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019

 エドワルドが殺されたという情報は、すぐに広まった。

 その情報を広めたのは、当然のようにエドワルドと同じ部屋にいた貴族や商人たちだ。

 本当の意味でアリスに協力を申し出たガエタン以外の商人や貴族は、まだ演劇の途中だといったことは関係なく、解放されるや否やすぐに行動を起こす。

 商人の方は、目の前でエドワルドが殺されたのを奇貨とし、その情報が広まるよりも前に少しでも自らの利益になるように動く。

 そういう意味では、アリスが期待したように積極的に情報を広めるといった真似はしなかった。

 ガエタンのみが、商人たちの中では正直にアリスの指示に従って行動し、エドワルドの死亡を……そして、実行したのがアリス王女であるということを声高に叫んだ。

 そんな中で、数名の貴族は欲を出した。……そう。出してしまったのだ。

 ガストロイという鉱山都市は、大量の金を生み出す。

 そんな場所の領主が殺された以上、その仇討ちをしてガストロイを自分の物にしようとした者が何人かいたのだ。

 また、それを行ったのがアリスである以上、そのアリスを捕らえられれば大きな手柄となるのも事実。

 アリスの戦力がシンとマルクスの二人しかいないように見えたというのも、この場合は大きい。

 あるいはガストロイに何人か戦力を忍び込ませているかもしれないが、堂々と正面から戦うような真似をしない以上、その戦力は大したことがないと判断したのだろう。

 出来るだけガストロイの戦力を消耗したくなかったという風には、考えなかったのか、それとも考えた上で無視したのかは分からなかったが。

 とはいえ、そんな短慮を起こした者はあっさりと鎮圧され、貴族は財産の類を全て没収されてしまう。

 ガストロイは貴族たちにとって重要な場所ではあるので、多くの貴族が何かあったときのためにと、自分の家の者を置いていた。

 その者たちにも情報が広がり……


「私は、アリス・クローネ・ミストラ。ミストラ王国の正式な王位継承権を持つ者ですわ!」


 ガストロイの中心部分。

 劇場の外で、アリスは集まってきた住人に向かって叫ぶ。

 本来ならこのようなことは、それこそ領主の館でやった方がいいのだろうが、このガストロイで一番立派な建物は、この劇場なのだ。

 また、街の中央部分にあって住人が集まりやすいという理由もあった

 ……ガストロイの住人はこの劇場を建てる費用がどこから来たのか知っているので、憎々しげに劇場を睨み付けている者もいたのだが、アリスが一言発すると、そちらに完全に意識を奪われてしまう。

 それだけ、アリスの言葉には……そして態度には、人の注目を惹き付けるだけの一種のカリスマ性があったのだろう。……もちろん、男女問わずその美貌に目を奪われているのも、間違いのない事実だが。


「このガストロイにおいて、自らの私利私欲のためにこの都市の住人から税を奪っていたエドワルド・ガーデンは私が誅しました。これにより、このガストロイは今日から私が治めます!」


 そんなアリスの叫びに、最初に歓声を上げたのは……このガストロイに来たときに絡んで来た男たちで、アリスたちが何をやろうとしているのかを知り、それでも協力すると口にした者たち。

 うおおおおおおおおっ! と、そんな声を上げている男たちに釣られるように、周囲にいた他の者たちまでもが声を上げ始める。

 エドワルドの圧政によって苦しんでいた者たちにしてみれば、その解放は喜ぶべきことなのだ。

 ……とはいえ、当然ながら全員がその意見に賛成をしているという訳ではない。

 ある程度事情を知る者にしてみれば、アリスが……亡国の王女がこのガストロイを占拠したということは、間違いなく現在実質的にこの国を治めている貴族たちは、ガストロイを取り戻そうと兵力を送ってくるだろう。

 そのような者にしてみれば、自分たちは内乱に巻き込まれることになると、そう理解する。

 とはいえ、エドワルドの圧政と呼ぶに相応しい税金が続けば、間違いなく暮らしていけなくなるのは明白だった。

 その辺りの事情を考えれば、アリス王女の言葉に乗った方がいいと思う者も多い。

 ……もっとも、中には内乱に巻き込まれれば殺される可能性もあり、殺されるくらいならエドワルドの圧政の方がまだマシだと考える者もいる。

 そんな者たちも、アリスの演説が続くに従って自然と引き込まれていく。

 この辺りは、アリスが生まれ持ったカリスマ性からのものだろう。

 結果として、ガストロイの多くの住人がアリスを受け入れるのだった。






「さて、そうは言っても、結局ガストロイを運営していく上で必要なのは、役人ですわね」


 演説が終わり、最終的に熱狂的なまでにアリスを受け入れた住人たちに手を振ってその場をあとにしたアリスは、シンたちと合流した。

 なお、ここにサンディの姿はない。

 現在サンディは、ガストロイから少し離れた場所で野営をしている蛇王を呼ぶために、知らせに向かったのだ。


「役人か。……正直、印象は悪いけどな。エドワルドの下で自分たちも甘い蜜を吸ってたんだろ?」


 そう告げるシンの言葉には、少しではあるが嫌悪感がある。

 この辺は日本にいたときの経験も影響しているだろう。

 政治の腐敗、役人の腐敗というのは、ニュースで頻繁に流れていたのだから。

 とはいえ、そのような者たちがいないとガストロイの政治が回らないのも事実。

 蛇王の中にその辺りが出来る者がいれば話は変わったかもしれないが、そもそも蛇王の大元は山賊山脈の山賊だ。

 文字の読み書きが出来る者ですら珍しいのに、そんな中に役人として働ける者がいるはずもない。

 ……いや、もしかしたら数人くらいは何らかの理由でそのようなことが出来る者もいるかもしれないが、それでは結局意味はない。

 アリスもエドワルドと共に甘い汁を吸ってきた相手を処分もなしに使うのは面白くはないが、使わざるをえないというのが、現実だった。


「特に酷い役人を、何人か見せしめにしますわ。そうすれば、少しの間は大人しくしているでしょう」

「アリスの言いたいことも分かるけど、その場合は役人が反乱軍に俺たちの情報を売るんじゃないか? もしくは、何らかの理由でこっちの妨害をしたり。そうすると、後々不味いことになりそうだけど」

「そちらも、ある程度は対処出来ますわ。幸いにも、ガストロイの住人は私に協力的ですし」


 自信ありげに呟くアリス。

 王女として育ってきたために、その辺りのことに対処する方法も理解しているのだろう。


「そうか。なら、任せる。俺とマルクスは、取りあえず蛇王を纏めるから。ガエタンとも色々と相談する必要があるだろうし」


 エドワルドを暗殺したときにその場にいて、協力を約束したガエタン。

 シンとしては、蛇王の装備……だけではなく、それ以外にも必要な各種物資を用意してもらうつもりだだった。


「ドワーフを纏めているスティーグとかいう奴はどうするんだ? 今はここにいないんだろ?」


 マルクスの言葉に、シンはその相手について考える。

 スティーグ・ハーン。

 このガストロイにいるドワーフを纏め上げている人物だという話だが、現在はガストロイの外にいるので、まだ直接会ったことはない。

 だが……シンは、恐らくその人物ではないかと思える相手を予想していた。

 ゴブリンに襲われていた馬車に乗っていたドワーフ。

 ガストロイでしか作れないような貴重な馬車に乗っていたということころからも、その人物はお偉いさんなのではないかと、そう思っていたからだ。

 幸いにも、短い時間だったがゴブリンの群れから助けたということもあり、ある程度友好的な関係を築けたと、そう思っている。

 それだけに、出来れば早めに会いたいというのが、シンの正直な気持ちだった。 

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