44.孤立(2)
いろいろな交流を断って孤立した分、書庫にこもってドラゴンのことを調べ続けたため、ドラゴンの知識は増えた。
「サイラス先生、やっぱり虫を飲ませてドラゴンを操っている説の可能性が高いような気がします。ドラゴンの研究書ではなくて、昔の民間伝承を集めた民俗学の本にそういった記述があったんです!」
シャルロッテが興奮気味にずいっと迫ると、サイラスのほうは逆に首をかしげた。
「決めつけてかかるのは危険だよ。あらゆる可能性を考慮したほうがいい」
「禁書の閲覧を禁止したのはサイラス先生でしょう?」
むうっと唇をとがらせてシャルロッテは続けた。
「ドラゴンを、パートナーである乗り手以外の人間が思いのままに操るのは大変なことです。それが簡単にできたら、ドラゴンの上に人が乗る必要がなくなるんですから。そのほうが速く飛べるし、人間は怪我をするリスクがなくなって安全な場所から指示を出せばよくなります。ドラゴンを乗り手以外が操るっていうのは、かなりの魔法か何かです」
サイラスはため息をつく。
「シャルロッテ、きみが相当あの白竜に入れ込んでいるのはわかっているつもりだよ。オルディスの竜騎士団の団長はこの30年間ずっと空位で、青竜乗りがその職を代行しているという情報もあるから、きみが白竜の乗り手がいないことに着目するのも悪くないと思ってる。でも、それ以外に何を隠しているのか、そろそろ話してくれてもいいと思うけどな」
シャルロッテは「ちょうどよかった」と言って笑った。
「わたしもそれをお話しして、もうお暇をいただこうと思っていたところでした」
サイラスが驚いた顔で何か言おうとしたが、シャルロッテはそれを許さずに続ける。
「あの白竜のパートナーはわたしです。あの子の背中に騎乗できるのは、たぶん今でもこのわたしだけなんです」
荷物はたいしてなかった。
山小屋に戻れば何でもそろっているから、ここで使っていたものはそのまま置いておけばよかった。
再びここへ戻る気があるのかと問われれば、「ない!」ときっぱり答えたいところだけれど、それを決められる立場ではないことも承知している。
夕方遅く、小さな荷物を持って研究所の入り口のロビーに佇むシャルロッテを、通りかかった学生たちは遠巻きにしながらヒソヒソ、くすくす何かを言いながら指さし、ひとりの男子学生がイジワルそうににやにや笑いながら、侮蔑の言葉を投げかけようとシャルロッテに近づいたところだった。
入り口から入ってきたのは、燃えるような赤い髪の青年。
それが誰であるか知らない者は、ここにいはいない。
静寂と緊張感に包まれるロビーで、ブーツの踵の音だけがコツコツと響く。
王太子はシャルロッテの肩を抱くと、身をかがめてシャルロッテの頬にちゅっと唇を押し当てた。
「私の大事な婚約者に手荒な真似をするのは、もうやめてくれないか」
シャルロッテに近づこうとしていた学生は青ざめながら跪き敬礼の姿勢をとったが、ガタガタと震えているのが見て取れた。
その場にいた全員が驚愕の表情で固まり、それはシャルロッテ自身もそうだったのだが、王太子は優しく笑いながら
「さあ、シャルロッテ、行こうか」
と、シャルロッテの肩を抱いたまま研究所を後にしたのだった。
「あの…ハルさん?わたし、これから実家に帰るところで、ロビーでサイラス先生が手配してくださった護衛の騎士様と待ち合わせ中だったので、困るんですが?」
研究所を出ると外はすでに真っ暗で、シャルロッテは周囲に誰もいないのを確認しながらそれでも小声でそう言った。
「なーんだ、バレてたのか。おもしろくないな」
ハルはくつくつ笑いながらポケットからメガネを取りだしてかけ、前髪をかき上げると手慣れた様子でバンダナを巻き、きらびやかな上着を脱いで丸めた。
「おかしいな、カタリナ以外にバレたことなんてないのに、なんで?」
「本当にバレていないのだとしたら、周りのみなさんは王太子殿下のことを二重人格のメンドクサイお方だと思ってるでしょうね」
ハルは、あははっと笑った。
「なるほどな。アイツが怖がられているのはそのせいかもしれないな」
シャルロッテは、頬にそっと触れた。
まだ、先ほどのハルの唇の感触が残っている。
「ハルさん、あんなパフォーマンスしてくれなくてもよかったのに。わたしをかばってくれたんですか?」
「ごめん」
ハルは多くを語らず、ただ短い謝罪の言葉だけを紡いだ。
「いえ、あの…ありがとうございました。ではわたしは、待ち合わせがあるので、これで」
頬に残る感触が恥ずかしくて、思わずハルのことを責めてしまった自分の可愛げのなさを呪わしく思いながら、シャルロッテは研究所のロビーに戻ろうと踵を返した。
「待ってくれ、違うんだ」
手首を掴まれたシャルロッテは、駆けだそうとした足を止めてハルを振り返る。
「え?」
「俺が護衛の騎士なんだ。本来なら、このバンダナの姿でただの騎士としてきみを迎えに行けばよかったのに、どうしても我慢できなかった。シャルロッテがあの研究所で辛い目にあっていることもずっと知っていたから、あいつらに仕返ししてやりたくて……ごめん」
なぜハルさんがイジメを知っているのかとか、そんなことで王太子殿下になりすまして後から怒られたりしないのかとか、王太子殿下の影武者のハルさんがなぜ自分の護衛につくのかとか、聞きたいことがありすぎて混乱したままシャルロッテが口をぱくぱくさせていると、ハルはにっこり笑って掴んだままになっている手首を優しく引きながら歩き出した。
「カタリナとケヴィンに挨拶してから行こう。あいつら今、食堂にいるはずだから。ついでに夕食も済ませていく?」
「はい、そうします!」
シャルロッテの元気のいい返事に、ハルは思わずぷぷっと吹き出したのだった。




