


「みんなが見ていなくても、本人がそう叫べばセクハラになりますよ、気をつけないと、ね」


そう言った周人の表情に浮かぶ笑みが鋭い目つきに変化し、その笑みは鬼神を思わせるものとなっていた。その周人の気迫に背筋が凍るような感覚を覚えた永井はゴクリと唾を飲み込むと工藤の方を見やった。だが、助けを求めるように視線を投げたにも関わらず工藤は素知らぬ顔でビールをあおった。


「それは脅迫かね?」


精一杯の強がりでそう言ったが、悪寒は取れていない。周人はすでに普通の顔つきに戻っており、ビールを口にしながら永井の方を横目で見やった。


「いいえ、ただの忠告ですよ・・・・」


にこやかにそう笑った瞬間、またもほんの一瞬だけ目つきが鋭くなる。永井はゾッとするような感覚に襲われ、そのまま咳払いをすると何故かすごすごと元の席へと戻っていった。


「ありがとうございます」


消え入りそうな声でそう言う理紗に小さな笑顔を見せた周人は何も言わずにそのままビールを一気に飲み、近くにおいてあった串焼きのレバーを頬張った。


「すみません、宮崎さん・・・」


申し訳なさそうにそう謝る工藤に笑顔で大丈夫ですと気丈に返した理紗は気を取り直して焼き鳥に手を伸ばした。


「しかし、一睨みであの人を退散させるなんて・・・木戸君は元ヤンキーと見たね!」


おかわりのジョッキを受け取りながらそう言う工藤は感心したように周人を見やった。その周人は小さな笑みを口の端に浮かべたのみで何も言わずにビールを口にする。


「間違いないですよ、絶対!」


昨夜の夕食時、突然の訪問者である桜との会話をそれなりに聞いていた理紗は冷静な口調でそう返した。内容的にはほとんど理解不能であったが、おそらくそういった関係の話であることを察する事が出来たからだ。その言葉を聞きながらさっきまでヘコんでいたにもかかわらずもう立ち直っている理紗に苦笑する周人だったが、ホッとしているのもまた事実だった


「いや、まぁ、そんな感じですけどね」


苦笑するしかない周人はまさかそのヤンキーを狩っていたとは言えるはずもなく、ごまかすようにつくねに手を伸ばした。


「オレもバイクいじったりしてそれなりに走っていたけど・・・君たちの頃って結構いろいろあった頃じゃないの?」

「いろいろ、ですか?」


心当たりがありありの周人だが、一応知らないそぶりでそう切り返した。


「いろんな組織や族があって、それを統括している軍団とかがいて・・・・結構な紛争になったって噂程度しか知らないけどさ」

「僕は田舎の方だったんで、その辺よく知らないんですよ・・・」


その紛争の元を作った張本人は思いっきり嘘をつきながらつくねを噛みしめる。こういった話題でのポーカーフェイスは慣れている周人は工藤にも理紗にも怪しまれる事がなかった。


「木戸さんって下っ端っぽいし」

「まぁ、ね」


理紗の手厳しい言葉も今はいいフォローになっている。そのままその話題は忘れ去られ、別の話に花を咲かせた頃、宴会も終了となるのだった。


宴会も早めに終わったせいか、七時半に横浜駅に着いた2人は切符を買うと一路桜ノ宮を目指した。酔いもさほどでもなく、2人は向かい合わせの席に座り、まず東京駅を目指す。寝不足とアルコール、そして疲れからか、理紗は乗り込んで早々に目を閉じて船を漕ぎ始めてしまった。そんな理紗の寝顔にかつての恋人の寝顔を重ねる周人は少し悲しげな表情を浮かべたが、それも一瞬の事ですぐに無表情のまま窓の外へと目をやった。そしてぼんやりと流れ行く景色を見ながら、亡き恋人の仇の為に必死で戦っていた頃の事を思い出し始めた。決死の覚悟で挑んだ最終決戦、仲間が敵四天王をおさえ、自分は真っ向から『キング』に挑んだ。さらに二百人からなるキング配下の暴走族軍団は『金色の野獣』の異名を持つ千早茂樹ちはやしげき率いる日本最強の暴走族集団ミレニアムが相手をしてくれている。四天王たちの恋人、通称『魔女』と呼ばれる存在たちはただ黙って自分たちの彼氏の勝利を信じて疑わず、成り行きを余裕を持って見ているのみだ。そんな中に綾瀬桜もいた。カミソリを武器に『鮮血の魔女』と呼ばれた桜がその余裕の表情を消したのは絶対に勝つと思われていた自分の彼氏、『神の剣を持つ男』御手洗慈円みたらいじえんが『剣王』柳生十牙に押され始めた時だ。この世に斬れぬ物は無いといわれた神剣フラガラッハを持ちながら、十牙のもつ木刀『阿修羅』を斬ることができない。気を操る佐々木哲生から伝授されている『体内の気を感じて自らの力に変える』という極意により、周人たちは体内の気を利用して攻撃力を増したり、さらに気で筋力を硬化することによって防御力を上げることもできた。だが、鉄すらたやすく斬り裂くフラガラッハとは決して剣を交えようとしなかった十牙が、なんとか相手の懐に飛び込もうと自らの持つ全ての気を愛刀阿修羅に注ぎ、フラガラッハを決死の覚悟で受け止めたのだ。結局その後、動揺した御手洗の隙を付いた十牙の奥義によって御手洗は倒され、その時フラガラッハは紛失したとされていたのだ。『キング』との紛争を終えたあと、ほぼ全員が警察によって連行されたが、見ていただけの女性たちはすぐに帰されたと聞いていた周人はその後に桜がフラガラッハを見つけだし、ずっと持っていたんだなと思いを馳せた。電車の窓際、自分のすぐ横に立てかけて置かれた剣を覆う布を取ることなく、昨夜もずっと今のように壁に立てかけておいた周人はどこか懐かしい目で電車の揺れに合わせて振動しているフラガラッハを見やった。その時、スーツの内ポケットに入れておいた携帯電話がバイブの振動を始めた。あわてて懐から電話を取り出した周人は小窓に表示された名前を見て小さく笑うと、携帯を開いてその場で電話に出た。


「よぉ、おかえり」


合宿から帰ってすぐに電話をくれたんだと思っていた周人は口元に手を当て、電車の音から自分の声を守りつつ、なおかつ穏やかな寝息を立てている理紗を起こさないようにやや小声でそう切り出した。しかし、緩んだ表情をしていた周人の顔つきが険しくなるのは電話の向こうにいる由衣の声が悲壮感を漂わせていたからだ。


『周人?今どこ?すぐに来て欲しいの!』

「どうした?落ち着いてゆっくり話せ」


明らかに動揺した、うわずった声でまくし立てる由衣の声に周人は何があったのかと心配になりつつ、自分を落ち着かせる為にもそう言い聞かせた。


『恵さんが倒れたの!今三宅君が車を取りに行ってるんだけど・・・どうしよう!』


今にも泣きそうな声をしていることから恵の容態がかなり悪いと判断した周人だが、ここからでは由衣のいる西塾へと辿り着くにはまだまだ時間がかかってしまう。


「いいか、まず三宅君の指示に従って近くの病院を目指せ。塾長にも連絡を忘れるな!オレも戻り次第すぐに向かうから病院に着いたらメールしてくれ」

『わかった・・・すぐ来てね?お願いだから・・・・』

「大丈夫だ、オレを信じろ!」

『・・・うん、信じる。じゃぁ後でメールするから』


そう言うと由衣はすぐに電話を切った。周人は携帯を閉じながら小さく舌打ちをする。だが今の周人にはどうすることも出来ない。都心部にすら着いていない周人が出来ることはただ恵の症状が軽いことを祈りつつ、今はただ光二に全てを任せるしかないのだ。


「頼むぜ、三宅君・・・」


祈るようにそう言う周人をうっすらと目を開いて見ていた理紗は、その真剣な表情に不謹慎ながらドキドキしてしまっていた。周人は動揺からか、応対した声が少々大きかったせいで理紗は目を覚ましていたのだ。そんな理紗は普段見せない周人のりりしい姿と対応、そして口調に何故か胸がときめいたのだ。理紗はギュッと目を閉じ、胸の鼓動と、変に周人を意識してしまった自分をかき消すかのようにもう1度深い眠りへと意識を誘おうと懸命に努力するのだが、結局その後、桜ノ宮に着くまで周人を意識してしまい眠る事は出来なかったのだった。


「私は・・・・あんたが嫌いだ」


自分に言い聞かせるように小さくつぶやいたその声は電車の音にかき消され、窓の外を険しい表情で見やる周人に届くことはなかった。理紗は再度ギュッと目を閉じると、今にも溢れ出そうな涙を懸命にこらえる。周人はそんな理紗に気付く事もなく、ただ早く目的地に着くことだけを願って止まなかった。

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