025
サンディから話を聞いたシンが行動に出たのは、素早かった。
情報を集めるのが仕事のサンディだけに、当然のように密室の中で話していた者たちがどこの誰なのか、どこに住んでいるのかというのは知っていた。
それだけに、シンは何人かの部下を率いてサンディに案内され、目的の場所に向かう。
もちろん、相手が一ヶ所に固まっている訳ではない以上、シンとその部下だけでどうにかなる訳ではない。
だからこそ、ジャルンカやマルクス、それ以外にも目端の利く者たちにサンディから報告のあった建物を襲撃して、そこにいる人物を捕まえてくるようにと命令していた。
そんな中でシンが向かっているのは、貴族に送り込まれたスパイ、もしくは破壊工作員の中でも強硬派のいる場所。
これは、その場所が戦闘になる可能性が高いからこその判断。
……本来なら、マルクス辺りが戦闘になるのなら自分に行かせろと言うのかと思ったシンだったが、今回の敵はあくまでもスパイや、破壊工作をメインに行う者で、本人の実力は……このような任務をしている以上、皆無という訳ではないが、マルクスが戦ってみたいと思えるほどでもない。
だからこそマルクスも大人しくシンの指示に従っていた。
(さて、強硬派ってことだけど……どうなるだろうな)
正直なところ、シンにとっては相手が強くても弱くても、いざとなれば石化の魔眼という奥の手――派手に使用しているので、奥の手という表現は相応しくないが――がある。
石化という状態異常に対処するマジックアイテムの類でもあれば話は別だが、基本的にその手のマジックアイテムは非常に高価なだけに、ただのスパイがそんな物を持っているとは思えなかった。
……持っているのなら持っているで、それを奪うことが出来ればシンにとっても非常に有益だ。
(その手のマジックアイテムを持っている奴が敵に突っ込んで意識を集めている間に、そいつごと石化の魔眼を使う……という手段が使えるしな。万が一があるから、本当にもしもの時しか使えないけど)
とはいえ、その手のマジックアイテムを入手出来る可能性はかなり少ない。
持っていたらラッキー程度の気持ちで部下を率いて歩いていたシンは、不意に右肩にいるハクが動いたことに気が付く。
「どうした?」
「しゃー!」
シンの言葉に、ハクは進行方向にある建物に視線を向け、警戒するように鳴き声を上げる。
そんなハクを見たシンは、なんとなくハクが内を示しているのかを理解する。
「敵が待ち構えているのか?」
「しゃー」
ハクはその通りと言いたげに、鳴き声を発する。
どうやってハクが敵の待ち伏せを察したのかは、シンにも分からない。
予想するとすれば、今のハクは大きくなって地面を泳ぎながら掘るといったような真似が出来る以上、恐らくその能力の影響なのだろうというくらいしか予想は出来なかったが。
ともあれ、相手が待ち伏せをしているのなら、シンも対応するのは難しくはない。
「シンのお頭、どうしやす?」
「問題ない。奇襲をされれば多少は動揺したかもしれないが、向こうが待ち構えていると分かっているんだからな。ただ、敵が奇襲をしてきたのを確認してから、こっちから反撃する。そうでないと、向こうが何もしてないのにいきなり攻撃されたと主張しかねないし」
「いや、でもお頭。俺たちは連中を捕らえに行くんですよね? なら、わざわざそんなことをしなくてもいいような気がするんですけど……」
「一応だよ、一応。それに俺達が……いや、アリスがガストロイを収める上で、妙な問題は起こしたくないし。だからこそ、お前たちにもそう言い聞かせてるんだから」
シンの視線に、話しかけていた男は慌てたように頷く。
酒場で多少羽目を外すのはいいが、ガストロイの住人に迷惑になるような真似をするな。
それは、シンから絶対に守れと言われている命令であり、それを破った者は厳しく処分すると、そう言われていたのだ。
これがシン以外の者であれば、厳しく処分すると言われても何らかの問題を起こすような者がいたかもしれない。
だが、それを命じているのはシンなのだ。
今まで一度も統一されることがなかった山賊山脈を統一し、貴族が率いる軍隊すら破った男。
特に山賊山脈の麓で行われた戦いで、多くの山賊たちはシンの使う石化の魔眼の力を自分の目で見た。
本来なら山賊程度は容易に殲滅出来るだけの戦力が、一瞬でその大半が石像と化したのだ。
それを自分の目で見て、にもかかわらずシンを侮るような真似をするような者はいない。
皆、自分の命が惜しいのは当然なのだから。
「よし、行くぞ。……敵が攻撃してきたのを確認してから、反撃する。それまでは手を出すなよ」
少し大きめの家……もしくは小さめの屋敷といった建物の前でシンが部下に命じると、その言葉に全員が頷く。
それを確認してから、シンは問答無用で建物の中に入っていく。
当然のように、部下たちもそれに続く。
「う……うおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
そうして敷地内に入って数秒と経たず、近くに生えている木の後ろに隠れていた男が長剣を手にしてシンに襲いかかった。
だが、突然の攻撃のならともかく、不意打ちをしてくると分かっていれば、それに対処するのは難しくはない。
……あるいは、戦闘経験のない者であれば、いきなりの敵の攻撃で身体が固まってしまう可能性もあるが、シンはこの世界に来てからそれなりに戦いを繰り広げてきた。
だからこそ、数歩後ろに下がりながら、己の武器たる流星錘を素早く投擲する。
敵を殺すのではなく、捕らえるための一撃。
殺してしまえばそれまでだが、生かしておいた場合は色々な使い道があった。
情報収集や、奴隷として売るなり、場合によっては奴隷にして蛇王の労働力として使ってもいい。
だからこそ、シンは敵を殺さずに流星錘を敵の長剣の刃に巻き付け、強引に引っ張る。
これで、相手が一定以上の実力の持ち主であれば、自分が持っている武器を奪われるようなことはなかっただろう。
だが、不意打ちをしてきた男は、荒事に慣れているような相手ではない。
結果として、男の握っていた長剣はあっさりとシンに奪われ、男はシンの連れて来た男たちによって押さえつけられ、手足を縛って動けなくする。
「まだいるから、気をつけろ」
シンは周囲にいる部下たちにそう命じ、建物の中に入っていく。
すると、建物の中に入った瞬間、通路の曲がり角から二人、姿を現す。
シンにとって予想外だったのは、その二人が弓を持っていたことか。
廊下という狭い――それでも普通の家よりは広く、二人から三人は並んで歩ける広さがあるが――場所で、弓を使って攻撃をしてくるというのは、シンにとって非常に厄介な攻撃なのは間違いなかった。
「シンのお頭!」
部下の一人がシンの前に出ると、持っていた盾を前に出す。
ただし、盾とはいっても大きな盾ではなく丸く小さな直径五十センチほどの盾だ。
だというのに、男はその盾を上手く使った飛んできた二本の矢をあっさりと防ぎきる。
そんな様子にシンは驚き……だが、すぐに部下に対して口を開く。
「行け、確保だ」
その声に、部下たちは素早く廊下を走り、弓を持っている敵を押さえつけた。
弓しか武器を持っていなかったために、ろくな反撃も出来ないままで押さえつけられてしまう。
そうして、建物の中にいる他の者たちも次々と押さえられていき……やがて、二十人ほどを捕らえることに成功するのだった。




