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くもりのち、はれ  作者: 夏みかん
第九章
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雪の中の告白(3)

まぶしい夏の日差しが容赦なく照りつけているのだが、不思議と暑さは感じない。雲1つない青い空は果てしなく続いており、照りつける太陽のまぶしさのみが感覚として伝わってきている。他には何を感じる事もなく自分が素っ裸であることも、周りが草原で他には何もないことも変だとは感じないのだ。そんな草原の真ん中に自分と同じく裸の少女が膝を抱えるようにして座っている後ろ姿が見て取れる。何も考えずにそこへ向かった周人は、これまた何も考えずにその少女の横に座った。ショートカットの髪が緩い風に揺れているのだが、自分はその風を感じる事はなかった。あぐらをかいて座る自分を感じたのか、かすかに少女の頭が動いた。


『どうしてそんな暗い顔をしてるの?』


少女は前を向いたまま、決して目を合わせることなく膝にアゴを乗せてそう質問をしてきた。自分に顔を向けることも、視線を送ることもせずに何故表情を読みとることが来たのだろうか。だが、そんな疑問は一瞬の事で、すぐに頭の中から消え去っていく。自分ではそんな事は意識していない周人は怪訝な顔をしてみせるしかない。


『私が、そうさせているのかなぁ?』


少女は全く動かずにそう言う。可憐な声がいやに頭に響いてくる。懐かしさをどこかに感じつつ、周人は小さくかぶりを振った。


『違うよ・・・・』

『違うこと、ないよ』


やや暗めの声でそう言う少女はそこでようやく周人見やった。懐かしい、それでいて会いたくてたまらなかったその顔を向け、少女は薄く笑った。だが、その懐かしさもすぐに無くなり、周人は心が痛くなるのを感じた。その顔は可愛いという部類に入るだろうが、特別目を引くほどの可愛さではない。だが、その雰囲気がそう感じさせるのか、周人は少女を可愛いと認識していた。


『だって、私はいつも周人を見てるんだよ?』

『え?』

『気付いていないのは、周人だけ』


笑いながらそう言う少女の短い髪を風がふわりと後ろへと流した。だが隣にいる周人の髪は全く動くことはない。


『でも、今日はよく笑ってたね・・・』

『楽しかったから、ね』


その周人の言葉に嬉しそうに笑う少女とは対照的に周人はやや困った顔をしてそっぽを向いた。その時、さっきまで何も感じなかったはずの強い風が周人を襲い、もう目を開けていられないほどのその風から顔をかばうように両手でガードをした。だがその瞬間、風はぴたりと止むといつの間に立ち上がっていたのか、少女は周人から少し離れた場所に立っていた。


『その気持ちをまっすぐに受け止めて・・・そして笑顔を彼女にあげてね』


優しい口調でそう言う少女の体が太陽のように徐々に輝き始める。慈しみの表情を見せる少女を凝視できないまま周人は立ち上がり、少女のそばに近寄ろうとするがもはやまぶしくて目を開けていられない。それでもなお足を進めようとするのだが、次第に身体が重くなってきており、いうことをきかないのだ。


『でも、オレが欲しいのはお前の笑顔なんだ!お前が笑わせてくれよ!笑顔をくれよ!』


まぶしさから目をギュッと閉じながらそう叫ぶ周人。泣きそうなその顔を見る少女はつらそうにしながらジッとしているが、周人にはそれが見えなかった。


『そうかなぁ?それは逃げてるだけ。その理由に私を使われて、私が笑うと思う?』


突き放すようにそう言う少女の言葉にもはや返す言葉を失った周人は両腕で目をかばうようにしながらなんとか目を開こうとした。だが、まぶしさは最高潮に達しており、視覚が失われていくのを感じるのみだ。


『私は周人が笑えば一緒に笑ってるんだよ?』

『でも!』

『笑って、周人!』


薄く開いた目に飛び込んできた少女の顔はとびっきりの笑顔だった。輝きの中で、その笑顔だけが脳裏に焼き付き、周人は光と共に自分も溶けていくような感覚に襲われるのだった。


開いた目に飛び込んできたのは見慣れた白い天井だった。息は荒く、鼓動も激しい。何か大切な夢を見たような気がするのだが、それが何だったのかはよく思い出せない。ただ思い出せるのは『恵里』の笑顔。それもとびきりの笑顔であった。しかしその笑顔も少しずつ薄くなっていく。しばらくすると、それがどんな笑顔だったのかすらもう思い出せなくなっていた。ギュッと目を閉じてそれを思い浮かべるのだが、もうダメだった。身を起こして上着を羽織ると時計を見る。時刻は午前2時ちょうどだった。ベッドから降りて向かったキッチンの冷蔵庫からパック入りのオレンジジュースを取り出すとそれをラッパ飲みする。空になったそのパックをゴミ袋の中に入れてリビングへと戻るとテーブルの上のあるタバコを手に取った。それに火を点けようとライターを手にした周人はそのライターをマジマジと見つめた。両サイドにあるピンク色したハートマークが暗闇の中でもはっきり見ることができた。不意に由衣の顔が脳裏をよぎり、それはやがてとびっきりの笑顔に変わった。それは今見た夢の中の『恵里』の笑顔とどこか似ている気がした。『恵里』の笑顔も可愛らしいと思ったが、由衣の笑顔の方が鮮明に思い出せるせいかやはり由衣の方が可愛いと思えてしまう。実際、『恵里』よりも由衣の方が美人であり、笑顔だけではなく全てにおいて由衣の方が勝っているだろう。


「オレは・・・・逃げていたのか?お前のせいにして・・・」


夢で聞いた恵里の言葉が、忘れていたその言葉が不意に脳裏に浮かんだ周人は1人そうつぶやいた。だが、答えをくれる者は誰もいない。周人はくわえていたタバコに火を点けることなく箱にしまうと、おもむろにライターに火を点けた。しばらくその火をぼんやりと見つめていた周人は大きなため息をつくと小気味のいい金属音を響かせて蓋を閉じ、火を消すのだった。


周人との最後のデートから2日後、ふらりと塾にやってきた由衣は元気いっぱいに職員室のドアを開いた。そこでは1つのパソコンを囲んで康男と米澤が座っており、勢いよく開いたドアに驚いて振り返ったという表情をしていた。


「なんか、やらしいことしてますぅ?」


そんな2人の表情を見ながら目を伏せがちにそう言う由衣に、2人は無言で首を横に振った。そのままツカツカとやってきた由衣はパソコンの画面を覗き込んだが、お金の金額とおぼしき数字が表の中に書き連ねられているのみであった。インターネットでいやらしい画像でも見ていたのかと思っていた由衣にとってはそれはつまらないことで、すぐ横の椅子に腰掛けると不思議そうな顔をする2人を交互に見やった。


「何です?」

「いや、何しに来たのかなって」


そう言われてやって来た理由も告げてないことに気付いた由衣は照れた笑いを浮かべるとおもむろに立ち上がり、深々と頭を下げて見せた。


「おかげさまで無事合格できました。ありがとうございました!」


その言葉に康男も米澤も笑顔になると由衣にねぎらいの言葉をかけ、高校生活を頑張るようにとエールを送った。そんな由衣にコーヒーを準備する米澤をよそに康男は少し意味ありげな微笑みを浮かべると、そんな康男の態度に眉をひそめる由衣を見やった。


「聞いたよ・・・木戸君とデートしてたって?もう付き合ってるんじゃないかって思えるほどのラブラブぶりだったってねぇ」


その言葉を聞いた由衣は鼻をフンと鳴らすと肘をついて少しすねたような顔をしてみせた。もっとラブラブになれたかもしれないチャンスを潰した数々の出来事を思い出したのだ。その様子から何かあったのだなと悟った2人はコーヒーを飲みながら由衣の話を聞くのだった。結局告白するタイミングを全て逃してしまった由衣に同情をしてみせるのだが、どうしても笑いがこみ上げてきてしまう。なぜなら3度のタイミング全てが予想できない理由で台無しになっているからである。


「ハトに新城君にお母さん・・・・ついてなかったとしか言いようがないねぇ」


笑いを必死でこらえながらそう言う康男を睨む由衣だったが、大きなため息をつくのみで何の反論もしなかった。実際タイミングを失った事実はしっかりと受け止めている。


「私のこの恋は実らないってつくづく思った・・・・」

「でもそれは告白してみないとわからないんじゃないか?」


米澤のその言葉に由衣はうなだれるようにして首を横に振った。


「あの日のために必死に勉強して合格したのに・・・こうもタイミングを逃されたらもう何か気持ちが宙ぶらりんこだもん」


たしかに張りつめていたものが一旦途切れてしまっては、またそれを復活させるまでには時間がかかってしまう。それに相手はもうすぐ社会人となってしまい、そうそう時間が合わなくなってしまうのだ。うつむく由衣を見ながらすごく楽しそうにしていたという新城とかすみの報告を思い出す康男は、もはや彼女をおいて『恵里』の幻影をうち破れる者はいないと思っていた。もしかすれば、気付いていないだけで周人も由衣を気にしているかもしれないのだ。すごく自然な2人に見えたという新城の言葉からして、由衣と過ごしている時間は『恵里』の存在が消えていると推測できる。ならば、そこに周人自身が気付けば光明は見えてくるかもしれない。そう考えた康男はある提案を思いついた。


「よし、そんじゃぁ一肌脱いでやろうじゃないか」


康男のその提案に米澤は顔を上げた。由衣は俯き加減ながら上目遣いに康男を見やる。


「木戸君には本当に世話になった。だからお返しをしたいと思っていたんだ。これがそのお礼になるかはわからんが・・・」


そう言うとポケットから携帯を取り出し、メモリーを操作してどこかへ連絡を入れ始める。どこへかけ、どんな内容かはイマイチ把握出来なかったが、どうやら知り合いの店に電話をかけている風だった。


「明日の夜、空いてる?」


電話の途中で通話口を押さえながら由衣にそうたずねる。とりあえず予定のない由衣はうなずいたが、何がどういう話になっているか全く検討もつかない。やがてしばらく会話を続けた後電話を切った康男はまたすぐにどこかへと電話をかけはじめた。その相手が誰かを知った由衣は驚いた顔をして康男を見上げた。


「木戸君?久しぶり、大山です」


その言葉を聞いた米澤はニタリと笑うとだいたいの筋書きを理解したのか、自分の携帯を手に外へと出ていった。そんな2人を交互に見ながら、由衣は不安と期待が入り交じった不思議な心境に陥っていた。2人が一体何を考えたのかが全くわからないのだ。


「ところでさ、明日の夜なんだけど、都合空いてるかなぁ?」


簡単な挨拶の後、周人にもその質問を投げた。さっきの自分への質問と同じ言葉を投げたため、由衣はドキドキしながらたまに自分を見る康男の会話に耳をそばだてた。


「ちょっとオレを助けると思ってある人物に会って食事だけでもしてくれないか?」


手の平に汗をかきながら、由衣は周人がどういった返事を返すかをジッと待った。


「あー、そう?んーとね、女性だ・・・ダメか?君じゃなきゃだめって事は無いんだけど、社交性に富んだ人材を他に知らなくて・・・・うん、そう・・」


どうやら周人が渋っている感じがわかったのだが、次に康男が発した言葉に由衣は顔を上げた。


「お!そうか、すまんなぁ・・・・じゃぁ明日の7時にだな・・・・木戸君の家ってFAXあったっけ?ある?んじゃぁあとで地図をFAX入れるから・・・・携帯?じゃぁ両方入れておく。おうおう、すまない、いやぁ・・・・・そしたらまた、うん」


そう言って電話を切った康男は紙を1枚取り出すと、簡単な地図を書き始めた。その下には『19時、予約名は大山、きちんとした格好で(髪型も!)』と書き加え、周人の家にFAXを流し始めた。その後、携帯にもその紙を写真に撮って携帯でメールをする。ただ何も言わずその作業を見ていた由衣が質問をしようとした矢先、外から米澤が戻ってきた。


「吾妻さん、明日はまるまる1日空いてるかな?」


寒そうにしながら戻ってきた米澤はさっきいた席につくと由衣にそう聞いた。由衣はうなずきながらも何でと聞いた。当然の質問だったが、米澤は明日のお楽しみとだけ答え、明日朝10時に家まで迎えに行くとだけ告げた。FAXを入れ終えた確認音を聞きながら戻ってきた康男に不安そうな顔をして見せる由衣は自分だけが何も知らない、その自分に何をさせたいのかわからないせいか唇を尖らせてすねたような表情を浮かべる。そんな由衣の気持ちを察したのか、康男はまじまじと由衣を見つめた。


「君にチャンスはあげるが、これが最後だ。後悔の無いようにな」


そう前置きしてから、康男はこの計画の概要をざっと説明するのだった。


昼ご飯の後片づけをしている周人の耳にピーっというFAXの確認音が聞こえてくる。さっきの電話で康男が言っていたFAXだと、濡れた手をタオルで拭きながらその紙を手に取った。どうやらさくら谷から山の方に向かった夜景が綺麗なことで有名な日下山の頂上近くにあるフランス料理の店までの地図が書き記されているようだった。下の方に書き添えられていた注意事項も読んだ周人は大きなため息をつく。どこの誰でどんな女性かは会えばわかると言われたものの、康男のたっての頼みでなければすぐさま断っていたところだ。それにその話を聞いている間、どこか由衣に悪いような気がしていた。だがその気持ちをかき消し、就職用にと母静佳が用意してくれた薄い紺色のスーツをこのマンションに備え付けてあるクローゼットから取り出して壁に掛けた。ネクタイは赤紫の地色に白いラインが複雑な模様を描く物を選んだ周人は再度深々とため息をついて再度そのFAXと携帯を眺めるのだった。何故自分を指名したかはわからないが、世話になった康男の最後の頼みであると考えてOKしただけである。相手が誰であるかなど想像も出来なかったが康男のことだ、意外な人物でも準備しているだろうと睨んでいた。


「まさか・・・青山さんとかじゃぁ・・・ないよな」


自分にそう問いかけるが、もちろん答えは出ない。だが由衣であるかもしれないといった予想は全く浮かばなかった。周人はまたまた大きなため息を漏らすとキッチンへと戻り、洗い物の続きをしながら横に置いたFAXを何度も見やるのだった。


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