君の中の永遠(4)
年末の大型イベントであるクリスマスも終わり、町は一転して年越しと新年を迎える準備に移行していた。周人は由衣と大晦日を過ごした後、お正月の三日までを実家で過ごすこととしていた。その際に由衣と結婚する意志を両親に示し、四日の日に由衣の家に挨拶に行こうと考えていた。由衣は由衣で周人からプロポーズされたという報告をし、自慢げに婚約指輪を見せびらかせた。とりあえずだが両親から祝福を受けた由衣はご機嫌であり、毎晩もらった指輪を眺めてにんまり笑うのが日課となっていた。まだ具体的にどこでどう式をあげるだの、新居はどうするだのといった話はでていないが、とりあえずは焦ることなくじっくり考えていこうということでお互いの意見は一致していた。そうしているうちに年は明け、周人は実家へと戻っていった。親戚の家を回った元旦の日を除いては寝正月で三が日を終えた由衣だったが、さすがにこの日はきちんとした格好で部屋にいた。周人からは毎日メールや電話でのやりとりをしていたために結婚に関して両親は両手離しで喜んでいたとの報告も受けている。ただ鳳命だけは喜び半分で自分が結婚できないことに半分落ち込んだそうだが。ともかく、今日、周人が由衣の両親に挨拶を済ませれば結婚に向けて大きな一歩を踏み出せるのだ。その日は朝からそわそわする父秀雄に対し、周人のためにおせち料理を準備する母実那子は実に落ち着いた、それでいてご機嫌な様子で由衣を呆れさせた。そして約束の十時となり、普段通り時間ぴったりにインターホンが鳴らされた。廊下を猛ダッシュする実那子を遮り、先に由衣が玄関を飛び出す。息を切らせながらも笑顔を見せる由衣に少し驚いた顔をする周人だったが、由衣を押しのけて顔を見せた実那子を見て苦笑を漏らしながらも丁寧な仕草で礼をした。
「明けましておめでとうございます」
「おめでとう。ささ、上がって上がって!」
「失礼します」
いつになく落ち着いた、そしてどこか上品さを持った周人に戸惑いつつも由衣は先に周人を家の中に入れて最後に自分がドアを閉めた。お邪魔しますと言ってから実那子が用意したスリッパを履いた周人はいつも着ている黒いコートを脱いでグレーのスーツ姿となる。そんな周人にうっとりした顔をする母親を恥ずかしいと思いながらも徐々に緊張が高まってきた由衣は何も言わずにリビングへと入っていった。
「お邪魔します。明けましておめでとうございます」
「おめでとうございます、どうぞ、入って」
ちゃんと礼をしてからそう言ってリビングに入るのはいつものことだ。来る度にちゃんとこういう挨拶が出来ているだけに見慣れているはずだが、今日はいつもと違って見えるのだから不思議だ。周人はコートを受け取る実那子に笑みを見せながら礼を言い、その笑みに何故か恋する乙女のように頬を染める実那子。周人は実那子が秀雄の横に座るのを確認してからゆっくりした動作で正座をすると、持ってきていたケーキの入った白い箱をテーブルの上に置いた。
「気持ちです。ケーキですので後で召し上がってください」
そう言った後、由衣も座るのを確認してから周人は落ち着いた表情のままゆっくり、そしてしっかりと話を始めた。
「これまで5年間、由衣さんとお付き合いしてきましたが、お互いに結婚をしたいと思い、先日プロポーズを致しましたところ、由衣さんからは良い返事を頂きました。つきましてはご両親のご了承を頂きたく思います」
そこで一旦言葉を切った周人は秀雄、実那子、そして由衣の順番に顔を見ていった。そして両手をつくと深く頭を下げる。
「由衣さんを僕にください。必ず幸せにしてみせると誓います。どうかよろしくお願い致します」
頭を下げたままの周人から隣に座る秀雄を見やった実那子に反対の意思など無い。そしてそれは秀雄も同じであった。秀雄は自分もきちんと正座をし直し、周人の真正面に向き合った。
「君になら娘を任せられると信じています。そして、君にしか任せられないとも思っている。こちらこそ、このわがまま娘をどうかよろしくお願い致します」
そう言って秀雄は深く頭を下げた。実那子は常に微笑を絶やさず、由衣は今の秀雄の言葉に感動し、胸が熱くなるのを感じていた。
「さ、もうかしこまった挨拶は終わりにして、ご飯にしましょう」
パンと両手を合わせてそう言った実那子の言葉により秀雄が立ち上がり、次いで周人が立ち上がった。実那子を手伝うために周人が持ってきたケーキの入った箱を持ってリビングを出た由衣を確認したのか、秀雄は後ろに立っている周人を振り返るとやや顔を近づけて声を潜めるような仕草をとる。
「これから先、母さんには手を焼くぞぉ・・・そこいらの芸能人より君にハマっているからね・・・迷惑かけると思うが、アレも一緒に頼むよ」
思わぬ言葉にしばらくきょとんとしてから苦笑を漏らした周人は同じように苦笑する秀雄に対して声を潜めるようにしながら誰も入ってこないかをうかがった。
「ではそれも込みで、頑張ります」
「すまんな・・・大体、娘の彼氏にハマる母親なんて聞いたこともない・・・情けない限りだよ」
腕組みしてうなだれるような仕草をとる秀雄はリビングの入り口に立つ実那子の姿を目に留めて飛び上がらんばかりに驚きを全身で表現した。
「何やってるの、早くいらっしゃい」
話が聞こえていなかったのか、にこやかにそう言うと実那子はさっさと去っていった。どうやら聞こえていなかったらしいと安堵の表情を浮かべる秀雄に苦笑する周人は急いでキッチンの方へと向かった。そこにはおせち料理が並べられており、朝食を取らずに来るようにと言われていただけあってかなりのボリュームが見て取れた。
「周人君、お酒いけるの?」
「一応出かけるつもりですが・・・少しだけいただきます」
この後は由衣とウィンドウショッピングに出かけることになっていた。家具などの値段の相場を調査したりするためだ。まだ挨拶が済んだ程度なため、今はこのぐらいしかすることが無いのが実情だった。
「ワシも熱カンで頼むよ」
「いいけど、これ一杯だけね・・・・後で大事なお話がありますので飲みすぎると困るからね」
やんわりした言い方だが、『大事な』だけは強調しつつその目つきは鷹のように鋭い。やはりさっきの会話を聞かれていたと思う秀雄はその後無口となり、不思議そうな顔をする由衣とは対照的に嬉々として周人との会話を弾ませる実那子が時折秀雄に対して不気味な笑顔を向けていることに気付いていたのは男性2人だけだったのは言うまでもない。
「由衣はいつ周人君のご両親に挨拶するの?」
「成人式の連休の時に」
エビをつまみながらそう言う由衣にこれみよがしなため息をつく実那子は困った顔を周人に向けた。
「ゴメンねぇ・・・この子こんなだから、ご両親が結婚に反対しないか心配だわ」
お前の周人に対する熱い視線の方が心配だと思いつつも黙ったままちびちびお酒を飲む秀雄をよそに、周人はそんなことないですよと返事を返した。
「父は由衣さんを気に入ってます。というか、彼女以外の女性との結婚は認めないとか。祖父も由衣さんのファンですし」
「お母さんとは仲いいよ」
周人の説明に由衣はそう付け加えた。
「ならいいんだけどね・・・でも早いうちに顔合わせもしたいわね」
「そうですね。その辺の話もしておきます」
にこやかにそう言う周人に対し、何故か照れた顔をする実那子にため息をつく由衣は黒豆を数個口にほりこんだ。いつもと変わらぬ食卓だが、結婚となっても雰囲気が変わらないのはいいことだと思う周人はいつまでもこうしてうまくやっていけるよう頑張ろうと決意を新たにしたのだった。
お気に入りの白いセーターに赤のロングスカートを履き、先日買ったブーツもきまっている由衣はリラックスした感じで左手の薬指にはめられた婚約指輪を嬉しそうに眺めていた。連休とあって高速道路はやや渋滞しており、到着時間に遅れが生じることはすでに連絡済みである。今日は周人の実家へ由衣が挨拶に行くのだ。元々結婚には大賛成だということを知っているせいか、由衣はかなりリラックスしているように見えた。実際緊張などなく、あるのは周人の母静佳にようやく予知を現実に出来るという報告をしたいということのみであった。何度か周人の実家には遊びに行ったが、その都度早く結婚したいよねと周人をせかしてくれていた源斗にもいい報告ができる。ややネックともいえる鳳命のセクハラに関しては静佳がいるのでまず大丈夫だろう。やがて車は渋滞を抜け、順調に走り出した。
「あと三十分ってとこだけど、トイレ大丈夫か?」
「うん、平気」
ここまで本来であれば二時間ほどで来れたものが実質三時間近くかかっている。由衣はトイレが近い方ではないが、一応気にはしていた周人は平気と言った由衣の意見を尊重してやや速度を早めながら一路目的地へと車を走らせる。そうして予告通りの三十分後、実家のガレージに車を止めた周人はグレーのダッフルコートを手に荷物をトランクから取り出す。由衣は肌寒さを感じつつもコートを羽織らずにそれを手に持ちながら荷物を下ろす周人の様子を見ていた。
「由衣ちゅぁ~ん!」
そんな由衣の背中に向かって両手を広げながらダイビングしてくるのは鳳命だ。いち早くその姿を確認した鳳命は我先にと玄関を飛び出し、由衣に抱きつこうとしたのだ。
「はうっ!」
だが突然どこかにつまずいたかのように前のめりに倒れこんでしまった。実際は両手で体を支えて地面に激突することは避けていたのだが、体を支えた腕を軸に体を入れ替えてあぐらをかくようにして座り込む鳳命はまじまじと自分の足を見ながら手で何度もさすっていた。
「なんじゃろ・・・急に足が動かなくなったぞ」
「足腰が弱ってるんだよ、もういい年なんだから」
侮蔑のまなざしを向けながら呆れたようにそう言う周人に対し、ムッとした表情を浮かべた鳳命はあぐらをかいたまま地面に両手をつき、その手を軸にして体を回転させるとそのまま器用に体を浮かせてすっくと立ち上がった。
「これでも毎朝女子高生のねーちゃんたちと一緒にジョギングしてるんだ、そうそう弱るわけがなかろう」
「ようするに若いねーちゃんの尻ばかりを追いかけてるってことだろ?」
黒いカバンを肩から下げつつトランクを閉じようとした周人を見てニヤッと笑った鳳命はこれ幸いとばかりに由衣のお尻をつかむべく手を伸ばそうとした。
「ウガッ!」
またもうめき声と共に地面に倒れこむ鳳命は右手をそり返すようにしながら悶絶していた。一体何が起こっているのかと鳳命を見かけた時、ガレージの奥にあるリビングの窓からにこやかに手を振る静佳の姿を目に留めて全てを悟った由衣は笑顔を返しながら丁寧におじぎをした。どうやらまたもセクハラまがいの行為に及ぼうとした鳳命から由衣を守ってくれていたようだ。だが、事情を知らない周人はそんな鳳命に対し、とうとうぼけてきたのではないかとやや心配しつつ、今では平気そうに右手を曲げたり伸ばしたりしている様子からそれはないかとそそくさと玄関へと向かった。
「明けましておめでとう!」
ドアを開けるや否や、いきなりそこに腕組みをして仁王立ちしている源斗に面食らいつつも、周人と由衣はそれぞれ新年の挨拶を交わした。
「ささ、寒かったでしょう、中に入った入った」
どんと構えていた秀雄に対し、この源斗の行動は恥にしかならない。頭痛がしてきた周人だが、スリッパを履くと由衣をうながしてリビングへと向かった。そんな2人をコーヒーを入れていた静佳が出迎える。源斗は自分専用のソファを部屋の隅においやるとこたつに入り、由衣をその横に指定する。苦笑しながらもそれに従った由衣の向かい側に周人も座ると、静佳がその前にコーヒーを置いていった。
「ありがとうございました」
自分の前にコーヒーを置く静佳に小さな声でそう言った由衣に対し、実に優しい笑みを見せたのみの静佳は周人の隣に腰掛けた。やがて遅れてやって来た鳳命が上座とおぼしき場所に座る。
「では新年おめでとう、そして由衣ちゃん、結婚の決心ありがとう」
その源斗の挨拶に、いつからこんなファンキーな感じになったのかと思いつつもおめでとうと言った周人は鳳命の血を確実に継いでいる自分を呪いたくなった。あれほど厳格で威厳に溢れていた源斗も由衣を前にしてはこのザマだ。女好きでどうしようもない鳳命の息子ですと言わんばかりのこの態度に、自分は絶対こうはならないと固く自分に誓う周人だった。
「でも嬉しいわね、由衣ちゃんと周人がとうとう結婚だもの」
「お待たせました」
そう言いながら笑いあう女性2人だが、その本当の意味は静佳と由衣にしかわからない。
「今後ともよろしくお願いします」
そう言って照れたような笑顔を見せた由衣に鳳命だけではなく、源斗もデレデレになる。実那子を恥ずかしいと言った秀雄の気持ちが実によくわかる周人は何も言わずにコーヒーを一口飲んだ。
「まぁ話は2人で進めていきなさい。やりたいように、悔いが残らないようにね」
ここでようやく父親らしいことを言った源斗に2人は真剣にうなずいた。
「家はあっちで探すんだろう?」
「仕事も向こうだしね、そうなるよ」
「一ヶ月に一度は帰っておいで。何かあればすぐワシに言うんだぞ。特に夜の・・・・・」
ご機嫌でそう言っていた鳳命は突然声が出なくなったかのように喉を押さえてもがいているが、怪訝な顔をするだけで誰もそれには触れなかった。またいつもの悪ふざけだろうと思う源斗と周人の親子だったが、由衣は静佳が何かをしたのだと悟っていた。どうやら今日はとことん鳳命をブロックするつもりのようだが、一体何をどうやったかすらわからない。ただ目を伏せがちに優雅な手つきでコーヒーを飲んでいるにすぎないのだ。
「由衣ちゃん、息子をよろしく頼みます。一時期は荒れていたが、今ではそれもなくなっていると思っています。もし何かつらい目にあったときはいつでも言ってください」
源斗はこたつから出て正座をし、そう言いながら深く頭を下げた。それを見た由衣も慌ててこたつから出て同じように頭を下げる。
「必ず力になりますからね」
そう言いながら微笑み、頭を下げる静佳の言葉の真の意味を理解した由衣は胸に熱いものを感じつつもにこやかに微笑みながら『はい』と元気に返事を返すのだった。
リビングでは結婚に関しての話で男性陣がまるで会議でもするかのように三角を描く形でコタツに入っていた。由衣は静佳と共に飲み終えたコーヒーカップを洗う手伝いをしており、キッチンとリビングは部屋が冷えるのを阻止するために仕切りのトビラによって分かれていた。
「お母さんに言われた通りになりました、少し遅くなりましたけど」
泡のついたコップをお湯ですすぎながらそう言う由衣に微笑を返した静佳は受け取ったコップを丁寧な手つきでそこについた水滴を拭き取っていった。
「そうね、でも、予想はしていたから」
にこやかな表情を崩さずにそう言う静佳の表情から、もしかして今回の騒動のことも知っていたのではないかと思う由衣はそのことに関して質問を投げかけた。
「もしかして・・・・全部知ってたんですか?」
由衣の言った『全部』という言葉の意味を理解しているのか、静佳は小さくうなずくと全て洗い終えたコップを食器棚へと並べていく。
「結婚を前に大きな障害があることは知っていたわ。あなたに結婚を予言した時からね。でも絶対乗り切ってくれると信じていたから、私の見る予知は絶対だから、だからあえて何も言わなかったの」
「そうだったんですか・・・」
「でも、その障害を乗り越えることで2人の絆は本物になった。結婚してもうまくやっていけるわ、ずっとね」
「それも予知、ですか?」
「ううん、これはカンね」
どこまで本当かはわからないが、由衣は今の言葉に納得していた。たとえカンでも、未来を見ることが出来る上に100%絶対的にそれが当たる能力を持った静佳が言うのだ、間違いないと信じられる。
「あの子の中には1匹の獣が棲んでいる。その『魔獣』は今やあなたを守る『聖なる獣』となった。今回、いろいろあった中であの子はそれを認識したの。だから大丈夫かなぁってね」
周人の中の『魔獣』は自分を守る『聖獣』となり、その周人をかつて愛した女性は自分を守る『守護神』となった。これほどまでに守られているのだ、絶対に幸せにならなくてはならない、そう思える。
「周人は、あの子は必ずあなたを幸せにするわ。そしてあなたは周人を幸せに出来るただ一人の女性、あの子をよろしくお願いします」
そう言って深く頭を下げる静佳に恐縮しきりの由衣もあわてて頭を下げた。そして姿勢を戻すとお互いに顔を見あわせて小さく笑いあう。
「婚約のお祝いに1つだけ未来を見てあげる。何でも言ってちょうだい」
普段は意図的に未来を見ることをしない静佳の言葉に戸惑う由衣は、たくさん聞きたいことがあるだけにどれにしようか迷ってしまった。将来の事、子供のことなど、様々なことが頭に浮かぶ。じっと黙ったまま自分の言葉を待っている静佳に対し、しばらくうつむくようにして考え込んでいた由衣はゆっくりと顔を上げた。
「やっぱりいいです・・・いつかわかることだし、未来は知っちゃうと欲張りになるから」
四年前に結婚を告げられたせいでそればかりを期待したあげくの大ケンカをしただけに、由衣は自分の未来を知ることを拒絶した。そしてその答えに満足したのか、静佳は何ともいえないすがすがしい笑顔を由衣に見せて1つうなずいた。
「あなたは、最高の女性よ」
何よりも嬉しいその言葉に照れた笑みを浮かべるのが精一杯の由衣に対し、静佳はそっと由衣を抱き寄せると背中をぽんぽんと2度優しく叩いた。そして由衣から離れると小さく微笑みを浮かべる。由衣もまた笑顔を返してお互いに笑いあった。
グレーの空が寒さをさらに増すような演出に思えるせいか、コートを着ていても体に進入してくる寒さを感じてしまう2人は手をつなぎながら長い石の階段をのぼっていた。お互いの手の温もりも外気の寒さのせいか冷たくなってきている。それを感じた周人はつないでいる由衣の手ごと自分のコートのポケットの中に差し込んだ。じんわりした暖かさが徐々に体温の温もりを元に戻していくのがわかる。周人の空いている左手には水がたっぷり入った木の桶にひしゃくを差込み、それを持ちながら花も持つという芸当を見せていた。やがて目的地である『磯崎家之墓』と書かれた墓石の前に立った2人は寒さから耳を真っ赤にしながら無言の状態でただ白い息だけを断続的に吐きつづけた。周人は桶を足下に置き、丁寧な仕草で花を添えていく。多少の風などではびくともしない由衣がくれた新しいジッポライターで線香に火を灯すと、これもまた優しい手つきで台の上に広がるように立てていった。そして1度だけ墓石の真上から水をかけ、後は周囲の草などに水をかけたのはそこに眠る恵里が冷たくないようにとの配慮が込められていた。そしてそのまま手を合わせ、少しお辞儀をする格好を取りながら目を閉じて亡き恋人に心の中で語りかけ始めた。
『恵里、オレ、由衣と結婚することにしたよ。あの頃はその相手は絶対にお前だって思ってたのにな・・・でも、祝福してくれるよな・・・・』
しばらくじっとしている周人の背中を見ながら何を話しているのだろうとぼんやり考えている由衣の鼻先に小さな白い粒のようなものが落ちてきた。なんだろうとグレーの空を仰げばチラチラと雪が舞い降りてくるではないか。どうりで寒いわけだと思いつつも雪が好きな由衣は手を広げるようにしてそれを受け止めていく。そうしていると周人が振り返り、その場所を由衣に譲った。交代して墓前に立った由衣は慣れた手つきで水をくみ上げるとそっと墓石の頂点から水をかけていく。周人がしたように1度だけそうしたのみで、残りの水は周囲に優しくかけていった。そして静かに手をあわせ、目を閉じる。
『恵里さん、私、周人と結婚します。私を守ってくれているあなただから、きっと祝福してくれますよね?周人の中にいるあなたも、私を守ってくれているあなたもひっくるめて幸せになろうね。ずっと・・・・』
由衣はしばらく、髪に少しばかりの雪が積もるぐらいまでじっと恵里に向かって何かを話しているようだった。そんな由衣の背中を見ながら、あの雪の中で告白を受けた時のことを鮮明に思い出す周人は恵里との思い出も薄れていないことに小さく笑った。普通なら死んだ元彼女の存在は今の彼女にとっては重いものかもしれない。だが、由衣はそれごと自分を受け入れ、自分の中の恵里を消す事も無く自分だけを見ていてくれている。やがてゆっくりと由衣が振り返る。あの雪の日の、十五歳の由衣がデジャヴのように重なるように見える周人に対し、そんな自分を見る周人の目に不思議そうな顔をした。
「何?」
「君は変わらないな・・・・今、十五歳の君と重なって見えたよ」
その言葉に小さく笑う由衣を本当に可愛く、愛しく思う。
「あんなに恵里を忘れられずにいたのに、もう誰も好きになることなんてないと思っていたのに・・・永遠に、もうないと思っていたのに」
そう言って周人はそっと由衣の頬に触れる。雪のせいか、冷たくなったお互いの肌が微妙に温もりをとり戻すのがわかるほどにしばらくそのままでいる2人。
「あんなにつらい思いをするぐらいならもう誰も好きにならないって思っていたのに・・・今思えばまさか君とって感じだけど、君を好きになってよかった」
その言葉ににこやかに微笑む由衣に、外見も中身も全く似ていないのに、そこに恵里の幻影が重なった。一瞬驚いたような顔をする周人を見ても何の反応も示さない由衣だったが、今確かに自分の中に恵里を感じることが出来た。それは確信ではない。自分にはそういう能力などないにもかかわらず、確かに感じられたのだ。
「恵里さんは生きてるよ・・・私が周人を想う気持ちは恵里さんもいっしょだから。その想いがある限り、ずっとね」
そう言って微笑む由衣をそっと抱きしめる。雪の中で別れに泣いた、この瞬間が永遠に続けばいいと涙に暮れたあの時とは違う。温かいものが心を埋め、ここで永遠の愛を誓えるほどに今、愛情は溢れんばかりに二人の心を満たしていった。周人が探し続けたものは、由衣の中にあった。求めつづけた愛を由衣がくれ、求めつづけた愛しい人は由衣の中にいた。永遠と呼べる希薄なものは由衣の中にあったのだ。2人を祝福するかのように降る雪は恵里からの結婚のお祝いだったのか。2人は並んで恵里に別れを告げると駆け出す由衣を追うように、周人もまた石の階段を駆け下りるのだった。




