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エピローグ


「ずいぶんとご機嫌じゃん」


 ディームのオープンスペースにて。コーヒーを手にウキウキとスマホを弄っているエストを見て、対面に腰かけているアンナはからかうように言った。

 エストはプレゼントを待ちわびる子供のように、嬉しそうに顔を上げる。


「うん、今日はこの後ルナちゃんと会う約束があってさ~」

「あーはいはい、エスルナてぇてぇ~」


 自分から話を振っておいてずいぶん適当な返事だが、今は気分が良いので命だけは助けてやることにした。


 そして、ルナちゃんとは無論、歪宮ルナのことである。


 あの日の試合以降、エストとルナは深く友好関係を築くようになっていた。

 エストにとっては、ディームの楽しさを思い出させてくれた恩人。ルナにとっては、背を追いかけるべき先輩。


 そしてなにより、常に真っすぐに気持ちを表現してくれるルナはエストにとって、とても心地の良い存在だった。


 試合後、エストが思い切って声をかけたことをキッカケに連絡を取るようになり、今ではディーム内外問わず顔を合わせることも珍しくない。


 今日までふたりは何度も刃を交えており、エスルナと呼ばれる定番コンビとして共にフィールドに立つことを望まれるようにまでなっていた。


 そんな新しい属性を手に入れ、さらに失意からの復帰、そして新装備という要素も重なったこともあって、エストのファン数は以前の目標だった30万を超えるどころか、今やすでに50万近くまで増加していた。


 精神を乱すほどに求めていたはずのものがようやく手に入ったというのに、今ではその数字もそれほど重荷には感じてはいない。これも全て、新たな友人のおかげだろう。


 ちなみにルナのファン数は、初めて戦った時は1~2万程度だったはずだが、つい先日には20万を達成しており、新人の中でもその勢いは頭一つ抜けている。うかうかしていてはエストもあっという間に追い抜かれてしまうかもしれない。


 数字に興味がなさすぎるアンナとは出来なかったそういう競り合いが出来ることも含めて、今はディームが楽しくて仕方がない。あんなにも悩んでいたのが嘘のようだ。


「しかし、エストにもついに友達が出来たか‥‥。生まれて初めての友達‥‥感慨深いな」

「は? そんなワケ‥‥‥‥ないが?」

「一瞬考えるなよ。マジで悲しくなるワ」


 アンナは、相変わらずウザい。ちょっと見直したと思ったら、すぐにこうしてカスに逆戻りして釣り合いを取っているのだ。いや取らなくていいわ。


「てかエスト、この後試合入れてんだろ? 遊び行くのに、ンなのんびりしてていいの?」

「うん、まあ、約束の時間までけっこうあるし」

「ふーん。ルナちゃんは?」

「ルナちゃん、ホームにしてる箱が違うからさ。そっちで試合終わってから遊ぼうって話」

「ふーん‥‥いや待て。あの子って‥‥アレだろ?」


 眉根を寄せるアンナに、エストは見ていたスマホの画面を向けてやる。そこには、今まさに試合を始めようとしているルナの姿が映し出されていた。

 出場しているのは当然と言うべきか、5枠である。


「マジかよ。こりゃ‥‥あは、ルナちゃんは、ホント、とんでもねえな‥‥」


 さすがのアンナも、ルナの無尽蔵の体力にはもはや笑うしかないようだ。5枠なんて出た後は、普通のニンゲンならばすぐにでも帰って寝たいと思うだろうに。


「もし『運良く』10枠が取れたら遊ぶのはまた今度にしようって謝られたんだけど、やっぱり今日も5枠に降ろされちゃったみたいだね」

「はは、あの子にはホント敵わねえな」


 呆れつつも、楽しそうに笑うアンナ。ルナは本当に、周りを笑顔にする不思議な力を持っているように思う。


「まあ遊ぶって言っても、ご飯食べにいくだけだし」

「あー、いつもの店ね。まあメシくらいなら‥‥いややっぱ元気すぎるわ」


 ジュースを飲みながら苦笑するアンナは、少し前に試合を終えたところ。今日は無事勝利し、勝敗には興味ないなんて言いながらも、どことなくいつもより上機嫌に見えた。


 勝っても負けてもディームは楽しい。でも、勝った方が嬉しいに決まってる、なんて当たり前すぎることにようやく気付いて受け入れられたばかりのエストには、アンナのそういう態度が特に可笑しく思えた。


 ルナと仲良くなって一緒に過ごしているうちに、エストは大きく精神的な成長を遂げられているように感じていた。いつも前向きで穏やかなルナに釣られるように、心の余裕が出来てきたような気がしている。


 我ながら単純だと思うけれど、成長にはこういう影響力も必要なのだと、こういう時だけは都合よく受け入れることにした。


 そんな風に成長を実感していたとて、これから先、同じような悩みを抱えることは二度とない、なんて言い切ることは出来ない。自分がそんな器用でないことくらい、エスト自身が一番よく分かっているから。


 きっとこれから何度も同じようなことで悩んで、迷って、自分を見失って、自信を無くして落ち込んだりするのだろう。


 そしてきっと、その度にアンナに背中を蹴っ飛ばされて、そしてルナが、優しく手を差し伸べてくれるのだろう。


 だけどいつまでもそんな情けない自分でいたくはないから、もっともっと強くならなければならない。

 言うのは簡単だけれど、自分の求める強さを手に入れるまでの道のりはきっと、想像を超えて険しく、果てしない。誰かを導くことの出来る強さを手に入れるために、誰かに導かれなければならない弱さに苛まれる矛盾を抱えるような時だって、何度もあるはずだ。


 それでもいつか、その目標は叶えられる。

 根拠はなくとも、そんな確信があった。


 なぜならここは自由な、何者にだってなれる『ディーム』という場所で、そして――


「じゃあ、そろそろ行ってくるよ、アンナ」

「おー、行ってら」


 試合時間が近付いてきて、エストは腰を上げてアンナに軽く手を振った。


 そうしてフィールドへと向けて、真っすぐに前を向いて歩みを進める。


 いつもの自分であれば、周りの目ばかりを気にして自信を持てなくて、こんな風に前を向くことなんて出来なかっただろう。


 けれど今は、こうして胸を張って真っすぐに進むことが出来る。

 だって、私は――




 ――――私は、『エスト』だから。


ひとまず完結とさせていただきますが、第一部完という感じです。元々この文章量で収めようと思っていたお話があり遠からず続きを投稿したいなと思っているので、その時はまた読んでもらえると嬉しいです

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