ブライズルーム ―1―
結婚式の会場である『グランドパーク中山』には二〇分ほどで到着した。
半月前に凛太郎とのランチで訪れたばかりだが、その時とは違い、今回はホテルの裏口を通って中に入る。普段目にすることのないホテルの裏側は、コンクリートが剥き出しのシンプルな造りで、とてもあの煌びやかなホテルと同じ場所とは思えなかった。
「ちょっと驚いたでしょ?」
キョロキョロと辺りを窺う咲に、花音が可笑しそうに尋ねる。
「そうですね。いつも目にするホテルのイメージとは全然違うので――ホテルって、良くも悪くも日常とはかけ離れた世界なんですね」
「悪くもっていうのは、あんまりじゃない?」
花音が揶揄うように笑い、台車に積んだ花を荷物置き場に置くと、腕時計を確認した。
「ちょっと時間があるから、先に文乃さんのところへ挨拶に行こうか」と咲を伴って、ブライズルームへと向かう。
ブライズルームは三階のブライダル専用フロアにあるとのことだった。
落ち着いた紫色の絨毯が敷かれ、少し照明を落としたフロアは、黒を多く使用した内装で、高級感を感じさせる。天井を飾るシャンデリアや長い廊下に等間隔で置かれたフラワーアレンジメントが華やかさを添えていた。
その一角、『柴崎家』との立て看板が置かれた部屋のドアを花音がノックする。
すぐに「はーい」とドア越しに女性の声が答えた。
「華村です。ご挨拶に伺いましたが、よろしいでしょうか」
花音が尋ねる。すぐにまた「どうぞ」との声が返ってきた。
失礼します、と花音はゆっくりとドアを開ける。と同時に、目の前を白い壁が覆った。その壁に沿って進むと、二〇畳ほどの白で統一された広い空間が現れ、ロココ調の鏡台や応接セットが置かれていた。全身が映る姿見の横には、ふわふわとした淡いピンク色のドレスが掛けられている。続きになっている奥の部屋には、天蓋付きのベッドまであった。
すでにウェディングドレスに着替え終わっていた文乃は、二人掛けのソファに埋もれるように座っていた。
忙しかったのか、少し疲れが見える。
「本日はおめでとうございます」
花音が恭しくお辞儀をし、祝福の言葉を述べた。
「おめでとうございます」と咲もそれに倣う。
ありがとう、と文乃はとても幸せそうに笑った。
「少しお疲れのようですが、体調のほうは問題ないですか?」
気遣わしげに花音が尋ねる。
そういえば、と咲は文乃のお腹を見つめた。
文乃さんは妊娠しているのだった。
たしか、今は六ヶ月くらいのはずだ。そろそろお腹が目立ってくる時期なのだろうが、ボリュームのあるスカートのお陰で、お腹の膨らみは目立たない。
「大丈夫よ」
文乃はそう言って愛おしそうにお腹を撫でた。
「でも、この子も緊張しているらしくて、今日は大人しいの」
フフッと笑う。慈愛に満ちたその笑顔は本当に美しく、思わず見惚れてしまう。
「咲ちゃん、どうしたの?」
ぼーっとしている咲を見て、花音が心配そうに声をかけた。
「あ、すみません――文乃さんがあまりにも綺麗で、つい見惚れてしまいました」
「いやだ、咲さんったら。面白いこと言うわね」
文乃は一瞬キョトンとして、それからケラケラと笑った。
「そういえば、武雄くん。素敵なブーケをありがとう」
ソファから立ち上がり、鏡台の横に置かれたローテーブルから白いブーケを取り上げた。
きっとこれが花音の言っていた『キャスケードブーケ』なのだろう。白い薔薇を使ったそれは上のほうがこんもりと丸く、下に向かうにつれ細いラインが綺麗だ。たしかに流れる滝のような形をしていた。ところどころに使われた色違いの薄いベージュの薔薇もアクセントとなっていて素敵だ。
文乃はそのブーケをお腹の辺りに構えると、片手でスカートをつまみ、優雅に膝を曲げ、お辞儀をしてみせる。
「お気に召していただけたなら、光栄です」
対して花音も胸に手を当て、紳士のようなお辞儀を返した。
――ここは異国ですか?
咲はそのやりとりに目を奪われ、ボンヤリと二人を眺めた。
――こんなにお似合いの二人なのにどうして別れたのだろう?
ふと、そんな疑問が頭をもたげた。二人の様子を見ていても、今でもとても仲が良さそうだ。お互いが嫌いになって別れたのではないことは、恋愛経験の少ない咲でも簡単に想像がついた。




