29.ロックウェル団長とサンダース団長
カタリナとのランチは、いつものように騎士団の食堂で食べた。
研究所の入り口で待っているカタリナの元へ行く前に、研究所の居住区の自室に寄って、ようやくお仕着せを脱いで着替えた。
「あのね、カタリナ。ロックウェル団長にお話があるんだけど…」
面会の予約を入れたいとカタリナに切り出すと、さっそく動いてくれて昼休憩の後すぐに会えることとなった。
丸めて持って来ておいてよかったと思いながらシャルロッテはローブを羽織り、内ポケットから丸まってしまった封筒を取り出して手で伸ばした。
サイラスの紹介状を読んだロックウェル団長は「う~ん」と唸った。
「紹介状というより、もはやこれは命令に近い感じなんだが…早い話が、シャルロッテ殿をブッシュモスキート討伐にお連れすればいいということか?」
「あの…わたしに敬語は不要です。ほかの方はわたしの素性を知らないので、わたしのことはどうぞシャルロッテと呼び捨てにしてください」
ロックウェル団長は、シャルロッテが未来視の巫女であることを知っている。
カタリナが巫女の護衛につけるように取り計らってくれた人物だからだ。
でも、そうだからといって敬語を使われるのは居心地が悪い。
「わかった、そうしよう。それで、シャルロッテはなぜ討伐に?」
「…ケヴィンに…ケヴィン・マクロードのそばにいたくて」
「それは、未来視と関係があることかい?」
シャルロッテは頷いた。
「そうです。そばについていてあげたい理由があるんです」
「う~ん、今回うちの部隊は第四の手伝いに徹するから、第四のサンダース団長にも相談しないといけないな。サンダース団長の許可が下りればこちらことしては異存はない。ただし、ハービッツ副団長をそのままきみの護衛につけることにはするが、基本自分の命は自分で守ってもらうことになるけど、いいか?」
「はい、もちろんです。ありがとうございます!」
魔物の討伐を専門とする第四騎士団団長のダリル・サンダースの元へは、ロックウェル団長とカタリナもついて来てくれた。
カタリナは部屋の外で待ち、ロックウェル団長とともに執務室の中へ入った。
「なになに『シャルロッテくんをブッシュモスキートの討伐会に帯同させてやってくれ 魔導研究所所長サイラス・ドリュク』…なんの冗談だこりゃ」
サンダース団長は、マットアッシュのツンツンヘアーと無精ひげというチョイワル風の顔をしかめながら、少し血走ったヘーゼルナッツの眼でシャルロッテを射抜くように見ている。
紹介状って、そんな簡単なことしか書いてなかったのね!?と心の中で動揺しつつ、ここで簡単に追い返されるわけにはいかないシャルロッテは目をそらさずにサンダースを見つめ返した。
「メガネのお嬢ちゃん、ブッシュモスキート討伐は毎年の恒例行事だけどよう、遊びじゃないんだぜ?あんたみたいなちっちゃい子が血を吸われたら失血死するリスクだってあるんだ。それともすげー魔法でも使えんのか?」
「すげー魔法は使えません、専門は未来視ですので。あと、わたしは成長期に栄養状態があまりよくなかったためか体は小さいですが、もう20歳なので子供扱いするのはやめていただきたいです。もちろん危険を承知で、それでも同行したいんです。万が一死にそうになったらサイラス先生を呼びますのでご安心を。何なら試しにいまここにサイラス先生を呼んで見せましょうか?」
シャルロッテは右手の甲を口に近づけながら、ピヨちゃんの紋様を確認した。
「ストップ。やめてくれ」
サンダースが手を挙げてシャルロッテを制す。
「俺を脅すとはいい度胸だな、メガネ。それに免じて話だけは聞いてやるが、回りくどいのは嫌いだから単刀直入に、目的と俺らに何のメリットがあるのか言ってみろ」
シャルロッテは軽く深呼吸して答えた。
「大量の返り血がトラウマになりそうな第五騎士団の見習い騎士の将来を守るのが目的です。あなた方へのメリットは、ブッシュモスキートの生態に関してどの図鑑にも載っていなかった情報を提供できることがひとつ。もうひとつは、ちょっと手ごわそうな魔物に遭遇する可能性があるという情報も提供できます」
サンダース団長の執務室に案内してもらう道すがら、シャルロッテはロックウェルとカタリナにブッシュモスキートをどのようにやっつけるのが一般的なのかというレクチャーを受けた。
ブッシュモスキートは上下の動きには秀でているが、横方向の動きは鈍い。
だから、武器は横に薙ぎ払うのではなく、縦に振り下ろすか、下から振り上げる。
吸血後のブッシュモスキートは動きが鈍くなり討伐しやすいが、腹を切ると大量の血が飛び散るためなるべく腹を避けて頭と胴体を切り離すのが理想らしい。
昆虫型の魔物の生態は基本的に、普通の昆虫とたいして変わらないことが多い。
では魔物と昆虫の違いは何か。
それは、大きさ・パワー・凶悪性だ。
魔物は昆虫よりもはるかに大きく、力も強く、肉食の魔物の場合は人間が捕食の対象になる。
蚊やゴキブリ、シラミなどは小さい普通の昆虫であっても駆除対象になって、実害がなくても見かけたらつぶして殺すのが人間の性だ。
それが巨大化して積極的に人間を襲ってくるともなれば、最優先課題としてこちらも積極的に駆除に乗り出さなければならない。
一般的に蚊が人間や動物の血を吸うのは交尾を終えたメスのみがとる行動で、産卵にむけて栄養を蓄えるためだといわれている。
蚊が獲物を認識するのは目視よりも熱と臭いと吐息。
それに反応して獲物を見つけ肌に止まると、吸血用のストローのほかに感覚が麻痺する唾液を注入するトゲを一緒に刺す。
魔物のブッシュモスキートも基本的な生態は普通の蚊とかわらない。
大きい個体になると一度に吸い上げる血液量が1リットルを超えることもあり、この出血性ショックで死に至る人間や家畜が毎年出ている。
気温が下がると越冬できずに成虫は死滅するため、特に晩秋のメスのブッシュモスキートは子孫を残そうとなりふり構わずに血を求めるために凶暴性が増すと言われている。
シャルロッテは、魔物図鑑のブッシュモスキートの項目を読んでいて、普通の蚊とは違う点に気づいた。
蚊のオスは集団を形成して羽音でメスを呼び寄せて交尾するようだが、魔物のほうはメスが交尾をしたくなると放出される特殊なフェロモンに誘われてオスがやってくるらしい。
なるほど、だからあの方法が…。
タージンが以前やっていたブッシュモスキートに遭遇したときの回避方法を思い出し、それを図鑑の情報と照らし合わせていろいろ納得したシャルロッテだった。
サンダースはヘーゼルの眼を光らせた。
「内容を教えてくれて」
「さきほどロックウェル団長に、大まかな作戦をうかがったんですが、体臭が強めの団員を囮にしてメスを集めるらしいですね」
シャルロッテの問いにサンダースが頷く。
「そうだ。囮役に決まった団員は前日から水浴び禁止、同じ肌着を2日間着たままで、当日は森を走り回ってたぷり汗もかいてもらう。その熱と臭いで呼び寄せるって算段だ」
シャルロッテは首をかしげる。
「その方法では、交尾後・産卵前の血に飢えたメスしかおびき寄せることができませんよね?」
「ああ、それは致し方ない。もちろんそれ以外の個体も見つけたら倒すし、とりあえずその時点で血に飢えている個体を1匹でも多く倒すことで人間への被害が最小限になるよう努めているんだが?」
「その囮役は、団の中で一番足の臭い人にやってもらってください。走り回る必要はありません。産卵場所の池のほとりで、ブーツを脱いでくっさーい足のニオイを巻き散らかしながら座っているだけでいいです。それだけで、血に飢えたメスだけでなく、オスも、交尾前のメスもおびき寄せることができると思います」
「はあっ!?そんな方法聞いたことないぞ?」
サンダースの素っ頓狂な声を聞いてシャルロッテはくすくす笑った。
「だから、どこにも書いていない情報だと申し上げたはずですが?」




