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024

「防衛戦に参加を希望する者は、こっちだ! こっちに並んでくれ!」

「補給を担当する人はこっちよ! 料理出来る人は大歓迎だから!」

「回復魔法、薬草の取り扱い、怪我の手当……ともかく、治療が出来る奴はこっちだ!」


 ガストロイの中で、そんな声が周囲に響き渡る。

 その声に従い、集まってきた者たちはそれぞれ自分の並ぶべき場所に並ぶ。


「いやぁ……こうして並んでいる俺が言うのもなんだけど、こんなに人が集まるとは思わなかったな。てっきり、もっと集まる人は少ないかと思ってたのに」


 そう言っているのは、防衛戦に参加する列に並んでいる男だ。

 ガストロイ生まれの男は、当然のようにガストロイに愛着を持っていた。

 しかし、その愛着のある場所もエドワルド・ガーデンという人物が領主を務めるようになってから、息苦しい場所になっていった。

 演劇を志す者にとっては、喜ぶべき場所ではあったのだろう。

 だが、それ以外の普通の者たちにしてみれば、その演劇のために自分たちが搾取されているという強い思いがあった。

 実際にガストロイの中心に巨大な劇場が建築されたのを思えば、その気持ちは決して間違ってはおらず……そのような状況を改善し、税金を安くしてくれたアリスに対する感謝は、非常に強い。

 だからこそ、アリスがこのガストロイを守るというのであれば、それに協力しようと思う者が多く出るのは当然だった。

 また、ガストロイは鉱山で仕事をしている者が多く、結果として体力的に鍛えられている者が多いというのも大きい。

 それこそ鉱山の仕事で鍛えられた男たち身体能力は、兵士に志願したばかりの者より圧倒的に上で、それこそ人によってはベテランの兵士よりも上という者も多い。

 また、鉱山で働いている者たちの中には血の気の多い者も多く、喧嘩慣れしている者も多かった。

 そういう点でも、戦いの素人を兵士として使うよりは、圧倒的に有利だと言えるだろう。

 ……もっとも、そのような者たちが鉱山で働いているからこそ、ガストロイは儲かっているのだ。

 もし鉱山で働く者が少なくなった場合、それは同時にガストロイの収益が下がるということを意味している。

 そうならないために、現在アリスやサンドラ、それ以外にも頭のいい者たちが、揃って何とかガストロイ側の被害を少なくするように頭を悩ませていた。

 ……もっとも、シンがサンドラに説明した策が成功すれば、敵には大きな被害を、そして蛇王やガストロイの兵士には少ない被害――恐らくは皆無――ということになるのだろうが。

 広場に集まっている者たちは、その辺の事情については当然のように知らない。

 だがそれでも、ガストロイの住人たちの多くは新しく自分たちの領主となったアリスのために、最大限の協力をし……それを見て、苦々しげな思いを懐く者もいる。


「いいのか、これで!」


 ガストロイでも、特にこれといった特徴のない一軒の家。

 その家の中で、数人の男女が言い争っていた。


「よくはないが、だからといってどうする? 今の俺たちが出来ることなんか、何もないぞ」

「そうね。もしここで私たちが何か妙な行動を起こした場合、向こうはこれ幸いとこちらを潰しに来るわよ? そうなれば、今の私たちがそれに抗う術はない。……違う?」

「それは……」


 女の言葉に、興奮していた男は何も言えなくなる。

 今のこの状況で何か行動を起こした場合、間違いなく自分たちはそれを実行する前に捉えられるという思いがあったためだ。

 この家に集まっているのは、反乱軍とアリスに評されている貴族たちの手の者。

 とはいえ、堂々と貴族の手の者だと公言しているのではなく、密かにガストロイで暮らしながら、様々な情報を自分たちの主人に送っている者たちなのだが。

 そんな者たちではあったが、当然のようにアリスがガストロイを占領した今となっては、その身は危険になっていた。

 今はまだ見つかっていないが、これから先も絶対に見つからない……などとは、誰も思ってはいない。

 であれば、今回の一件はやはりどうにかして動く必要があるというのも、間違いのない事実ではある。

 あるのだが……ここで下手に動いて自分たちの存在がアリスたちに知られるのは、絶対に避けたい。


「今は、目立たないようにして、ここの情報を上に流した方がいいんじゃないか?」


 この場合の上というのは、それぞれが仕えている貴族に対してだ。

 ここにいるのは、全員がそれぞれ別の貴族に仕えている以上、その提案はそこまでおかしなものではなかった。

 何人かは、それでは手ぬるいと、もっと積極的にアリスの……蛇王の妨害をするべきではないかというような者もいたが、ここにいる面々はあくまでも情報収集を目的としてガストロイに潜り込んでいた者たちだ。

 ある程度の……それこそ一般的な意味での護身術程度は使えるものの、それだけだ。

 少なくとも、ここにいる者たちで蛇王に所属している山賊……いや、傭兵を相手に出来るだけの実力はない。

 それ以外の可能性となると、それこそガストロイにいる血の気の多い者を雇って戦力とするという手段はあるが、その手の者の多くは義勇軍に応募している。

 中には、アリスや蛇王の者たちが気にくわないという者もいるが、その数はどうしても少数となる。

 もしこの場にいる者が雇うとすれば、そのような者たちだろう。

 しかし……そのような者の数は少ないし、今回の一件で雇えるかと言われると、微妙でもある。

 結果として強攻策を提案していた者も最終的には黙り込むことになり、その場は解散するのだった。

 そして……その場にいた全員が気が付くことはなかったが、部屋の天井には一人潜んでいる者の姿があった。

 蛇王の中でもシンの直轄という立場にある、サンディ。

 戦闘力は皆無に等しいが、情報収集能力という点では非常に高い能力を持つ人物だ。

 そのサンディは、部屋の中から誰もいなくなったのを確認すると、そっと部屋から抜け出して通りを歩く。

 十代前半の少女という、ガストロイではそれなりに目立つ外見をしているのだが、そんなサンディの姿に気が付くような者はほとんどいない。

 人の死角から死角を渡り歩き、極力気配を消して通路を歩いているのだ。

 たまに何かの偶然からサンディの姿を見ることが出来る者もいたが、そのような者でも次の瞬間にはすでにその姿を見失ってしまう。


(シンのお頭に報告しないと。あの人たちの様子を見る限りでは……僕だとちょっと判断出来ないし)


 そう呟きつつ、サンディは蛇王のいる場所に向かう。

 途中で何人かと遭遇するものの、その多くはサンディに気が付いた様子はない。

 そうして蛇王の居留地とでも呼ぶべき場所に到着すると、そのままシンのいる場所に向かう。

 ……最初はどこかの宿か何かを接収するという話もあったのだが、蛇王の人数を考えると一つの宿で合計数百人もいる蛇王の全員が泊まるのは無理だと判断し、空き地となっている場所を借りることにしたのだ。

 蛇王にいるのは元山賊である以上、野外で眠る程度のことは全く問題がないので、誰も嫌がるようなことはなかったが。

 そんな蛇王の者たち集まっている場所を、サンディは進む。

 蛇王の陣地に入ってしまえば、サンディも特に気配を消したりする必要はない。

 ……ないのだが、それでも気配を消したままなのは、やはり蛇王の中には未だにサンディを疎んでいる者がいるからだろう。

 そのような者に絡まれれば面倒なことになると判断し、サンディはまだ見つからないようにしながら、シンの下に急ぐのだった。

 

 

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