33.よろしく
「ジェレンにいちゃん!このお茶すごいね、花の匂いがする!!」
凍りついていた空気を真っ先に溶かしたのは、京だった。
采牙が、さきほど写し取った魔法紙をジェレンへ差し出す。
さらにもう一枚写し、そちらは小鳥の足へと結びつける。
「魔族幹部に送るつもりか」
ダンザの声は鋭い。
「はい」
迷いもなく采牙が答えた。
采牙が伝令を送れるのは、彼が呼び笛を渡した相手のみだ。
京が来る前にすでに采牙は敵のスパイだった。ずっと以前に魔族幹部の手に呼び笛は渡っている。
采牙がいる限り、未来の強力な情報はそのまま敵にも渡る。
「澪が《結界》と《鎖》の使い手です。澪が加われば封印はより強固になります。ジェレンさんを守る手段も増えますよ」
采牙の説明に、ダンザは睨むだけでそれ以上は言わなかった。
小鳥の姿が采牙の前からふっと消えた。
魔族との話し合いに加わっていなかったジェレンに向けて、采牙が補足した。
「僕ら魔族側の望みは、魔王を復活させないことです。万が一復活して、人間に戻す手段がなければ……殺すか封印するしかない。それなら封印を選びます」
采牙の堂々としたスパイ行動を、ダンザが黙認している。
カラーズと魔族が手を組んだ理由が、ジェレンの胸に冷たい実感として落ちる。
差し出された術式の紙に視線を落とし、ジェレンが呟いた。
「君らが手を組んだ理由が分かったよ。なるほど、最悪な未来だ」
薬に手を出す未来は最悪だ。
だがそれを“選んだ”ということは、それ以外の未来の方がもっと最悪だったということ。
「……もう一つの選択肢は、考えたくもないな」
「ジェレンも協力してくれる?私の《反射》の習得に、あなたの協力が必要なのよ!」
茜が訴える。
「いいよ。嫌だけどね」
ジェレンは紅茶を飲みながら、心底嫌そうな顔で受け入れた。
その隣では、千弦もなぜか同じくらい嫌そうな表情をしていた。
「……上から目線でクッソ腹立つな。朱嶺、何考えてんだよ」
茜が京へ向き直る。心配そうな表情だ。
「京、次は千弦と二人で釣りだって……大丈夫?」
「えぇ!?千弦にいちゃんと釣り!?やったぁ!!」
京は飛び跳ねて喜んだ。
「リーインが同行した方が良くない?千弦と二人って……危険すぎるでしょ?」
「全然だいじょーぶ!!千弦にいちゃんめちゃくちゃ優しいよ!」
その瞬間、場の空気がぴたりと止まった。
「敵味方構わず殺しまくる狂人が?千弦に人間の心はないぞ」
ダンザが呆れたように吐き捨て、茜も全力で頷く。
「そうよ!この人私に何させたか分かる?殺される特訓と、殺す特訓よ!?あとうるさければ殺していいと思ってる人だからね?!ほんっっとに頭おかしいから!」
「でもにいちゃんは優しいよ!?服も貸してくれたし、采牙にいちゃんに『食べ物やって』って頼んでくれたんだよ!」
京は必死に食い下がった。
「……それ、誰の話してる??」
茜が本気で困惑して頭の上に疑問符を浮かべる。
「千弦にいちゃんだって!!」
その時、冷たい声が割り込んだ。
「……うるせぇよ」
千弦は心底うんざりしたように吐き捨てた。
「昨日はてめーの声がうるさかっただけだ。殺して黙らせる訳にいかねぇから、他の方法で黙らせようとしただけだ。別に情とかじゃねぇよ」
無機質で、何の感情も乗らない声。
「お前は利用価値がある。だから殺さねぇ。それだけだ。俺の足引っ張んなよ」
「うん!」
「……あと釣り堀で飛び跳ねんなよ。落ちても助けねぇからな?」
「はーい!わーい!」
千弦はめんどくさそうにため息をつく。
リーインはその横で小さく微笑んだ。
「私の同行は必要なさそうね」
采牙が京に近づき、小さな笛とペンのついたチェーンを首へかけた。
「呼び笛と、専用ペンです。笛を吹いてみてください」
京が軽く吹くと、緑の小鳥がぱっと目の前に現れた。
「わっかわいい!」
「僕の《伝令》です。足についている紙にメッセージを書いて結んでください。文字は書けますか?」
「うん」
“こんにちは” と書いて紙を結ぶと、小鳥は消え、今度は采牙の前に現れた。
「結ぶと僕の元に届きます。緊急時には“SOS”だけで構いません。釣りでもどこでも、危険を感じたらすぐ連絡を」
采牙の目は、千弦を信用していない色をしていた。
そして、采牙がリーインを振り返った。
「リーインさん。京さんの治療、お願いできますか?」
「治療?昨日の戦闘で怪我でもしたの?」
「いえ、元々の傷です。緊急性は低いですが……栄養状態も悪い。何かしらの病の可能性も高いかと」
采牙が小声で告げる。
「京、服を脱いで怪我を見せて」
リーインの指示に、京がきょとんとした顔を向ける。
「怪我?してないよ?」
そう言いながら服を脱いだ。
露わになった身体を見て、空気が一変した。
茜は思わず目を背け、
ダンザの目つきは険しさを増し、
千弦の顔にはほんの一瞬、嫌悪が浮かぶ。
ジェレンだけが表情を変えず、無機質な目で京を観察していた。
リーインが京に手をかざすと、白い光がふわりと広がる。
次の瞬間、京の全身を覆っていた傷跡は、跡形もなく消えた。
「あったかい」
京はほっと息を漏らし、笑顔を向ける。
「リーインねえちゃん、ありがとう!体が軽い。すごい、痛くない!ねえちゃんの魔法、ほんとにすごいね!!」
弾む声とまっすぐな笑顔。
リーインはそっと京の肩に手を置き、しかし冷ややかな声で言った。
「京。私は誰でも回復するわけじゃないの。戦場でも人を選ぶ。あなたを治したのは、私の役に立つから、そして緊急性が高いと判断したからよ。……でも、たとえあなたであっても、いつでも治すわけじゃない」
視線をそらさず、静かに突き放す。
「私に回復してもらえるから大丈夫。……そう思わないでね?」
京は瞬きをして聞き入っていた。そして、
「うん」
にっこりと笑った。
カラーズ達が一斉に席を立つ。
皆、用は済んだからだ。
「ジェレンさん。京さんをしばらくこの部屋に置いてもらえますか?」
采牙の言葉に、ジェレンが思わず眉をひそめた。
「……このうるさい子を??」
「匿うならお前の結界の中が一番安全だ。広さは十分だろう」
とダンザが言う。
リーインが静かに微笑む。
「あなたも、伝承が本物だと思ってるのでしょう?」
茜も悪戯っぽく笑った。
「京がいないと、ほんとに最悪な未来になっちゃうよ!」
「必要なものがあれば、伝令で知らせてくださいね」
采牙に至っては、決定事項の扱いだ。
「君らってタチ悪いと思ってたけど、結託するとほんと最悪だね」
ジェレンは小さく息を吐き、頬杖をついた。
「君らよりは、まだうるさい子の方がマシかな。よろしく、“京”」
冷めた口調は変わらない。
ただ、初対面とは明らかに温度が違う。
「ありがとう、ジェレンにいちゃん!!よろしくお願いしますっ!」
京は嬉しそうに両手をあげた。
お読みいただきありがとうございます。
今回で3章完結です。
次回は、キャラクターイラスト・設定紹介の番外編になります。明日からは新しく千弦の章がスタートします。
よろしくお願いします。




