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10.捜査協力

 昨日はアルコールが入っていたこともあって、舌がなめらかすぎたかもしれない…。


 翌朝、シャルロッテはベッドの上で頭を抱えていた。

 カタリナに、メローズ夫婦を知っていると言ってしまった。捜査協力することも約束してしまった。

 あのときの未来視の通りに決着がつくのだとして、そのあとの取り調べでメローズ夫婦がもしも5年前の自分との一件を白状したらどうなるだろう。

 わたしがロゼッタの町のリンド家から家出したことがバレてしまうかもしれない!


 ……いや、それがバレで何か問題があるのだろうか?

 わたしはもう成人しているのだし、今更リンド家に連れ戻されることなどないはずだ。

 身元がバレたとしても、せいぜいリンド家やマクロード公爵夫人にきちんと謝罪しろと言われるぐらいの話…いや、相手が公爵家となると、それでは済まない…いや、でもあの人は本当はわたしの……。


 バニラベージュの長い髪を両手でクシャクシャにしながらグルグルと考えを巡らせたシャルロッテは、ハッとして顔を上げる。

「わたしったら…また自分のことしか考えてなかったわ…」


 この5年間、メローズ夫婦のことを告発しなかったのは、未来視で彼らがいずれ捕まることがわかっていたから――ということではない。

 自分の素性がバレるのが嫌だったからだ。

 いつか、逮捕されたメローズ夫婦から自分の素性がバレるのだとしても、それを少しでも先延ばしにしたかったからだ。

 その間に、自分と同じように騙されてさらわれて、そのままオルディスに売られた子が何人もいたかもしれないのに、シャルロッテは自分のことばかりでそこまで考えが及ばなかった。


「つべこべ言ってないで、カタリナに協力しないとね」

 決心がついたシャルロッテは、ようやくベッドから起き上がった。




 前日に交わした約束通り、昼過ぎにカタリナとシャルロッテは『まんぷく亭』の前で落ち合った。

 

 店のほうにはすでに話を通してあるらしく、シャルロッテはカタリナとともに目立たない席へと案内された。

 こちらからは店の入り口がよく見えるが、外から店内に入ってきた直後の者は目が慣れるまで逆光でこちらの顔は見えないという位置取りになっている。

 ここで普通の客のフリをして食事をしながら、メローズ夫妻が入店してきたらカタリナに合図を送るという作戦だ。


 5年前と同じようにメローズ夫婦がこの村を経由してリリーズ貿易港へ向かうのか、そしてこの『まんぷく亭』を利用するのかに関しては、可能性は五分五分だ。

「メローズ夫婦はきっとまた『まんぷく亭』を利用するはず」とシャルロッテに言われた時も、はたしてそれはどうだろうかと疑問に思った。

 だからもちろんこの日も、リリーズ貿易港にも団員を派遣して警戒に当たらせている。しかし、有力な手掛かりがないまま闇雲に警戒に当たるよりもシャルロッテを信じてみようというのがカタリナの考えだった。


 一方でシャルロッテは、自分の未来視の精度が相当高いことを知っているため、自分が「これだ」と思うことをしていけば、あのときの未来視のようにメローズ夫婦はカタリナによって取り押さえられるだろうという自信があった。

 もちろん、己の左目のことはカタリナにも明かしてはいない。


「店主と話したが、この村は人の往来が多いから年に1、2度やって来る程度では、普通の家族連れに見える客の顔はいちいち覚えていないらしい」

 店内の喧騒にかき消され、隣のテーブルには聞こえないだろう、という絶妙なボリュームでカタリナが説明する。


 たしかに、メローズ夫婦は、夫人が少々厚化粧ではあるものの、どこからどう見ても「普通の中年夫婦」で、印象に残る要素がなかった。

 そう装うことで、何年にも渡り人身売買の仲介人を続けることができたのだろう。


「ところでシャルロッテ、今日の食事は団の経費で落とすから、遠慮なく好きなものを頼んでいいよ」

「え…こんなときに、のんびり食事はちょっと…」

 そう言ってるそばから、お腹がグゥっと鳴ってしまった。


 カタリナに聞こえただろうか?と思いながらチラっと見ると、しっかり聞こえていたらしく、カタリナが肩を震わせて笑いをこらいえている。

「テーブルに何も乗ってないと返っておかしいだろう?気楽に食事しながらターゲットを待とう」

 カタリナはこういう一般客を装った張り込み捜査にも慣れているのだろうか、とてもリラックスした自然体で、本当にただ食事をしに来ただけのように見える。


 ここでわたしが妙な緊張感を醸し出していたら、気づかれて失敗してしまうかもしれない…。

 よし、せっかく『まんぷく亭』に来たんだから、今のうちに美味しいもの食べるわっ!


 恥ずかしさと緊張で妙な方向へ振り切れたシャルロッテは、メニューを広げると店員を呼んで怒涛の注文をした。

「秋アジのカルパッチョ、アボカドとエビのサラダ、つぶ貝のパスタ、ヒラメのクリーム煮、アップルパイとジンジャーエールで」

 今日はさすがにアルコールは無し。

 シャルロッテが注文を終えて鼻息荒くメニューを閉じると、カタリナが「いいね」と言って笑った。


 昼食には遅い、夕食には早すぎる、という中途半端な時間帯にもかかわらず『まんぷく亭』には客がひっきりなしにやって来て、テーブルは8割埋まっている状態だ。


「このお店はね、シーフードと牛肉料理が美味しいと評判なの。ヒラメにするかハンバーグにするか迷ったんだけど、昨日お肉をたくさん食べたからヒラメにしちゃった」

 5年前は、メローズ夫婦と一緒にハンバーグを食べた。

 きっと美味しかったに違いないのだけれど、シャルロッテはその味を全く覚えていなかった。あの時は、どうやって逃げ出そうかと考えるのに必死で味わうどころではなかったから。



 来店する客の顔をそれとなく確認しながら運ばれてきた料理を味わい始めた。


「ん~美味しい!粒マスタードと岩塩がいいかんじ」

「実は青魚はあまり得意ではないんだが、これは全く臭みがないな、何切れでもいけそうだ」

 オリーブオイル、ワインビネガー、ハーブ類にレモンを添えるのはどのカルパッチョでも基本だが、薄切りにされた生アジの上に散りばめられている粒マスタードとキラキラ光る岩塩が絶妙だ。


「アルコールが欲しい」

 カタリナのつぶやきに、ちょうどいま自分も同じことを考えていたと思いながらシャルロッテはくすくす笑った。


 つぶ貝のパスタは、貝から出た旨味たっぷりの出汁をそのまま活かしたスープ仕立てのパスタで、つぶ貝のほかはマッシュルームとローストガーリックというシンプルな具材に抑えて、つぶ貝の旨味を存分に味わえるようになっている。

 つぶ貝のコリコリとした食感もその美味しさを引き立てていた。


 アボカドとエビのサラダにはトマトも添えられていて、控えめな量のオリーブオイル、塩、黒こしょうというあっさりした味付けが、ほかの料理の合間の口直しにちょうどよかった。


 ヒラメのクリーム煮は、肉厚なヒラメと濃厚なホワイトソース、カリフラワーとホワイトアスパラという「白尽くし」になっていた。

 ホワイトソースをたっぷりとからめたヒラメは、舌触りがふっくら且つなめらかで、おそらくこのヒラメは、ホワイトソースで煮込む前に一旦蒸してあるのではないかとシャルロッテは気づいて唸った。


 素材の良さを最大限に活かす丁寧な調理とリーズナブルな価格、さすがはカシム村ナンバーワンの料理店なだけはある!


 食事に没頭しそうになるシャルロッテは、入り口に立つ店員の「いらっしゃいませ!」の声に何度もハッとなって来店客の顔を慌ててチラ見することを繰り返した。


 そして、あとはアップルパイを待つのみとなったときに、待ちに待った瞬間が訪れた。

「いらっしゃいませ!」の声が響き渡り、店内に入ってきた中年の男女と10代半ばと思われる女の子――ごくありふれた親子のように見えるその一行は、紛れもなく5年前にシャルロッテを騙そうとしたあのメローズ夫婦だったのだ。



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