77.ホロホロ鳥の火鍋
とにかくポーカーフェイス!
そして、余計なことは一切言わない!
そう気を引き締め直して再びサイラス先生の魔法陣で書庫に戻った。
ハルはあの場を「その人物を探してみることにする」としれっと答えて収めたようだ。
なるほど、そんな人物は知らないという態度でいればよかっただけなのだ。
うっかり「その人はもう故人です」と言いそうになった自分の浅慮が恥ずかしい…シャルロッテはそう思いながら、自戒を込めて余計な言葉を発しないよう奥歯を食いしばり、律儀に通訳してくれているカタリナの言葉にうなずいていた。
ハルはドラゴンの繁殖に関することについて、研究書に書いてあることは本当かとタリクに尋ねている。
タリクは、自分は白竜を見るのが初めてだから実際にここに書かれていることが真実か否かの判断はできないが、そういう言い伝えならある、とだけ答えた。
「だったら、白竜が産卵したらそれをそちらに渡してチャラにするというのはどうだろう?素人目に見ても、あの白竜はいま繁殖期に入っているのでは?」
たしかにシロちゃんはタリクのパートナーの青竜、ロンちゃんとやたらとベタベタして仲良さげにしている。
あれが繁殖期ならではの行動ならば、近い将来産卵するのかもしれない。
ハルのその提案に、タリクは顎に手を当てて考えるような素振りを見せた後、自分の一存では決められないから一度持ち帰らせてもらいたいとだけ言ったのだった。
書庫でのやり取りは非公式であるため、記録にも残さないままにお開きとなった。
その夜は、オルディスの交渉団をもてなす晩餐会が催された。
昼間、ハルにそっと耳打ちしてお願いしていたことが叶って、シャルロッテは内心とても喜んでいた。
お願いとは、オルディスの交渉団が献上品として持ってきたホロホロ鳥の肉を、この晩餐会で出してくれないかという内容だった。
我が国の第五騎士団副団長であり筆頭公爵家の令嬢でもあるカタリナ・ハービッツは、その立派な肩書だけでなく見た目の麗しさや語学力も兼ね備えているため、国賓が招待されるようなこういう場には必ずと言っていいほど声がかかる。
普段は騎士団の正装で参加することが多いと聞いていたけれど、この日はなんと大胆にデコルテが空いた赤いドレスを身に纏って現れたため、会場全員が度肝を抜かれた。
礼儀作法は大丈夫かと憂慮していたシャルロッテにとっては、みんなの視線がカタリナに集中していることが大変ありがたかった。
タリクとカタリナへの計らいか、二人は隣同士で肩を並べて座っている。
タリクは甘い微笑みをカタリナに向け、カタリナもまた頬を染めてその微笑みを受け止めていた。
「おいおいおい、どうなってんの」
サンダース団長の、少し面白がるようなつぶやきが聞こえる。
テーブルに、まだグツグツと音を立てる勢いで湯気をあげている真っ赤なスープが並べられると、一様に「これは何?」という表情を見せる我々に、タリクが口を開いた。
「オルディスの伝統料理『ホロホロ鳥の火鍋』でございます。王太子殿下からのリクエストです。辛さは普段我々が食べているものよりも抑えめにしております」
ハルの意向を受けて、オルディスの交渉団メンバーにも協力してもらい、料理長とともに作ってくれたらしい。
平均気温の高い地域に住む人たちは辛い食べ物を好むと聞いたことがあるけれど、この火鍋もまさにそうなのだろう。
カシム村の『うさぎのしっぽ亭』で食べるホロホロ鳥のスープは、これとは全く違うバター風味のオニオンスープをベースにしているけれど、あれはフレッドのオリジナル料理なのかしら?
シャルロッテはそう思いながら、スプーンでスープを掬って一口飲んでみた。
真っ赤な見た目ほど辛くない…そう思った次の瞬間に、辛さが襲ってきた。
お腹から口にかけて、かあーッ!と熱くなる。
辛さ抑えめでこれ!?
これは少しずつ食べなければ汗が噴き出して大変なことになりそうだと思いながら周囲をそれとなくうかがうと、同じように辛さに見悶える者もいれば、うんうんと満足げに頷いてどんどん口に運んでいる者もいる。
隣に座るハルや正面に座るカタリナは後者だった。
「この辛さに負けないホロホロ鳥の肉の旨味がいいですね。弾力のある食感も楽しめます」
ハルはこの火鍋が気に入った様子だった。
歯ごたえも楽しめるように弾力を残しつつ、柔らかく煮込んであるのはどういった下処理をしているのか気になるところだ。
冷めないうちに一気に食べてしまいたいところだけれど、顔に汗をダラダラかくのはさすがにみっともないし…と逡巡しているシャルロッテに気づいたのか、タリクが「チーズを入れると食べやすくなりますよ」とすすめてくれた。
なるほど、スープの隣に水牛のチーズと思われる白い塊が添えられていたのはそのためだったのかと納得して、さっそくスープにはめてみると、チーズは即座にとろんと溶け始めた。
その食欲をそそる見た目に抗えずに、チーズを絡めたホロホロ鳥の肉を口に入れると、辛さがまろやかになって確かに食べやすくなった。
咀嚼しながら口角が上がってしまう。
シャルロッテのその様子を見て、タリクも微笑む。
国王陛下に近い位置に座るサイラスの
「これはアンチエンジングだねえ!」
という声も聞こえ、とても和やかな晩餐会となったのだった。




