雪の中の告白(4)
翌日はどんよりとした分厚い雲が寒空を演出し、その寒さもまた格別であった。前線が張り出してきていると言っていた天気予報は雪のちらつく場所もあるとも告げていた。そんな寒さの厳しい中、時間通りに迎えに来た米澤が由衣を連れて行った場所は雑誌でも紹介されている有名なヘアデザイナーが経営する美容院であった。時々芸能人のヘアメイクすら担当するというそのヘアデザイナーの名前は三好涼子、かつて康男がN県にいた時に教えていた塾の生徒であった。いわば周人や由衣の先輩に当たる存在である。昨日ここに連絡を入れた米澤は今でも彼女と時々会って食事をするほどに仲が良かった。そんな彼女の店は今日は定休日であったのだが、米澤の頼みとあって急遽店にやってきていたのだ。もちろん定休日なので他の従業員はいない。2人を迎え入れた涼子は由衣を見て微笑むと、椅子に座るように丁寧にうながした。
「彼女の可愛さが引き立つようにして欲しいんだ。出来ればメイクと服のコーディネイトのアドバイスも欲しいんだけど」
そう言われながらもしばらくまじまじと由衣の顔を眺めたり、肌に触れたり髪を触っていたりしていた涼子はやりがいがあると言うと仕事道具を用意して由衣の横に立った。正面にある鏡越しに由衣を見やった涼子は満足そうに微笑むと、その耳元に口を近づけた。そして
「そんじょそこらのアイドル以上にしてあげるからね」
とつぶやいたのだった。涼子が見た限り、今売り出し中の人気アイドルである赤瀬未来以来感じたことのない何かを由衣の中に見いだしていた。未来はグラビアをメインとしながら歌、ドラマ、CMと引っ張りだこの近年まれに見ぬ超アイドルといった存在だ。その可愛らしい容姿に人気が集中していたが、屈託のない性格もまたその人気の1つである。そんな未来を始め数多くのアイドル、そして女優を手がけてきた涼子にしてみても化粧気すらない由衣を劇的に変化させたいという欲求が心を満たしていく。彼女がまだ中学生であることを知らない涼子は由衣の髪をさわりつつその構想を頭に描いていった。
「髪、切っちゃうんですか?」
少々心配になった由衣が恐る恐るそうたずねる。髪は今の長さが気に入っており、短く切られたくなかったのだ。涼子はほんの少しだけねとだけ言うと、金色の、自分専用のはさみを取り出すのだった。かなりのお得意さまや芸能人以外で自らがその金色のはさみを入れる事は少なくなっている涼子は、由衣がいつも通っている美容院の担当を遙かに超える素早い手つきでてきぱきと作業をこなしていくのだった。その手さばきは見事なもので、由衣は鏡の中の自分が変化を遂げていく様をまるで別人のように見つめながら完成を待つ。そんな様子をうかがいながら雑誌を読んでくつろぐ米澤が仕上がった由衣の劇的な姿を見て言葉を失ったのは言うまでもなく、由衣本人すらも言葉が出ないほどだった。そんな2人を見て満足げな笑みを浮かべる涼子は道具をしまうとすぐさま知り合いの店に電話をかけ始め、2人を伴って店を後にするのだった。
周人の家から地図で書かれたレストランまでは約1時間かかる。最低でも10分前には着く計算を入れて家を出た周人は緩やかな上り坂で山頂まで伸びる道路を走っていた。この山の頂上には綺麗な景色を見ることができる展望台があるのだが、チケットがなければそこへは入れないようにしてあった。というのも、少し前までこの辺を暴走族や走り屋がのさばり、危険な運転を繰り返していたからなのであった。途中で厳重な検問所があり、そこでチケットを購入していないと山頂まではたどり着けないようにされていた。そのすぐ脇にはパトカーも止めてあり、不審車両やゲートを突破しようとする者などはその場で取り押さえられてしまうのだ。とりあえずその山頂までは用が無い周人は、その山の中腹にある結構広めのレストラン横にある駐車場に車を止めた。それなりに客は多いようで、結構な数の車が駐車されていた。このレストランは元々ここにあった山荘を改造してあるようで、外見通りまさに茶色い屋根に白い壁で出来た2階建ての大きさがあるのだが、実際は1階フロアしかないといったどこにでもある山荘そのものであった。用意したスーツに黒いロングコートを羽織った周人がアーチ状となっている入り口をくぐる。時間は予定よりも早く十五分前であったが、きちんとした制服のウェイターが丁寧な仕草で席まで案内してくれた。豪華なシャンデリアが天井から吊され、明るさを押さえたろうそくの形をした電球が壁沿いを埋めている。全部で三十席あるテーブルのうち、一番奥の景色がいい場所に案内された周人はウェイターにコートを預けると、入り口を背にして引かれた椅子に腰掛けた。すると奥からオーナーとおぼしき人物が現れて周人に一礼をしてみせた。
「お連れの方がお見えになってからお飲物とお食事をご用意させていただきます。大山様から全てのお代金及びお料理内容をたまわっております、どうかごゆっくりとおくつろぎ下さいませ」
丁寧な口調でそう言い残し、もう1度礼をするとすぐさまオーナーは去っていってしまった。まさかお金まで全て康男持ちだと思わなかった周人は苦々しい表情を浮かべながらも言われた女性が来るのを待つことにした。今日は夕方からかなり冷え込み、3月も終わりだというのに小雪がちらつくと言っていた天気予報もまんざら嘘ではなさそうな分厚い雲で空は覆われていた。星もなければ月も見えないが、眼下に広がる綺麗な夜景は山の合間から光のオブジェを演出していた。流れ行く赤と白の光の川は高速道路か何かだと推測できる。店にいる客は皆タキシードや、芸能人などがよく着ているような派手目なドレスを身に纏っている。普通のスーツを着ている自分がまるで場違いであるような気がしてならない周人は苦い心境におちいってしまった。ここは菅生のような企業の社長クラスが利用したり、政治家なども行きつけとしている超高級レストランである。それゆえ、雑誌などには全く載らないのだ。康男に言われた通り髪型もしっかりと決めてきた周人だったが、緊張は隠しきれない。ここで全く知らない女性と会って何を話せというのか。そういう自分を落ち着かせようとタバコとライターをテーブルの上に置いて灰皿を引き寄せた周人だったが、もし相手の女性がタバコを嫌う人であってはいけないと判断してそれを懐にしまい、灰皿を元あった場所へと戻した。昨日はどんな女性が来るのか気になっていたのだが、今は正直あまり興味がない。さっさと食事を終わらせて帰りたいのだ。第一ここで何をどうすればいいのかすらわからない周人は来たことを少し後悔しながら緊張した気持ちと表情で時計を見た。時刻はもうまもなく午後7時である。大きく深呼吸して緊張をまぎらわすようにし、入り口の方を振り仰ごうとしたその時、ウェイターが周人の元へとやって来たためにあわてて正面を向いた。
「お連れの方がお見えですので、まずお飲物のご用意をさせていただきます」
そう言うと一礼して厨房の方へと姿を消した。無意識的に少し服を直して姿勢を正したその周人の横を、コロンの甘い香りをともなってその女性が姿を現した。女性を横目でしか見れずに正面を向いたままの周人の緊張も極限に高まる。まず淡いピンクのドレスが目を引いた。白いハイヒールに胸元を強調したフリルも印象的であった。背中も大きく開いたそのドレスを身に纏った女性はウェイターが引いた椅子に優雅にゆっくりと腰掛けると、頬を薔薇色に染めてはにかんだ、それでいて美しい笑みを浮かべた。周りの客からも感嘆の吐息が漏れるほど美しいその女性は、周人がよく知っているある少女によく似ていた。だが、しっとりしたその髪は優雅にカーブを描きながら横に流れ、それでいてボリュームをもって巻き上げるようにしてあった。胸元までカールを巻きながら垂れた髪もしなやかである。艶やかでこれまたボリュームのあるピンクのルージュはドレスのカラーに合わせているようであった。髪の一部を赤いリボンで留め、それがドレスのフリルと絡み合って模様のようにコーディネイトされている。そして薄く化粧され、マスカラではっきりした二重瞼を強調しながらも、自分本来の大きな目をくりっとさせたその女性は笑みを絶やすことなくさっきよりはっきりと頬をバラ色に染めていくのだった。
「こんばんは、周人さん」
透き通るようなその美声は大人びているが、まさしく由衣の声である。ただただ驚きの表情を浮かべて華麗な変身を遂げた由衣に魅入っていた周人は、もはや思考が麻痺した状態でこんばんはと感情のない返事を返すのが精一杯であった。
グラスに注がれる薄い琥珀色したシャンパンのアルコール度数がない物が選ばれていた。それは車で来ている周人と、まだ未成年である由衣を気遣っての選択だと理解できた。目の前に座る由衣は恥ずかしそうな微笑みを浮かべたままジッと周人を見つめ続けていた。見つめられた周人は顔を赤くしながらぽかーんと口を開けたまま、胸が痛いほど鼓動が高鳴るのを感じているのみである。何がどうなってこうなったのかもわからない。だが、康男がこの席を用意した事を考えれば由衣が真相を知っていることは間違いなかった。だが、その質問をする前に由衣がしなやかな指でグラスを手に取った。あわてて周人もグラスを持つと、どこかぎこちない笑みを浮かべてみせる。
「今夜に、乾杯」
我を忘れて由衣に魅入っていた周人もあわててその言葉に続いた。
「あ、ああ、かん・・ぱい・・」
グラス同士が重なり合うチンという綺麗な音が響いた。上品にそっとグラスを口に付けてシャンパンを飲む由衣を見ながら、周人はまだシャンパンを飲んでもいないのに体が熱くなるのを感じていた。普段から可愛い由衣だが、しっかりコーディネイトされた今夜は可愛いではなく、美しいのだ。それも周りの男性が見とれ、連れの女性が嫉妬するほどに。なんとかシャンパンを口にした周人は、落ち着きを取り戻そうとまず簡単な質問から入る事にした。
「ま、まさか君が来るなんて・・・・しかもその・・・なんで?」
「周人さん、今日の私、どうかなぁ?」
質問した答えとは違う言葉だったが、周人とは全く対照的な落ち着いた言葉遣いであり、しかもそれは間違いなく由衣の声である。そのいつもよりは大人しめながら由衣らしくもある口調に少し落ち着きを取り戻した周人はしみじみ由衣を見やり、はからずも顔を赤くした。
「凄く・・・綺麗だ・・・」
高鳴る鼓動は収まることをしないでさらに加速していく。由衣は顔を赤くしたままは嬉しそうに微笑むとグラスをそっと置いた。
「大山先生からの伝言です」
そう前置きした由衣は1つ軽い咳払いをしてから目を伏せて言葉を発した。今日は口調も仕草も上品であり、見た目同様いつもの由衣とはまるで別人である。そのせいか痛いほど高鳴る鼓動は周人をいつもの周人ではない状態へと変化させていた。
「木戸君には大変お世話になったので、これは僕の心からのお礼です。僕が知る限りの最高の女性との優雅な時間を過ごしてください。なお、このお店のオーナーは僕の幼なじみであり、何の遠慮もいりません。お金の心配も、時間の心配もしないで結構です・・・・・だそうです」
まるで歌うように、一言も間違う事無くそう言った由衣は再度シャンパンを口にして喉を潤した。相変わらずぽかーんとしていた周人だったが、徐々に康男にしてやられたといった表情を浮かべて見せる。全く予想していなかったとはいえまんまとしてやられたのだ、悔しくもなる。そうこうしているうちに前菜が運ばれてきた。
「しかし・・・ホント、見違えたよ」
運ばれてきた料理にすら気付かないのか、周人はそのしなやかな指でナイフとフォークを握る由衣に見とれていた。由衣は照れた笑いを浮かべてありがと、と小さく答えた。確かに由衣は美人だ。可愛いし、性格も元の優しい素直な自分を取り戻してからは好感が持てた。大人になればそんじょそこらのアイドルや女優になど負けない美しさを持つだろうと思っていた。だが、自分がそんな由衣を見ることなどないと思っていた周人は時間を飛び越えて、今、そんな由衣を目の前にしていると思えたのだ。
「これは米澤先生が知り合いの人に頼んでくれたの・・・似合うかなぁ?」
「似合う似合う・・・・なんかおかげでドキドキしっぱなしだよ」
髪をそっと撫でながら常に落ち着いた口調で話す由衣に対し、周人はうわずってばかりである。いつもとは反対の状態に気付いた由衣はクスッと笑ったが、そんな笑みを見てすら鼓動を早める周人は自分を落ち着かせようと前菜を口にした。
「しかし、まだ中学生の君になんてことさせるんだか・・・」
そう言った周人だったが、ここで『中学生』という言葉はまずいと周囲を見やった。しかし周囲の人間は皆由衣をチラチラ見る事はしていても、周人の言葉など聞いてもいなかった。それほどまでに由衣は周囲の注目を浴びているのだ。
「まさか私が来るなんて、夢にも思わなかったんだ?」
前菜を平らげ、空になったグラスにシャンパンを注いでもらう由衣がそう切り出すと同じく前菜を終えた周人は大きくうなずいた。由衣の両耳に光るイルカのピアスが発する電気の反射に、周人は微笑を浮かべる。
「全然、というかさ、まぁ来たとしても青山さんかなぁってね・・・今さっき待っている間なんてむしろ今日ここへ来たことを後悔してたぐらいだ」
「じゃぁあ、今は?」
「来てよかったと思うよ、ホント・・・その・・・最高だよ」
照れながらだったがその言葉に満足そうな笑顔を浮かべる由衣に、周人はようやく落ち着きつつあった鼓動がまた激しくなるのを感じていた。はにかんだその笑顔は周人の心を掴んで離さない。いつもと違う由衣の姿にドギマギしながらも、こういう一面を持つ由衣を知る事が出来て嬉しいと感じていた。
「ここまで塾長に送ってもらったのか?」
「うん。米澤先生の知り合いの女性がやってるお店でこのドレスに着替えてから、すぐに。帰りは周人さんに送ってもらえって言われたよ」
運ばれてきたコンソメのスープを見て美味しそうと漏らす由衣はスプーンを手にその味を堪能した。身なりは大人だが、この辺はやはりまだ子供である。そんな由衣にどこかホッとする周人は彼女がまだ十五歳だということすら忘れていた。
「今日は大山先生のところに行くって言ってあるから、サイアク泊まりでもいいんだけどね」
思わぬ告白に思わず持っていたスプーンを落としそうになった周人だったが、乾いた笑いでそれをごまかした。
「なぁんてね・・・まぁ、ちゃんと帰るけど」
「ま、そりゃそうだろうね・・・」
由衣は素っ気なくそう言うとスープに集中するが、その口元は笑っていた。またもこの小悪魔的ペースにまんまと乗せられていると知った周人だったが、今日の由衣にはどうやっても勝てそうになかった。その美しい顔を見ただけで何も言えなくなってしまうのだ。
「周人さん、遠慮しないでタバコ吸ってね」
自分の方にある灰皿を見てそう言ったのだが、どうも由衣にそう名前で呼ばれる事に違和感を覚えるせいかタバコどころではない。だいたい自分の事を『周人さん』などと呼ぶ人間は周りにはいないのだ。これがいつもと違う感覚を与えていると悟った周人はぎこちない笑みを浮かべた。
「あのさ、何で今日はオレの事をそう呼ぶの?」
耐えきれずにそう切り出した周人が飲み終えたスープのお皿を下げるウェイターも、由衣を見て顔を赤らめている。
「だって、もう先生じゃないし・・・・だからって呼び捨てにはできないし」
「・・・まぁ・・・・そうだな」
言われてみれば確かにそうだ。もう今や2人の関係は塾の先生と生徒ではないのだ。由衣はもう既に塾を卒業しており、自分ももうとっくにアルバイトを辞めている。それにこういった場所で『先生』と呼ばれるのもどこか変である。
「だから『周人さん』、わかった?」
「はい」
これが4度目のデートであるのだが、全てペースを握られている周人はそう答えるしかなかった。
「綺麗ねぇ」
メインディッシュを終えた由衣は最後のデザートが出てくるのを待ちながら目の前に展開されている見事な夜景に見入っていた。山あいから見える街のネオンが織り成す光のオブジェは暗闇を切り裂くようにして存在している。小さな微笑みを口元に浮かべながらうっとりとした目で夜景を見つめる由衣はとても十五歳には見えなかった。そんな由衣の横顔を見やる周人は、今年十六歳になるこの美少女が将来どんな風になっていくのかを見たい気持ちになっていた。だが、それは叶わない夢のようなものだ。彼女はこれから一番楽しい高校生活を送り、自分は世界を飛び回って仕事をする。共有できる時間など、もうないのだから。
「そうだ!来たときにチケット貰ったから、これ終わったら頂上の展望台に行こうよ」
嬉しそうにそう言う由衣は今日始めて普段の由衣らしい口調になっていた。周人は口元に浮かぶ微笑を隠そうともせずにうなずくと、それを見た由衣もまた嬉しそうにした。
「でも、上はもっと寒いぞ?」
「平気。分厚いめのコートあるし」
冷え込んできた夜の寒さを考慮してそう言ったのだが、あっけらかんとそう返すと再び夜景に目を戻す。そんな由衣の横顔が愛おしく感じてしまった周人はかぶりを振ってタバコに手を伸ばした。チンという金属音をさせてライターに火を点ける。その音に周人を見やった由衣は自分が贈ったそれを使ってくれていることに嬉しそうな顔をしてみせた。前回のデートでは結局周人は1本もタバコを吸わなかったため、ライターを使っているところを見られなかったのだ。そんな由衣の視線を感じた周人はにこやかに表情を緩めて見せた。
「言ったろ?気に入ってるってさ」
「よかった。私も気に入ってるよ、このピアス」
由衣はそう言うと耳にあるそのイルカのピアスに触れてみた。今日は髪型を変えてあるせいで髪を掻き上げなくても耳が露出している。さすがにこのドレスにあの腕時計は合わない上に、普通はそういったものをつけたりはしないために置いてきている。だが時計は机の上にちゃんと置かれていた。蓋を開けた箱を斜めにし、中の時計をまるでショーケースに飾っているかのようにして置いているのはそれを大事にしている証拠だ。何より周人から贈られたその時計は由衣にとって最高の宝物なのだ。もちろん今身につけているイルカのピアスも大事に使っている。
「知ってる、来たときから気付いてた」
その言葉にやや顔を赤くして笑う由衣は出されたメロンのアイスをおいしそうに口にしていく。周人も同じようにしながら、このディナーがもうすぐ終わることに少し寂しさを感じずにはいられなかった。そして食後のコーヒーと紅茶が運ばれてきた時、オーナーが現れて2人に挨拶をした。
「本日はご満足していただけましたか?」
「はい、もうとても。ね?」
由衣のその言葉に満足そうにうなずく周人を見たオーナーは笑顔を見せながらポケットからデジカメを取り出した。
「こちらサービスでお写真をお撮りしています、よろしければいかがですか?」
さっきからあちこちでフラッシュがたかれていた理由を知った由衣はその言葉に大きくうなずき、そんな由衣を見て周人もまたうなずいた。皆ドレスアップしている姿を記念に撮っているのだが、もちろん断る事も可能だ。中には写真を撮られる事はまずい人間もいるからだろう。店側としてもそういった人物は除外して撮影を行っている。周人にしてみれば今日の綺麗な由衣を残しておく事は当たり前だと感じていた。一緒に座っている所を1枚、そして周人が由衣の横に立って1枚、最後に由衣が周人と並んで立って1枚、合わせて3枚を撮ってもらった。後日印刷して康男経由で送ってもらえるという事になり、2人は食後のお茶を楽しみながらお互い顔を見合わせて照れた笑いを浮かべた。
「でも、せんせ・・・・周人さんって不思議だよね」
由衣は紅茶を丁寧な手つきでソーサーの上に置いてからそう切り出した。コーヒーをかき混ぜながらそっちに集中していた周人はそう言われて顔を上げる。由衣は小さく微笑みながら周人を見つめると、どこか遠い目をしながら何かを思い出すような仕草を取ってみた。
「実際さ、私が5つも年下だなんて、周人さんに対してあんまり意識した事ないんだぁ」
そう言う由衣はソーサーの縁をなぞるようにそっと指を走らせる。そんな由衣の指の動きを見ながら周人は言われた通り自分もそれを意識したことがないと思っていた。
「デートしても、こうしていても、すごく近い位置にいるんだよね・・・心が近いっていうのかな・・・そういう感じがさ」
小さな笑みを消すことなくそう言う由衣の言葉を聞いた周人は自分もそう年の事を気にした事がなかったと思っていた。確かに先生と生徒という関係は意識していたが、ペースを握られてデートをしている際、それは今を含めてだが、年齢の差を感じた事は1度もなかった。それは単に由衣が大人びた容姿をしているからではない。年相応の考え方を持つ由衣と行動を共にしてもなんら違和感はなかった。それが何を意味するのかはわからないが、確かに心の距離が近いのかもしれないと思う。
「新城先生なんて・・・明らかに私を子供扱いしてた。だから、早く大人になりたいって思ったぐらいだもん」
やや声を潜めるようにしてそう言うが、その言葉は周人の耳にちゃんと届いている。新城が由衣の好意を受け止めることなく子供扱いしたのは恵を好いていたのがその主な原因だったが、由衣自体が子供じみた考え方をしていたからだと推測できる。大人びた容姿とは裏腹にやることが年相応だったせいもあって新城は由衣を子供扱いしたのだ。周人に対する嫌がらせや悪態もそれを加速させていた。
「でも、周人さんは違った・・・最初はあの事件のせいかなぁって思ってたんだけど、違ったみたいだし」
由衣が襲われた事件のケアを兼ねて周人が自分を真正面から見てくれていたのかなと感じていた時期があった。自分がどんなに悪態をつこうがそれを受け流していたのは由衣のその行為を子供扱いしていたからだと思っていた。だが、実際あの事件の後でしかまともに周人という人物を見なかった由衣にしてみれば、もはやそれを確かめる事は不可能だ。事件の後の周人は自分を気遣い、なだめ、そして正しい方向へと向かうように手をさしのべてくれていたのだ。それだけはしっかりと認識している。
「不思議だね・・・・そう考えると」
由衣はそう言うと可愛らしい笑顔を周人に向けた。
「そうだな・・・言われてみればそうかもしれない」
同じく笑う周人はコーヒーを口にするとジッと由衣を見つめた。自分でもそういうことを意識した事はない周人も不思議だと心から思える。いつもどこかで女性と距離を置こうとしていた自分が由衣の前ではそれをしなかった、正確にはそうさせてもらえなかったと言えるが、そのおかげで何も考えずにデートを楽しむ事が出来たと言えるだろう。
「近いのかもしれないな・・・オレたちの心の色は」
そう言う周人に向かってにこやかな微笑みを見せる由衣の顔を見てまたも胸の鼓動を早くする周人はコーヒーを飲み干して心を落ち着けるようにしてみせた。由衣も紅茶を飲み終え、しばらく夜景を見ながら会話を楽しんだ後、2人はレストランを後にするのだった。その時もやはり周りの男性客は由衣に注目していた。そんな由衣を連れて歩く自分の鼻が高い周人はそっと自分の腕に手を添える由衣を見やり、小さく微笑むのだった。




