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74.熊とカタリナ

 タリクとカタリナを交互に見ていると、背後からドスっという重たい衝撃を受けて前のめりに倒れそうになったところをカタリナに受け止めてもらった。


 何が起きたのかよくわからないまま振り返ると、タリクが焦った様子で青竜を止めている。

 どうやら、タリクのパートナーの青竜の頭突きをくらったらしい。


『ロンちゃんね、ジャーキーがほしくて仕方ないみたい』

 青竜に頭突きされた背中を白竜のシロちゃんが鼻づらで優しくこすりながら念話を送ってくる。


 なるほど、たしかにいま腰のリボンに熊肉ジャーキー入りの革袋のひもを結び付けてすら下げていたのだ。

 これが食べたかったわけね。

 そして、彼の名前は「ロンちゃん」というのね。


 他人のパートナーのドラゴンの名前を不躾に呼ぶのはマナー違反だと、例の本に書いてあったと思う。

 だから「ロンちゃん」と声に出すのは控えよう。

 まあ、それを言ったら、ジャーキー欲しさに後ろから頭突きをかますのだって十分にマナー違反ではあるのだけれど。


「カタリナは公用語を話せるわよね?」

「もちろんだ」


 騎士団の副団長であるだけでなく、カタリナは我が国の筆頭公爵家のご令嬢だ。

 幼いころからそういう教育を受けてきたに違いない。


「じゃあ、タリク様にお伝えして。『このような目に遭っては恐ろしくて、先ほどのお申し出に承諾することは出来かねます。のちほど王太子殿下からも正式にお断りしてもらいますので、そのおつもりで』と」


『シャルロッテ!?ロンちゃんは怖くなんてないわよう。ちょっと食いしん坊さんなだけで、すごく優しいのよ?』

 シロちゃんが焦っている。


 大丈夫よ、わかっているわと白竜をなでて落ち着かせる。


 交渉の席で高らかにプロポーズしたその舌の根も乾かぬうちに真実の愛を見つけてしまったのだ。

 タリクとしては、どうすればいいか悩ましいところだろうと思うから、青竜の頭突きを利用させててもらって「狼藉を働かれたから結婚なんて御免よ!」とこちらからお断りしたのだ。


 とんだ茶番だが、タリクもそれに乗っかって来るに違いない。


 カタリナがきれいな発音で一言一句たがわずに公用語でそのことを伝えると、タリクは深々と首を垂れた。

「承知しました。失礼いたしました」


 よかった!


「では仲直りの印に、タリク様のドラゴンにおやつを差し上げてもいいでしょうか?」

 もちろんこれもカタリナに通訳してもらう。

 この作戦でカタリナをこの場に引き留めることにした。


 革袋の紐を解くとあの独特なニオイが漂ってきて、タリクは一瞬顔をしかめた。

 そのパートナーの反応とは裏腹に、青竜のロンちゃんのほうは涎をたらさんばかりの勢いで制止するタリクを鼻づらで放り投げる寸前になっている。


「あら、おとなしくしないとあげないわよ?」


 シロちゃん以外のドラゴンと会話したことがないため、オルディス語以外を聞き取れるのかは不明だったが、隣の白竜が伏せをしているのを見て、そうするものだと察したのか、青竜もおとなしく白竜に倣った。


「まあ、いい子!」


 シャルロッテは、熊肉ジャーキーを1枚タリクに手渡した。

 パートナー以外の人間が差し出した物は一切食べないドラゴンが多いとあの研究所に書いてあったためだ。

 

 もう1枚取り出し、先にシロちゃんに食べさせて、毒ではありませんよとアピールするとタリクもそれをロンちゃんに食べさせた。

 美味しそうに嚙み砕き、さらに口に残る香りにぽやーんとなっている2頭のドラゴンを交互に見て、タリクは驚いている様子だった。


 おそらく、ドラゴンに関しては自分たちが一番詳しいという自負と矜持があるのだろう。


「いまのジャーキーの原材料は何かとタリク殿が聞いている」


「熊肉を黒ユリで燻したジャーキーで…ねえ、カタリナ、熊ってオルディスにいるのかしら?」

 通訳してもらおうとしてふと思った。

 熊は平均気温の高い南方のオルディスには生息していないかもしれない。


「いないかもしれないな。まあ、試しに言ってみる」 


 タリクに向き直ったカタリナは、公用語で「黒い毛に覆われた熊をご存知ですか」と言いながら、後ろ脚だけで立ち上がった熊の真似をして両手を上げ「ガオーッ」と言った。


 一瞬面食らった様子のタリクが破顔して頬を染めながら「存じております」と笑い、シャルロッテもお腹を抱えて笑った。


「おい、なんだふたりとも。人が真面目に熊の説明をしているっていうのに!」


 照れながら怒るカタリナは、とても綺麗だった。




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