閉ざされた時間(3)
部屋の中がしんと静まりかえり、嵐が去ったかのようなその静けさに少し寂しさを感じている周人だったが、やはり友の存在は大きいと実感した。2日間、ミカに圧倒されっぱなしではあったものの、それはそれとして楽しかった事には間違いない。時間は夕方5時、夕飯にはまだ早い。とりあえず座ってゆっくりしようと思ったが、さっきまで大人数でいたせいか、やはりどうやっても寂しさは消せなかった。絨毯の上に大の字になって寝そべると天井を見上げ、昨夜ミカから聞いた『恵里』の言葉を何度も噛みしめた。次に由衣、美佐、恵の事を考える。はっきり好きだと言ってくれた美佐、言葉にこそ出さなかったもののその態度から好意を知った由衣、そして寝ていたとはいえ思わぬ告白を受けてしまった恵。
「解放・・・・」
占い師が言った言葉をつぶやき、由衣の事を思う。彼女こそが自分を解放する者だと告げられた。占い師の予言が当たればたとえ彼女と付き合わなくても自分は解放されて運命の選択を迫られるのだ。そして事実解放への序曲は始まっている。『恵里』の遺した言葉、そして3人の女性からの好意を受け、周人は今、誰にも『恵里』を重ねる事なくしっかりと3人の人間を見極めようと決心するのだった。
夕方だからかどうかはわからないが思った以上に高速道路は空いており、軽快に飛ばす哲生の横ではミカが小さな寝息を立てていた。哲生は運転することが好きで夜中でも1人でドライブに行くほどである。すっかり暗くなった外を見ても、一定に流れる景色を見ても運転している限り眠くはならないのだった。一方、後部座席でも圭子が誠の肩にもたれかかるようにして眠っている。ぼんやりと外の景色を眺めていた誠がそのままの態勢で不意に哲生に話しかけた。
「よく、怒らなかったな・・・・ミカちゃんが周人とキスしたやら、一泊したやらでさ」
ルームミラー越しに誠を見た哲生はすぐに視線を前へとやった。
「相手がシューだからな。他のヤツ、お前や十牙とかだったら即ぶっとばしてたかもしれないけど」
「わからんでもないけど、こっちであいつが変わっていたらって思わなかったのか?オレは、アイツがどういうヤツかは知ってるつもりだけど、これは別物だよ・・・」
誠はそう言うと、やや大きい声を出しすぎたかとあわてて横で眠る圭子を見た。だが規則正しい寝息は一向に変わらない。それは助手席のミカも同じであった。
「確かにな。でも、あいつがどれだけ恵里ちゃんを好きで、そのせいで苦しんで苦しんでこっちにやってきたかを・・それを知ってるからなぁ・・・」
しみじみそう言う哲生に、誠はやや顔を伏せがちに考え込んだ。幼なじみである哲生は周人という人物をよく知っている。そして、『恵里』とも面識があり、ミカを加えた4人でよく遊びにいったものだった。そして『恵里』を亡くした周人がどれだけ悲しみ、怒りに身を焦がしたかを知っているのだ。だからこそ、復讐する周人を止めに行きながらも、結果的にだがそれに加担することとなったのだ。そして誠もまた、『ヤンキー狩り』の噂を聞いて周人たちに挑戦し、破れたにもかかわらず純粋に『キング』を倒したいという周人の信念に突き動かされて仲間になった。
「そうだな・・・自分がどうなろうと、ただひたすら『キング』を倒すために全力を注いだぐらいだ・・・命を捨てる覚悟で・・・・オレだったら、挫折してたかもしれない・・・いや、きっと挫折していたさ」
眠る圭子を見やりながらそう苦しげに言う誠は圭子の顔にかかっている髪をそっとかき上げてあげた。優しいその手つきから愛おしさが染みだしている。
「でも、言ってたぜ?オレたちがいなかったら勝てなかったって・・・・感謝してるってな・・・」
「そうだな・・・でも、キングを殺さなかったのには正直ホッとした」
「左腕折られて、7つの奥義の内4つを破られた・・・・最後の技こそ凄まじかったが、あれで全力を出しきったんだろう。殺そうと思えば殺せたが・・・・あの状態は死んだも同然だったからなぁ・・・」
「オレなら・・・あの技を喰らった時点で死んでたよ」
誠はそう言うと、微笑を浮かべた。哲生は真剣な目をしたまま前を見て運転している。
「あいつがいつか彼女を連れて帰って来る日を、楽しみにしておこうぜ」
哲生は薄い笑みを浮かべながらそう言った。誠はあのプリクラを思い出し、哲生とはちょっと違う笑顔を浮かべて窓の外を見やった。そんな誠をミラー越しに見た哲生は怪訝な顔をしてみせる。
「何笑ってんだよ?」
「あのプリクラさ・・・・」
「あぁ~・・・」
哲生もまた笑みを浮かべる。あの女の子の罠にはまってああいった写真になったかもしれないが、そういう積極的な人でない限り周人を変える事はできないと2人は思っていた。
「いい土産話ができたよ」
嬉しそうにそう言う哲生は『恵里』を亡くす前の、少し昔の姿に戻りつつある周人の姿を思い出しながらアクセルを踏み込むのだった。
昨日まで降り続けた雨は止み、今日は久しぶりに快晴であった。夕方になってもそれは変わらず、恵はバスを下りて軽快な足取りで塾へと向かった。10月も終わりを迎えようとするこの時期はさすがに寒くなってきている。グレーのジャケットを着た恵は新城の車が止まっている事に気付き、小首を傾げた。周人がいなくなってからの今のシフトでは金曜日以外は会うことがなくなっている為、水曜日たる今日に新城が塾に来ることはないのだ。恵はそっと職員室のドアを開けてみた。そこにはかすみと新城が何かを楽しそうに話しているのみで他には誰もいない。
「よぉ!」
「こんにちは!」
靴を脱ぐ恵に元気良く2人が挨拶をしてくる。恵もそれに笑顔で応え、自分の席に向かった。周人が使っていた机は今や数多くの教材が積み上げられており、彼が座っていた名残はもう何もなかった。当初こそこの現状に寂しさを感じていたのだが、この状況にももう慣れてしまった恵にとってそれは気にする程のことではないのだ。
「どうしたの、今日は?」
荷物を置き、授業の準備をしながらそう問いかける恵に対して新城は椅子ごとそっちを向いた。かすみもまた同じようにしてみせる。
「奥田さんに用事があったんだけど、君にもね。今度の休みにさ、3人でどこかへ遊びに行かないか?」
唐突にそう言われた恵は少し驚いた顔をした。いつの間にそういう話になったのかということもあったが、何よりいつの間にこの2人がそこまで仲良くなっていたのかということに一番驚いたのだ。1週間に1度しか会う日がない上に授業の時間も重なっている。しかも彼女はバスで帰るわけだから、実質話をしたりできるのは授業が始まる前のわずかな時間でしかない。
「私は・・・いいわ。2人で行っておいでよ」
恵は笑いながらそう言うと教材をチェックした。外ではすでにバスのエンジン音がしており、生徒たちが到着したことを示していた。それを聞いたかすみも教材のチェックを行う。
「どうする?」
新城が実に親しげにかすみにそう問いかけた。かすみはしばらく考えた後に仕方がないから2人で行こうかと答えを返した。その様子からこの2人が今やいい雰囲気にあることに喜びながらも、周人とは何の連絡も取れていない自分に焦りも感じてしまった。康男から周人の過去を聞いてから積極的になろうとしたものの、どういった感じで接していいかわからずに困っていたのだ。かすみは考え込む恵を誘って先に外へ出ていく。恵は教材を小脇に抱えると後を追うように玄関へと向かった。
「木戸とは、連絡取ってるのかい?」
新城は立ち上がりながらそう恵に質問した。恵は靴を履きながら力無く顔を横に振るのみである。
「そうか・・・・・吾妻さんと小川さんは何かを考えているみたいだったぜ?」
その言葉に、ドアノブに手をかけていた恵の体が一瞬止まった。
「そう?」
それだけ言うと振り返る事なく外へと出ていった。そんな恵の様子に新城はため息をつくと腕を組み、何かを考え始めた。
授業が終わり、皆元気良く外へと飛び出していく。そんな中、由衣もそそくさと教室を出ていくのを見た恵は大きなため息をついた。
「私・・・何やってんだろう」
そのつぶやきを偶然聞いていた美佐は教壇の前でぼんやりしている恵にそっと近づくと笑顔で話しかけた。
「先生?どうしたの?」
恋敵でもある恵の暗い顔から何かあったのかと思いながらもあえてそこには触れない。
「ん~、まぁいろいろとねぇ・・・」
恵は苦笑しながらそう言うと今日1日の授業の記録であるホワイトボードを消し始める。そんな背中を見ながら、美佐は少し顔を曇らせた。
「そう・・・」
そうとしか言いようのない美佐は何度か後ろを振り返りながらもそのまま教室を後にした。それを横目で見ていた恵はさらに大きなため息をついて見せた。焦りはさらに募り、だが、どうしていいかもわからない。
「いっそさっさと告白してみるかな?」
自分にそう問いかけるが、やはり答えは出ない。だがこのままでは駄目だと思った恵は周人を誘うことを決意し、てきぱきと後片づけをしていくのだった。
駅のホームに人気はない。恵が向かう方向ははっきり言って田舎であり、逆方向に向かう方面は繁華街である桜ノ宮方面のため、まばらながらも人はいた。電車はついさっき出たばかりであと10分は来ないことは時刻表を見ずとも頭の中に入っているため、わかっている。この時間は15分に1本程度しか電車が来ないためにいつも時間をもてあましていたが今日は違った。バッグから携帯を取り出すと、周人の番号を表示させて通話ボタンを押した。心臓の鼓動は早くなり、緊張から喉も徐々に乾いていく。コール音がさらに鼓動を早くさせる中、繋がった音が息苦しさを増大させた。
『はい?』
「あ、木戸クン?青山です、お久しぶり」
緊張した声が伝わるのではないかとドギマギした恵だったが、何とか自分を落ち着かそうと懸命に努力する。
『おー!久しぶり!元気してる?』
「うん、元気!木戸クンも元気そうね?」
普段と変わらぬ周人の声に次第に落ち着きを取り戻していく恵だったが、周人に何の用かと聞かれて再び鼓動を激しくしていった。
「今度の休みは、暇かな?」
予定が空いている事を祈りながらも慎重にそうたずねる。
『相変わらず暇してるからな、空いてるよ』
「じ、じゃぁさ・・・また映画でも、どうかな?」
少々声がうわずってしまったが、ちゃんと誘えた自分に満足はしていた。あとは周人の返事を待つのみである。
『いいよ、行こうか』
「いい?じゃぁ~・・・・・・・・また10時にこないだの場所でいいかな?」
『いいよ、今度は早めに行くから・・・見たい映画、考えておいてくれよな』
周人のその返事に嬉々とした恵はそのまま電車が来るまでここ最近の近況を話し続けた。塾での事、新城とかすみの事などを嬉々として話をした。やがて電車がやって来るのを告げるアナウンスと、遠くから電車が放つライトの明かりを小さいながらも確認した恵は名残を惜しむようにしながら電話を切ったのだった。だが充実感が心を埋め、その満足感を噛みしめる。そして周人とはやはりずっとこうしていきたいと思い、雰囲気次第では告白してみようと心に決めたのだった。
バイトを終えて家に着いた周人が鞄を置いた矢先、最近新たにダウンロードしたお気に入りの曲が軽快な音楽を奏でて携帯電話が鳴り響いた。由衣の事件の後、新たに機種変更したその携帯はまだ新しく、それは周人にちょっとした感動を与えてくれた。だが、今流行のスマホではない。周人の小遣いから考えれば、できるだけ安い方が多機能な物よりも魅力的だったのだ。それに、もはやステータスとしてしか持っていない携帯が1日2回鳴ることなど今までになかった。哲生たちもこの番号を知らないし、あえて知らせていない。それに自宅の番号は知らせているのだが、向こうから連絡をしてくることはなかった。家を出る際に全ての連絡を取らないことを皆に言ってきたのだ。周人の家の事情等も察した仲間はそれを了承し、周人の桜町での住所と簡単な地図、そして電話番号のみを知らせるだけに留めたのだった。それ故、携帯のナンバーはごく一部の者にしか教えていないのである。周人は携帯を手に取るとそれを開いて画面を見やった。非通知になっていたが、臆することなく電話に出た。
「もしもし?」
『あ、周人?わ・た・し!』
その声にがっくりと肩を落とし、思わず電話を落としそうになった周人は深々とため息をつくと苦笑を漏らした。
「吾妻さん・・・オレの携帯番号がよくわかったな?」
『あれれ?あっさりわかっちゃった・・・・も~、先生ぇ、声だけで私ってわかるって事はぁ・・・・もしかして、私に惚れまくりぃ?』
この間のミカと同じような言いっぷりだが、あっちは天然系、こっちは確信系である。この間の事で免疫ができているのか、周人はそれを軽く流す事にした。
「で、用はなんだよ・・・」
あまりに素っ気ない態度すぎたのか、今までテンションの高かった由衣はしばらく黙り込んでしまった。さすがにちょっと悪かったかなと思う周人の耳元で何かすすり泣くような声がかすかに聞こえる。周人の心が若干ながら痛みを感じ、少々自己嫌悪に陥った。
「いや、悪かった・・・用事は何?」
さっきとは違って優しい口調になった周人だったが、電話の向こうの由衣は無言だった。泣かせてしまったと思って少々焦りも募ってきた周人はここはひとまず素直に謝ることにしたのだった。
「ゴメン、吾妻さん、許してくれ」
『・・・・私のこと、嫌いなんでしょ?』
かすれるような声でそう問いかける由衣の声は涙声のようであった。
「いや、その・・・嫌いとかじゃなくって・・・・・」
『じゃぁ・・・・好き?』
「・・・・お前、嘘泣きだろ?もう切るからな、じゃぁな!」
明らかにいつもの由衣であると判断した周人は言い方はきつかったかもしれないが、よくよく考えれば泣かれるほどのものでもなかった上にこの質問の為、完全に騙された事を悟った。さすがに周人も冷静さを取り戻してさっきより素っ気なくそう言ったのだ。
『あー、待って!ゴメン!用事はぁ、あれだ!あれ!ね?あれあれ!わかるっしょ?ね?』
今度は由衣が焦る番だった。焦りのあまり、用件がすぐに出てこない。どもりまくるその様子に周人は笑いを耐え、そのまま沈黙を守った。
『休み暇?遊びに行かない?』
かなり簡潔にそう言う声に今日2度目となる遊びの誘いに顔を曇らせたが、いつの休みかを聞かないといけない上に、彼女が受験生であることも思い出した。
「休みっていうかさ、お前さん受験生だろぉ?」
『息抜きしたいのよ、マジで。で、次の日曜は?どう?』
「残念ながら予定入ってる」
『・・・・じゃぁ・・・その次は?』
その予定というのがかなり気になった由衣だったが、あえてそこには触れないようにした。もし誰かと、特に恵などとデートだとわかれば嫉妬心からつらい思いをするのが嫌だったからだ。
「・・・・・空いてるけど、もう11月だぜ?勉強は大丈夫なのかよ?」
もう進路決定の時期にも差し掛かる季節でもあり、受験生にとって今は大事な時期でもある。そこを心配した周人であったが、由衣は息抜きを理由に強引とも言える口調でデートにこぎ着けた。
「・・・・わかったよ、で、どこ行くんだ?」
『フフン!最近出来たといえば、そう!ファンタジーキングダム!はい拍手ぅ~!』
異様にテンションが高い由衣が指定したその場所はこの夏に開園した桜町から車で約2時間程度の場所にあるファンタジーキングダムと呼ばれる施設であり、大人が遊べるスリル満点の最新型絶叫マシンを主体としたソードランドと、子供が遊べるほのぼのしたアトラクションが楽しめるマジックランド、そして水を扱ったいろいろなアトラクションがあるグランドオーシャンの3つのエリアに分かれた大きさも日本最大級のテーマパークである。絶叫マシンや体感ゲームなどが数多くあり、とても1日では回りきれないほどの敷地を誇る。だがそのせいか人の多さも半端ではなく、またそういった絶叫マシンが苦手な周人にとって遠慮したい場所ナンバーワンでもあった。
「行ってらっしゃい・・・」
『なぁんでよぉ~・・・楽しいよ?』
「いや、いい・・・別の場所にしよう」
『怖いんだ?・・・・・あんなに強くても、そういうのは怖いんだ?』
「ああそうだよ!怖いんだよ!だからイヤだ!」
『2人の愛の証ラブラブプリクラ・・・・・・塾の掲示板にでも貼ってみるかぁ・・・』
そこで周人は一気に口ごもってしまった。この間ミカに暴露された時の事を思い出し、全身から力が抜けるのを感じた。ここで強がればまず間違いなく由衣はそれを実行するだろう。向こうは冗談で済んでも、恵や美佐が見たらと思うとやはりきついものがある。それに康男のやらしい顔も想像がたやすい。
「・・・怖いのには乗らないからな?」
『いいよ、乗れるやつにだけ乗ろう!』
「・・・もう彼氏彼女ごっこはしないからな?」
『あー、あれはもういいや』
あっけらかんとしたその様子に少々拍子抜けしたが、周人はそれならばと渋々OKした。ただしその後は勉強に専念することを約束させたのだが。とにかく嬉々とした声で喜ぶ由衣に苦笑を漏らしながら周人は少し気になった事を話しだした。
「小川さんとかと行けばよかったのに」
『美佐は忙しいんだってさぁ。思い当たる限り暇そうなのは先生だけだよ』
失礼な事をはっきり言うが、それが由衣の良さだとも知っている周人はすっかりペースを握られていることに再度苦笑した。
「で、元気にしてるのか?」
『まぁね。成績も好調!これは新城先生復活の効果でしょう!』
「そりゃぁ悪ぅございましたなぁ」
周人が芝居がかってそういうと、由衣はケラケラと笑った。
「あれから、変な事は無いんだな?」
『まぁね・・・・うぅん、まぁ強いて言えばいたずら電話が多いぐらいかな?』
「いたずら電話?」
『無言がほとんどで・・・・携帯にも家にもかかってくるの・・・・それになんか時々見られているような気がするし・・・気持ち悪いから外へ出るときは気をつけてるし、夜は出ないようにしてる』
それを聞きながら眉をひそめる周人だったが、普段帰りが遅くなる塾の日は家のすぐそばまでバスが送迎を行う。それに三年生とあって部活もない上にこのシーズンからして学校からの帰宅時間は夕方で早いだろう。襲われる確率は無いとは言いがたいが、かなり低いと考えられる。
「視線はどこで感じる?」
『ん~、学校の帰りだとかぁ・・・時たま塾でも・・・でも塾は人が多いし、私の可愛さに惚れている男子かもしんないけどね』
あっけらかんとそう言う由衣の言葉にしばらく考え込むようにした周人は一瞬その電話の主があのバンダナの一味かと思ったが、彼らが慕う芳樹がいる限りそれはないと判断した。ひょっとすればこれはストーカー事件かもしれないと思いつつも離れた場所にいる自分がどうすることも出来ないことも知っている。
「塾長に相談してみろ」
『もうしたよ。それからは、バスは結構家の近くまで行ってくれるし・・・・』
「そうか・・・」
こういうケースは初めての周人だったが、まだ由衣に危険が迫っていると判断するのは早いような気もした。あの事件が神経を過敏に反応させているせいもあるのだが、亜佐美の件もあって心配は募っていった。
『心配ないよ、やばくなってきたらまた相談するから・・・先生なら、信頼できるから』
「ああ、そうしてくれ」
由衣は電話の向こうでうなずきながらうんと元気良く答えた。とりあえず待ち合わせ場所と時間を決めた後、電話は終わった。だがやはりさっきの言葉が気になる周人は少しばかり考えを巡らすと、ため息をつきながら浴槽にお湯を張りに向かった。
「一度塾長と話をしてみるか・・・」
湯船にお湯が注がれる様子を見ながら浴室でそう1人言をつぶやくと、頭の中で何かが警告を発するのを感じながらその後もてきぱきと用事を片づけていくのだった。




