89.ドラゴンのパートナー選び
サイラスに「安売りするな」と言われたはずの左目でメイド候補たちの未来を覗き見して配属を決めるとは、なんという気安さなんだろうかと複雑に思いながら面接を全て終える頃にはもう日が傾いていた。
それでも、忌まわしい左目がただの便利道具のような使い方をされることに関しては、罰当たりな!という思いよりも、まさかこんな使い方があったとは!というほうが大きい。
断りもなく他人の未来を覗くことに対する罪悪感はあるけれど、適材適所で配属される彼女たちにとっては悪くはないだろう。
イルザも頑張ってほしいと願うシャルロッテだった。
ハルと二人っきりでゆっくり過ごせる日は来るんだろうかという懸念を胸の奥底に押し込める。
自分の未来が見えないというのが何とも皮肉だ。
「何度でも言うけどね、僕は瞬間移動できる便利道具じゃないからね!」
そう言いながらもシャルロッテを連れて王城と山小屋を何往復もしてくれるサイラスは実に甲斐甲斐しくてありがたかった。
忙しくそんな日々を過ごしているうち、ちょうど産卵から40日目の朝にドラゴンの卵がひとつ孵化した。
いつものように朝食と朝支度を終え、タリクがやって来るのを待ってから餌の生肉を持って山頂へ向かう途中で、白竜たちの鳴き声とは明らかに異なる「キュウキュウ」という甲高い鳴き声が聞こえると、タリクが走り出した。
シャルロッテとカタリナも顔を見合わせ、歩調を速めて急行してみると、巣から顔をのぞかせる青い鱗の小さなドラゴンがいた。
「青竜でしたね」
無事に生まれたことを喜びつつも、黒竜ではなかったことに少し落胆している様子でタリクがつぶやいた。
その日の昼過ぎに2つ目の卵も孵化したが、これもまた青い鱗のドラゴンだった。
最後の3つ目の卵は変化がないまま5日が過ぎ、もしかすると卵の中で死んでいてこのまま孵化しないかもしれないという諦めムードが漂い始めた。
生まれた2頭のドラゴンは日に日に大きくなり、その世話に追われて親のドラゴンたちも抱卵がままならなくなり、もう卵を除去しようかと話し合っていた矢先に、ようやく殻を破って出て来たそのドラゴンの鱗は漆黒だった。
それを目の当たりにしたタリクは普段の冷静さを欠いてとても興奮していて、その勢いのままカタリナをぎゅうっと抱きしめ、カタリナもまた、顔を真っ赤に染めてそんなタリクの背中に手を回していたのだった。
生まれた子供は全てオルディスに引き渡すという条約を締結したわけだが、幼竜たちをすぐに母親と引き離して帰還するほどオルディス側も非情ではない。
結局そのままカシム村の裏山の山頂でドラゴンの子育てが始まったわけだが、これまでとは違うのは、オルディスの要人や騎士たちが日参してくるようになったことだ。
人間に慣らしていかなくてはならないため、節度を持って遠巻きに見守ってくれることは迷惑ではないし、ドラゴンたちも気にしてピリピリするような様子もないのだが、黒竜の誕生を単純に喜んで祝福しに来てくれているのとは少し訳が違うような違和感をシャルロッテは感じていた。
それをタリクに尋ねたところ、あれは黒竜のパートナーとして選ばれたい者たちだと教えてくれた。
タリクと過ごす時間が長くなり、いちいちカタリナを通すのもどうかと思うようになって、シャルロッテは公用語を学んでいる途中という「設定」で、母国語まじりにタリクと直接話すようにもなった。
オルディスの法律では、黒竜にパートナーとして選ばれた乗り手が竜騎士団長になることが定められている。
なるほど、そういう野心家たちだったのかと納得しつつ、そもそもパートナーをどのように選ぶのか、その方法を知らないシャルロッテがそのことを尋ねると、タリクの顔が引きつった。
「知らずになぜ白竜のパートナーなのですか?」
「それは…おじいちゃんがそう言ったからです」
はぁっ!?というタリクらしからぬ大声が漏れ、盛大に呆れられてしまった。
「白竜に何かされた記憶はありませんか?」
何かされたかと聞かれても、シロちゃんは最初からわたしにベッタリだったはず…そう首を傾げつつシャルロッテが記憶を手繰り寄せていくと、あることに思い当たった。
「炎を吐きかけられました」
「そうです、それです」
この場所で初めて白竜に会った時に、目が合ったと思ったらいきなり口をパカっと開けてゴオォォーっと炎が出てきて、スカートの裾が焦げたことを思い出した。
「中には、どうしてもパートナーになりたくてドラゴンに炎を吐きかけてくれと頼む輩もいます。まあ十中八九、死んでしまいますけどね」
物騒なことを言うタリクに目を丸くしながらも、たしかにドラゴンの炎はスカートの裾が焦げたぐらいで済まないのはクリストファーの状態を見れば納得だと思うシャルロッテだった。
「パートナーのドラゴンの炎を浴びても平気な者。それが乗り手の証です」
そうだったんだ!
なるほどと何度も頷いていたシャルロッテの耳に「うわっ!」という声が聞こえて慌てて振り返る。
なんとそこには、赤ちゃん黒竜にゴオーっと炎をかけられ、「おい、髪が少し焦げたんだが」と言って、それ以外は全く平気な様子でタリクとシャルロッテを見るカタリナがいたのだった。




