87.産卵と再会
巣が完成した3日後、白竜は産卵した。
抱卵期は気が立っているだろうから、いくら乗り手でも気安く近寄らないほうがいいというタリクのアドバイスにより、シャルロッテも遠巻きにその様子を観察し、乳白色に焦げ茶色のまだら模様の入った大きな卵が3個あるのを確認した。
番で交互に抱卵する二頭のドラゴンのために、タージンの昔なじみの木こり仲間や、うさぎのしっぽ亭にジビエ肉を卸している狩人たちに、人間が食べられない筋の多い部位でいいから分けて欲しいとお願いしている肉を、餌として持ってくるのが今のシャルロッテたちの仕事だ。
「本当なら雨風をしのげる大きな洞窟があれば理想的だったんだけど…」
この時期は雨が少ないため、降るとしても大したことはないと思いつつも心配になってしまうシャルロッテだったが、こういう自然に近い状況でのドラゴンの抱卵を初めて見るというタリクは興味津々だ。
オルディスでは、ドラゴン専用の小屋があり、産卵期はそのままそこが産屋にもなるらしい。
もちろん屋根付き、餌付きの至れり尽くせりではあるのだが、人間に飼いならされているうちに繁殖力が落ち、弱い個体が多くなってきた印象があるという。
自然に近い状態で強い黒竜が誕生すれば万々歳といったところだろう。
抱卵の様子を見守りつつ、数日かけて再び熊肉ジャーキーも作った。
ドラゴンたちが目の色を変えて欲しがるこのジャーキーの作り方を覚えて帰りたいと言っていたタリクだったけれど、黒ユリの独特な悪臭に顔をしかめ、何かを呟いていた。
オルディス語だったためによくはわからなかったが、おそらく「これは無理だ」とか「臭すぎる」とか、そういう後ろ向きな言葉なのだろうと推測しながら、シャルロッテはあの日のハルを思い出していた。
肉を切るのが上手いと褒めたら嬉しそうに笑ったことや、黒ユリの悪臭に驚いていた顔、熊肉のスープを美味しそうに食べていた顔…まだ一週間しか離れていないのに、もうハルに会いたくて仕方なくなってしまった。
夕食に、芽吹き始めた柔らかい山菜をたっぷり入れた熊肉スープを作り、山小屋でタリクとカタリナとともにテーブルを囲んでいるときに、王城での仕事があるから一旦戻ると告げ、留守の間の見守りを頼むと二人とも快諾してくれた。
素直なカタリナが「シャルロッテはいろいろと忙しすぎるな」と気遣ってくれるため、王城に帰る目的の半分はハルに会うためだとは言いにくいシャルロッテは苦笑してごまかすしかなかった。
翌朝、右手の小鳥の紋様からサイラスに伝言すると、ポン!といういつもの音とともにすぐに登場した黒づくめの魔導師は、どことなく不機嫌だった。
人を便利な移動手段か何かと勘違いしていないかという説教でも落とされるのかと思っていたらそうではなく、ここへ来る前に抱卵中の白竜に会って来たんだけど…と話し始めるのを聞いて、相変わらず奔放すぎる人だわねと少々呆れながらカタリナと目くばせし合った。
「僕のことをさあ『おじいちゃん』って言うんだよ、まったく困った子だよねえ!それでも、しっかり卵を温め続けているシロちゃんが母親の顔になっているから、よしよしえらいぞって撫でてあげたけどね」
いや、待ってくれ…触ったの?
そんな至近距離まで近づいたの!?
タリクが聞いたら怒り出しそうだ。黙っておこう。
この場に彼が居なくてよかったとホッとしつつ、あとはよろしくとカタリナに手を振り、サイラスのローブに包まれて王城へと戻ったシャルロッテだった。
「ちょうどよかった、今日は王城勤務のメイドの新規採用面接だったんだ。手伝ってもらえると助かる」
ハルとの再会を喜んでハグできたのはほんの一瞬だった。
すぐに執務室がノックされて「お時間です」と側近が入って来た。
「夜、ゆっくり話そう」
耳元で囁かれてハルがスッと離れていき、振り返ったときにはもう王太子殿下の顔になっていた。
そして、メイドの採用面接の助力を求められたというわけだ。
王城勤めのメイドの大半は、一度王都を離れてもらっている。
理由はもちろんオルディスの侵攻に備えたためで、すぐに戻って来た者もいれば、そのまま退職した者、連絡がつかず進退不明の者もいて、瓦礫の片づけと再建を行っている王城内は人手不足に陥っている。
その新規採用の面接で、シャルロッテは思いもよらない人物と再会した。
イルザ・リンド――かつての義理の妹だった。




