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くもりのち、はれ  作者: 夏みかん
第十二章
73/127

真夏の嵐-Yui Side-(4)

実質大学が休みの状態となって家で過ごすことが多くなればその分時間が経つのは早い。水曜日と木曜日の塾のアルバイトは平穏そのものであり、最近はちゃんと家に帰っているせいか恵の顔色も随分よくなっていた。だが、やはり金曜日のバイトは気が乗らない由衣は梅雨明け間近と言われる晴れた青空を見ながらバイクを飛ばしていた。ここ最近は雨が降ることも少なく、暑い晴れた日々が続いていた。このまま一気に夏本番へ突入するとの天気予報もまんざら嘘ではないようだ。もうすでに期末テストに入っている学校も多く、純一郎が通う中学でも週明け早々から期末テストとなっていた。今更ながら約束した事を後悔する由衣であったが、ここまで来たらジタバタしても仕方がないと腹をくくり、原付バイクをいつもの場所に止めてから深呼吸をして心を落ち着けるようにした。夕方4時とはいえまだまだ明るく、とても夕方には思えない空を見上げてから玄関のドアを開く。


「こんちは~」

「こんにちは」


プリンターの前に立っていた光二が軽く片手を挙げてそうにこやかに挨拶をしてきた。由衣も同じように片手を挙げてそれに応えると自分の席に向かうのだが、いつもいるはずの恵の姿がない。


「青山さんなら今、お出かけ中ですよ」


じっと恵の席を見ていた由衣を見て光二がそう説明した。やはり休みではないようだ。


「塾長の家で合宿の話をしてます。ここよりはくつろいで話できますからね」


やはり康男も恵の体調があまり優れていないことに気付いていたのかと思いつつ、由衣は自分の席についた。


「三宅君、昨日も泊まったの?」

「えぇ、青山さんは帰しましたけどね」


プリントアウトされた紙を見て顔をしかめた光二は何やら独り言をブツブツ言いながら自分の席に着くと、いつも恵が使っているノートパソコンをいじり始めた。ここ最近は恵を気遣い、自分が徹夜をすることで負担を軽くしている事を知っていた由衣はその優しさに周人を重ねながら小さく微笑んだ。


「私ももう夏休みだし、手伝えるよ。何でも言ってね」

「そうですね、でも徹夜はさせませんから」


由衣にしてみれば暗に徹夜もOKだと言ったつもりだがあっさりそれを見抜かれた上に却下されてしまっては返す言葉もない。とりあえず笑顔を返したが最近鋭くなり、はっきりものを言えるようになっている光二に舌を巻く事が多くなったと思う由衣はここで話題を変えてみることにした。


「ところでさ、三宅君は今好きな人とか彼女とかいないの?」


いまいちパソコンに慣れていないのか、しかめっ面をしながら危なっかしい指使いでキーボードを叩く光二は由衣の方を見ることなく質問に答えた。


「えぇ、好きな人も、彼女もいませんよ」

「そうなんだ・・・じゃぁ将来誰かを好きになった時の為に体を鍛えているわけ?」

「そうですね・・・それに今の僕じゃろくに守ることもできませんから」


光二はそう言うと椅子を回転させ、そのまま真後ろにあるプリンターの前に移動した。


「でも、すごいよね。そういう考えができても実際道場にまで通うってトコまでする人いないよ」


由衣は肘を付きながらどこかまぶしげに光二を見やった。見られている事に恥ずかしさを感じつつも今は印刷されてきたプリントに目を通すことが先決な為、顔にはそれが出ない。


「去年のアレがなければ・・・僕はこうまで変われなかった。そういう意味では木戸さんには感謝してますよ」

「あぁ、アレ、ね」


何かを思いだしたのか、眉間にしわを寄せ、口の端を歪めた笑みを浮かべる由衣を見た光二は苦笑を漏らすと1つうなずいて手にしていた紙を恵の机の上に置いた。


「あれからあの子は何も?」


『あの子』という言葉が誰を指すかはわかっている由衣は唇を無意識的に尖らせながらうなずく。そんな由衣を見てさっきより露骨に苦笑をしてみせる光二は立ち上がって椅子を自分の席に戻すと、台所の方へと向かった。


「来ても、すぐ追い返すしぃ」


憮然としたままそう言い放った由衣は独り言のつもりでささやいたのだが、五感に優れた光二にははっきりとそれが聞き取れた為、表情を緩めて小さく笑うのだった。


結局小学生の部が終わっても恵が戻らない為、由衣と光二は送迎バスが中学生と小学生を入れ替わりに乗せてから出発するのを見て職員室の戸締まりをしてから各授業へと向かった。この授業は気乗りしないとはいえ今年は由衣も合宿に参加することになっており、嫌でも2日間みっちりと純一郎や紀子と顔を合わせることになっていたせいかどこかあきらめ気分で今日を迎えたのだが、危惧された2人ともが珍しいほど大人しく、テスト前の最後の授業はすこぶる順調に進行して終わりを告げたのだった。拍子抜けするほどに順調だったせいか、由衣はすっかりリラックスした気分でホワイトボードを消していた。生徒たちも皆玄関先に集結しており、混雑のせいかかなりざわついていた。そんな声を遠くに聞きながら全ての文字を消し終えた由衣は教壇の上に無造作に置かれている教科書ガイドを整えると室内を見渡すように視線を巡らせ、窓枠に背中を預けるようにして立ちながらこちらを見ている純一郎と目を合わせてしまった。あわてて目線を逸らした由衣だが、純一郎が近寄ってくる気配を見せないためにもう1度そちらをそっと見る。純一郎はぱっちりした目で由衣を見つめたまま何も言わずにたたずむのみで動こうとはしていない。だが、ゆっくりと右腕を上げていき肩の高さで止めると指を開いて銃の形を作った。


『忘れるなよ』


という風に大きな口の動きで声に出さずにそう言うと、ニヤリとした笑いと共に手の銃を撃って手首を上げた。由衣はそんな純一郎を凝視したまま何の動きも見せなかったが、今見せた純一郎の瞳の奥に何か冷たいものを感じていた。結局その後、純一郎は一度も由衣と目線を交わすことなく教室を後にしてすぐさまバスに乗り込むのだった。由衣もまたその後を追うように教室を出て戸締まりをすると眼下で騒ぐ生徒たちをぐるりと見渡した。既に外に出ている者は数名になっており、皆バスに乗り込んでいる姿が確認できる。小さなため息を残して階段を下りかけた由衣はふと何気なく階段の後ろ、塾でいうところの駐輪場へと目をやり驚きの表情を浮かべた。そこに人らしき影がうずくまっているのが見えたのだ。あわてて階段を駆け下りた由衣は駐輪場に向かってダッシュをし、さっき見ていた場所に目を凝らした。


「恵さんっ!」


しゃがみ込むというよりは座り込み、うなだれるようにしている人影はやはり恵であった。何気なしに階段の上から見たとはいえ、まさかという思いで近づいてみればこれである。あわてて顔を覗き込むが目を閉じ、苦悶の表情を浮かべているのみで反応が薄い。助けを呼ぼうと前を向けば今まさにバスが出ようとしているところであり、人影は見あたらない。


「待ってて。絶対動いちゃダメよ!」


聞こえているかどうかはわからないが大きめの声でそう言い残し、光二の姿を求めて職員室のドアを勢いよく開け放った。そのあまりの勢いに中にいた光二は身をすくませていたが、由衣の表情から異変を感じ取りすぐに険しい表情を見せた。


「来て!恵さんが!」


その言葉が言い終わる前には既に走りだしていた光二は靴もそこそこに、すぐさま由衣の指さす方へと駆けた。そして恵の前に滑り込むようにやって来るとその顔を覗き込めば、暗闇の中にあっても光二の目にはその顔がはっきり見える。呼吸も薄く顔色も悪い。心配そうな由衣に簡易ベッドの準備をするよう指示すると、うなだれる恵を抱き起こしてお姫様抱っこの形へと持っていった。ここでようやく顔を上げて目を開いた恵は何かを言おうとしたのだが、それすら光二に制されて黙り込んだ。どのみち満足に声も出せない状態であったのだが。とにかくそのままゆっくりと恵に負担をかけないように気を配りながら職員室へと運んだ光二は由衣が整えた簡易ベッドの上に恵を寝かせると、その下半身に毛布を掛けてあげた。


「吾妻さんは青山さんを看てて、僕は塾長を呼んでくるから」


もう既に東塾に向かったかもしれないとは思いつつ、とにかくすぐ近くの康男の家へ向かう光二の後ろ姿を目で追いながら、由衣は恵の額にそっと手をおいて熱が無いかを調べるようにした。軽い貧血かどうかはわからないが、熱はないようだ。恵は目を閉じたまま苦悶の表情を浮かべ、やや荒く肩で息をするようにしている。しばらくして戻ってきた光二の背後に康男の姿を認めた由衣はほっと胸を撫で下ろした。


病院に連れて行こうとする康男たちを制したのは他でもない恵本人であった。寝かせてから10分ほどで起きあがれるまでに回復した恵が言うには、駐輪場付近まで帰ってきたところで急に気分が悪くなり、しゃがみ込んだら目の前が真っ暗になって意識が朦朧としてきたと説明した。そんな恵を病院へ運ぼうということになったのだが、恵はがんとしてそれを受け入れなかった。仕方なく康男が自宅へ送っていく事となり、強制的に明日は休ませてその後は様子を見る事でとして何とか納得させた。恵がしていた仕事は光二が引き継ぎ、由衣がそれをサポートするという事で恵の抜ける穴を補うよう指示した康男は弱々しくうなだれる恵を抱えて職員室を後にした。何度も謝る恵を笑顔で見送った2人は、とりあえず合宿の為のお金の計算と問題集の整理から始めることとなった。


「うん、だから当分メールとかいつもの時間にできないかも・・・うん、ゴメンね・・・」


スマホを耳に当てながら、由衣はチラリと時計に目をやった。時間はすでに午後十一時を回っている。家にはとりあえず緊急事態で康男の家に泊まると連絡を入れ、康男からも謝りの電話を入れてもらっておいた。そして今、今日の定刻メールが来ないことに不審を抱いた周人から来たメールを見た由衣が周人に電話をかけたのだった。


「うん、私は無理しないから。というか周人に言われたくないけどね」


そう言うと可愛らしい声で笑う由衣はしばらくの沈黙をおいて一言二言言葉を交わすと、東塾へ向かう準備をしていた康男にスマホを差し出した。


「え?何?」

「周人が替わってくれって」


そう言われた康男は可愛らしいクルーピーのストラップが付けられたスマホを受け取ると、それを左耳に当てながら目の前に置いた鞄の中身をチェックした。


「こんばんは。久しぶりだなぁ・・・相変わらず忙しいみたいだけど、元気にしてるのか?」


そう前置きをして話を始める康男を見上げていた由衣は小さな笑みを浮かべると台所へと向かった。そうして2人分のコーヒーが入れ終わる頃、康男が電話を終えて由衣にスマホを返しにやってきた。


「ありがとう、はい」

「ども」


再びスマホを耳に当てながらパソコンと悪戦苦闘する光二の机にコーヒーの入った紙コップを置いた。香ばしい匂いが鼻を刺激し、光二は自然な笑顔を由衣に返しながらそのコップを手にとって香りを楽しんだ。


「うん、じゃぁ、一応こっちからメールするね?うん、おやすみなさい、頑張って!」


最後の一言に言いしれない愛情を感じながら、光二は2人の関係がすこぶる順調であること読みとった。


「じゃあ行くよ、すまないが後はよろしくな」


康男は鞄を肩からかけると片手を挙げて2人にそう告げた。一応由衣の電話が終わるまで待ってくれていたのだ。


「嫁さんには言ってあるから眠くなったり疲れたらウチへ行くといい。夜食も用意できるから。それにお風呂もね。特に吾妻さん、キミを倒れさせたら木戸君にマジで殺されるからね・・・頼むよ!」


最後は冗談なのか本気なのかわからない言葉を残し、康男は部屋を後にした。由衣は台所から自分の分のコーヒーを手に取るとプリントが山積みされた自席に戻って肩をほぐすように首を回した。


「木戸さん、かまわないって?」


一旦パソコンから手を離した光二がコーヒーに手を伸ばす。由衣は入れたてで熱いコーヒーをフーフーしながら口へ運び、それからうなずいて見せた。


「うん、緊急事態だからね・・・あと、三宅君に伝言があるよ」

「何です?」

「『襲うならそれ相応の覚悟を持ってどうぞ』、だってさ」


思わず口にしていたコーヒーを噴き出しそうになった光二は顔を引きつらせて乾いた笑いをするしかなかった。ニヤリとした笑いを含めてそう言った由衣は今の光二の動きを見てケラケラと無邪気に笑うのだった。


「『覚悟』って・・・・襲う度胸もなければ木戸さんにケンカ売る度胸もないですよ」


気を取り直してコーヒーを口に運びながらそう言う光二に、由衣は笑顔を向けた。


「生まれてから2度襲われてるからね・・・2度あることは3度あるっていうし・・・」


ジトっと横目で光二を見つつ、どこか冷たい口調でそう言う由衣に引きつった笑顔を返すのが精一杯の光二はその視線から逃れるように斜め上の天井を見上げるようにしてみせた。


「ふふ・・・でも、ま、私が襲われる時は必ず周人が助けてくれてるの」

「そうなんですか?」


天井から自分へと視線を戻す光二にうなずく由衣は両手でコーヒーの入ったコップを包み込むようにしながら目の前にある窓の方へと視線を向けた。今日も蒸し暑い夜の為、冷房ならぬ除湿を行うエアコンが頑張れるように窓は閉められている。


「きっと、死んだ周人の元カノが、恵里さんが助けてくれてるんだって、私は思ってる」


周人の過去については昨年の事件をきっかけに由衣と康男からある程度の事は聞かされている。『キング』に彼女を殺された周人の復讐劇、その結果をすべて聞いていた光二は果たして自分ならそこまで出来たかどうかを真剣に考えた程であった。


「一つ、聞いてもいいですか?」


どこか遠くを見るようにしていた由衣はその顔を光二の方へと向ける。恵の席を空けて1つ向こうに座る光二だが、その由衣の表情に思わず息を呑んでしまった程、それは美しいと言えた。


「正直、その亡くなった彼女さんの事、気になりませんか?」


その言葉に少し首を傾ける由衣の耳を覆っていた髪が芸術的に口元へと流れていく。どこか憂いに満ちた表情とその仕草は見事にマッチし、由衣の美しさを際だたせてますます光二の心臓を高鳴らせた。


「そうだねぇ・・・・気にならないと言えば嘘になるけど、でも、う~ん・・・実際余り深く考えた事はないなぁ」


その言葉を口にする由衣の表情は笑顔であった。その事からも、以前由衣が周人の全てを受け入れていると言っていた康男の言葉を思い出し、それが嘘偽り無い事に光二は小さな笑みを浮かべてうなずいた。今の言葉に微塵も嘘が無いことは明白であり、一言一言に愛情が滲み出ている事からも由衣がどれだけ周人を好きかが手に取るように伝わってきた。


「あなたは木戸さんにとって、最高の彼女ですよ・・・」


光二はそう言うと、少しうらやましげな表情でパソコンの画面を見た。そんな光二の横顔を見ながらありがとうと言う由衣は照れた顔を隠すように机の上に置かれたプリントを丁寧な仕草でめくっていくのだった。


テスト期間中は主に自主的に自由に勉強させるのみで授業らしい授業は行わないようになっていた。メインはやはり翌日のテスト科目の勉強であり、担当講師は生徒の質問に答えるためだけにいるようなものである。とりあえず週末はしっかり休みを取った恵は月曜日から復帰してきた。以前よりは随分顔色も良くなり、元気になったとはいえまだまだ無理はさせられない。由衣にも負担をかけまいと光二が毎日遅くまで、徹夜もしながら頑張ってフォローをしてくれていたおかげで恵はテスト週間であるこの週をほぼ毎日、昼からやって来て夜十時には帰るという規則正しい生活に戻っていた。合宿の手配も無事終了し、あとは合宿まで比較的のんびり出来る状態にあったせいか、テスト週間最後の金曜日は久々に中学生担当のバイト講師3人と恵を入れた4人で行きつけの居酒屋へと足を運んだ。以前はよく来ていたこの居酒屋に来るのも久しぶりであり、まともに来るのは3ヶ月ぶりとなっていた。お互いの労をねぎらい、恵の回復を祝っての事だったが相変わらず忍は由衣や恵にちょっかいを出し、光二がそれを押さえるような感じで約2時間のささやかな宴会は幕を下ろした。一旦塾へと戻った4人だったが、忍はすぐに帰宅し、残った3人は食後のコーヒーを飲もうと言うことになって職員室へと戻った。あと1週間もすれば夏休み、そのさらに1週間後には合宿となる。


「そういえばさ、付き合ってもうすぐ1年じゃない?確か木戸クンが帰ってきたあの感動の再会をした日って・・・来週よね?」


全ての明かりは灯さずに、恵たちの席がある机の上のみ電気が点いていた。あとは光二がコーヒーを入れている台所が明るいのみで、窓の外も夜中であるため当たり前だが真っ暗であった。この辺もかなり多くの家が建ってきたのだが、相変わらず外灯が少ない。正直、夜中にこの辺りを歩くには男でも少々勇気がいるほどなのだ。


「そうですよ。でも今んところ何かしようっていう予定なしですけどね」


ギシッという音を鳴らしながら椅子をきしませて背もたれに体重をかけた。モデルのバイトをしているだけあってプロポーションも抜群の由衣は恵から見ても可愛いと思えるほどの表情を自分に見せている。


「3年想い続けてようやく・・・で、1年の記念に何もないなんて・・・それって寂しくない?」

「でも、平日だし、都合あわないし・・・・」

「納得できるの?」

「できるよ。それにお盆休みに実家に連れてってくれるって言ってるから、多分その時何かするでしょうけどねぇ」


何故か聞いた自分が寂しくなるような回答に本当に納得出来ているかどうかまではわからない恵であったが、周人の実家に行くという言葉を聞いてパァッと表情を明るくさせた。その表情を見た由衣は嫌な予感に襲われながらも、恵自身が随分回復しているなとも思っていた。以前であれば疲れからか、食いつく話題でもこうまで明るい顔をしなかったからだ。


「へぇ・・・じゃぁ・・・おいおい、結婚かぁ?」


まるで近所のおばさんのような口調にため息をつく由衣。そんな2人の様子を笑顔で見ていた光二は2人の席の間に立つとそれぞれの机の上にコーヒーの入った紙コップを丁寧な仕草で置いていった。


「もう!なんでいきなりそうなるかなぁ・・・一応ご両親に挨拶と、恵里さんのお墓参り。私、行ったことないからさ、周人の実家に」


今日はアルコールを口にしたのは忍だけであり、ここにいる3人は皆ウーロン茶やオレンジジュースを飲んでいたのだが、まるで酔っぱらいがからむように恵は由衣を攻撃していく。


「両親に挨拶っていえば、自動的に嫁としての資質を見られるわけじゃん?果たしてどうなるのやらねぇ~・・・」


まるで老婆のごとき嫌な笑いをしてみせる恵の言葉にもはやあきれるしかない由衣であったが、実際周人の実家へ行くというだけでもかなりのプレッシャーがあった。『誰かを守るために』と教え込んだ技を復讐という名の暴力のみに費やした周人を勘当同然にした父親の事も聞かされている由衣にとって、『周人の父』というイメージは怖く、厳格で無口な強面の男性という風にしか想像できない。実際周人は『由衣には弱いと思うよ』と話してくれたが、こればかりは実際会ってみないとわからない。そこで『将来の木戸家の嫁』として失格の烙印を押されたりした日には将来的に前途多難な事は容易に想像ができる。


「もう!そんな風に言われたら怖くなるじゃない・・・」


口を尖らせてうつむくようにした由衣は膝の上に置いた手をせわしなく動かしてそう言った。さすがにそれを見て冗談が過ぎたなと反省した恵はピロッと舌を出しながら素直に謝った。


「ゴメン!でもさ、1年の記念はしておくべきじゃない?」

「う~ん・・・でもそれも考えもんだなぁ」

「なんでです?せっかくの記念なのに」


自分の分のコーヒーを取りに台所に行っていた光二が戻ってきて席に着きながらそう質問を投げた。たいがいのカップルは1年毎に何か記念品を買ったり、それなりに豪華な食事をしたりするものだ。実際光二自身も彼女ができた際にはそうするだろうと思えた。


「別に特別何かして欲しいとか思わないのよねぇ・・・」


由衣は頭の後ろに両手を持っていき、背もたれに体重を預ける。そんな由衣を不思議そうに見てから、恵と光二は顔を見合わせて首をひねった。


「昔のあんたからは想像もできない言葉だわ・・・」


恵はそう言うと小さな思い出し笑いをしてみせる。笑われてしまった由衣はプイっと恵と反対方向にある窓の方へと顔を背けて少々赤くなっている顔を気付かれまいとした。どうやら昔の自分を持ち出されるのが嫌そうな由衣を見て光二は苦笑を漏らして見せたが、今の由衣しか知らない光二にとって彼女が紀子や純一郎と同じようだったとはまるで想像できないのだった。


「木戸クンを大事にしてあげてね」


かつての恋敵、周人にフラれた女性からの言葉に由衣は恵の方へと顔を戻し、真剣な面もちでうなずいた。そして今の一言から恵の周人への想いを感じ取った光二は何故か心がチクッと痛むのを感じるのだった。

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