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くもりのち、はれ  作者: 夏みかん
第八章
44/127

募る想い(3)

12月も半ばとなれば時期的に早いとはいえ巷ではクリスマスムードが漂っている。デパートなどでは歳末商戦まっさかりとなり、商店街もそういった飾り付けが目立っていた。久々に街へと繰り出した由衣は1人で混み合うデパートの中にいた。由衣の住むさくら谷からさらに西にある工業地区の手前、さくら谷から駅を3つ西に行き、そこからJR線に乗り換えた西桜花中央駅付近はデパートが隣接した商業区画となっていた。とはいえ、駅周辺だけの小さな区画でしかなく、駅周辺から少し外れれば住宅地、さらに外れに行けば工業団地や工場が建ち並んでいる田舎である。まだ山や川も多く残されており、田畑も多いその田舎は最近になって開発が進みつつあるためか、徐々にだがその自然溢れる景観が失われつつあった。桜ノ宮に行くよりもこの西桜花中央の方が時間的に近いため、由衣は土曜日の午後を利用してここにやってきていたのだ。2種類のデパート、さらには3階建ての専門店街が並び、その上飲食専門の建物まであるここもまた歳末商戦のまっただ中にあってその人混みも多かった。とりあえず全国的に有名なデパートを見て回った由衣だったが、目当ての物はない。次に消費者価格という安い値段で有名なデパートを見て回り、さらに専門店街を回ってみたのだがこれといった物は見つからなかった。この場所に周人へのクリスマスプレゼントを買いに来た由衣だったが、結局これといった物が浮かばない上に、見て回った限りピンと来る物もない。休憩スペースに腰を下ろしていろいろ思案する由衣はふと何気なしに隣に座るおじさんを見やり、予算も限られている今の状況から一番良い物を思い浮かべ、それがあるはずのフロアに向かった。予算は5千円だったが、フロアの中央にあった店のそれは4千5百円、ぎりぎりセーフであった。プレゼント用のラッピングも依頼し、ほくほく顔でデパートを出た由衣はまだ帰るまでには時間もあるためにその辺をブラブラすることにした。受験であまり出かけなくなっていたために気分転換にちょうどいい。飲食コーナーの建物の2階には小さいながらもゲームセンターがある。とりあえずそこに向かった由衣はめぼしいぬいぐるみがないかと入り口付近に差し掛かった瞬間、そこに新城とかすみの姿を目に留めて思わず身を隠してしまった。この2人の仲が常々怪しいとは思っていたのだが、周人が気になる由衣はそこまで気が回っていなかったため、デートを楽しむ2人を目の当たりにして不自然な汗を感じずにはいられなかった。UFOキャッチャーの少しくすんだ透明ガラスから2人の様子をジッとのぞき見る。どうやら新城はそれが得意なようで、次々とぬいぐるみを取っては喜ぶかすみへと手渡していく。この雰囲気から2人が付き合っているのは間違いないと睨んだ由衣は声をかけようと身を乗り出した。そんな由衣に気付いたかすみは手を振り、対照的に新城は驚いた顔をしていた。


「なぁんだ・・・こんな所でデートなんて、もっといいところに行けばいいのに」


ゆっくりと近づく由衣はいたずらっぽい笑顔でそう言う。その言葉にかすみは笑いながら苦い顔をする新城を見上げて言葉を発した。


「なぁんかね・・・近くていろいろあっていいからって、ここになったのよ」

「なぁんだ・・・じゃぁ新城先生の手抜きか」


軽蔑したような由衣のその言葉にかすみは腕組みしながら目を閉じて大きくうなずいた。そんな2人を見て困ったような顔をしながら頭を掻く新城に対し、2人から笑いが起こった。


「そういう君は?」

「ちょっと買い物。でももう済んだから気晴らしに来たの」

「受験生だもんねぇ、大変な時だけど息抜きも必要よね」


かすみはそう言うと指を立ててアゴに置き、かつての自分を思い出すように視線を宙に漂わせた。


「でももう帰るんだけどね・・・帰って勉強しないと」


嘘か本心かわからないがピロッと舌を出してそう言う由衣は笑顔を振りまくと新城を見上げた。意味深な笑顔を見せる由衣に身を固まらせる新城はぎこちない笑顔を返すしか出来ない。


「先生、これ、上手だねぇ~」

「あー、まぁ、昔からちょっとな」


照れたようにそう言う新城を見て、周人もこれぐらい器用ならよかったのにと思った。はっきりいってこういう才能がない周人がどうやってあの巨大なぬいぐるみを取ったのかが今でも最大の謎となっている。


「じゃぁ先生、私行くね?仲良くやんなよぉ~!」


まるで近所のおばさんのような口調でそう言い残し、由衣はひらひらと手を振って去っていった。残された2人は互いに顔を見合わせて笑い合うと肩をすくめた。


「ホント、15歳には見えないぐらい可愛いわねぇ」

「オレには子供にしか見えなかったんだけどな・・・・ま、木戸を好いてからのあの子はホント美人になったよ」


腕組みして由衣が走り去った方を見てそうつぶやく。そんな新城を笑顔で見上げながら、かすみはいたずらな顔をしてみせた。


「惜しいことしたって思ってるなぁ?」

「まさか・・・」


新城は困った顔をしながらもそう答えた。当時は自分も恵を好いており、はっきり言って由衣の好意は邪魔に感じていた。それに自分が恵にフラれてからはかすみと急接近し、そんなことを考えた事もないのが事実だ。


「でも、木戸さんもかっこいいし、あの子の気持ちもわかるなぁ」

「・・・そうだな」

「でもなんでまた急に木戸さんに気持ちがいっちゃったの?ナオがフったから?」

「いや、きっとオレに告白した時にはもう木戸を好いていたんだと思うよ」

「でもさ、それって変じゃない?」

「そうだな、でも、そうなんだよ」


新城がそう言ったからにはこれ以上詮索しても答えはでないだろうと感じたかすみはややすねたような表情を浮かべたが、そのまま新城の手を握ると専門店街の方へと引っ張った。ぐいぐい引っ張られて苦笑する新城はもう1度由衣が消えた駅の方を見てから、かすみと共に石畳の道を歩いていくのだった。


12月24日、クリスマスイブ。恋人たちにとって至福の時間を過ごす聖なる夜。1人身であればただのうっとおしい夜でしかないのだが、恋人たちにとっては特別な夜である。その恋人たちである新城とかすみが2人だけの甘いひとときを過ごす中、恵はめずらしく亜佐美を入れた家族全員と共に母親が用意したごちそうを食べ、由衣もまた家族と共に同じような時間を過ごしていた。そんな夜に、周人はさくら塾にいた。明日が最後のアルバイトとなる周人は教材の整理や引継ぎの書類作成などに負われ、米澤が授業を行っている中学一年生の教室の横で1人せっせと片づけに励んでいた。聖なる夜といっても周人には関係がない。一緒に過ごす家族も、そして恋人すらいないのだ。黙々と片づけを済ませ、授業が終わってこちらも1人身で寂しい八塚が生徒たち送迎をしている間、周人は疲れを癒すタバコをふかせていた。もちろん喫煙コーナーなどなく、この寒空の下で窓を全開にしなければならないのだが。


「いよいよお疲れさんって感じだな?」

「そうですね・・・明日は最後の授業をしたら終わりですしね」

「そうだな・・・」


米澤は暖房のすぐ横に腰掛ける。そこは窓が閉まっており、周人が窓を開けているとはいえまだ暖かいのだ。それを察した周人はタバコもそこそこにもみ消すと窓を閉めて米澤の近くに座った。


「この2年ほど、ここでバイトしたことはすごく身になったって思ってます」

「そう言ってもらえるとありがたい・・・・やっさんも喜ぶだろうさ」


米澤はそういうと少し目を伏せた。バイトながらまるで就職している社員のようによく働いてくれた周人にはいくら感謝しても足りないほどだ。それに2度も由衣を危機から助けてくれた事もあり、結果的にそれは塾の運営に関わることを救ってくれた事になる。


「ここでやってきて、一番楽しかった事って何だい?」


唐突にそう言う米澤に、周人はしばらく考えるような仕草を取った。だが頭に浮かぶのは夏のプールであり、由衣と遊んだ遊園地などである。何故かやたらと由衣と過ごした時間を思い浮かべる自分に苦笑した周人は米澤に正直にそれをうち明けた。


「西に行ったことかなぁ・・・・・やっぱり、あそこではいろいろありましたからね・・・」

「・・・そうだな」


お互いに意味ありげな笑みを見せ合った2人はしばらく黙り込んだ。


「ここだけの話として正直に聞きたい」


沈黙を破った米澤に周人が顔を上げた。真剣なそのまなざしからか、米澤の話が由衣に関わることだと察することができた周人は黙ってうなずく。


「吾妻さん、彼女は君にとってはどういう存在だい?」


予想の範囲内なその質問に、周人は真剣な顔をしてみせた。そして西校に助っ人に行ってから今までの事を思い出した。由衣を助けて右腕に怪我を負ったが、『恵里』の代わりに救えたことを嬉しく思った事。恵とボウリングをしたり映画を見に行った事。由衣に振り回されながらも占いをしたりプリクラを撮ったりした事。亜佐美の拉致事件で大暴れしたこと。美佐から思いもよらぬ告白を受けたこと。夏のプールでしたウォータースライダーや『変異種』大木とのバトル。そして恵の告白を断った事に、由衣と出かけた遊園地での楽しい時間。どれもかけがえのない思い出だったが、やはり由衣との事が一番比率が高い。


「なんでしょうね・・・・強いて言えば、一緒にいて楽しい、何かこう、いろいろ忘れさせてくれる存在かな?」


周人はそう言うと困った顔をしてみせた。逆に米澤は笑顔になり、今の返事で納得したのか、そうかとうなずいた。


「普通ならそれは淡い恋心みたいな感じなんだろうけど、君にとっては心を癒してくれる存在ってところなんだろうなぁ」

「でも・・・・・・・あの子といる時間だけが、恵里のことから解放させてくれるんですよ。だからってそれが好きかって言われれば疑問ですけどね」


この間のファンタジーキングダムで過ごした1日で、あの最初のデートで占い師が言った『由衣が自分を解放する』という言葉が当たっているとしみじみ感じた周人は素直にそれを口に出した。確かに一緒にいて楽しく、『恵里』のことすら思い出す暇がないほどに振り回されているのだがそれを苦痛に感じたことはない。しかし、それがすぐに恋愛感情かと言われれば、それは違うと言い切れた。だが、周人自身も気付いていなかったのだが、彼女の存在がかなり大きなものになっているのもまた事実である。そして何より『恵里の事』を知ってからも全く態度を変えなかったのは由衣ただ1人だけである。その事が周人の心の奥に大きく響いていたのだった。


「そうかもしれないな・・・」


米澤は、それこそが恋愛への第1歩だと気付きながらもあえてそれは言葉にしなかった。それは周人自身が気付かなくてはならない事であり、周人の場合は他人がそれを指摘しても逆効果になってしまうだろう。だが、確実に前へと前進しつつある周人の心に米澤は嬉しそうな顔をしてみせるのだった。


「さぁて、じゃぁ八塚が戻ってきたら久々に、いや、最後の晩餐を楽しみますかね」


そう言いながら立ち上がり、米澤は背伸びをして見せた。明日は西校のメンバーとの送別会であり、このさくら校での最後の晩餐を3人ですべく米澤はテキパキと片づけを済ませ、戸締まりを確認するのだった。


西校同様にこちらでもよく通う近所のいきつけの居酒屋に向かった3人はささやかな晩餐ともいうべき夕食を取った。明日、本格的な送別会があるために今日はそういった趣向ではない。とにかくいつも通りの会話で盛り上がりつつ、自然な流れで話題は由衣の事へと流れていった。というのも、八塚は由衣に好意を抱いており、八塚にしてみれば周人は強力なライバルに当たるのだ。


「けど、ここ最近の吾妻さんはすごく綺麗になったというかさ、より一層大人びてきたと思うなぁ」


米澤は程良い酔い加減でそう言うと、チラッと周人を見やった。周人もまた今日は酒が進んでおり、アルコールのせいか気分は良くなっている。それに対してあまりお酒が飲めない八塚は今の米澤の言葉に大きくうなずきながらも大きなため息をついてみせた。


「・・・そうですねぇ・・・ますます高値の花って感じで・・・」

「芸能界でもやっていけそうな勢いだしな、あの子の美人度の上がり具合は」


そんな2人のやりとりを聞きながら、確かにここ最近はドキッとさせられる表情をする事が多いなと思いながらビールを口にする周人は2人からの強い視線に気付いてドキッとさせられた。


「・・・何です?」

「いや・・・・・恋する乙女の力はすごいなぁってね」

「先輩、本当は付き合ってるんじゃないでしょうねぇ?」


同時に2人からの攻撃を受ける周人はたじろぎながらも交互に視線を走らせた。


「みんなそう言うけど、別に何もないし、どうもならないし・・・・」

「でもさぁ、こう・・・なんだ、ギュッと抱きしめたくなる時とかないわけ?あの顔で見つめられたら、グッと来るもんがあるだろう?」

「ないですね」

「あっそう?ホントに?」


米澤は力強く聞いたかと思えばあっさり引いていく。そんなペースに翻弄される周人は額を押さえながら疲れた顔をしてみせた。そんな様子をジッと見ている八塚はこれみよがしに大きなため息をついて周人を見やった。


「僕にも先輩ほどのルックスがあればなぁ・・・」

「あの子はもうルックスで人を判断しないよ・・・アタックしてみれば?」


肉じゃがを小皿に取りながらそう言う周人をさらに睨みつつ、八塚はさらに大きなため息をついた。


「先輩って意外と天然なんですね・・・先輩を好きなのをわかっていてアタックすればフラれるに決まってるでしょ?」

「そりゃそうだな」


米澤はうんうんうなずくと焼き鳥を大きく頬張った。周人は肘を付いてアゴを乗せると何かを考え込むようなポーズを取る。確かに好きだとは言われていないが、かつて新城を好いていた時同様にその好意は見ていてすぐにわかる。それを新城のように苦痛に思わないのは今自分が誰も好いていないからだと考えられた。誰か他の人を好いていればそれを疎ましく思っただろう。だが、今の周人にはその想いは複雑な心境を作り上げていくぐらいの感情でしかない。


「でもまぁ、こういうのは難しいからな。でもこの間は吾妻さんに久々に会えて嬉しそうだったそうじゃないか・・・実はまんざらでもないとか?」


米澤はフォローしているのかしていないのかよくわからない調子でそう言うと一口ビールを飲む。周人はおいおいと思いながらも八塚からの冷たい視線を感じて愛想笑いを浮かべた。


「あれは違いますよ・・・別にオレはそんな・・・・」

「冗談だ」


どこか焦ってそう言う周人に対して冷ややかにそう一言返すと無表情のままさらにビールを飲む。してやられたと思う周人の横で八塚が鬼の形相で睨み付けるようにしており、周人はますます困った顔で天井を見上げた。


「何か、吾妻さんを好きにならなきゃいけないみたいじゃん」


すねたようにそうつぶやく周人の言葉に米澤はしまったと危機感を持った。確かに周人が由衣を好きになり、『恵里』との過去を吹っ切る事が一番いいとは思っていた。だからこそ、周人の心に芽生えつつある由衣への想いを引き出そうと狙ってみたのだが、これでは逆効果である。このままではますます周人は由衣の好意を拒絶しかねない。強制されて好意を持たされたと周人が認識してしまえば、彼の心の中にある小さな火は簡単に消えてしまうのだ。


「でも、確かに彼女はまっすぐです。何かいつの間にかペースに巻き込まれているし・・・・女の子と遊びに行って何も考えずに過ごせるっていう事に関してだけは、特別と言えるかもしれないなぁ」


周人はビールの入ったジョッキを見ながら由衣と過ごした時間を思い出すようにそうつぶやいた。米澤はその言葉にホッと胸を撫で下ろし、安堵の表情を浮かべて見せた。どうやら周人は冗談ととってくれたようであり、当初の思惑通り少しだけだが由衣が特別だと認識し始めている。だがもうこれ以上はこの話題はまずいと判断した米澤はその後八塚にターゲットを変え、内気な性格をどう直せばいいかという風に話を完全に切り替えて2人して小1時間ばかり徹底的に八塚をいじり倒したのだった。


とうとうやって来たバイトの最終日は中学三年生の数学となっていた。とりあえず年内の授業自体が今日で終わりということで周人がラストを締めくくったのだ。生徒たちも周人がアルバイトを始めてからの付き合いの為に、辞めるとなると感慨深いものがあったのか女子生徒たちから餞別の贈り物などが用意されていた。中には涙する者もいて、周人はここでバイトをやってきてよかったとしみじみ感じることができた。簡単ながら激励の言葉を残し、周人の最後の授業は終わりを告げた。いつもより30分早く授業を終えた生徒たちを送りに行った八塚とは別に、周人はすぐに車を飛ばして西校へと向かう。今からならばギリギリだがバスが出るまでに到着し、別れの挨拶ぐらいはできるだろう。幸い道も空いており、ダブルワンは快適にさくら谷を目指して突き進んでいった。


授業を行っていた新城は康男の指示通り時間いっぱいまで授業を行い、周人が車で来るまでの時間を稼いだ。授業を終えたのが午後9時ジャスト、そして雑談混じりに片づけをし、全ての生徒が教室から外に出たのは9時10分過ぎであった。康男もバスを出す時間をずらし、その成果からか周人のダブルワンが独特のエンジン音を響かせて新城のエスペランサの後ろに乗り付けたのだった。もう間に合わないと思っていた由衣にとってそれは飛び上がるほど嬉しい事であった。すぐにダブルワンから降りてきた周人に、意外や意外、男子生徒たちが集まってきた。由衣や美佐を除いた女子生徒たちからはどちらかと言えば不人気だったが、男子生徒の人気はさくら校同様に高かったのだ。別れを惜しむ生徒たちを前に受験や勉強に向けての激励した周人は終始笑顔でいるのだった。やがてバスが出て来てそそくさと乗り込む一部の女子生徒たちを後目に数人の女子が集まって来た為に、男子生徒は名残惜しそうにしながらバスへと向かう。女子生徒たちともひとしきり別れを惜しんだ周人はこうまで慕われていた自分に今更ながら気付かされ、感動で胸がいっぱいになっていた。やがて女子生徒たちも周人から離れていき、1人になったのを見計らったのか、先に美佐が周人の元へとやってきた。周人は笑顔で美佐を見たのだが、美佐の表情は暗かった。


「先生、お疲れ様でした」


小さく絞り出すようにそう言う美佐にありがとうと返事した周人は白い息を吐く美佐を見つめ続けた。


「先生・・・私、先生の事、好きでした・・・・・でも、もうダメなの。私は・・・・恵里さんの代わりにはなれないから・・・だから・・・・」


そこまでを言うのが精一杯な美佐の肩にそっと手を置いた周人は決して笑みを絶やすことなく美佐を見つめ続けていた。そんな周人に対し、ずっと目線を合わせようとしなかった美佐だったが、ゆっくりと顔を上げて周人を見つめた。白い息はため息か、それとも言葉が出ないためか。


「わかった・・・・オレなんかを好きになってくれてありがとう。高校行って、いい男見つけて、いい恋して・・・いい女になるんだよ?君なら、凄くいい女性になれるから」


周人は優しい口調でゆっくりそう言った。美佐はつらそうながらしっかりと笑い、そして周人に背を向けた。バスに向かう美佐の背中を見やる周人の横に、ごく自然に由衣が並ぶ。その2人の様子を新城と康男、そして恵が見つめた。


「先生、今日で終わりだね・・・今までお疲れさまでした」


芝居がかったお辞儀をする由衣に苦笑しながらも、どういたしましてと同じように礼をした。


「まぁ、誰かさんには特に疲れさせていただきましたし」


そう言う周人を睨みながらも表情を緩ませる由衣はピロッと舌を出してその言葉に応えた。


「そのお詫びってわけじゃないけど、これ餞別じゃなくてクリスマスプレゼント・・・・どうせ寂しいクリスマスだろうと思ってさ。餞別はあっちで女子に貰ってるだろうし・・・」


そう言ってダッフルコートのポケットをまさぐると素っ気なく手の平大の包みを差し出した。赤い、クリスマスを連想させる包み紙に白いリボンが巻かれている。周人はそれを受け取ると照れたような、だが嬉しそうな笑顔を浮かべた。


「開けてもいいか?」

「え?あ~、いいよ」


こちらも照れた様子をかき消すようにぶっきらぼうにそう答える。周人はそんな由衣の返事ににんまりしながらも丁寧にリボンを外し、紙を開いていく。中には白い箱が入っており、さらにその中から銀色に輝くジッポライターが納められていた。そのライターをそっと取り出してまじまじ見やる周人は両脇にピンクのハートマークが立体的に施されたその模様に苦笑した。


「ありがとう・・・・大事に使わせてもらうよ」


そう言うと、そっとライターを取り出すとカチンと小気味のいい音を響かせて火を点けた。


「店の人がサービスでオイルを入れてくれたの・・・・オイルは予算オーバーだったから買えなかったんだけどね」


珍しく見せる恥ずかしそうな仕草に周人は何故か胸が高鳴るのを感じた。


「ありがとう」


あらためてもう1度そう礼を言う周人に、由衣は頬を赤く染めながらコクンとうなずいた。周人は火を消すと、そのライターを強く握りしめた。冷たいそのライターが何故か暖かく感じられる。


「次は合格した時だな?」

「そうだね・・・・またファンタジーキングダムに行こうね?」

「・・・・今度は前に乗ったやつと違うのに乗るからな」

「はいはい」


そう言って笑い合う2人に別れを告げるクラクションが鳴り響く。まだバスに乗り込んでいない生徒は由衣を含めてあと数人しかいない。由衣は周人の顔を焼き付けるかのようにジッと見つめ、周人はそんな由衣を見つめ返した。


「じゃぁな、いい報告を待ってるからな」

「・・・・・うん、待っててね!」


由衣は一瞬悲しい顔をしてみせたが、すぐに笑顔でそう答えた。周人は走り去る由衣に手を振り、由衣はバスに乗り込むその瞬間に手を振って笑って見せた。本当はギュッと抱きしめて欲しかったのだがそれは叶わない夢である。やがてクラクションを鳴らしてバスが出発していく。新城の横に並んで手を振る周人はいろいろな想いを胸に感じながら最後までバスを見送ったのだった。そして由衣から送られたジッポライターを見つめ、薄く笑うとそれを握りしめた。周人は一旦ダブルワンに戻って箱を紙で包み直すと後部座席にそれを置き、助手席に置いてあった買ったばかりのタバコを手にすでにタバコをくわえている新城の横に並んだ。恵は寒さに弱いせいか耐えきれずにすでに職員室の中に入ってしまっている。周人は新しいタバコを箱から1本取り出すと、小気味の良い金属音を響かせながら火を点けてくわえたタバコに火を近づけた。煙を深く吸い込み、そして吐き出す。何ともいえない微笑を浮かべる周人を見る新城は周人の手の中で転がされているジッポに目をやると、それを見せてくれと頼んだ。だが周人はそれをさっさとポケットにしまうと得意げな顔をして新城を見やった。


「大事なジッポだからな・・・そうそう見せられないね」


周人はわざと素っ気なくそう言うと寒空に浮かぶ半月を見上げた。新城はあきれた顔をしていたが、フッと笑いを漏らして同じように澄んだ夜空に浮かぶ月を見上げるのだった。


バスの中で、由衣は美佐と並んで座った。由衣が周人にプレゼントを渡したところは誰にも見られていなかったのか、バスに乗ってからも誰も何も言ってこなかった。だが窓の外を眺める由衣の表情はいつもと違ってどこか暗く、美佐はあの日以来、由衣との仲は気まずくなっていながらも心配になって声をかけた。


「由衣ちゃん、どうしたの?」


その声に由衣は美佐を見る。別に涙を流しているのではないのだが、美佐には由衣が泣いているように見えてしまった。


「・・・別に、なんでもないけど」

「そう?」


美佐は由衣を覗き込むようにして見つめた。さすがに由衣は美佐には嘘をつけないと悟り、苦笑してから自分の素直な気持ちを告白し始めた。


「先生にクリスマスだからライターをあげたんだ・・・・すごく喜んでくれた・・・・」

「よかったじゃん」

「でも・・・私は・・・ギュって抱きしめて欲しかったの・・・実際そんなことあり得ないんだけど、でも、そうして欲しかった」


由衣はそう言うとつらそうな、今にも泣きそうな表情になってしまった。同じ人を好きだった美佐にとってそれは痛いほどよくわかる。由衣もやはり心のどこかに不安を感じていたのだ。そして離ればなれになってしまう今、その寂しさが不安を加速させてさすがに強気な由衣をもこうも弱気にさせている。だからこそ、抱きしめて欲しいと願ったのだ。だが周人は情に流されてそんなことをする人ではない。それがわかってしまうために、美佐もまたつらい気持ちで一杯になった。


「でも、絶対志望校に合格して、もう1度デートするんだ!んで・・・・告白する」


由衣は力強くそう言うと、さっきまでの暗い表情とはうって変わってとびっきりの笑顔を見せた。美佐はうなずいたが、告白がうまくいくかどうかははっきり言って難しいと思っていた。彼の心の中にいる『恵里』という名の存在をうち消すことは生易しい事ではないのだ。だからこそ、美佐は周人への気持ちが薄れていき、結局は『恵里』に負けてしまったあげくに周人への気持ちをあきらめてしまったのだ。


「頑張って!」

「もち、頑張る!」


そう言って笑い合うのは久しぶりのことである。美佐は自分の分も由衣に頑張って欲しいと心から願っていた。そしてそんな由衣を凄いと思い、そして羨ましいと思うのだった。


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