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シャーロットの不安を聞いてエドワードが、オーガスタを早めに呼んでくれたのは、出産の一ヶ月半前だった。

日頃は何かとイライラさせられる母親だが、こんなときはやはり心強いものだった。


シャーロットの横でせっせと産着を作っている。

「お母様、そんなにたくさんつくってどうするの?」

「まぁ、シャーロット。赤ちゃんはみるみる大きくなるのよ、今のうちにたくさん作っておかなくちゃいけないわ」

見ると、シャーロットが用意したものより少し大きめの物をオーガスタは作っていた。

まもなく臨月のシャーロットのお腹はみるみる大きくなり立ち上がるのも億劫で、楽なワンピースばかり着ていた。

特に階段は足元が見えず、手すりかエドワードの支えが無くては怖いくらいになった。


アデリンが楽しげにスタイに刺繍をしている。

「赤ちゃんの物ってなんて可愛いの!」

「みてお姉様、こんなに小さいのよ!」

妹たちのうきうきとした様子にシャーロットもようやく楽しみになってくる。

余計な事は考えないようにしようとシャーロットは、不安を追い払う。

「あらシャーロット、どうかしたの?」

無意識にお腹をさすっていて、オーガスタがそれに気づいたようだ。

「時々痛いような感じで、でも今は平気よ」

「すぐに医師に来てもらいましょう」

オーガスタはベルを鳴らした。

「でもお母様、まだ予定はまだまだ先よ?」

オーガスタが大きめのソファに連れていく。

「腰も痛むの?」

シャーロットはうなずいた。

時折、お腹が固くなり痛くなるのだ。でも近頃この感覚はよくあった。

「失礼致します」

ノックをしてエルザが入ってきた。

「エルザ、お医者様をお願い。お産になるかも知れないわ」

オーガスタの言葉にエルザは了解しましたと返事をすると慌てて駆け出した。

医師を待つ間にも、シャーロットは時々痛みに苦しめられた。



「少し早めですが、お産になりそうですね。準備をしましょう」

シャーロットはオーガスタと共に準備された産室に向かった。

「まだまだ時間はかかりそうですから、どうぞ気持ちを落ち着けて下さい」

にこやかに医師は告げた。

産室に入ってからしばらくして帰宅したエドワードが部屋に入ってきた。

「大丈夫か?シャーロット」

「痛くない時は全然痛くないの」

くすくすとシャーロットは笑った

「初めてのお産は時間がかかるものなんですって」

そう話している間にも、痛みが襲ってきてシャーロットはうめいた。

「さぁさエドワード様まだまだですから心配せずにいつも通りお過ごし下さいな」

産婆がエドワードを部屋から出るように促し、シャーロットもまたうなずいた。

オーガスタと産婆が交代で付ききりで、痛みの度にさすったり手を握ったり励ましてくれる。


だが、一日たってもシャーロットのお産はなかなか進まず、絶え間なく襲ってくる痛みに疲れが見えてくる。

「お風呂に入りたいわ、汗をかいたもの」

アリスとクララが産婆と相談して湯を用意してくれる。

「ゆったりつかったほうがお産が進むかも知れませんからね」

産婆もやや疲労しているものの、時々オーガスタと交代で休んでその時に備えていた。


アリスとクララが励ましつつ洗ってくれて、気持ちだけはさっぱりとした。しかし、この日もとうとう生まれずに陣痛開始から三日目になってしまった。

シャーロットはすでに余裕を無くし、痛みに意識も朦朧としていた。医師も産婆も次第に緊張がみえて、オーガスタも疲れきっていた。

痛みに苛まれ、シャーロットの心もすっかり萎えていた。

「…もぅだめよ…」

「弱気になってはいけないわ、シャーロット」

医師と産婆は、ついに陣痛の波に合わせてお腹を押した。

「もう一息ですよ、シャーロット様!」

「お願い、お母様。…わたくしになにかあったら、引き出しに手紙があるの…」

シャーロットは小物入れの鍵をアリスからオーガスタに渡すように伝えた。

「やめなさい、シャーロット!縁起でもない…!!」


すでに汗だくな医師と産婆により、ようやく赤ん坊はシャーロットのお腹から誕生した。

産婆が逆さにして、お尻を叩くと大きな産声をあげて部屋に響き渡り、安堵と歓喜に満たされた。

「シャーロット様!元気に生まれましたよ!男の子ですよ」

産婆が手早くきれいにし、シャーロットの胸元に連れてきた。

赤くてくしゃくしゃな顔で泣いている小さな赤ん坊にシャーロットは触れるとほっとしてそのまま気を失った。

「シャーロット!しっかりしなさい!」

オーガスタの悲鳴のような声が響いた…



気がつくとシャーロットは真っ白な世界を、裸足でさ迷っていた。

「どこなのかしら、ここは」

歩いても歩いてもどこまでも真っ白で、何もなく、そして誰もいない。

ふと、光があるようにみえて、シャーロットはそちらに向かおうと脚を向けた。


ぐいっと手をつかまれシャーロットは振り向いた。

「まだ君には早いよ」

振り向くと淡い金の髪に金の瞳。

シャーロットと同じ瞳の色で、どこか懐かしい貴公子が立っていた。

「貴方は誰なの?」

「見てごらん」

さっきまでは真っ白な世界だったのに、指を指された方を見ると

ベッドに死んだように眠るシャーロットと、それから横で手を握りしめやつれて蒼ざめたエドワード。

「エドワード…!」

それからジェニファーに抱かれ授乳されている小さな赤ん坊。

「あれは…わたくしの赤ちゃん?」

そうだ、確か生んだばかりのはずだ。

「そうだよ。戻るね?」

彼に手を引かれ歩き出す。

「でもどうやって戻れば…!」

と、シャーロットは彼にとんと肩を押されて後ろ向きに逆さに落ちていった。



はっと気がつくと、きつく握りしめられた手と、乱れた姿のエドワード。

「気がついたのか!」

「…エドワード…ずっとついていてくれたの?」

シャーロットには答えずに、きつく抱き締めた。

エドワードの肩は震えて、嗚咽が漏れた。

シャーロットはそっとエドワードの背に手を回して抱き締めた。



「シャーロットは二日間も、意識がなかったんだ」

ようやく体を離したエドワードはふっと笑い、髪をかきあげた。

目の下には隈がくっきりとあらわれ、頬は少し痩けて蒼ざめていた。

「エドワードこそ、まるで病気のようよ…」

「この五日間本当に死にそうな気分だったよ」

エドワードは微笑んだ。


エドワードは側のベルを鳴らした。

入ってきたアリスが起き上がっているシャーロットに泣き笑いの顔になり

「医師をよんできます!」

と叫び走っていった。

ドタドタと、オーガスタとマーガレットが。アルフレッドも医師と走ってきた。

「ああ!シャーロット!」

勢いよくオーガスタはシャーロットを抱き締めた。


みんな涙で目が潤んでいた。

「心配かけてごめんなさい」

シャーロットはみんなに代わる代わる抱き締められた。


「もう心配はいらないでしょう。しっかりと栄養と休息をとってください」

医師もほっとしたように告げた。

「大変なお産でした。よく頑張られましたね」

「ありがとうございました。先生」

シャーロットは微笑み返した。


みんなの喜びが一段落したところで、シャーロットはエドワードに聞いた。

「赤ちゃんは?いまどこかしら?」

「連れてきてもらうよ」

微笑むと、マーガレットが心得たように迎えに行ってくれたようだ。

ジェニファーが抱いて連れて入ってきた。

「ありがとう、ジェニファー貴女のお陰でとても元気そうね」

腕に抱くと、温かなおくるみにくるまれてぱっちりと金の瞳でシャーロットを見つめた。

その瞬間、夢の中を思い出した

「ねぇ、お母様。もしかしてヴィンセント伯父様はこんな風な金の瞳をしていたのかしら?」

「ええ、そうよ。兄は貴女と同じこんな瞳をしていたわ。瞳の色の事なんて話したかしら」

シャーロットは起きる前の事を話した。



「不思議な事もあるものね…!」

オーガスタは口元に手をやり感嘆の声を漏らした。

きっと夢の中の人物は伯父のヴィンセントに違いないとシャーロットも思った。


男の子の誕生と、シャーロットが生還したことでアボット邸はとても活気にあふれた。

早くて小さく生まれたが、赤ん坊はとても元気でよく飲みよく寝て、日に日に大きくなるようだった。


不思議な事にはじめは金色に見えた瞳は数日たつとエドワードそっくりな青い瞳に変わっていた。

生まれてからバタバタとしていたので、エドワードとカルロスが話し合って、ようやく2週間後にルーファスと名付けられた。

「ルーファスね、やっと名前が呼べたわね」

シャーロットはルーファスの額にキスをした。

ルーファスを抱くシャーロットをエドワードは肩を抱きキスをした。

シャーロットは幸せな気持ちで満たされた。

この上なく生きている事に感謝と、新しい命を生み出せた事に感謝したのだった

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