雪の中の告白(2)
結局その後はかすみのリクエストで2階建てのメリーゴーランドに乗ることになった。こういったメルヘンチックな乗り物は好かない新城が同じく苦手だろうと思う周人を誘って外で見ていると切り出したが、逆に周人は乗ろうと新城を誘うのだった。仕方無しに渋々それを了承した新城も加え、4人はそれぞれ馬の形をした乗り物にまたがった。乗ってしまえば格好悪さもどこへやら、4人は笑い合いながらそれを楽しんだのだった。そして日も暮れかかった夕方、とりあえず一緒に帰路に着くことになった4人は出口を目指して歩く。日差しも緩い夕日が寒さを伴ってやってくる夜の闇を押しとどめているかのように輝いていた。途中トイレに向かった4人はやはり男性の方が早く用を済ませて外で待つ。と、周人は少し離れた場所に以前来たときにチャレンジしたあの大きなぬいぐるみをゲットしたパンチングゲームを目に留めてにんまりと笑った。パンチングマシーンの横にはこの間よりもかなり小さめのクルーピーが鎮座している。どうやらあの巨大なクルーピーはお金がかかるらしく、もう用意できないようであった。そしてマシーンの一番上、数字を表示するデジタル部分の横には『過去の最高得点は一撃でなんと280点!』と書かれた紙が貼られていた。その数字こそ、11月に周人が『天龍昇』で叩き出した記録なのである。それを見て苦笑する周人はトイレを済ませて出てきた由衣に怪訝な顔をされながらも背中を押して出口へと向かわせるのだった。新城たちは朝早くから来ていたせいか、エントランスから一番近い第一駐車場に車を止めていた。ここからダブルワンを止めてある第三駐車場までバスで移動しなければならない周人たちとはここでお別れである。駐車場から国道に出るまではかなり混雑するため、一緒に帰るには相当の時間を要してしまうからであった。それに恋人たち2人の甘い時間を邪魔したくはない。
「じゃぁな、お楽しみはこれからってか?」
「お前・・・最近性格変わってきてない?」
周人のやらしい笑みをそう言ってかわす新城は隣にいる由衣の耳元に口を近づけた。
「頑張れよ」
小声でそう告げるその言葉に由衣は何も言わずに小さくうなずいた。かすみにも別れの挨拶を済ませるとバス乗り場へと向かう。何やら楽しそうな会話をしながらバス停に向かう2人の背中を見ながら微笑みを浮かべる新城は2人の雰囲気がごく自然であることを嬉しく思っていた。
「さぁ、帰ろうか」
「うん」
車に乗り込んだ新城はもう1度2人の消えたバス停の方を見てからエンジンをかける。もう2人の姿は見えなかったが、これはこれでいい土産話が出来たと思う新城は小さく微笑みながら車を発進させるのだった。
夕日が空を朱に染めて雲の影をその空のキャンバスに描く中、駐車場へと向かうバスに揺られながら由衣はこの後どうやって告白するかを考え込んでいた。昼間は思いがけずハトに邪魔されてしまい、雰囲気をぶち壊されてしまっている。やはり落ち着いて出来る場所といえば夕食後の車内しかないと決めた由衣は混み合うバスの中で行きと同様に自分に楽な格好を取らせてくれている周人に寄り添った。周人はチラッとそんな由衣を見たが、無表情のまま外の景色を眺めている。やがてバスは駐車場へとたどり着き、ダブルワンを止めてある場所へとのんびりと歩いていく。すでに国道へ向かう出口の渋滞は最高潮であり、今更急いだところで時間的には何も変わらないのだ。
「アンロック!」
前回同様由衣は指をさすような腕の動きもつけてそう声を出す。だが、ダブルワンは何の反応も返さずにいた。ふてくされたような表情で後ろからやってきた周人を睨み付け、助手席側に回り込む。そんな由衣に笑いを浮かべた周人が由衣には出来なかった言葉でロックを解除し、由衣はすぐさまそこに乗り込んだ。
「んな怒るなよ・・・」
「べぇつにぃ・・・怒ってませぇーん」
その由衣独特の言い方に苦笑する周人はエンジンをかけると行き交う人たちに気をつけながら慎重に車を前に進めていった。
「楽しかったな」
国道へ出るために渋滞を待つ車の中でそう周人がつぶやくように言う。カーステレオから流れてくるラジオ番組が流行のラブソングをかけていた。その言葉に由衣は少し驚いたような顔をして周人を見たが、すぐ前が空いたために周人は前を見たまま運転を再開してしまった。実際、周人は不思議な感覚にとらわれていたのだ。確かに怖い思いもしたが、由衣と過ごす1日が楽しく、そして早く感じられるのだ。それにどこか充実感すら心を埋めていく。この子とならば、この子といればずっと楽しいかもしれないという気持ちがどこかにあるのだ。そしてこの時、周人の心の中で『恵里』の事が頭をよぎらなかったのを自覚したのは、少し経ってからの事だった。
今日もこの間とは違う店ながらもまたファミリーレストランに入った2人は今日1日の事を振り返りながら食事と会話を弾ませていく。やはり焦点は周人が絶叫したフリーフォール・スマッシャーの話題で盛り上がった。
「『シャダバダベカダカデー』とかわけわかんない言葉叫んで、んで『ミギャァァァー!』って・・・どこの国の人間なんだよって感じ!」
もう笑いがこらえきれないといった感じで由衣はその時の状況を説明した。とにかくずっと絶叫していた周人のその言葉が、由衣のマシンに対する恐怖をうち消していた。たしかに由衣自身もその乗り物はかなり怖かったのだが、それを遙かに上回るほど楽しかったのだった。周人も笑いながらそんなことはないと反論し、終始2人の会話は盛り上がった。そして夕食も終わり、一路桜町を目指す。今日はファンタジーキングダムから高速道路のインター付近手前までの間で見つけたファミレスに入っており、ここからさらに約2時間のドライブが待っているのだ。この時間ともなればそれなりに道は空いていて、高速道路に入ってからもそれは変わらなかった。そうして高速に入ってすぐ、周人は後ろの座席の下にある小さな紙袋を取るように由衣に告げた。結局暖かかったゆえに着なかった2人の上着でそれは隠されていたせいか、全くその紙袋の存在に気付いていなかった由衣は不思議そうな顔をしながらも心の中では高鳴る胸の鼓動を抑えようと必死になっていた。
「開けていいの?」
「んー、まずは白い包みの方から開けてくれ」
そう言われて紙袋を開くと、中身は確かに白い小さな包みと少し大きめの四角い箱に赤いリボンがついた物が確認できる。言われた通り白い包みを取り出して丁寧に紙を開いていった。その中から出てきたのはなんとシルバーのピアスであった。その形はイルカであり、イルカの口の先には小さな水晶が取り付けられていて高速道路の黄色いライトが当たる度にキラキラと綺麗な輝きを見せている。ビックリした顔で周人を見る由衣を横目に留め、周人はかすかな微笑を浮かべて見せた。
「それはホワイトデーの分だ。どう?気に入って貰えたかな?」
由衣はそのイルカのピアスをまじまじと見つめながら言葉もなくうなずいた。そして昼間イルカが好きかと聞いてきた周人の言葉を思い出していた。
「すぅっごい気に入った・・・・・だからあの時イルカが好きかって聞いたんだぁ・・・ありがとうー!超嬉しいー!今つけてもいい?」
「あぁ、どうぞ」
周人は嬉しそうな由衣を見て、自分も嬉しくなった。他の人にもいろいろお返しを買ったのだが、その大半がチョコである。だが、その時たまたまこのピアスを見つけて由衣のために買っておいたのだ。値段もそう高くはなく、チョコよりはいいかなと思いながら購入したのだった。それが由衣だけに向けられた特別な事であると認識していなかった周人だったが、それは間違いなく由衣へと心が開かれている証拠である。助手席の上にある日よけを展開させ、そこに設置されている小さなミラーで確認しながら器用にピアスを着けていく。そして髪をかき上げて周人の方を見やった。
「どう?」
「ああ、よく似合う・・・・可愛いよ」
真顔でそう言われて顔を真っ赤にしてしまった由衣は鼓動の激しさも一層増していくのを感じ、さらに体が熱くなるのを感じる。だが、
「イルカが」
と付け加えた周人に対し、それはすぐに膨れっ面へと変貌していった。そんな由衣を横見に笑う周人は顔を由衣の方に向けて真面目な顔になる。
「まぁそれは冗談だけど・・・・ホントよく似合ってる、想像してたよりもね。やっぱり君は美人だから何でもよく似合うよ」
薄く笑いながらそう言う周人に再び顔を赤くする由衣はそこでは強がって『そうでしょう?』と返事した。だが、その言葉は何よりも嬉しい。周人がどんな顔をしてこれを購入したかを想像しただけで心が温かくなるのを感じる。
「もう1つは?」
ガサガサ音を鳴らしながらもう1つの箱形の包みを取り出してみる。一見すれば指輪を入れたケースのようであり、由衣の心は知らず知らずのうちに期待で高鳴っていく。
「それは合格の祝いってヤツだな」
ゆっくりと慎重に赤いリボンを外し、包みを開く。中からは白い箱が姿を現し、由衣は高鳴る鼓動を抑えつつその包みを開いた。中から出てきた物は赤い腕時計であった。ベルト部分に留め金がなく、手首に巻きつけるようにできる細めの物であり、おしゃれに身につけるタイプの物であった。最近出始めたせいか、売り切れが続出というのを何かの雑誌で見たことがあり、どこの時計屋でもあまり見掛けないこれをどうやって手に入れたのか、疑問が頭を埋めながらもそれを左手に着けてみた。そしてそれを周人にかざしてみせる。
「どう?」
「おぉ、いい感じじゃん」
嬉しそうな周人の笑顔に由衣はますます顔が熱くなるのを感じた。
「でも、なんで?お祝いは今日の・・・・」
「ジッポライター・・・・結構嬉しかったんだぜ」
クリスマスに由衣が贈ったジッポライターのお礼を兼ねていると説明した周人は走行車線から追い越し車線へと進路を変更させる。ついでに高速モードに車体を変形させる命令を出してややスピードを上げた。そっと左手首に巻かれた時計を右手で包み込みながら、嬉しさのあまり涙が出そうになるのを必死で堪える由衣は少しはにかんだ笑みを見せた。
「ありがとう、大事にするね」
小首を傾げるような感じでそうお礼を言う由衣の表情に、可愛さを越えた何かを感じた周人は内心ドキドキさせられながらも平静を保ちながらそうしてくれとだけぶっきらぼうに返した。由衣は丁寧に箱をしまい、包んでいた包装紙もさらに丁寧に折り畳みながら紙袋にしまうと再度腕時計を見やった。心が温まるような、そんな心地よさが充実感を感じさせる。そんな由衣は何気なしに周人を見るが、周人の雰囲気も穏やかであり、常に表情も微笑んでいる。今のこの雰囲気ならば告白ができそうで、しかもOKされそうな予感も走る。徐々に高まる緊張と胸の鼓動を抑えながら由衣が今まさに口を開こうとしたその時、後ろの車がライトを2度明滅させてパッシングを行った。その光を受けて一旦走行車線へと戻した周人がその車をやり過ごそうとしたその時、横に並ぶようにして走るその車が赤いシュヴァルベだと気づき、そっちに視線を走らせた。由衣もその車を見やり、あっと声を上げた。そこから見える助手席にはかすみがいて手を振っている。その車が新城の物とわかり、周人と由衣は目を合わせて笑った。新城の車は周人のダブルワンの前に入り込むと、速度を合わせるかのようにして一緒に桜町方面へと向かう。どうやら彼らもファンタジーキングダム近隣で食事をしていたらしい。苦笑する周人は追い越し車線へと飛び出すと、新城のシュヴァルベに車を並ばせた。運転席の新城が助手席の由衣に手を振った。由衣も手を振り返すが、またもいい雰囲気をぶち壊されたその気持ちを顔に表し、怒ったようなすねたような表情をしたのだが新城は全く気付いてはいなかった。結局その後も抜きつ抜かれつの走りを繰り広げ、告白どころの雰囲気ではなくなってしまった由衣は帰り際のラストチャンスに賭けると心に決めたのだった。
桜町に入ってからもさくら谷駅の十字路までは併走する新城の車はそこで右に曲がっていった。周人はパッシングをして別れの挨拶をすると、そのまま直進して由衣の家へと向かう。ここからならばものの数分で到着するだろう。時刻は午後9時をやや回ったあたりである。今日の門限は10時であることと、塾の先生や他の友達と一緒にファンタジーキングダムへ行くと言って出てきた由衣にとってこの時間に帰宅すれば何ら問題はなかった。見慣れた通りを曲がり、由衣の自宅が見えてきた。いよいよ告白だと気合いを入れる由衣の中でほどよい緊張感が増していく。だが、家の前で止まった車の中から目にしたものは庭で何かをしている母親の姿であった。こんな時間に庭で何をしているのか、母親は娘を乗せたその変わった車に目を留めて近づいてくる。これによりもう今日の告白は絶望的となってしまった由衣はガックリと肩を落とした。荷物を手に車を降りる由衣は同じく運転席を出て母親に挨拶する周人の横に立った。
「今日は娘さんを連れ出してしまいまして、申し訳ありません」
「いえいえ、わざわざ連れ出してもらって」
スマートで美人なこの母親を見て、由衣がこの母親に似たのだとすぐにわかる。
「それじゃ、僕はこれで。吾妻さん、今日は楽しませてくれてありがとう。また機会があったら『みんなで』行こうな。では、失礼します」
笑顔でそう言う周人にやや疲れた顔をしながら手を振る由衣は運転席に乗り込んでドアを閉めた周人に近づき、最後の挨拶を交わす。
「今日はありがとう、あとこれも」
言いながら紙袋をブラブラさせたその左腕には赤い時計が光っている。満足そうな周人の顔に自然と笑みがこぼれた。
「じゃぁな・・・・高校生活、頑張れよ・・・バイバイ、おやすみ」
「うん、じゃぁね・・・・・おやすみ・・・バイバイ!」
由衣はそう告げると車から2、3歩下がった。最後に周人は母親に軽く頭を下げると車をゆっくりと走らせた。すぐそこの角を曲がるまで親子で見送った後、ため息を付く由衣の耳元で母親がささやいた。
「メチャかっこいいじゃない・・・付き合っちゃえば?」
その付き合うかどうかの告白のタイミングを邪魔した当の本人に言われたく無かったが、これでその道も閉ざされたかもしれないと思う由衣は疲れた表情をしながら玄関のドアをくぐるのだった。だが、周人のくれた腕時計とイルカのピアスを机の上に置きながら何とか機会を見つけて告白したいと思う由衣は緊張が途切れて疲れを感じる体を押して風呂場へと向かうのだった。
帰宅した周人は風呂から上がるとベッドではなく絨毯の上に腰を下ろした。怖い思いをしたが楽しかった今日1日を振り返り、テーブルの上に無造作に置いたたばこを取り出すと、その横に置いてあるジッポライターを手にとって火を点ける。煙を揺らしながらそのジッポを眺める周人の口にはやんわりした笑みが浮かんでいた。だが、もうこれで由衣と遊ぶことは無いと思うとどこか寂しさが心に影を落とす。5日後には入社式を控え、そこからは忙しい毎日を送って行かなくてはならないのだ。そんなことをぼんやりと考えながらプレゼントを開けた時の由衣の嬉しそうな顔を思い出し、周人の顔から自然と笑みが浮かんだ。だがそこで急に我に返る。確かに楽しく、こうやってまた遊びに行きたいという気持ちに気付いた周人の心の中で、目を閉じたまま動かない『恵里』の顔が脳裏に浮かんだ。途端にさっきまでの笑みは消え失せ、逆に暗く沈んだ表情が浮かぶ。周人は疲れたようにのっそりと立ち上がると戸締まりをし、少し早めにベッドに横になるのだった。




