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華村花音の事件簿  作者: 川端睦月
水仙の誘惑

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32/71

人はいさ…… ―1―


 花音と咲は喫茶店を辞去し、帰路に就ていた。文乃は菜摘と話があるとのことだったので、喫茶店で別れることにした。


 ――仲直りができるといいのだけど。


 菜摘の行いは、一歩間違えると傷害事件になりかねないものだった。仲直りなどという簡単な話では済まされないだろうが、今、彼女の支えになれるのは文乃しかいないと思われる。


 それにしても、と車の助手席で、咲は花音の様子をチラリと窺った。花音は浮かない顔でハンドルを握っている。


 ――あんな激しい感情を露わにした花音さんは初めて見た。


 菜摘と対峙した花音を思い出す。別人のような振るまいに、少し距離を感じた。


「……ごめんね」


 喫茶店を出てからずっと黙り込んでいた花音が、フロントガラスを見つめたまま、ぽつりと呟いた。


「ごめん?」


 咲は突然の謝罪に首を傾げる。


「せっかくのお休みの日に、無理やり付き合わせた挙句、変なことに巻き込んじゃって」


 ――無理やり付き合わせた自覚はあるんですね。


 咲はしげしげと花音を見つめた。


 それに、と花音は居心地悪そうにうなじへと手を伸ばす。


「――さっきは怖がらせちゃったかな、って」


 咲を横目で見、眉根を寄せた。


「いいえ、全然」と咲は首を振る。


「でも、ちょっと意外でした」

「意外?」


 クスリと笑った咲に、花音が尋ねる。咲は、えーと、となるべくマイルドな表現方法を探った。


「……花音さんも怒ることあるんだなって」


 それに、花音は拍子抜けしたようにキョトンとし、それからフフッと笑い声を上げた。


「そりゃ、僕だって、人間だもの」


 どこかの詩人のようなことを言う。


 ――よかった。いつもの花音さんだ。


 咲はホッと胸を撫で下ろした。


「――実はね、僕も、『世の中不公平だな』って思ってた時期があったの」


 すっかり表情を和ませた花音が、独り言のように呟いた。


「だから、さっきは菜摘さんと昔の自分が重なって、腹が立ったんだ……しっかりしろって」


 そう言った花音の顔はどこか儚げで。詳細を聞いてはいけない気がした。


「――でも、不公平って大事ですよね」


 だから、咲は話題を変えることにした。


「へ?」


 思いがけない返答に、花音は目を剥く。


「不公平が大事?」と困惑した表情を浮かべた。


 そうですよ、と咲はずいっと花音に身体を近づける。それを「咲ちゃん、危ないよっ」と花音が制止した。


「ああ、すみません。つい、テンションが上がってしまって」と咲は定位置に戻り、話を続けた。


「その……昔、父に言われたんです。『世の中は不公平だ』って」


 咲の言葉に花音が目をパチパチと瞬かせる。


「それって、テンションが上がるどころか、ずいぶん悲観的な教えだよね」


 花音は呆れた顔をする。


「まぁ、そうですね」と咲は笑った。


「でも、続きがあるんです」

「続き?」

「『だから、不公平だって嘆くより、自分なりの対処法を見つけろ』って」

「対処法……」


 花音はぼんやりと遠くを眺め、それから、「咲ちゃんは見つけたの?」と尋ねた。


「見つけました」


 咲は力強くうなずく。


「私の場合は、分析です」

「分析?」

「はい。自分が何を不公平だと感じたのか、何を不満だと思ったのか、とことん考え抜くんです。それで、その正体が分かったら――」

「分かったら?」


 花音が興味深げに続きを促した。


「現状と自分の気持ちの折り合いがつくところを探って、妥協点を探すんです」

「妥協点……」


「はい、妥協点です」と咲ははにかんだ。


「私には不公平を質そうという強い意志はありませんから。自分が折れる形で――でも、できるだけ納得のいく方法を探るんです」


 咲ちゃんらしい、と花音は小さく笑った。「ですよね」と咲も笑って応じる。


「――だから、不公平は自分のことをよく見つめ、よく知るためのチャンスだと思うんです。私にとっては、大事なものなんです」


 そう言い切った咲に、花音は眩しそうに目を細める。


「ありがとう」


 花音が礼を述べる。


「……何ですか、急に?」


 咲は花音の意図を探り、見つめる。


「ううん……」


 花音は少し言い淀む。それから、「今日はいろいろ付き合ってもらって、助かったよ」と笑った。


「遅くなったけど、この辺りの案内をするよ……どこか行きたいところはあるの?」


「そうですね……」


 咲は考えを巡らせた。


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