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くもりのち、はれ  作者: 夏みかん
第十三章
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今と昔の幻影-Shuto Side-(5)

「これが新型機種試作マシンです。エスペランサNX―913型」


性能やら概要を示した分厚い書類を挟み込んだファイルを手渡す工藤の口調も軽やかであった。ボディカラーは出来上がったばかりで塗装の施されていないグレーで統一されながら、内装は木目を使用した高級感溢れる作りになっている。しかもこの車はカムイが押し進めているセミオートマチック対応であり、マニュアルカーを好む人でも十分楽しめる機能を持っているのが特徴で、衛星からのGPSによる渋滞表示ナビゲーションシステムも搭載されていた。


「現在、衛星とのリンクが一部エラーを起こすことが判明していますが、それは明日提議されます。細かいバグが多いですがひとまずの完成を見ています」

「衛星との回線システムのソフトを見直す形で進めて行くことになるでしょうが・・・・・これは予想以上ですよ」


感動に満ちた声と表情で工藤を満足させた周人はボディから内部までを細かく見て回る。数人のスタッフが作業をしているため、邪魔にならないようにしながらタイヤの外された状態の足回りまで見ていく周人の後ろをついて回る理紗はこういった高級車に乗って遠藤とデートしたいと考えていた。遠藤がこのマシンのオリジナルに当たるフェニックスに乗っている事は知っている。以前に一度、深夜残業でバスが無くなってしまった時に自宅までその車で送ってもらった事があるのだが、それ以降遠藤が理紗を乗せて走ることはなかった。それに周人がそのフェニックスの兄弟機であるジェネシックを所有している事など知らない理紗にしてみれば、やはり周人より遠藤の方がエリートであると認識してしまう。そんな事を思う理紗は周人の後ろ姿を見ながら鼻でせせら笑うような表情を浮かべた後、少し離れた場所に移動して周人の動きを監察するように腕組みをするのだった。


工藤に礼を言い、別れたのが午後5時過ぎの事であった。工藤から永井へ連絡が行き、秘書が2人を迎えに来て応接室へと連れて行く間、理紗は決して周人を見ようともしなかった。もはやそういう態度には慣れている周人も何も言わず、2人は沈黙をともなって秘書の後に続いて歩くのみだ。やがて応接室に戻った2人を永井が出迎えた。


「やぁ、どうでしたかな?アルカディアは」


自信ありげにそう言うが、実際開発を指揮しているのは工藤であり、永井ではない。その事を知っていながらあえていい返事を返す周人にますます嫌悪感を抱く理紗はそそくさと作業服を脱ぐと長机の上で丁寧に畳み始めた。


「さて、これからどうなさるおつもりですかな?よければ夕食などご一緒したく思うのだが」


周人ではなく理紗に視線を注ぎつつそう永井は元々垂れ気味の目をますます下げる感じで微笑みながらそう言った。理紗は苦々しい表情で笑みを返すのが精一杯であり、島原と工藤の言葉が頭をよぎりながら視線を永井から外した。


「実はこれから横浜支部に行かなくてはならなくて・・・せっかくの申し出ですが・・・」

「これから支部とは・・・・そういう理由では仕方ないな・・・残念」

「明日はご一緒出来ますので、どうか今日はご勘弁下さい」


丁寧にそう言うと軽く頭を下げた周人に渋い面を見せつつ、ここは寛大なところをみせておかねばと考えた永井は気にするなと言いながら舐めるように理紗を見やる。周人は預けていた鞄を秘書から受け取ると、背後にいる理紗を振り返って小さく微笑んだ。


「明日を楽しみにしてますぞ。それでは木戸さん、宮崎さん、また明日」

「では失礼致します」


周人はにこやかにそう言うとさっさときびすを返す。理紗も笑顔を見せて会釈をし、秘書に先導されて応接室を後にしたのだった。1人残された永井はドアが閉められたのを確認した後、ドカッと長椅子の上に腰掛けるとポケットからタバコを取り出して火を点けた。


「なかなかのギャル系じゃないか・・・・明日が楽しみだなぁ」


やらしい笑みをたたえたままそう言うと、もわんと煙を吐き出した。


「問題は男の方か・・・・」


そうつぶやくように言いながら邪魔者たる周人をどうするかを思案する永井は明日の宴会出席者を想定しながら策を巡らすのだった。


「噂通り・・・キショイ!」


門を出るまで我慢していた言葉を吐き捨てるように言う理紗は全身を震わせるようにしてみせた。夕方とはいえまだ明るい方なのだが、朝見せていた快晴の天気はどこへやら、黒い雲が上空を覆いつつあった。そんな天を仰いだ周人は小さくため息をつくととりあえず地下にある駅へと向かうことにした。


「まずホテルへ行ってから夕食に出かけよう」

「夕食ってどこで?」

「島原さんにホテル近くにある中華のお店の半額チケットをもらったんだ。味も良くて雰囲気もいいらしいよ」


出来ることなら別行動がいいと思いつつ、知らない土地で何かあるのも嫌な理紗は仕方なくそれに従うことにした。横浜駅から歩いて5分の所にあるビジネスホテルを予約している2人はとりあえず横浜駅にやって来た。念の為にと持ってきておいた簡単な地図を見るまでもなくあっさりそのホテルを見つけた2人は思っていたより立派な外観に思わずため息を漏らした。やや大きめの扉をくぐると広いロビーが姿を現す。一泊七千八百円のビジネスホテルとは思えない造りに驚きつつも、荷物番を頼まれた理紗は近くにあったソファに埋まるように腰掛けるのだった。チラッと後ろを振り返り、フロントでチェックインの手続きをしている周人の背中を見やった後、すぐ目の前にある大きめのテレビに映し出されているニュース番組へと顔を向けた。


「まさか同じ部屋じゃないよね」


眉間にしわを寄せつつそうつぶやく理紗は先程の永井の表情もあってか少々心配になりつつも今はジッと周人を待つことにした。そして5分ほど過ぎた後、座ってテレビを見ている理紗の脇に立った周人は右手に持たれた部屋のキーを差し出しながら自分のバッグを左手で引き上げた。


「はい、君の部屋ね。オレの隣の709、オレが708だから」


別々の部屋であることにホッと胸を降ろしつつ、それは当然だなと苦笑する理紗はキーを受け取ると自分のバッグを手にとってから立ち上がった。フロントのすぐ横にあるエレベーターに乗り込んだ2人の間にはやはり会話もなく沈黙が流れていた。やがて目的地である6階に到着した2人はふかふかの絨毯が敷き詰められた薄暗い廊下を進んでいく。そして手前にある708号室の前まで来たとき、周人がようやく口を開いた。


「今が6時前だから・・・6時半にロビーで待ち合わせしよう。いいかな?」


時計を見ながらそう言う周人に無言でうなずいた理紗はそのまま自分の部屋の鍵を開けるとさっさと中に入っていってしまった。そんな理紗に苦笑する周人もまたすぐに自分の部屋へと入った。洋式となっているその部屋は靴のまま動き回るか、備え付けのスリッパを履くかといった感じになっていた。とりあえず靴を脱いで楽になりたかった周人はスリッパに履き替えるとざっと部屋を見渡した。


「意外と整ってるんだな」


部屋の手前、ドア寄りにベッドが置かれ、その向こうに小さなテーブルと椅子が置かれている。壁沿いのクローゼットの横には17インチサイズのテレビも用意されており、ベッドの頭上には有線ラジオのパネルや白い電話も設置されている。その横に置かれている卓上のデジタル時計が5時58分を表示しているのを見た周人はとりあえず着替える事にして鞄から着替えを出した。ジーパンとグレーのTシャツに着替え、ベッドの上に腰を降ろしながらテレビのリモコンを操作する。どのチャンネルも夕方のニュース番組がメインの為か変わりばえしない。今頃由衣は合宿所で夕食を終えているのかなぁと思いを巡らす周人はベッドに倒れ込みながら由衣にアタックをかけていると言っていた中学生の事を頭に思い浮かべ、険しい表情を浮かべた。


「まぁみんないるし、大丈夫とは思うけど・・・」


自分に言い聞かせるように声に出してそう言う周人はテーブルと椅子の向こうにあるベランダの方へと顔を向けた。どんよりした雲はますます勢力を伸ばしてきているようで、夜のとばりではない暗さが目立つようになってきていた。一旦ベッドから起きあがるとその脇に置いてある鞄から小さな折り畳みの傘を取り出した。万が一にと持ってきたのだが、早速役に立つかもしれない。由衣と最近東雲町に出来たアウトレットのお店で格安の五百円で買ったこの黒い傘はまだ未使用である。ベッドの上のパネル脇に置いた財布から割り引きチケットを取り出し、店の位置を確認する。チケットの裏に表示されている簡略化された地図からしてもホテルから歩いて5分ぐらいに思えた周人は出かける際にと持ってきていたセカンドバッグに財布と携帯電話、そして傘を入れると再びベッドに横になるのだった。眠くなる意識を保ちつつデジタル時計を見ること数回、6時25分を表示したのを確認した周人はセカンドバッグとキーを手に取るとエアコンとテレビの電源を落とし、隣の部屋の理紗に声をかけることなくロビーへと向かった。


「ども」


ソファに腰掛け、近くに置いてあったスポーツ新聞を見ていた周人の背後から女性が声をかけた。新聞を畳んで背後を振り返ったそこに立っていたのは黒いミニスカートに赤いノースリーブのシャツを着た理紗だ。さっきまでの明らかに社会人とわかる姿から一変し、今風のギャルといった格好になった理紗はどこか化粧も濃くなっているように思えた。そんな理紗を見ながらバッグを手に立ち上がる周人が行こうかとうながしてホテルのエントランスに向かって歩き始める2人。理紗もまた周人の普段着姿を知らないせいか、妙に新鮮さを感じつつも心をときめかせるような事はなかった。ホテルの前の大通りには帰宅ラッシュで混雑する車の波が停滞し、歩道を行き交う人の波はあわただしかった。その大通りに沿ってしばらく進んだ後に右へ曲がればショッピング街となっている。今度はそのショッピング街をまっすぐ進んで行くと、左手に派手目の看板が見えてきた。『中華飯店大炎』と赤地に黒文字で書かれたその周囲できらめくネオンがまばゆく輝いている。中華のお店独特の龍を描いた自動ドアをくぐった2人は赤で統一された店内を見て本格中華を想像してしまった。


「いらっしゃいませ、ご予約でしょうか?」


店内を見渡す限り、かなり混み合っているのがわかる。それに店のレジ脇にある待合い用の椅子はすでに満杯であり、かなり順番を待たねばならない事は容易に想像ができる理紗は疲れた表情を浮かべたまま小さなため息をついた。


「木戸で予約しています。6時45分からで」


その言葉を聞いた理紗は驚いた顔で周人を見やった。だが周人は名前を確認しているウェイターの方を見たままで理紗の方を見ようとはしなかった。


「はい、ありがとうございます。お席にご案内しますのでどうぞ」


ウェイターはやや狭い通路を通り、入り口からは見えない奥の方へと2人を誘導した。いつの間に予約していたのだろうと思いつつ付いていくしかない理紗は食事を取っている家族連れやカップルを見渡しながら個室のように壁に窪みを作った空間になっている自分たちの席の前に立った。


「こちらです。メニューがお決まり次第このボタンを押してください。ごゆっくりどうぞ」


対面に座った周人と理紗はウェイターが差し出すメニューを受け取った。


「さて、何にするかな」


メニューを見る周人は中華料理は久しぶりだと思いながらそこに表示されているメニューと写真を見てにんまりと笑った。そんな周人を仏頂面して睨んでいる理紗はメニューを開きながらも視線は周人に向けたままだ。


「予約してたなんて聞いてなかったんだけど!」

「念のために昨日しておいたんだ。せっかく来たんだ、いい物食べなきゃ損、だろ?」


用意がいいのかどうなのかと思いながらも確かにいい物が食べたい理紗はしばらくメニューに集中した。そして頼むべき料理も決まり理紗がボタンを押してウェイトレスを呼ぶ。八宝菜に酢豚、焼き豚とオーソドックスな料理をいくつかオーダーした2人はそれぞれビールと酎ハイもオーダーした。


「明日の夕食はなるべくオレのそばにいろ。あのエロジジィは怪しすぎる」


肘をついてそう言う周人に嫌に素直にうなずいた理紗はまじましと品定めするように周人を見やった。ややボリュームのある髪は軽く後ろに流れるようにパーマが当てられ、大きめの目はくっきりとした二重である。鼻筋もすらっとしており、よく見れば美形である事がわかる。だが持っている雰囲気のせいなのか、普段はあまりそういうのが目に付かない理紗は少々胸の鼓動を早めつつもどこか冷めた目で周人を見ていた。


「なに?なんか顔についてる?」


ジッと自分を見つめる視線に頬を触りつつそう言う周人に、理紗は何か不思議なものを感じ始めていた。何故こうまで自分を嫌っている相手に対し、こう普通に接する事が出来るのだろうか。


「木戸さんって悩みとか無いタイプ?」

「なんでそう思うわけ?」

「私ぃ、木戸さん嫌いですよね?それ知ってるのになんでそんなに普通でいられるの?天然?」


はっきり『嫌い』という言葉を出し、なおかつ会社の先輩に向かってかなり失礼な発言をしたと認識している理紗だが、言われた当人である周人はそんな事をまるで気にする風でもなく小さな笑みを浮かべるのみだった。ますます理解不能な理紗だが、周人は涼しい顔をしたまま水の入ったコップを手に取った。


「そうやってはっきり『嫌い』って言ってくれてるから、かな。嫌われてるのはわかってるし、だからって同じようにオレが君にも嫌いって態度見せても仕方ないから。それに君には親近感を持っているからね」


周人はそう言うと一口水を飲む。嫌われて親近感が湧くとはどういう意味なのかわからない理紗は仏頂面で周人を睨み付けた。だがその表情ですら、周人にはかつて愛した少女の面影をだぶらせる事で憎たらしいといった感情は出てこない。彼女が生きていたならこういう風になっていたんだろうなと思うだけなのだ。それにもう1つ、こうまで自分に悪態をつき、嫌悪感を全開にしたある少女の姿をそこに重ねているからだ。かつて自分を嫌い、さげすみ、嫌味を連発した中学生の時の由衣と全く同じな理紗は周人にしてみれば懐かしさのオンパレードでしかないのだ。容姿は昔の彼女、中身は今の彼女の昔の姿とくればもはや笑うしかない。なんとも言えない柔らかな微笑を浮かべて自分を見る周人の表情に思わずドキッとしてしまった理紗は唇を尖らせながらそっぽを向くしかなかった。


一通りの料理が出そろい、会話もないまま2人の食事は進んでいた。さっきの話がいまだに納得できない理紗は不機嫌な感じで箸を進めていたが、対照的に周人は穏やかである。チラチラ周人を見ながら料理に手を伸ばす理紗だがそれ以上会話する気になれないでいたのだ。やがて料理が半分ほど空になった頃、不意に周人のそばに1人のウェイターがやってきた。そして何やら耳打ちするように話しかけると、周人は2、3度うなずいてからいいですよと答えた。そのままさっといなくなったウェイターを目で追いながら何事かといった表情を浮かべた理紗が周人に質問を投げようとした矢先、1人の女性が自分たちの個室、壁の窪みに四角くくりぬかれたその入り口付近に姿を現した。見事な黒いストレートヘアは艶やかで長く、背中の半ばまで綺麗にまっすぐ伸びていた。薄いブルーのシャツに紺色のミニスカートを履いたその女性は色も鮮やかな真っ赤なルージュの引かれた唇を一瞬開いて笑みを形どる。両耳には大きな金色したリング型のピアスをしており、化粧気のない顔ながらぱっちりした目をマスカラでまつげを立たせた状態でジッと周人を見下ろすように見ていた。怪訝な顔の理紗とは対照的に一瞬驚いた顔を見せた周人は、女性同様薄い笑みを浮かべると持っていた箸を皿の上に置いた。


「オレに客だというから会社関係かと思ったが、これは予想外だったぜ」

「でしょうね・・・・8年ぶり、かしら?」


唄うような口調でそう言う女性の声は思った以上に美しかった。周人は自分の隣の空いた椅子を女性の方に持っていくと座るようにうながした。軽く理紗に会釈した女性は肩から下げていた自分の背丈よりも長く、それでいて細い入れ物のような筒を布で巻いた物体を椅子にそっと立てかけるようにしてから丁寧な仕草で席に着いた。


「いつも持ち歩いてるのかい?」

「そうね、でも・・・それも今日までよ」


立てかけたその物体を見ながらそう言う周人に、女性は横目でそれを見ながら返事を返した。今の言葉から、周人がその物体の中身を知っていることは理紗にもわかる。


「それはどういう意味かな?」

「もう私には必要ないのよ。過去とは決別って事ね」


涼しげな顔をしながらそう言う女性は長いまつげをそっと伏せるようにしながら薄い笑みを浮かべた。


「なるほど・・・・で、御手洗慈円みたらいじえんは元気か?」


周人に客が来ているのだがお構いなしに料理を食べ続けていた理紗もさすがに今の名前には素早く反応した。知っている名前だからではない。その独特な響きに反応したのだ。


「さぁ、知らないわ・・・・『あれ』からすぐ引き離されて、今ではお国の為に働いてるはずよ」


肩をすくめてそう言うと、何の感情もこもっていない表情に変化した女性の顔は何故か哀愁を漂わせているように見えた。


「結局『四天王』はみんな政府の管理下だし。でも、1人を除いてね。西原さとるは死んだらしいわ。風の便りでそう聞いた」


素っ気なくそう言う女性に対し、周人はやりきれないといった気持ちを顔で表していた。そんな2人のやり取りに口を挟むことなく料理をついばむ理紗をチラッと見やったその女性は薄く笑うと周人の方へ顔を向けた。


「政府の施設を脱走したためって噂だけどね・・・・」

「他の四天王の彼女たち、『魔女』たちは?」

「さぁ?知らないわ・・・・緑、佐伯緑はどこぞのアイドルのマネージャーをしてるって聞いたけどね、詳しくは知らない。全て噂だけだから」

「あの『冷血の魔女』が、ね・・・・で、昔懐かしい話をしにわざわざここへ?それにオレがここにいるってよくわかったな」


口の端を歪める笑みを浮かべていた周人は肘をついてその手にあごを乗せた。そんな周人に対し、女性はクスッと笑うと立てかけておいた例の筒状の物を手に取り、おもむろに周人へと差し出した。周人は黙ってそれを受け取ると中身を確認せずに自分の椅子の横の壁にそっと立てかけた。


「もう持ってる理由がないから・・・・持つにふさわしい人に渡してほしいの」

「フン、確かにそんなヤツは1人しかいないな」


鼻でため息をつきつつ笑いながらそう言った周人は自分の親友の姿を頭に思い描いていた。


「『剣王』、柳生十牙やぎゅうじゅうがに伝えて、一生封印して欲しいって」

「わかった。伝えておくよ」


短くそう答えた周人に満足そうな笑みを返した女性はおもむろに立ち上がると椅子を元の場所に戻し始めた。


「もう行くのか?」

「ええ、もう用は済んだしね」

「最後に1つだけ教えてくれ。どうしてオレがここにいるってわかったんだ?」


女性を見上げる周人の雰囲気は全く変化がない。その女性が知っている周人とはかけ離れた、実に穏やかな雰囲気を持っている今の周人は違和感があり、不思議そうな顔をしてみせた女性は薄い笑顔を作ると小さなため息をついた。


「私、結婚するの。だから自分の過去を全て綺麗にしておきたかった。それにはどうしてもこの『剣』が邪魔だったのよ」


まるで答えになってないじゃんと思いながら最後の焼き豚を口に運ぶ理紗だったが、周人は笑みを絶やさずにこやかな表情でうなずいているのみだ。


「その婚約者が今日、この時間ぐらいにこの店に行けば必ずあなたに会えると言ったから、だから来たのよ」

「なぁるほどな・・・・・で、その婚約者はあんたの過去全てを知っているのか?」


目を伏せてニヤリと笑いながら納得の言葉を口にした周人だったが、後の言葉は真剣な表情で女性に問いかけた。


「全部話したわ。それでも私を受け入れてくれた人・・・多分、世界に1人だけの人ね」


幸せそうな笑顔を見せた女性に周人はさっきまでとは違う笑顔を見せた。それは心から女性の幸せを喜ぶ素直な笑顔だった。そして波乱の人生を歩んできたこの女性も運命の人に出会っている事を喜んだ周人もまた小さく微笑みを浮かべる。


「そうか・・・でもおかげでなんで『あの人』がオレを『魔獣』だって知ってたか・・・今、ようやくわかったよ」


納得したようなその周人の言葉にいたずらな笑みを見せた女性は壁に立てかけてある布でくるまれた物体、『剣』と呼んだその物に目をやった。憂いに満ちたその表情は過去と惜別するためか、あるいは未来に待ち受ける幸せをイメージしたためか。


「おめでとう。あの綾瀬桜が結婚とは、正直驚きだけど、嬉しいよ」

「ありがとう。私もまさかあなたにこんな報告をするとは思ってもみなかったわ」

「全くだ」


そう言い合ってからお互いに笑い合う2人を見る理紗は全く話がわからずに怪訝な顔をするしかなかった。だからといって口を挟む事なく相変わらず黙ったまま料理を次々と平らげていく。


「あと、小耳に挟んだんだけど、今、東京で『キング』の再来と言われている人物がいるらしいわ」

「・・・・・名前は?」

黒金一くろがねはじめ・・・・『アームズ』というチームの頭よ」


さっきまでとは違い、どこか緊張めいた空気に変わるのを感じた理紗だが、やはり全く話しについていけずにレモンの酎ハイを豪快にあおるように飲み干した。


「強いのか?」

「噂ではね。でももう1人の方が私には気になるわ」

「え?2人いるのか?」


「いいえ、噂では黒金がそうなんだけど、政府が最近の街の若者の乱れっぷりを危険視して『ポスト・キング』を擁立しようとしてるらしいわ。『プロジェクト・ゼロ』。『ゼロ』と呼ばれる男がそうみたい。その男に組織を組ませて管理させる。かつてのキングのようにね」


口には出さずに頭の中で2人の名前を反復した周人は険しい表情を浮かべて空になった目の前の皿を見つめた。


「でも、今、危険なのは黒金ね。彼に関しては『赤髪』も動きを見せているらしいから、聞いてみたら?」


その『赤髪』という言葉に大いに心当たりがある周人はそうしようと短く答えてから桜を見上げるように見つめた。


「じゃぁな・・・・呼ばれない限り結婚式には行かないし、そうなればもう会う事もないだろう」

「残念だけど、呼ばないわ。ゴメンね・・・・・じゃぁ、元気でね」


ヒラヒラと片手を舞うように動かしながら周人に背を向けた桜はそのまま決して振り返る事無く2人の前から去っていった。そんな桜の後ろ姿を見つめながら淡い微笑を浮かべた周人は桜の置き土産である剣に視線を向けた。


「それ、何なんです?」


桜が去った事によってようやく口を開いた理紗はそう言うと、近くを通りかかったウェイトレスをつかまえて酎ハイのおかわりをオーダーした。


「剣だよ。『神剣フラガラッハ』・・・・・この世に斬れぬ物はないと言われた剣さ」

「へぇ~・・・・・マジ斬れない物はないの?」

「いや、1つだけあった・・・・人の想いの念がこもった木刀だけは切れなかった」

「はぁ?たかだか木が斬れなかったって・・・・じゃぁそんなの意味ないんだけどぉ」


かなり酔ってきたのか素の部分を見せ始めた理紗に薄い笑みを見せた周人は話をそこで切ると箸を持ち、テーブルの上にある料理に手を伸ばそうとした。だがどの皿にももう料理は乗っていない。全て皿の底が姿を現していた。ぷるぷると箸を振るわせながら困った顔をした周人はゆっくり目の前に座る理紗に顔を向ける。理紗はまるで天使のような笑顔を見せながら運ばれてきたレモンの一口酎ハイを口に入れた。


「話がつまらなかったから全部食べちゃった」


無邪気な子供のようにそう言う理紗に返す言葉が見つからない周人はガックリとうなだれながらもその表情は笑顔であった。

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