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反乱軍、来る。
その報告は、すぐにガストロイに届けられた。
当然ながら、アリスも敵が来るというのに、見張りの類を置いていない訳ではない。
崖に入る前……それこそ、かなりの距離がある場所に、何人もの見張りを置いておいたのだ。
もっとも、実際にその指示を出したのはシンで、見張りとして派遣されたのも蛇王の傭兵たちだったが。
とはいえ、蛇王に所属する者だけでは信頼出来ないと考える者もおり、ガストロイの兵士からもお互いに協力し合うという名目で何人か派遣されたが。
幸いにも、派遣された兵士は居丈高な性格ではなく、蛇王から派遣された男もシンからくれぐれも面倒を起こすなと言われていたこともあり、お互いに特に問題を起こすようなこともなく、協力し合うことが出来たが。
実際、山賊として暮らしていた経験の長い蛇王の傭兵たちは、野外での生活はお手の物だった。
そして兵士の方は軍事的な知識についてや、ガストロイの事情について蛇王の傭兵たちに教えるといったことをしており、上からの命令があったとはいえ、現場ではかなり友好的な雰囲気ですごすことが出来ていたのだが……そのような気楽な時間も、反乱軍が来れば当然のように終わる。
「そう、予想していたよりも少し早いわね。もう少し時間がかかると思ったんだけど」
アリスは読んでいた書類を執務机の上に戻すと、報告を持ってきた部下――蛇王ではなく、ガストロイで雇用した者の一人――に頷く。
「どうしますか? スティーグ様はすでに出撃出来るドワーフたちを纏めていますが」
「気が早すぎますわよ。いえ、遅いよりはいいですが」
ガストロイのドワーフを纏めているスティーグだけに、その影響力は非常に強い。
鉱山で働く者や、鉱山から採掘された鉱石を使って武器や防具、それ以外にも様々な物を作るドワーフは、このガストロイでも一大勢力と言ってもよかった。
そんなドワーフたちにとって、アリスは救世主と言ってもいい。
無茶な税金を禁止し、ドワーフたちが好きに動けるようにしてくれたのだから。
エドワルドが領主をしていたときは、それこそ自由に鉱石を使うことも出来なかった。
そうするためには、余計に税を納める必要があったのだ。
また、自分たちが飲む分には問題ないが、一般人が飲む酒にも高額の税金がかかっていた。
酒を愛するドワーフにしてみれば、それこそエドワルドが収めていたガストロイは最悪の場所だったと言ってもいい。
だからこそ、スティーグはその状況を何とかしようと頑張っていたのだが。
義理堅いドワーフだけに、まだアリスが領主となったばかりとはいえ、次第に景気が上向き、暮らしやすくなっているガストロイを守るのに、手を抜くなどということはありえない。
今のガストロイをどうにかしようとする相手がいるのなら、それこそ自分たちだけでも敵に突っ込んでいきたいとすら思う。
「一応、我慢するようには言っておきましたが……その、出来るだけ早くこれからの指針を説明しないと、本当に敵に向かって突っ込んでいきそうなのですが……」
「仕方がないわね。すぐにスティーグを呼びなさい。私が説明しますわ」
ふぅ、と自分を落ち着かせるように太陽そのものが形を成したかのような黄金の髪を掻き上げながら告げるアリス。
報告を持ってきた部下の男は、芸術的なまでの美しさに目を奪われながらも、アリスの言葉にすぐに頷く。
「分かりました。それで、その……他の人たちはどうしますか?」
この場合の他の人というのは誰かを刺すのかは、アリスにもすぐに分かった。
ガストロイの正規の兵士や騎士を纏めている人物と……そして、ガストロイにおいては最強の戦力と表現してもいい蛇王。
もっとも、蛇王がそこまでの力を持っているというのを知っている者の数は恐ろしく限られているが。
ともあれ、そのような面々も呼び出すのかという部下の言葉に、アリスは頷く。
「そうですわね。スティーグだけに今回の一件を説明したとなると、あとでまた他の人たちにも説明する必要が出て来ますわ。そうならないためにも、面倒なことは一気にすませておいた方が楽ですもの」
その言葉に一礼し、男は部屋から出ていく。
男の背中を見送りながら、アリスは自分が予想していたよりも事態の進展が早いことに、少しだけ不満そうな表情を浮かべる。
「出来れば、もう少しこちらで準備を整える時間が欲しかったのですけど……それは無茶な話ですわね」
可能であれば、自分の魔法を封じているマジックアイテムをどうにか出来ないか、という思いがあった。
鮮血の王女との異名で呼ばれていた頃の自分であれば、それこそ今回程度の敵を相手にしても、戦場の地形にもよるが、一人でどうにか出来るだけの自信があったのだが……それは今の状況では難しい。
鉱山都市であり、多くのドワーフがいる関係上、マジックアイテムに詳しい者も多い筈であり、それを考えると、もしかしたらどうにかなるかもしれないと、そう思っていたのだ。
とはいえ、もう何人かのドワーフに見てもらいはしたのだが、それをどうにか出来る者は今のところいなかったのだが。
「さて、ここに集まった人たちはもう情報を得ていると思いますけど、反乱軍が動きました」
主要な面々が揃っている会議室の中で、アリスはそう告げる。
その言葉通り、アリスが言っていることを独自の情報網で既に知っている者もいれば、アリスの言葉で初めて知ったという者もいた。
シンはそんな中でも、当然のようにサンディによってその情報を得ていた。
ドワーフを纏めて、自分たちだけで敵に突っ込もうとしていたスティーグも当然その情報を知っている。
「それで、アリス王女。迎撃にかんしては?」
こちらもまた知っていたのだろう、ガストロイの兵士を率いる立場にいる男が、アリスに尋ねる。
その問いに、アリスは笑みを浮かべてシンに視線を向ける。
「シン、大丈夫なのよね?」
「ああ」
短く答えるシンだったが、このガストロイの領主にしてミストラ王国の王女たるアリスに対する口調ではないと、部屋の中に集まった何人かが厳しい視線をシンに向ける。
これは、シンの外見が決して強そうではないというのも影響しているだろう。
実際に戦えば強いとういうのは多くの者が聞いているが、それでもやはり人伝に聞いた話では信憑性に欠ける。
だからこそ、そのような視線を向ける者がいるのだが……アリスはそれにどうこう言うつもりはない。
シンの実力というのは、自分の目で直接見なければ分かるようなものではないのだから。
シンもまた、自分にそんな視線を向けてくる相手を鬱陶しいと思いながらも、直接危害を加えたりしない限り、手を出すつもりはなかった。もっとも……
「本当にこのような者が頼りになるのですか?」
「頼りになるかどうか、自分で試してみるか? そうすれば、他の者も安心するだろう?」
こうして直接絡んでくる相手がいるのであれば、シンとしても放っておくようなことはなかったが。
本来なら、このようなときは波風を立てるようなことはせず、聞き流していればいい。
だが、シンはこの世界に来たとき、誰にも命令されず好きに生きると決めているし、蛇王という傭兵団を率いているシンとしては、絡まられて何もしないようであれば蛇王の評判にもかかわってくる。
傭兵団を率いる者としては、侮られる訳にはいかないのだ。
「っ!? 今は仲間内で争ってる場合ではない」
シンに絡んで来た相手は、シン得体の知れなさを感じたのかそう言って矛を収めようとする。
「何だ、逃げるのか。なら最初から絡んでこなければいいものを」
そうシンは告げ、絡んで来た男は羞恥と怒りで顔を赤く染めるのだった。




