49.ハルバートのつぶやき
食後のアップルパイを頬張りながら、「やっぱりこんなに美味しかったんだー」と嬉しそうに笑うシャルロッテの様子に、こちらの口元まで緩んでしまう。
やっぱりとは?と首を傾げると、シャルロッテとカタリナが親しくなるきっかけとなったおとり捜査でこの店を使ったことを話して聞かせてくれた。
「あの時カタリナが途中で行ってしまって、このアップルパイは一人で食べたんです。そしたら何だか味気なくて…カタリナはお仕事をしているっていうのに不謹慎なのはわかっているんですけど、カタリナと一緒におしゃべりしながら食べたらもっと美味しいんだろうなって思ったんです。ハルさんと一緒に食べるアップルパイも美味しいです」
その笑顔は若干反則ぎみだなとハルは思う。
誰に対して、何に対して「反則」なのかは深く考えずにいよう、とも。
それは、忌み子である自分が抱いてはいけない感情なのだから——。
昨日の夕方、突然サイラスに呼び出されてシャルロッテの護衛騎士として一緒にカシム村へ行けと言われたときは、何を言ってるんだこの人はと驚いた。
もともと突拍子もないことを言う人ではあるが、自分のメインの仕事は兄であるクリストファー王太子の身代わりだ。それを放棄して春まで巫女様と山小屋で過ごせだと?
ふざけるにもほどがある。
ただ、巫女様が兄ではなく自分の戴冠式の光景を未来視したということが分かって以来、兄から遠ざけられている雰囲気は感じていた。
そのことをシャルロッテにきちんと確認したかった。
王都や王城では、どこに間者がいて、どこで聞き耳を立てられているかわからない。
自分自身がそういう裏の仕事をさんざんやっているからよくわかっている。
だから、山小屋にいる間は、その未来視の詳細を確認するチャンスかもしれない。
その戴冠式に臨んでいる王の年齢は?容姿は?本当にクリストファーではなくて俺なのか?
そうだとしたら、兄はそのときどうなっているのか…。
「さんざんシャルロッテのことを盗み見ていただろう?だからあの子の状況はよくわかっているよね?君たちは境遇もどことなく似ているから、いい友人になれると思う」
サイラスのその言葉には、「はい」とも「いいえ」とも「わかりました」とも返事をしなかった。
ただ真っすぐにオッドアイを見つめて、困ったように笑って見せた。
彼女を見張っていたのがバレていたのは想定内だ。
こちらがそれ以上のアクションを起こさなければ静観してくれるであろうということも。
「君にそれを依頼したのがカタリナであろうが、君の兄上であろうが僕は構わないけどね、壁の向こうから若い女の子のことをじっと観察し続けるのは、あんまりお勧めしないよ。一歩間違えたら変態だもの。それとも、本当にそういう性癖による単独行動なのかい?」
からかうように肩眉を上げて問いかける忌々しいオッドアイから目をそらした。
クソジジイめ。
「カタリナの純粋な庇護欲から生まれた依頼です。大目に見てやってください」
シャルロッテが魔導研究所の所属になったときにカタリナから依頼されたのだ。
時間の許す限り彼女の様子を見守ってほしいと。
「魔導師の奴らっていうのは根暗で陰険なんだ。嫌な目つきでシャルロッテのことを見ていたのが気になるんだ。かわいいシャルロッテが何されるかわからない。だから見守ってほしいんだ。そして何かあればすぐ報告してほしい」と。
魔導師が根暗で陰険は偏見じゃないのかとは思ったが、実際シャルロッテがよくわからない理由でどんどん研究所内での居場所がなくなってゆく様子をうかがうにつれ、確かにあいつらは陰険で卑怯な奴らであるという思いは強くなった。
しかし、イジメの実態をありのままにカタリナに報告しなかったのは、それをしてしまうと第五騎士団の副団長様自らが乗り出して行って大騒ぎすること必至であると予想されたためだ。
「サイラス先生こそ、彼女の状況がわかっていたくせに、どうして助けてやらなかったんです?」
所長がひとこと、そんなつまらないことをするのはやめろと言えば、シャルロッテへのいじめがあそこまでエスカレートしなかったはずだ。
そうなんだよ…と、ため息をつきながらサイラスは唸った。
「あの子が僕に助けを求めて泣きつく姿を見てみたかったんだよねぇ」
なんですか、その性癖は!と言いそうになるのをどうにか堪えた。
「誤算だったのは、不幸な生い立ちであるがゆえに、やたらと耐久性が高かったってことだよねぇ」
そしてサイラスは、首を少し傾げてにっこり笑いながら言ったのだ。
「ね?君たち似ているだろう?」
目の前でアップルパイを頬張る姿を見つめる。
その嬉しそうな表情を見ていると、こちらの口角まで自然と上がってしまう。
似てなどいるものか。
俺はこんなに素直じゃない。
心の中でそう独り言ちながら、シナモンがたっぷりかけられたアップルパイにかじりついた。




