32.実弟
ブッシュモスキート討伐を2日後に控え、朝の訓練にもずいぶんと熱が入っている様子を今朝もシャルロッテは高台から見ていた。
「いつも誰のこと見てるの?」
背後から突然声をかけられてシャルロッテが驚いて振り返ると、すぐ後ろにバンダナとメガネのハルが立っていた。
「おはようございます。ふふっ、知ってるんでしょう?」
多分、カタリナから聞いているはずだと思いながら聞き返すと、ハルも「ははっ」と笑った。
「ケヴィン・マクロードだろ?入団したときはひょろひょろのお坊ちゃまだったけど、随分たくましくなってきたよ。俺、明後日の討伐に同行するから、何かあれば言って。カタリナも張り切ってるけど、あいつ虫嫌いだから多分役に立たない」
そう言ってハルは苦笑した。
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
やっぱり、カタリナの将来の旦那様はハルさんかしら?
ハルさんは王太子殿下の影武者だから、普段は第五と行動を共にすることはないと聞いていたけれど、ここ最近は朝の訓練に参加していることも多いし、それだけカタリナのことが心配なのかもしれない。
そんなことを考えているシャルロッテの服装を上から下まで眺めて、ハルはぽつりと言った。
「メイドの恰好、やめたの?」
今日のシャルロッテは、メイドのお仕着せをやめて、いつもローブの下に着ている飾り気のない質素なアイボリーのワンピース姿だった。
「実はですね、あのコスプレをしているとサイラス先生にからかわれるというか、なんかやたらとベタベタくっつかれるというか、まあ一言で言うと、サイラス先生がウザいのでやめました」
するとハルは、「あはは」とまた笑った。
「仕方ない、あれを着たシャルロッテが可愛いすぎるのがいけない」
ハルのその思いもよらぬ発言にうろたえて、頬が熱くなっていくのを感じた。
「なっ…ないですから!可愛すぎるとか、人違いでは!?」
「人違いなものか、毎朝ここに立って俺たちの訓練を眺めている可愛いメイドがいると団員達の間でも噂になっているんだ。カタリナとよく一緒にいるから、ハービッツ公爵家のメイドだと思われているけどな。あの子のお目当ては一体誰なんだって言われているよ」
えぇぇぇぇっ、どうしよう。
確かに、ここから彼らがよく見えるってことは、彼らからもわたしがよく見えているのよね。恥ずかしい…。
「まだ直接ケヴィンと話したことがないんじゃないかってカタリナが言っていたけど、紹介しようか?」
「――!ぜひぜひお願いします!」
シャルロッテはハルの申し出に飛びついた。
本来ならば、王城に到着した翌日にカタリナの紹介で対面できるはずだったのだ。
やっとケヴィンと直接話せる!
「おいで、ちょうど訓練が終わるところだ」
ハルとシャルロッテは訓練場の入り口まで移動した。
ケヴィンが出てきたところでハルが声をかけてくれた。
「ちょっと話がある」と言って誰もいない訓練場の裏手まで3人でやって来たところで、ハルがシャルロッテの背中をポンポンと叩き、にっこり笑うと「じゃあ俺はこれで」と言って走り去っていった。
「え、あの……?」
どういう状況なのかよくわからないケヴィンがハルを呼び止めようとしたが、ハルはそれを無視して行ってしまった。
そして、その場に残ったシャルロッテをチラっと見て、すぐ目をそらした。
「あー、ええっと…このあとも訓練あるんで、手短にお願いします」
ケヴィンは困っている様子で、シャルロッテのほうをよく見ようともしない。
「お忙しいところごめんなさい。えぇっと…」
ハルに勢い込んで『ぜひお願い!』と頼んだくせに、いざ二人っきりになると何を言っていいかわからなくなってしまうシャルロッテだった。
しかし、訓練の邪魔をしてはならない、早く何か言わねば!と焦りながら、上ずった声で言った。
「わたし、シャルロッテです。わたしのこと覚えて……ないよね?」
ケヴィンは怪訝そうな顔でシャルロッテを見つめた。
「きみ、いつも朝の訓練見ている子だよね。噂によればハービッツ公爵家のメイドなんだろう?どこかの社交界ですれ違ったことならあるかもしれないが、ごめん、そういうのいちいち覚えてないから」
「あ、違うの。そうではなくて、もっと小さいときに…あなたはまだ3歳だったから覚えてないわよね?」
「………3歳!?あーえぇっと…僕マクロード公爵家の三男てことになっているけど、後妻の母の連れ子でね、父のランツ・マクロードとは血がつながっていないんだよ。だからその頃はまだ公爵家には住んでいなかった。誰かと間違えてないか?ていうか、きみ、失礼を承知で聞くが何歳なんだ?」
「わたしはケヴィンより2つ年上よ。人違いではないわ、あなたの右側のおしりにはハート型の赤いあざがあることだって知ってるもの」
シャルロッテがくすくす笑いながら言うと、それを聞いたケヴィンは突如顔を真っ赤にして片手でお尻を押さえた。
「お、おまえ、なんでそれを…まさか覗きか?痴女なのか!?」
「痴女!?ちっ、ちがうわ!わたしは、あなたのお姉ちゃんのシャルロッテよ!」
シャルロッテが思わず素性をバラすと、ケヴィンはすっと真顔になった。
そして、低い声で静かに告げる。
「僕にはたしかに2歳年上の姉がいた。名前もシャルロッテだ。でも姉はずいぶん昔に死んでいるんだ。きみがどういう企みで僕に近づこうとしているのかは知らないが、僕の姉を侮辱するのは許さない」
シャルロッテを真っすぐ見つめる琥珀の眼は怒りで揺れていた。
その目を見て何も言えず立ち尽くすシャルロッテに、ケヴィンは一言「これで失礼する」とだけ言って立ち去っていった。




